闘病日記

2012年10月〜12月

<10月>

台風が去るたびに、気温がグングン下がって過ごしやすくなった。チャリやRUNでも、ボトルの中身がほとんど減らなくなった。

ある日のチャリ帰宅時のこと。赤信号で停まったとき、最前列に若造グループの原チャリが数台、横に広がって停まっていた。なので左側すり抜けて前に出られず、俺はその後ろで待っていたのだが。左端のやつが俺に気づいてわざわざ原チャリを動かして前へ通してくれた。マナーの良い・悪いに年齢は関係ない。悪い奴は歳とったからと言って直るハズもなく。良い奴はたとえ小学生だろうが良い。「他人へ迷惑を掛けないこと」を最優先事項として生きているかどうか、それだけだ。
ちょっと前に「自転車の悪質運転者に講習義務化も」という記事をネット上で見たが、無駄無駄。車なんて免許とって=講習受けて乗ってるはずなのに、ケータイ使いながら・車窓からタバコポイ捨て・飲酒・歩道手間での一時停止無視・・・全然ダメじゃん。ケータイ使いながらチャリ乗ってるやつは車に乗ってもぜっっっったいにケータイ使うし、チャリで信号無視するやつは歩行中も信号無視する。間違いない。悪いのは車でも自転車でもなく、乗っている人間だ。講習じゃなくて高額な罰金にしろよ。飲酒運転だってそれで激減したんだから。たかがチャリンコであっても、信号無視・飲酒運転・車道逆走・無灯火・ケータイ使いながら・傘指しながら・歩道暴走、このあたりは一律罰金50万円でいいよ。俺は日々チャリ乗ってるが無関係だし。


うわぁぁぁ〜っ!!また伊是名トライアスロン中止だぁ!過去4年間で出場できたの1回だけ。トータルでも7戦3敗とめぐり合わせが悪い。確かに毎年台風の接近で脅かされてはいるが、今回の台風21号の迷走っぷりはひどいモンだった。長々と沖縄の近くに居座ったあげく、一気に加速して逃げ去り、大会当日は最高の陽気!でも直前1週間荒れつづけたために、離島は物資が不足してしまったらしい。大会の中止も、台風のせいで準備ができなかったのが原因なのでしょう。
今年は夏場からRUNの長距離を走れていた。伊是名前に久々にしっかり練習できていたので、今年こそは!って思ってたのに。ライバルたちとの勝負も楽しみにしてたのに。大会当日はマイ誕生日と重なってたのに。またしても2万円のTシャツお買い上げになってしもた(涙)

とはいえ。開催されていたとしても、はたして満足行く走りができたかどうかは怪しいところ。直前の1週間は仕事が火を噴いて、疲労がピークに達していた。元々この週は練習は一切無しの予定だったので走れないことでストレスが溜まることはなかったのだが、それ以上に疲れた。やつれた。結局、20日の土曜日も休日出勤、派遣さんも含めてほぼ全員が出勤するほど忙しかった。だいぶ前から4連休(土日月火)を取ります宣言してたし、昨年は仕事を優先させて2万円を諦めたので、今年は忙しくてもかまわず行くつもりではあったけど、実際のところ俺一人欠けるだけでも大変なことになっていたはず。出場しても、溜まった疲労で重くなった身体と、後ろめたさを抱えて走るハメになってたはず。中止になったことで悔しさ半分、ホッとした気持ちが半分ってとこかな、結果的には。大会が行われるハズだった10/21(日)は久々にゆっくり休んだ(ホント久々や)。


お次はNAHAマラソン、その前に調整具合を計る中部トリムマラソン。ただ闇雲に走るだけじゃしょうがないので、目標ペースで走る練習もしてみる。今まで「ゆっくり長く」という走り方しかしてこなかったが、同じこと続けててもなかなか進歩しないし。おあつらえむきに、近所に浦添運動公園がある。トラックが無料解放されてるので、使わない手はない。ジョギングしたり親子連れで散歩してる人とかも多いので、ここでハァハァ言いながら目を血走らせながら走ってるのもKYだが、まぁいいだろう。しかし数年前から気になっている体の左右差は縮まるどころか大きくなる一方。このままの状態でガムシャラに走っても、効果は少ないような・・・一度、専門家に見てもらったほうが良いかな。
ってことで、会社の近くの、以前から気になっていたスポーツジムへ行って「身体のバランス測定」なるものをやってもらう。細かい点はさておき、圧倒的に大きな問題は、以前から自分で気づいていた通りのもの、そのまんまだった。よく言われる「自分の身体のことは(医者よりも)自分が一番よくわかっている」というの、またまた実感してしまいました。が、その問題の原因がどこにあるのかは、人に見てもらわなければわからなかった。自分でも直そうとしていたが、今回指摘されたことを考えると今まではかえって悪化させるようなことをしていたっぽい。まぁ長い年月をかけてついてしまった身体のクセだから簡単に直るわけもないが、これが糸口になれば、と思う。


