闘病日記

2010年1月〜3月

<1月>

あけましておめでとうございます。

今年はサークルの初日の出ダイブはナシかと思ってたら「やりますよね?」と言うバカ勇者が現れたので決行しました。本来なら当然ウェットスーツ禁止(ったりめーだ)なのだが、今年はポイントの関係でギャラリーが多く、俺が穿いていった競泳用の三角ブーメランパンツ&スイムキャップではあまりにも変態チックになってしまうので渋々ウェットを着て入りました。せめてスパッツタイプにしておけば可能だったのに、と悔やまれる。でも海パン一丁の心積もりで覚悟キメて行ったので、ウェット着てしまえば寒がりの俺でも全然余裕でした。いやマジで不思議なくらい余裕だったが、日の出の美しさに興奮して寒さを忘れていた、ってのが本当のとこだろう。

ふみ♂も応援?に駆けつけてくれました。サークルも去年あたりからやっとこふみ♂と俺の手を離れつつある。みんなに感謝だ。別に難しいことをやろうなんて気は更々ない。今日のようにただみんなが楽しめればそれでよい。


<写真1>2010年、初日の出ダイブ。今年は非常に残念ながら海パン一丁はできませんでしたが。幸先良いスタートが切れました。

<写真2>朝日に映えるFLUKE-UP。ロングフィンのシルエットがかっちょえぇ〜!

風邪?ではなく食中りっぽい。朝から吐き気がし、会社も休んでしまう。初日は一日中嘔吐の繰り返しで地獄。2日目も胃腸が何も受け付けなく、3日目でやっと流動食を摂れるようになる。が、まだまだ胃が塞がった感じ。食べたものがいつまで経っても降りていかない。サークル新年会もチョビチョビと酒を啜った程度。週末3連休は3日間とも素晴らしく晴れ上がってパーフェクトな練習日和だったのに、ほぼ全部ベッドで横になっていた。最終日の夕方にプール行ったが、ボロボロ。気分の悪さは解消されていても、この数日間で消耗したスタミナは凄まじいものだったようだ。50m泳ぐだけでクタクタ。
年末からRUNのLSDを入れ距離も延ばしつつあったのだが、オーバーワーク気味(特にこの週の日・月)で身体が弱っていたのだろう。そこへ悪い菌が入ってきて・・・そんな感じだった。ひょっとしてノロウィルスじゃないか、なんて思ってもみたり。せっかく「お、走れるかな?」と自信がつき始めてたとこだったのに。そういや一年前にも同じ失敗をしたことがあったな。ロング練習の翌日は、必ず休息にしないと。無理して頑張っても、体調崩して1週間練習休んだら全てフイになってしまうし。
・・・カンケーないが、ノロウィルスと聞いて『ガンバの冒険』のノロイを思い浮かべたのは、決して俺だけじゃないハズだ。

最悪の状態のときはそれこそ大会キャンセルしようかという考えすら浮かんできていた。海で泳いでるとこ想像するだけでシンどいほどだったし。しかしそれもスッカリ回復、ちゃんと気持ちが戻ってきた。


昨年秋頃からスイムのフォーム改良を考えていた。それまでは1軸S字プル、このフォームで確かにラクに長く泳げるようにはなった。しかしスピードアップを試みたがなかなか前進しない。現在では2軸ストレートプルが主流となってるので、これを試す。オリンピックとかの映像でストレートプルのイメージは以前からあったので、すんなり入れた。が、ビート板を脚に挟んでプルだけのときよりも、キックも合わせて普通に泳いだときのほうが明らかに疲れるし、ストローク数を増やさないと進まない。ビート板挟んでるときは水の上に乗っかる感覚で、ゆったりストロークでスイスイ進むのに。
「いっそのこと、大会もプルブイ使って出たほうが速いのでは?」
と本気で思った(まぁ使用禁止だろうけど)。理由は下半身が沈んでることにあるのは分かっていたが、どうにも改善できない。
で、調べてたら伏し浮きというものにたどり着いた。今までは背中を反って胸を張ることで「足」を浮かせていたが、伏し浮きは全く逆。腹を凹ませ頭を下げるようなイメージだ。これによって、下半身全体が浮く。今まで身につけたフォームを壊すのは怖いが、これ以上レベルアップが望めない上、現在の競泳の常識ともなっているのだから、やらない手はない。参考にしたサイトでは、
「伏し浮きがしっかりできていれば、蹴伸びで25mプールのセンターライン(12.5m)を越えられる」
となっていた。とりあえず何度か試してるうちに、脚が徐々に沈んでいくのはなくなり、10mは行けるようになった(まだ再現率100%ではないが)。で、その姿勢のままクロールをしてみると・・・あ、何か良くなった!ビート板挟んでプルしてるときと非常に近い感覚で泳げてる!!下半身が前より沈まなくなった証拠だ。この状態だとプルで「遠くの水をキャッチして引っ張る」という感覚もしっくりくる。1軸のときに意識的に行っていたローリングも、2軸では遠くへ手先を伸ばす動作で自然に身体が傾く程度。忘れないうちに、しっかり身体に覚え込ませなければ。


