闘病日記

2014年1月〜3月

<1月>

今年はお互いの故郷へ、初めての顔出し。

1/1(水)沖縄→沼津へ。飛行機は那覇から静岡空港へ。以前は「静岡空港wwwマジ税金の無駄www」とか思ってたけど、非常に助かりました(笑)でもって高速バスでJR静岡駅へ、でもって子供もいてもう疲れてたので新幹線で三島、鈍行で沼津へ。やっと到着。ホテルは駅北のターミナルに最近できたっぽいホテル。買い出しはイトーヨーカドー、夕飯は元旦ってことで店がやってなくて困ったが、何とか中華料理屋にありつけた。
1/2(木)ホテルの窓からは、富士山が素晴らしく良く見えました。この日の朝、地元の旧友であるDaiの一家と再開。ホテルのロビーまで出向いてもらいました。こちらも妻と子供を初めてご紹介。お互い家族を持つようになったなんて、大人になったもんだ。反面、これだけ長い付き合いがあって、やっとこお互いが親になった、と思うと、人生まだまだ長いですね。
その後、妻がどうしても温泉に行きたいというので、高専近くに新しくできたらしい温泉へ一人GO。俺はホテルで子守。昼過ぎに実家へ。姉ちゃんも子供連れて来てくれてたので、久々に一家集合できました。でも突然大勢の人にもみくちゃにされて、ミクラは号泣(笑)でもって、夕飯は念願の丸天へ。大した時間待たずに入れた。で、ここぞとばかりに美味いモンありったけ食べました。追加注文しすぎて伝票が束になってたし。別に味付けがどうのこうのとかじゃない、単に素材が良く新鮮であるってだけ。こっちじゃコレが当たり前だったんだよね、もう忘れちゃったけど。


<写真1>駅北のホテルに宿泊。窓からは真正面に富士山が見える。

<写真2>魚河岸丸天。高専時代に短期バイトしてたこともあります。いつの間にやら全国区。

1/3(金)この日は三島から新幹線ひかり号で京都へ。9時過ぎに出て12時には到着予定。
が!
なんと!!
東京・有楽町の火災で東海道新幹線上下とも全線ストップ!運行再開の目途なし!!
アンビリーバボー。

はてさて、困り果てた。京都までどうやって・・・。
案1:羽田から飛行機で大阪へ。。。羽田へ出るまで東海道線と京急を乗り継いで3時間、労力も金も掛かり過ぎる。却下。
案2:東海道線で名古屋へ。。。沼津から名古屋まで約4時間。却下。
案3:高速バスで名古屋へ。。。高速バスは沼津では止まらないので、富士に出て、そこからバスを乗り継いでやっとこ高速バス乗り場へ。しかも名古屋まで4時間。だったら東海道線の鈍行で行くのと変わらない。却下。

静岡県はこういうときに迂回路がないのが難点やね。結局、新幹線の運行再開を待つ、ダメなら沼津でもう一泊、ってことになった。とりあえず三島へ出て状況を聞いてみる。と、下りの運行が再開されるようだ。12時、やっとこ新幹線到着。予想通り、アリエヘン混み混み状態。妻が切符買いに行ってる間に俺が先頭で順番待ちしといたのだが、じゃなかったら乗られんかったでホンマ。デッキに立ったまま、隣にいたおじいさんにも手伝ってもらいながらの授乳。よくぞ乗り切った。静岡で少し人が降りたとき、妻は席を譲ってもらえた。俺は豊橋でなんとか座れた。となりの若いお母さんは、子供が愚図り続けてもうウンザリって感じ。心中お察しいたします。ミクラは大人しくしてくれてホント助かった。
幾多もの困難を乗り越え、京都駅に到着。今日中にたどり着けただけでも満足。 今回の帰省のそもそもの発端は、妻が高校の部活の同窓会。先生が退官するとかで、今回はどうしても参加したいから、と。子供も連れて夕方から同窓会行くので、その間は俺はフリー。京都駅ビルのラーメン街へ繰り出す。京都駅周辺をまともに歩くのは・・・いやはや20年以上ぶりですかな。高専時代に修学旅行で来たのが最後だったかと。 で、ラーメンですが、意外とノーマル系が少なく、「ココだ!」って店が見つからない。で、正月で家族連れやカップルでごった返してる中をオサーン一人で寂しくウロウロした揚句、富山のブラックラーメンを出してる店に決めました。これはナカナカいけました。

