闘病日記

2008年10月〜12月

<10月>
10/4(土)海は中止になったのでチャリトレで残波岬まで。あと少しで1時間切れそうだ。しかもラクラクだった。そんなにパワーアップしたようにも思えないのだが。折り返してからのR58上り坂もラクラク。が、嘉手納あたりでパンク。ガラスの破片がチューブまで達していた。アイフルの駐車場で予備チューブへ付け替えてる間、スコールやら外人からの宗教勧誘やらの襲撃を受けたがなんとか修理完了!ヨシ再開!・・・プシュー。終了。理由は分からんが付け替えたチューブに穴があいた。しかたなく、チャリを放置してタクシー拾って帰る。夕方から北谷で素潜りサークルの飲み会があるので、そのついでにチャリを車で回収。気持ちよく汗流して飲み会へ行くつもりだったが、なんか中途半端な気分になってしまった。。。飲み会は一次会をソッコー切り上げて(スマソ)二次会のカラオケで大いに盛り上がる。


10/12(日)早朝から大度浜海岸へ繰り出す。ってか早朝すぎるだろ?(笑)にもかかわらず大勢集まってるし。一泳ぎして解散した後、TOMとそのお友達を拾って再度、大度へ。今度は陽も昇ってGOOD!・・・で、俺たちがエントリーするとき、隣に一人でエントリーしようとしている女性素潜りダイバーがいたため、TOMが強引にフリーダイビングの練習に誘い込む。半分迷惑、半分満足してくれたようでまぁよかった。


10/19(日)この日は早朝大雨の大度。ってか早朝に来る意味なかったじゃん。
10/26(日)海況が微妙だったので4:30起きで集合時間前に真栄田へ行って海況チェック、大荒れだったので南部へ変更。したら怒られた。やってらんねぇよ。南部はデラとユーシ&女医さんと2本。2本目は佐敷バンタで魚突き。遅い昼飯は真壁ちなーで。いや〜のどかな時間が過ごせた。4人中3人が精神的に病んでいたためか、妙に話が合って(笑)鬱になると過眠になるって女医さんが言ってたが、俺も思いっ切り当てはまってやがんな。土日とも12時間以上寝てるのに月曜終わるともうヘトヘトだし。前とは大違いだ。
とりあえず、これで南部のスポットがまた一つ増えたのは収穫。


さて、IZENA88トライアスロンが1週間後に迫ったのだが。。。まるでやる気なし。もう見学しにだけ行こうか?とも思った。ここ2週間走ってないし。それ以前に1年間全然走ってないし。スイムはともかく、バイク練習も尻すぼみな感じ。折りしも仕事がPICKUP&リリースの最盛期で毎日残業。ヘトヘトで帰ってから練習なんてできっか。こんなんで、あの伊是名を走れるのだろうか?
少しワクワク感が出てきたのはそれこそこの週の木曜日頃。この日からやっと旅支度を開始する。ギリギリとはいえ、気持ちがレースに向いてきただけ救いようがあるか。もう今更練習しても逆効果なので、最後の1週間は早寝して疲れを取ることだけを考えていた。


<11月>


<写真>大会翌日、伊是名島から見た朝焼け。今にして思えば、まさにこれからの俺を象徴しているかのようだった(←ナニコレ)。

11/1(土)〜11/3(月)IZENA88トライアスロン出場のため、伊是名島へ3日間行ってきた。今年で3年連続、そろそろマンネリ気味になってくるかとも思っていたのだが・・・今回は過去2回とはまた趣の違う伊是名となりました。そして、この大会が俺にとって一つの大きな転機となった(詳細→21th IZENA88TRIATHLON)。


ふみ♂からオープンウォーターの案内が来ました。要するに遠泳大会です。サークルメンバーでリレー種目に出てみないか?と。俺としては個人種目出たいから、俺以外でリレーの頭数揃ってもらいたいところ。何にしろ、これはスイム練習を継続させるいい目標ができた。トライアスロン終わったから、こんなんなかったらそれこそ来春までプールに行かないとこだった。