バイクの長距離耐性を付けようと辺戸岬まで日帰り往復240km。
「せっかく沖縄にいるんだから、いつか辺戸岬まで一泊で自転車ツーリングを」
と思ってたのだが、実現しないまま日帰りで行く・・・というか行かざるを得ない日が先に来た。最後のほうは脚の筋肉がスカスカの状態(ここでも問題が出るのは左脚のみ)。チャリダー旅行時代の一日最長が230kmだったから、今回10年以上振りにそれを超えたわけだが、しかしその230kmのときはクロスバイクで、ペダルももちろんノーマルフラペ、バイクボトルなどというシャレたものは持っておらず、8月なのに帽子もサングラスもつけず、しかも基本歩道を走って・・・だったから、今思うとそれはそれでアホだったなと。あの頃は若かった。。。
今まで遠いと感じていた名護も辺戸岬まで行くことを考えれば僅か半分、なんだか大して遠くじゃないと感じられるようになった。同時に、自転車ロードレース200kmってのはホント凄いんだなと改めて思った。ただ走るだけならともかく、峠越えもあれば時間制限もあるので、スピードも要求される。「いつかはツール200kmに」とか思っていたが、今のままじゃ話にならんな。


<2月>
スイムのフォームを研究するなら、現役のスイマーたちの泳ぎを見るのが第一である。競泳の技術もまだまだ発展途上らしく、「何年か前までの常識が今では非常識」というのも珍しくないようだが、少なくとも「現在のトップスイマーたちの泳ぎ以上のものは現時点では存在しない」というのは事実なわけで、彼らの泳ぎを参考にすべきなのは当然である。実際、オリンピックや世界選手権等の中継がやってれば俺も必ず見てるし。
しかし、俺が遥か前から理想のフォームとして常に念頭に置いている選手がいる。水泳部時代の先輩、シンタさんである。この人の泳ぎは実に優雅だった。部内でもクロールは1、2を争う速さだったが、同レベルの他の部員たちと比べてシンタ先輩は明らかにストローク数が少なく、にもかかわらず周りの人と同じスピードで泳いでるので、見ていて不自然さを感じるほどだった。他の人は激しく水しぶきを上げてハイピッチでパワフルに泳いでいてどこか「必死さ」が感じられるのだが、この人は違った。パワフルさがあるにも関わらず、ゆったりとしていて、あれなら何km泳いでも疲れなさそうに見えた。スピードももちろんだが、なんといってもあの「優雅さ」をモノにしたく、クロールの練習するときは常に彼のフォームをイメージしてきた。卒業後も、ずっとだ。
あれからウン十年・・・フォームを試行錯誤した結果、少しだけシンタ先輩の泳ぎに近づいてきたんじゃないかと感じている(スピードは全然及ばないが・・・)。残念ながら当時の俺は水泳に対してそこまで研究熱心ではなく、先輩が水中でどのようなフォームでプルやキックを行っていたのか見てはいないので、肝心の水中部分が同じになってるのかは全く不明。ただ、プルを変えたことで遠くの水をキャッチする感覚ができ、一年前と比べてストロークが大きくなったのは間違いないと思う。
ちなみにシンタ先輩はターンも華麗で、背が高く手足が長かったためか、ターンの瞬間に水しぶきが高く跳ね上がる特徴があった。このとき、コースについてストップウォッチでタイム取ってる人に思い切り水が掛かるため「迷惑ターン」との異名を持ち、後輩たちの憧れの的となっていた。泳ぎだけでなく、ターンもシンタ先輩のような迷惑さを身に付けたいものである。



<写真1>ハーフマラソン、スタート直後。初めてだけど勝手知ったコースで緊張感なし。

2/11(木)祝日、一日中ダラダラと有意義に過ごす。うまい具合にこの日は晴れて、2月とは思えないポカポカ陽気。秘密の場所で寝て過ごす。それでも寝不足が完全には解消されず。

2/14(日)名護ハーフマラソン。初めて出る大会だったけど、もはや"MUST RACE"。出るのが当たり前みたいな感覚でした。いつ申し込みしたかも覚えてないし。またもや失敗がありましたが、少しだけ自信ついた(詳細→51th 名護ハーフマラソン)。
で、昼飯は久々に花人逢へ行ってきました(3年半ぶり)。ピザ、サラダ、アセロラジュース、最高っす。あ、もちろん景色も。


ここんとこずぅ〜〜〜〜っっと雨。雨雨雨!仕事で寝不足も超加速。自転車にも全く乗れない。アホか!こうなるとローラー台、買ったほうがいいかな、今後のことも考えて。自分の部屋じゃとてもやるスペースないなって思ってたけど、考えてみたら今住んでるとこベランダも駐輪場も無駄に広いから実は余裕だった。久々に晴れた日にゃソッコーチャリ通。今や「消えぬ炎」との異名をとる炎上中の仕事によりスイマックス状態だったが、チャリに乗れば眠気も飛んだ(注:午後は除く)。