<11月>
初っ端っから風を引いてしまう。熱はないようだが、咳が止まらない。狂ったように咳が出る。結果、喉が痛くなって更に咳が出るようになる、という悪循環。先月から仕事がプチ忙しい状態が続き、それ以外モロモロでストレスとなっていた。鬱病になると不眠がちになると言われているが、軽く鬱っぽくなっていたのかも(一時的なものであることは分かってるので自分でも心配はしてないが)。夜中にすぐに目が覚めて、その後全然眠れない日がここんとこ多い。加えて前述の咳が原因で寝つきが悪い上に、夜中に意識が戻りかけた途端に咳連発で目がすっかり覚めてしまう。お蝶曰く「寝る前は副交感神経が過敏になるので喉のイガイガを感じやすくなるのでは」とのこと。日中起きているときは気にならず「そろそろ回復してきたのかな?」と思ったら布団に入った途端に咳連発、みたいな。どうにもならないのでついに睡眠導入剤を使用。とりあえず飲んで寝た日は夜中に目が覚めることはなくなった。本当に効き目のある薬なんやね。かつて膠原病で入院して、プレドニンの副作用で全然眠れなくなったときは、睡眠導入剤使っても1mmも効果が無かったのに(笑)あんときは睡眠時間0〜3時間の日が、1日も例外なく2ヶ月続いた。マジで21時就寝、24時起床の3時間がMAXだった(21時の消灯時に寝付くのに失敗したら0時間)。
咳に加えてもう一つ出たのが消化機能の低下。いわゆる腸閉塞の一歩手前の状態。コレ、俺の場合は無理な運動、例えば何ヶ月も運動ゼロのところへいきなり毎日マラソンやり始めて、1週間とか10日くらい経って疲労が蓄積してきたときに発症する。チャリで1回目に北海道行ったときが良い例だ。じゃ今回は?確かに仕事などのストレスが多かったが、以前にはもっと大変だった時期も少なくない。練習量はといえば、その仕事のせいで少なめだったとはいえ、これももっとサボってしまった時期は過去に何度もある。問題は内容、インターバル走をやり始めたことが原因と推測。いや、全然ハードなことはしていない。距離は10km以下、これまでメインだったロング走の半分以下だし、スピードもキロ4分程度。でも「今までやってなかったことをいきなり始めた」という点がポイント。キロ4分・・・「普通に速い」程度にしか考えてなかったけど、考えてみればキロ4分で最後に走ったの、いつだっけ?もう長いこと「ゆっくり長く」しかやってなかった気が。同じ「マラソン」でも、キロ5〜6分とじゃ身体への負担が別物なんだなぁって改めて実感した。
しかしまぁ・・・一旦風邪ひくと回復に一週間はかかる。数年前からそんな状態になっちまった。歳取った証拠かぁ・・・いや、少し回復してきたところへ調子に乗ってふみ♂と飲みに行ってしまったのが原因か(笑)

今回の咳は殊更に酷く一睡もできない日があり、仕事も休んでしまう。どうにかならんもんかな・・・とネットで咳止め薬を検索。ベンザブ○ック、コンタッ△、ア×トン・・・聞き覚えのある商品名がいくつか出てきたが、レビューを見るとどれも確実な効果は期待できなさそう。しかも副作用があったり中には麻薬の成分が含まれていて多用御法度だったりするものも。薬である以上、身体にとっては毒であることには変わりないわけで。で、更に調べていると、おおっ!?大根のハチミツ漬けなるものに遭遇。初めて知ったけどポピュラーなものだったようだ。これは皆一様に「効く」と書いてあるし、さすがにこれなら副作用もないだろうし。で、幸運にも冷蔵庫に大根があったので(夕飯おでんだったので)真夜中の台所で一人大根を刻む。ハチミツはなかったが水飴でもよいとのことなので(効くのは大根の汁らしいので)コーヒーのガムシロップで代用。本来は大根の汁が染み出すまで何時間か置いてから飲むようだが、もう待ったナシの状況だったので、サイコロ状に刻んだ大根を5〜6個よく噛んで食べる・・・お、これだけでもマジで効いたっぽいぞ。少なくとも起きている間はほぼ完全に咳が治まった。まぁ寝るときになると少しぶり返すのだが、飛躍的に改善している。今回やった感じでは、大根の辛い部分(葉っぱの付け根付近よりも先端に近いほう)を使うほうが効果が高いように感じた。まぁ3日間試しただけだからわからんけど。


