闘病日記

2014年4月〜6月

<4月>

4/1(火)子供の保育園入園式。ってことで自分も代休取って家族3人で参加してきました。生まれたばかりと思っていましたが、早いもんです。泣き虫なので一人でやっていけるか不安ですが、まぁ先生が何とかしてくれるでしょう。ところで・・・ここんとこ暖かい陽気が続いていたのだが、この日ばかりは何故か大雨。一体、何故なのか。一体、誰に似たのか。甚だ疑問である。しかし「雨降って地固まる」という言葉もありますから、良しとしましょう。
そういえば4月1日といえばエイプリルフールですが、自分の職場は毎日がエイプリルフールのような会社なので、全然実感がありませんでした。


身内に不幸があった社員が1人、しばらく休むことに。で、この方の抱えていた仕事を月末までに終わらせないと・・・ってことで、社長と自分とでスーパーハイペースインチキ現場廻り。二日間かけて、一番遠い名護から那覇へ向かって南下、二日目なんて車乗りながら助手席で弁当。もともと4月頭から風邪が治らず、鼻水ズルズル・喉もイガイガの状態だったのだが、この2日間がトドメとなった。無理もないか・・・。夜寝るときには40度近い熱。翌日は会社休んで掛かり付けの先生のとこ行ったら扁桃腺がかなり炎症起こしてると。その翌日も当然休むべきなのだが、どうしてもやらなければならない仕事があったので半日だけ出勤。ヘロヘロだ。


<5月>
ってことでGWはほとんど家に籠りっきり。それでも薬飲んでからはグングン回復、カナさん宅のバーベキューにも行ったりと、それなりに楽しめていたのだが・・・最終日の午後になってとてつもないダルさが襲ってきた。立ち上がることすら極めてしんどい状態。結局、GW明けの初日も会社休んで病院で点滴打つハメに。
夜間作業してAM.3時過ぎに帰ってきて、翌朝は7時に出勤。一段落したら代休取ろうと思っていたが、一段落などする気配もなく、ぶっ通し。梅雨入りしたとはいえ、夏のような気候の日も多く、毎日汗ダク・ドロドロに汚れて帰宅。洗濯も子供のものとは一緒にはできないので毎日2回。そのうち自分が手をつけて先延ばししていた案件が一斉に動き出し、更にタイトに。休日だけでなく、平日も21時、22時が当たり前。子供のことや家のこと、全部嫁さん任せになってしまい、何と謝ればよいのか。自分も休みがなくて大変だが、自分が休めない=妻も休めないってことになるから、マジ共倒れ寸前。唯一の救いは仕事自体は楽しいってことか。仕事が嫌なのではなく、もっともっともっと・・・時間が欲しい、時間がないことがストレス。

更に加速度的に仕事のスケジュールがタイトに。俺だけじゃない、社員みんな、寝不足ヘロヘロなのが見てわかる。


<6月>
6/1(日)試験Lv.3-1でまた琉大。一通りはやってあったが、GWに風邪ひいて以降、半分投げてた。っつうか仕事忙しすぎて、勉強なんてやってらんねーっての。大概はできるので、あとは直前に暗記物だけやって、とりあえずギリギリでも受かればいいやって状態。で、過去問やってみて余裕で合格ライン到達する見込みだったのに、なんか今年はエラく難しくないかい?でもみんな退出可能時間になったらソッコー出て行ってるし。最後まで部屋残ってたの、俺一人(笑)みんなミッチリ勉強してあって超余裕なのか、正反対で投げてんのか。
当日帰宅してネット見たら、もう解答速報が乗ってた(早っ)。8割正解だったので、とりあえずOKなはず。

そこから仕事は更にノンストップ。大きい現場を3件ハシゴするような毎日。更には雨でズブ濡れになったり、かと思えば天井裏でサウナ状態での作業。足場の悪い場所で天井の鉄骨を掴んで体勢整えようとしたら、鉄骨の温度が60度くらいになってて触れなかった。汗ドロドロ、断熱材チクチク。精神も削られる。たまに子供が熱出して早退したり、欠勤したりすることがあるが、俺は子供を理由に休めるだけマシなほうか。
寝不足も、もうやばい状態になっている。たまたま土曜日に夫婦とも休みとなった日があったので、海に出かけた(土曜は子供は保育園なので)。帰り道、恩納バイパスで俺が車運転していたのだが、居眠り運転で自爆事故寸前になったときがあった。それだけじゃない。仕事で車乗ってるときも、赤信号で停止している間に寝落ちしたことが、数えきれないくらいある。しかもお昼過ぎとかじゃなくて、朝の出勤時から。「赤信号居眠り事件」は沖縄に来て初めて見た光景であり、「いくらノンビリした風土だからって、あり得ないだろ」って、少し呆れてたのだが、今や自分がその状態となっている。明らかに、正常じゃない。


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