11/8(土)珍しく凪いだ真栄田で昼からユーシとフリーダイビングの練習。俺はターゲットは3ヶ月振りではたして?って感じだったが、ボトムまで行けた。無用な心配だった。ユーシも初ボトムタッチ!彼はまだまだ行けそうだ。その後、そば食った後に県総のプールへ。高校サッカーの大会やってたため、駐車場が有り得ないくらい混んでた。が、プールは久々に空き空き。良い練習ができました。特に同じコースにいた年齢不詳の性別不詳(笑)がいいタイムキーパーになってくれたため、後半のダッシュ練習がうまく回った。ロング1kmもいつのまにやらラクラクに。遠泳大会は言い出しっぺの仕事の都合により出場取りやめたが、スイムの練習をギアチェンジするよい機会になった。スイムはトライアスロンでも時間的に一番短いし、短縮しても数分だろうから。現状維持すりゃいいやって思ってたけど・・・もう一段階、上げられるようにフォームから何からちゃんとやってみようと思う。


クロールのフォームについて仕事中にネットで調べてみると、何やら役に立ちそうなサイトが。流体力学等も取り入れて理論的な説明がなされている。「手のひらで水を後方に押すのではなく、水の壁を滑らせる」なるほど。これは10年ぶりにフォームを改良できるかも。
11/22(土)早速プールへ行って試してみる。フィンワークについてはイマイチ効果が分からなかったが、サークルスカーリングについてはピンとくるものがあった。たしかに、水の壁を手のひらが滑っていくときは、水はほとんど動いていない。そして足は全くキックしなくても下半身が沈まない。ブレスも前方視線にすることでラクラクできる。今まではプール行ってもロング泳いでスタミナ維持の目的しかなかったが、こいつは練習のし甲斐がありそうだ。
・・・が、今までと違うフォームで泳いだためか、筋肉痛になった。

※[2011.05.23 追記] 上記サイトの解説は1軸・S字プルであり、現在の競泳のトレンドからすると時代遅れなようです。が、ラクに長く泳ぐという目的であれば十分に達成できます。また2ビートキックの解説がわかりやすいく、その他の項目も理論的な説明がなされており、応用が利きます。一読の価値はあります。



<写真>DHバーを取り付けたが、肝心のバイクが安物。。。まぁこれはボーナスででも、と思ってネットで物色中(注:仕事中に)。

11/23(日)チャリに少しパーツを付けたので、残波行。初めてサイコンで距離やスピードを測ってみる。予想通り、残波岬までは28km。タイムは1時間ちょうど。エアロバーもつけてみたのだが、こいつは公道で使うには少々危険。ブレーキから手が離れるため、急ブレーキ掛けられないのだ。従って使用は見通しが思いっきり良い場所に限られる。ポジションがかなりきついので、いじってみる必要ありかも。帰りは当然スピードが低下しがちになるのだが、メーターのおかげで維持しやすくなった。驚いたのはこのコースのトータル距離が66kmJUST、伊是名88トライアスロンのバイクパートと全く同じ距離だったこと。近い距離だろうとは思ってたけど、まさかピッタシとはねぇ。
更にペダルをビンディングペダルへ付け替える。っていうか既にトライアスロン4回出てるのに未だにビンディングじゃなかったことが奇跡だ。早速、南一周走りに行ってみる。これは明らかに違う。腿の引き付けでもペダルが回るので、「踏む力」が今までの半分以下で済み、脚の疲労がグッと小さくなる。調子に乗ってノンストップで家まで走れてしまったほど。心配された市街地での立ちゴケもなく、クリートがカチっとペダルにはまる感覚に快感を覚える。