[補足]
俺は専門家ではないので素人知識ですが、咳はそもそも異物を身体の外に排出するための現象なので、無理やり咳を抑えてしまうことはあまり好ましくないとのこと。肺炎や結核など重大な病気が原因の可能性もあるので、熱が出たり何週間も全く改善しないならやはり医者に見てもらうしかないと。ただあまりにも激しくて夜寝られないとか仕事が手につかないとか「咳のしすぎで肋骨にヒビ入るんちゃうか?」と心配になるほどだったら、応急処置として上記のような方法もアリなのかと。




11/18(日)中部トリムマラソン(詳細→第23回中部トリムマラソン)。本来なら目的を持った練習を積んで、その成果を試すべき大会なんだけど、前述の通り体調最悪の状態がずっと続いていたため全然ダメダメ、むしろ平時より走り込み足りない状態で臨むことに。NAHAマラソンまでもう2週間なので、この20km走1回も貴重な練習と位置付けざるをえない状態。まぁそんなダサい状態で出た割には昨年と同等に走れた。NAHAマラソン、まだ望みを捨てるのは早いか?
この翌週にLSDで30km走を1回走り、NAHAマラソンに臨むことに。11月のRUN練習距離100kmちょいと、フル直前の1ヶ月としてはあまりにショボすぎるが、トリム20kmと併せ、調子は良い。30kmまでは普通に行けるだろうが、その先、最後まで押し切れるか?それとも歩いてしまうことになるのか??


<12月>


<写真1>壷川駅より会場を見下ろす。大雨のためか例年より若干人が少ない・・・と感じたのは果たして錯覚でありました。

12/2(日)早いもので今年も1年のシメのNAHAマラソン。お祭りです!しかし大雨(泣)整列してから走り出すまでに1時間弱待たされるため身体が冷え切ってしまい、初の「スタート前リタイヤ」を喫しかけた。が・・・走り始めてしまえば涼しい気候が功を奏したか、初マラソン以来のベスト更新!9年振りになりますかな(詳細→第28回NAHAマラソン)。

今年は幸運にもハーフ・フルともベストを更新できた。が、どちらも目標だった「30分」を切れなかった。また、来年ですな。初マラ以降、走る機会が全然なくて走力落ちてしまい、再び火がついたのは宮古島を目指そうと思ったからなので「とにかく疲れないように走って4時間切ればOK」しかなかった。今年に入ってから、ほんと久々にタイム更新狙いで走れるようになった。距離感もついて、やっとフルマラソンを「楽しい」と感じられるまでになった。


大会翌日は仕事後にNAHAマラソンお疲れ&結婚式余興練習会ってことでチームGALE関係者で松山のBARへ集まる。俺は集まりに参加したのは過去1回だけで名前も顔もまだほとんど覚えてないが、中にはツールド50kmの優勝者兼サブスリーランナーな方も。今でこそ大会出まくってる方は少ないようだが、NAHAマラソン28回連続完走&宮古島年代別1位&ワイドーマラソン3位(!)の会長といい、GALEの先輩達は偉大な方が揃ってます。
・・・ん?GALEの先輩・・・?ときたらモチロン、
「ゲイル先輩っっっ!!」
↑何のことか分かる貴方はなかなかにメロスです(笑)

12/9(日)はその会長の結婚式へ出席。GALEメンバーは余興のトリを勤めました。俺自身は初めて結婚式の余興をやらせてもらったが、もうギリギリの下ネタ(笑)ウケてたようだからほっとしたけど。しかし会長、御歳6x才にして結婚(3回目)とは・・・俺なんて30代にして老いを感じ始めてるってのに、すごいバイタリティです。アスリートとして、男として、人間として、見習うべきものは多いです。会長のプライベートな参加者は「走り仲間」がほとんどとのことで、GALEの他にこれまた会長が会長を勤める黄金森ランナーズの面々が。二次会では何人かの方とお話させていただいたが、我々以上の走り馬鹿の集まりです。エルハマ氏と先日のNAHAマラソンの話をし始めたら隣に座ってたオッサンがソッコー食いついてくるし。サブスリーはゴロゴロいるし。県内上位の選手もいるし(この方、RUN月間600km走るとか、ツールドも2位経験がおありとか・・・)。なかなか盛り上がっているようです。GALEの先輩方もかつては輝かしい成績(いやマジで凄かったみたい)を残してきているようだが、今でも続けて走っている方は数名。チーム名を言っても「?」って顔されたり、「チーム・ゲイ」と勘違いされたり(笑)、下ネタの余興だけしか思い出してもらえないんじゃカナシイので、自分も現状に満足せずにもう一段上を目指そうって気になった。やはり話を聞くとすっげー刺激になる。

