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<写真>モノレールの壺川駅から会場を見下ろす。自ら地獄を味わいに、遠方から高い金払ってまで来る人間がこんなにもいるとは。。。
この一年まともな練習全くしてないので、今回も4時間すら難しそうな雰囲気。タイムは諦めて練習と割り切っての参加。改良したフォームの効果を試してみることを主目的とする。今年は申し込み数がなんと33,000人、東京のシティマラソンを超えようかという勢いになってきた。この調子で申込者が増えすぎて、そのうち抽選とかにならないことを切に願う。伊是名トライアスロンも然り。
前日までイライラが募りろくすっぽ寝ることもできず「こんなんで走れるのか?」と疑問すら感じたが、会場に到着した瞬間、そんな不安は一瞬で忘れ去っていた。雰囲気に呑まれ、早くもワクワクしてくる。今回も特にアップとかも必要ないレベルなので、荷物預かり所の前でパワーバーを口にしたり水分補給したりして、スタート時刻を待つ。靴紐も今回は緩め。可能な限り脚で蹴らない走りをしていくため、緩くてもOKだ。そのほうが脚の疲労も少ないし。 ゼッケン番号順に沿道に整列させられ、やがて公園内からR58へ誘導され、更に長いこと待たされる。その間にスターターのJリーガー・我那覇選手と北京オリンピック・女子重量挙げの大城選手が紹介される。 司会のアナウンサー?が「スタートの10秒前になったらみなさん一緒にカウントダウンしましょう!」と言ってたくせに、いきなり「はい、スタート6秒前です」となる。そして9:00AM、選手全員の拍手とともに33,000人が42.195kmの旅に出発。 今年はゼッケン番号が3000番台の後半になってしまい、スタート位置がけっこう後方となる。スタート時のタイムロスは4分もあった。もっとも、最後尾はロス23分とか言われてるけど(笑) 今回は「腰の入ったフォーム」を維持することにのみ集中した。ペースはほとんど気にせず、無理に前の選手を抜こうとはしない。ひたすらフォームをキープすることだけを考え、我慢我慢で走る。視線もすぐ目の前に落とし、先は見ない。フォームを気にしているうちに知らぬうちにけっこうな距離走っていたりして、得した気分になったりもする。けっこう暑くなってきた。7km地点、尿意をもよおし仮設トイレを使用しようと思ったが、けっこうな人数が並んでたのでスルー。ここまでいい調子で来てるので、立ち止まって調子を乱さないことを優先した。 前を見ると、アフロヘアー+スーツ+革靴(!)で走ってるオッサンが。今回の仮装大賞No.1だな。マジ笑ってしまった。10km通過がちょうど1時間、スタート時のロス4分を考えると、悪くないペース。15km通過は1時間27分、前半の山場であるアップダウンが続いたがここもいい調子だ。このペースを最後まで維持したい。その先は中間点、その先しばらくまでゆるやかなアップダウンがひたすら繰り返される。同じような景色が続き精神的にきつくなるため、ここでも視線は足元。上り坂でペースを維持するために脚を使ってしまっていることに気づき、ペースを落とす。上り坂は無理せず、従来の摺足走法で競歩寸前の走りでいく。 中間地点の平和記念公園では2時間ちょうど、まだ余裕あり。ただここで調子に乗って若干ペースを上げてしまう。米須まで来るとほぼフラットになるから勢いに乗って・・・と思っていたが、その先のひめゆりの塔〜琉球ガラス村あたりまで意外に傾斜がきつく誤算となる。チャリで走ったとき勢いに任せて走り切ってしまい、ここの上りはチェックし忘れていたな。やっぱマラソン試走しないとダメだ。この辺りから左足の脹脛が痛み始め、嫌な記憶が蘇ってくる。 国道に復帰し、市街地へ入る。ここからラスト10数kmのフラットコースをスパート・・・無理か。30km、糸満のロータリーを通過。喉の渇きが著しいため、水分をかなり多量にとる。幸い腹の苦しさはなかった。また、伊是名の二の舞を踏むまいと、糖分も定期的に取っていく。 脚の痛みが顕著になってきた。無理にペースを上げようとして脚を使ってしまったようだ。さっきまで他の選手を抜くことが多かったが、一気にペースダウンして続々と抜かされるようになる。それとともにフォームを維持する集中力がなくなってきて、余計に脚を使った走りになっていくという悪循環。それでもこのまま行けそうかも・・・と思った矢先、34km過ぎで左の脹脛が痙攣する直前にまでなってしまい、路肩で止まって屈伸。やはり練習してないとこのあたりが限界か、過去二年と同じだ。少し走って限界がきたらまた屈伸。そこから37km付近までこのような状態を繰り返す。沿道の人に2回ほどスプレーをかけてもらい脚の痛みをごまかす。俺のこの脚の弱さ、練習不足はもちろんだが、普段の生活にも問題あるような気がして来た。仕事が完全な「座り仕事」だかんね。一日中立ち仕事の人は日々耐久力が鍛えられているのかもしれない。 37km通過、少しは脚が回復したか?フォームを元に戻し、背筋を伸ばして走り出す。お!行けそうだ。激痛が消えている。ペースを落とした3kmの間に和らいだようだ。が、やはりこの3kmでのロスは大きく、この時点で4時間切りが不可能になる。 フォームが元に戻ってからは前を行く選手を次々と抜いていけるようになった。抜かされることはほとんどない。このフォームは歩幅は狭くても自然とピッチが上がるようになっているみたい。ここまで息は全く上がってなかったが、ここへ来てペースとともに息も上がってきた。フォームの維持、ひたすら我慢だ。赤嶺のモノレールが見えてくるまで嫌な距離があるのだが、ひたすらキープした。右折してモノレールの下に入るポイントと、そこからしばらくは緩やかに上る。上り切ったとこが40km地点、そこまで我慢し、ここで最後の水をもらいスパート。この先に上りがないことは知っている。前を行く選手をジャマと感じるほどにペースが上がった。 公園敷地内に入る。周囲の選手に比べてかなり速かったので、沿道から何度か声を掛けられる。ゴールゲートの前の直線で数名の選手とスプリント勝負になったが・・・そもそもタイム的にグダグダなんで争う価値もないと思い、前を譲る。結局4時間30分ちょい。まぁ去年よりは早い程度。それでも練習量がゼロに近い状態なのに少しでも前年を上回れたのはフォーム改善の効果だろうか?特にラスト5kmの一番キツイ場面でもピッチが落ちにくいのは効果大だったかも。 結局また脚の痛みに負けてしまったが、ラスト5kmはそこそこ頑張ったので、ゴール後はかなり疲弊していた。脚の痛みに加え、めずらしく気分も悪くなっており、グランドから荷物預かり所に向かう僅か数百mを歩く間にも、植え込みの芝生に座り込んだりして数回休憩を入れる必要があった。誰かに記念写真を頼もうかとも思ったが、そんな気力も出なかった。売店のベンチで脚を休ませコーラをすすりつつ、気分が回復するまで1時間以上ボケーっとしていたが、その間にもコーラを戻しそうになったりする始末。右足の親指には大きな水ぶくれができていた。さすがに練習不足過ぎたか。 首里からの帰りのタクシー、マラソンに出たという話をしたところ、運ちゃんが「私は気孔ができるから」と、タクシー降りるときに脚のマッサージをしてくれて、更に「気」を送り込んでもらった。曰く「右足のほうがダメージが大きいようだ。熱が激しく出ている」と。俺的には左足のほうが痛かったのだが、果たして効果のほどは・・・? |