翌日は妻の姉家族が住む大阪へ。お義父さんとも待ち合わせし、フグ料理をいただきました。マトモに食べたの、初めてだったかも。ザコいクサフグならしょっちゅう釣り針もってかれてたけど(笑)この日はご自宅へお邪魔して一泊。当然、子供らは強制的に寝かせて二次会。一泊とは思えないほど、楽しく、幸せな時間を過ごせました。ミクラもいっぱい可愛がってもらいました。


<写真3>大阪道頓堀。グリコと同じポーズで写真撮るのがマナーであると後々教えられた。

<写真4>妻の姉家族のご自宅にて2次会。テーブルに置かれてるのは、高級シャンパンの代名詞とも言えるアレですぜ、ダンナ。

年内から就職活動始めてましたが、沖縄に戻って来てからはノンストップ。
書類選考で無情に落とされるとこもあれば、ダメ元で出したとこが書類通ってしまったり。。。傾向として気付いたのは、学歴が「不問」「高卒以上」、資格とかも必須でないようなところは、けっこうアッサリと落とされる。逆に「大卒」のとこは、ダメ元だったとこも含め全部書類通った。つまりは・・・誰でも出来る仕事だったら、誰だって若い人を取るでしょう(給料も安く済むし)。逆に大卒=ある程度の人格・経験を求めるとなると、沖縄では人材が限られてきて、俺のような年齢でもターゲットになりうる。ってことでしょうか。

ただでさえ焦りがあるのに、加えてプレッシャーになるのが、子供の保育園の件。競争が県内一激しいといわれている浦添市において、認可保育園に入れさせてもらうためには、両親フルタイムで働いていることがほぼ必須条件になってくる。その入園可否の決定が2月頭に迫っている。それまでに、何とか内定だけでも取らないと。。。
もともと仕事が少ない沖縄で、しかもこの年齢、目立った国家資格も持っておらず、仕事で身に付けたスキルも光る物は一つもなし。こんなんで簡単に仕事にありつける訳がない。若ければ非正規でもバイトでも働きながら資格の一つでも取る、なんて選択肢もあるだろうけど、俺の年齢じゃ数年後に何らかの資格取ったからといって、採用してもらえるとは思えない(資格はあっても未経験じゃね・・・)。本当に「詰み」の状態。食事も全く喉を通らない。食パン一枚食べるのに10分くらい掛かったり。夜中に目が覚めかけた瞬間、職探しのことが頭に浮かんで、それから何時間も眠れなかったり。
もうハードルが低そうな非正規職員とかでもいいから、とりあえず働いて、今後のことはそれから考えよう・・・と、テキトーにいくつか応募してみたりもしたが、箸にも棒にもかからず。

1/27(月)駒はあと2つ、これを両方とも逃すとアテがなくなるという、追い込まれた状態で臨んだ会社の面接で、やっとこ内定を貰った。8割方、社長ともう一人の方がしゃべって、
「はい、じゃあもう決まりね。ヨロシク!・・・あ、何かこんなヤクザみたいなやり方になっちゃってるけど、OK?(笑)」
みたいに。更には「時間ある?じゃ一緒に昼飯食ってこ」と。
これまでには、先方が求める全てのスキルを満たしているにも関わらず、アッサリ落とされたところもあった。ほんとに採る気あんの?役所なんかで良くあるらしい「コネで既に採用決まってる人がいるけど、大人の事情で求人出さないといけないから、上辺だけで出してる」みたいなことしてんのか、と。対して、この会社は、俺は即戦力としてはほぼ使えないにも関わらず、熱烈歓迎で取ってくれた。捨てる神あれば、拾う神あり、である。
翌日、もう一社の面接。どちらにしても、最後になるはず。前日の会社とは、もう何もかもが正反対。正反対すぎて笑えるほどだった。結局こちらはダメだったけど、善戦したかな、と。