<12月>
さて、今年も何も練習せずに那覇マラソンを迎えることになってしまいました。伊是名に行ってきてから期せずしてギアチェンジできたが、いかんせん遅すぎた。で、今更走りこみも逆効果なので、この際フォーム改良だけに拘ることに。マラソン本番もフォームの練習しながらのLSDだと割り切ろう。で、仕事中にちょくちょくとランニングフォームをネットで調べてみた。腰を入れた走り、頭のてんこを糸で吊るされてるイメージ・・・か。「すり足に近い感じ」「踵を後ろに蹴り上げない」この辺りは今までもできている。直すところは腰・背筋と肘の振りだな。早速試してみる。短い距離だったので、長時間走った場合の効果の程はわからないが、軽々と走れている感じはする。
この走り方はピッチ走法、高橋尚子タイプだ。足への負担を極限まで抑えることを目的とした走り方。逆に強いバネが必要なストライド走法は俺には無理だ。カッコよくて憧れはするけど。

フォームをいじったのは5年ぶりだ。もっとも5年前のつくマラ完走の時点である程度限界を感じていたわけだから、すぐにでも改良に取り組むべきだった。まぁその後、紆余曲折あったわけだからそれどころじゃなかったと言えばそれまでだが。。。


自転車のペダリングも意識してみる。通勤チャリはフラットペダルだが、腰骨の辺りに脚の付け根があるイメージで腰を使って漕ぐ。腿から下はただぶら下がってるだけ。フラペだから踏むしかないのだが、それでも腰を使うことで上り坂でも脚に疲労が溜まらない。なるほどね。



<写真>会場の奥武山公園を見下ろす。大量のランナーが終結しつつある。

12/7(日)NAHAマラソン。伊是名以降マジメに練習するようになったとは言え、さすがにコレには間に合わない。この1年で見ればほぼ練習していない状態なので、今回も「とりあえず出るだけ」ってレベル。改良したばかりのフォームをキープすることに終始し、その効果を確かめることを目標とする。記録はグダグダですが、とりあえず完走。フォームの効果は多少はあったのかな?(詳細→第24会NAHAマラソン)



マラソンの翌日、会社で同僚に、
「ゾンさん、意外と平気そうっすね。膝とか痛くないの?」
と尋ねられ、ふと気づいた。そういや膝が痛くない。フルマラソンで膝を痛めなかったのは初めてかも。となると、やはりフォーム改良の効果があったのだろうか?さすがに筋肉痛はきているが、それも太腿の上部。このあたりの筋肉を使うことを目的としたフォームのはずだから、ちゃんとできていたのかも?

しかし代償はあった。NAHAマラ後、3日間の休養をとってから新たにスタートを切ったのだが・・・走り出した瞬間に左足の付け根に痛みが走った。これは・・・骨にきてるんじゃなかろうか?この3日間にチャリ通もしたし筋トレもしたりと、けっこう脚は使っていたはずなのに、何故今になって・・・?疲労骨折寸前の状態だったのだろうか?とにかくこの日は超ゆったりペースで5km走って終了した。その後痛みがひどくなることはなかったが、しばらく安静が必要だ。フル完走後から過去最短で再スタートを切ったというのに、惜しまれてならない。
左足だけきたのはレース後半ずっと道路の左端を走っていたからだろう。公道は端が低くなっているため、端近くを走ってると左右の脚への負担が均等にならず、脚を痛めやすいと言われている。フォーム改良により体重を膝ではなく腰や臀部で受け止めるような走りになったため、膝にはこなかった。その代わりに腿に負担がきたのだろう。加えてあばら骨?が痛い。普通にしてれば平気だが、思い切り息を吸い込み横隔膜が動くと痛む。まだ、フォームに悪い部分があるのだろう。
この脚の痛み、やはりチャリ漕ぎには影響ゼロのようだ。会社の昼食会のときロードレーサー乗って行ってフラットで40km/hで走っても一切の痛み・違和感もなし。クロールのフィンキックも平気。でも平泳ぎのキックでをやると、途端に痛み出す。いったいどういう状態なのか?