2/27(土)また休出。この日の早朝、沖縄地方は99年ぶりとなる震度5の地震に見舞われ、飛び起きたおかげで寝不足ながら早起き。ってことで早出して早上がり。この日はおきなわマラソンコース試走を予定してたのに、やってられん。

2/28(日)美ら島スポーツのスイムセッションへ参加。エルハマ氏とマサル氏も一緒。8時開始。ってことで6時半頃にチャリで出発。ってことで5時半起き。ってことで寝不足加速。
スイムは何も考えずショートジョン着て海入ったが、考えてみたら夏でも5mmウェットで寒いとか言ってる俺にとって、2月の海でショートジョンはキチガイ行為だった。最後のほうは足も手も指先が痺れてるし。あ、そういえば海入ったの元旦以来だ(笑)
終了後は豊崎トライアスロンのバイク&ランコースを軽く試走・・・の予定でいたが、いつのまにやらバイクロード練に駆り出されるハメに。南部を回って海中道路(!)で折り返しの150km。ツワモノどもの背中を必死でおいかけましたが、処々の都合により我々3名は知念のファミマで離脱。まだ行けたかな。。。行ってみたかった。
しかしこの日はチリ地震の影響で津波警報が発令。海岸線は封鎖し、車も移動させにゃならんてことで、ソッコー引き換えし。豊崎へ戻るとすでに封鎖が始まっており、駐車場の入り口にいた消防?か何かの職員に激しく怒られる。

職員:「ダメです、津波警報が出てるので入れません!」
俺:「あー車出しますんで」
職員「駐車場に車があと5台残ってるんですけど、すぐに移動させてください」
俺:「あーとりあえず今2台出しますんで」
職員:「2台じゃ困ります!早く持ち主に連絡してください!」

んなこと俺に言われても・・・。ロード練中のメンバーの車は、ちはるコーチが車で追っかけてキーを預かってきたもよう。ってことで俺たちも残った車の移動をお手伝い。なんだか最後はあわただしかった。ちなみに沖縄は2日連続の津波、これってけっこう珍しいことなのでは(極小ではあったけど)。帰りに3人でソバ食べて解散。
スイムはもちろん、バイクも宮古経験者のマサル氏にたくさんアドバイスを貰えた。が、何より大きかったのは刺激を貰えたことだ。

さて、この日は練習は昼前に終わって、午後は昼寝して夕方からお出かけ・・・の予定だったのに、ありとあらゆる想定外により帰宅したら既に夕方。そのまま寝ないで出ることに。大丈夫、貰った刺激で今は眠気もぶっ飛んでる!つもり。


<3月>
3/6(土)翌日はおきなわマラソンだってのに休日出勤。っていうか2月の後半から3週間、ほぼ毎日残業MAX&毎週土曜日に休日出勤。たのむ、時間をくれ。試走も予定ではコース前半を2回、後半を1回と思ってたのに、結局前半1回のみで終わってしまった。この日も寝不足の極地だったが頑張って5時半に起き(睡眠3時間)、チャリで7時半出勤。で、勤務時間は6時間で早上がり。フレックスの会社でヨカッタ。で、チャリで県総まで走ってマラソンの前日受付。ついでにプールでも泳いで行こうかと思ったら休館。うむむむぅネットで事前にスケジュール見たらこの日はプール開放日になってたはずなのにぃ。ってことで受付だけして帰宅。19時に寝ました。
3/7(日)おきなわマラソン。レースではなく単なる練習。40km走れる機会は貴重だし。ハッキリ言ってRUNの練習量が全くもって足りてないので不安もあったが、いろいろと進歩が見られた。ダメダメのようでも、練習してきた効果はあったようで、ホッとした。(詳細→18th おきなわマラソン)。


マラソンでの脚へのダメージがゼロに近く、すぐにでも練習再開したいとこだったが、雨&残業の雨霰。たのむ、時間をくれ。別にちょっとくらい残業多くてもかまわない。楽な仕事の割りに待遇良いので、我侭言うつもりは毛頭ない。たまの徹夜くらい全く厭わない。
でも・・・なぜ「今」なんだ。


3/21(日)トリイトライアスロン春季大会。今年の初トライアスロン、練習半分・遊び半分で出る大会とはいえ気合入りまくり。序盤からオーバーペースぎみに飛ばす。その衝撃の結果は・・・!(詳細→2010 TORII St. Triathron Spring

3/22(月)早起きしてBIKE+RUNのLSD。"本番"の半分の距離だが、予想外に疲労した。予想外に疲労した状態で、夕方からHYのライブ観にコンベンションへ。しかも予想外なことに3時間以上ほとんど立ちっぱ。カメラクレーンに頭上攻撃に度々脅かされるし。長い一日だった。。。


3/28(日)40km走に挑戦。奥武山を7時に出発して「独りNAHAマラソン」、正味4時間ほどでゴール。やはり膝へのダメージはなかった。やっと練習でここまで走れるようになったか。。。


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