長い長いトンネルを抜けた。本当に、身が滅びそうだった。もし妻が居てくれなかったら、独身で自分一人だったら、冗談抜きにノイローゼになっていた。あのままズルズル行って、貯金を使い切って、沖縄を去っていた可能性も大。何も言わずに、黙って堪えてくれた。生涯、妻には頭があがらない。
他にも、あらゆる人に支えられた。子供の笑顔、大切な友人、大切な親族、拾ってくれた会社の明るい社員のみなさん。。。若い頃は、何だって自分一人でやれると思っていた。実際、やってきた。今は齢を取った。昔とは違う。人は独りじゃ生きていけないんだって、言葉では分かっていたけど、今回は身をもって痛感した。

1/29、30、妻が入手してたウィークリーマンションの無料1泊チケットを使い、近場で一泊。本当に近くだけど、自分も妻もずっと家に閉じこもり切りだったので、とにかく外に出て、気持ちをリセットする必要があった。とりあえず一区切りできたけど、これからも大変になる。ってことで、今後に備えて、美味しいモンも食べて英気を養っておく。天気は2日間とも初夏のような陽気で、Tシャツ一枚でちょうど良い。う〜ん、海入りたかったぁ。


<2月>


<写真1>てだこウォークへ参加。こんなに大勢の人が参加してるなんて知らんかった。

<写真2>スタート直後、早速の寄り道。こんな調子だから、序盤は最後尾スタッフから煽られて歩くハメに。


<写真3>浦添城址にある展望台からの眺め。普天間基地が一望できます。

<写真4>城跡から下る。ここまでくれば、ゴールまであと一息。

2/1(土)午前中は定期通院行って、お昼からてだこウォークへ、ライオン夫妻と共に初めて参加。このイベントは距離の異なる複数のコースがあり、最長はなんと42km。歩きだと10時間くらいかかるんちゃうか?自分らはというと・・・子供を背負っての参加なので、とりあえず5km。それでも浦添運動公園から浦添城址に上るまでは急勾配が続き、運動不足の身体には堪えました。子供も既に9kg弱あるし。ここ1週間くらい、初夏のような陽気だったが、この日は雲も出て暑さはなかった。前日のような暑さだったら汗ダクになってたハズ。 昼飯食べずに参加したようなモンだから、ゴールする頃にはお腹ペコペコ。4人とも、屋台でジャンクフードにがっつきました。
このコース、ジョギングにも使えそう。プチトレランできるし、車や人はほとんど通らないし、景色も良いし、アップダウンきついから負荷もかかる。夜間は無理だけど。



<写真5>本格的なトレラン大会としては沖縄初となった、本大会。開催する側も大変だっただろうなぁ。。。

2/8(土)第一回国頭トレイルランニングへ参加。念願の初トレランです。な〜んにも練習してないケド(汗)それでもこれだけ楽しめたんだから、ちゃんと練習して出ればもっともっとハマるはず。内地じゃけっこうブームらしいけど、理由はよくわかった気がする(詳細→第一回国頭トレイルランニング)。

2/10(月)新しい職場へ初出勤。何もかも、今までとは全く違う。翌日は祝日だったが、いきなりの休日出勤。この週の土曜日も普通に出勤。仕事にもまだ慣れないもんだから、家に持ち帰って少し作業したり。。。いきなりハードですが、もうあーだこーだ言ってられない。やるしかありません。会社で自分用のPCが用意されるまで、馬鹿でかいマイ・ノートPCとランチジャーと水筒をリュックに担いで、最寄りのモノレールの駅まで2.5kmほど歩いて通勤することになりますが、やるしかありません。