そういえば、病院行くの忘れてるし・・・というか、年末仕事の手が空きそうだから通院&サークル平日組への顔出しを兼ねて有給消化しようと思ってたのに、ハンソンのタコから例によってキラーパスが。二人掛りで年明けまでかかりそうな量の仕事を俺一人で年内に終わらせるという、常識ではにわかに信じがたいスーパースプリントを見せたが、もう遅い。結局有給残してしまった。病院のほうはなぜか薬が1年分くらい余りまくってるので(笑)問題ないが。まぁ薬補充だけでなく検査もあるから、年明けかな。


忘年会シーズン到来。職場、FLUKE-UP、本社飲みと連日飲み会で久々に二日酔いになり、週末は爆睡した。FLUKE忘年会は久々に楽しかったぁ〜。来年への期待も膨らんでくる。ラストは走り納め、潜り納め&首脳会議?で〆ました。泳ぎ納めは県総のインボーによりできなかった。今年一年、何回やられたことか・・・。


年末は二年以上振りに実家へ帰省しました。と、沼津へ戻る途中、東京へ寄って行きました。実はこのサイトを見てメールを送ってくれたKHさんと顔合わせをしたのでした。お互い似た病気を患っているのはもちろん、趣味や性格も似ているためか、短い時間でしたが色々な話題で盛り上がりました。ネット上で知り合った人とこうして実際に会えるというのは、とても不思議な感覚でした。まぁ今じゃ当たり前なんだろうけど。
帰り際。地下鉄の駅まで送ってもらう途中、東京の某T大学の構内を案内してもらいました。実は俺、編入試験でこの大学を受験して見事に落とされた過去があったのでした(っつーかあのとき面接やった教授、前日の筆記試験の成績を見て「あ〜君はもう合格間違いないから、全然心配しなくていいよ」とか言いやがったくせに・・・)。いやはや、もう9年前になるかな。

ところで。ひさしぶりの本土の冬の香り、身を切る寒さ・・・だったにも関わらず、俺は沖縄にいるときと同じ服装だった。タンクトップの上に長袖のシャツを羽織っただけ(注:前ボタン全開)。持って行ったジャンバーを帰省中に着ることは一度もなかった。街や駅を歩いている人たちと比べて明らかに俺が一番薄着。南国の暖かさに慣れてしまった人間なのだから普通逆だろ?と思うのだが。練習ギヤチェンジしたことで、もともと浪費型だった細胞が更に活性化したのか?沖縄にいるときも去年の冬と比べて薄着のような気がするし。これじゃ給料上がったのに、エンゲル係数は変わらない。


更に。大晦日には地元の親友Daiにも久しぶりに会いました。俺が沖縄へ来て以来、ほんっとに久々だ。昼飯がてら、かつての行動範囲を車で走ったりして懐かしかったが・・・新しい道路ができたりと、大きく変わったとこもあって驚かされた。が。当然と言えば当然だが、あまり久しぶりという感じはしなかったけどね。子供の頃、永い時間を過ごした場所なわけだし、俺にとっては「そこにあるのが当たり前の場所」だから。


あっと言う間に終わった一年のように感じる。が、改めて思い返してみると何かと「初体験」の多い一年でした。良い事・悪い事含めて。でも、それが人生にとって一番よい事なんだけどね。周りを見渡せば世は大不況、そんな中で、安月給ながらこれだけの体験をする余裕があるってのは、ある意味贅沢なのかもしれない。
伊是名へ行って来てからは期せずしてギヤチェンジできて、来年はホント楽しみだ。あのときボトルを渡してくれた選手は、あのレースでだけでなく今後の俺をも救ってくれたように思える。今度こそ、二度と立ち止まらずに前進し続けたい。


来年は・・・とりあえず早く映画が見てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!!!
正月とか言って休んでる暇ないぞ。寝ずに編集しろ!さっさと上映開始しろ!!


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