2/15(土)サークルにて少し遅めの新年会。普通に出勤&残業したので遅れての参加。野郎オンリーですが、楽しかった。食べ放題&飲み放題で手頃な値段だったので、腹ペコだった俺は次から次へと注文。そのぶん、新人バイトのコはテンパリぎみだったけど。
2/23(日)試験Lv.1を受けに琉大へ。結果はまぁカンタンなものなので、言うに及ばず(やや焦った場面もあったが・・・)。沖縄に来た当初、ご近所に住んでいて、大学ループ道路をジョグコースにしていたので、かなり懐かしかった。大学出てから、まだそんなに経ってなかった時期。あの頃の走りとは、また別のものになってる。在沖歴も、もう10年目に突入しております。あれから、実にいろいろなことがあり、今こうしているんです。

2/27(木)一泊の出張で宮古島へ・・・まさかこんな形で宮古を訪れることになるなんて、一年前には一体何処の誰が想像し得たでしょうか。強行スケジュールの弾丸ツアー。現場終わって遅い昼飯でビールを飲んで、宿へ着いてからも書類を作成。寝たの朝4時、滞在時間・24時間のうち、大半を仕事して過ごす。それでも「宮古島に居る」というだけでワクワクしてしまいます。やはり、特別な思い入れがある島です。
年度末が近いってことで、公共工事関連の業者でしょうか、自分と同じように作業着姿で飛行機に乗り込んでくる人が多かった。


<3月>
仕事終わって家に帰って、ご飯いただいて風呂入って洗いものして洗濯たたんで洗濯干して・・・やっとこ腰を落ちつけられるのは23時過ぎ。そこから2時間程度、資格取得のためのお勉強。今回の就活で「資格持ってれば」って思えたこと数知れず。取れるものは取っていく。今年は4個受ける。が、前述の通り24時近くから始めるので、寝るの2〜3時頃。朝は6時〜6時半起きなので、4時間くらいしか寝られない。当然、寝不足。俺は以前から「万年寝不足」を自称していたが、そんな次元の話じゃない。現場で昼休みに、狭苦しい軽自動車の中で、しかも直射日光でかなり暑い日なのに、目を閉じた瞬間に眠りに落ちるほどの睡眠不足。最近流行りの「ライフ・ワークバランス」的にはめちゃくちゃですが、それでも大きなモチベーションができているので、何とかやっていけるだろう。この状態が、この先一生続くわけじゃないんだし。
仕事は年度末ってこともあって、めまぐるしい忙しさ。一日で名護・うるま・糸満2回と走りまわったり。名護だって、1か月半で6回行ってるし。
・・・とか言いながら、会社の車がMT車なので、実は車で遠出するのが嬉しかったり(笑)自分のやりたいことやってる時間なんてゼロなので、車に関心の薄い俺でさえ、運転することがストレス発散にはなっている。更には普段は絶対に入ることのできない○○○や××の裏側を覗けたり。3月末日まで1週間を切った頃に「年度内に、何とか終わらせてくれ」と依頼された仕事をソッコーで上げたら、先方からとても感謝されたりと、忙しいながらもなかなか楽しめてはいる。が、なんせ休みが少ない。土日両日出勤のケースもある。自分が休めないってことは、妻も休むことができない。これは非常に辛いところである。

3/23(日)今年の初潜りは大度海岸へ。妻が陸上で子守してくれてたので、自分が久々に海へ入れました。この時期だってのに、海へ入ったのが6名も!なかなか健闘しております(何が?)しかしフード付けてたの俺だけだったので、一番寒さに弱い俺が、一番余裕だったり。
この日の朝、集合場所である大度の米須(?)へ向かう道すがら、南部トリムマラソンに遭遇しました。ほぉ、県道7号を走るんやね。ちょうど一年前、自分も練習で走った。なかなか気持ちの良いコースである。同時に、印象とは裏腹になかなかアップダウンのキツイコースでもある。


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