12/22(土)苦しい・・・本当に苦しい戦いだった。思い出すのもはばかられるほど、恐ろしい戦いだった。この日、人類は五千年来最大の危機を迎えていた。 − 終末 − ほとんどの方はうすうす気づいてたであろう。地球外から飛来したそれは、俺の予想を遥かに超え、圧倒的だった。ここでは詳しくは書けないが、例えるなら「俺=モブ兵、敵=全員呂布」といえばある程度は理解していただけるであろう。この日が来ることは子供の頃から教えられてきたし、誰かがやらなければならないこと、そして誰がやっても無理であろうことも理解していた。人知を超えたとてつもないものが現れることは十分予想はしていたのだが、そんな俺の予想とも桁違いだったのだ。先ほど「詳しくは書けない」と書いたが実のところ俺自身も途中からあまりよく覚えておらず、書きたくても書けないのが本音だ。彼の者たちが地球に降り立つ場所は某グループの協力により99.97%の確率で予測できていた(グループ名、及びその場所は諸事情により書けない)ので、俺はそこに身を潜めて待ち、不意打ちを仕掛けることにした。あらゆる可能性をシミュレートし、地球が救われる確率が有意な値を示したのが、唯一この方法だったからだ。不意打ちは成功し優位に立ったかに見えたが、それも一瞬のこと。戦いはおよそ17時間に及び、256人くらい屠ったところまでは覚えているが、その後記憶にあるのは、たしか断崖絶壁の縁まで追い詰められ「もうダメだ」と観念した瞬間、東の空から一条の眩い光が射し、その光とともに一人の人間 −シルエットしか見えなかったので性別もわからず− が現れ、すごい勢いで敵を消し去っていく光景だった。記憶はここで一旦途切れている。おそらくあまりに恐ろしい記憶であるため、それが記憶として残ってしまうと俺の精神が恐怖で破綻してしまうため、脳が持つ記憶を消し去る機能が強く働いたと推察される。その後の記憶と言えば誰かが俺の身体を抱え上げ、しばらく後、朝露の降りた芝生の上にそっと横たえたところまで。で、気づいたら自宅のベッドの上でいつも通り寝ていた。全て夢だったのかとも思ったが、俺が実際全身に深い傷を負っていたことから、事実であったと認めざるを得ない。あの方はいったい何者だったのか。彼の者たちをどのように片付けたのか。俺は死ぬまでにその空白の記憶が脳の奥底から蘇ってくれることを、ただ祈るばかりである。それを詳細に書き留めることが、次のおよそ五千年後に訪れるであろう危機を乗り越えるための手がかりとなると信じて。。。
この週末は休日出勤したが、俺の予想を遥かに超越する凄まじい睡魔が襲ってきた。恐ろしい戦いだった。ギリギリセーフ・・・いやギリギリアウトだったが(おい)なんとか俺は生き延び、今ここにいる。




12/27(木)暮れも押し迫ったこの日は仕事の都合で久々の早出・早上がり。まだ明るい時間に帰れるのでいつもより遠まわり、嘉手納ロータリーまで足を伸ばそうか!と、勇んで会社を飛び出しR58を走り出したのだが・・・とまりんを過ぎた直後、前方の路側帯に転がっている何やら大きな物体が・・・って人かよ!!泥酔して寝ちゃってるオッサンでした。路側帯の白線から身体半分は車道に出ちゃってるし、さすがにこれは素通りできなかった。他の通行人に見ててもらって、すぐにとまりんの交番へ。が、もぬけの殻!肝心なときに使えん!!仕方なく110番。その間に人が集まってきて119番にも連絡。帰宅RUSHの時間帯だったってのもあるが、パトカーも救急車もどっちも到着遅い!電話した本人なので立ち去るわけにもいかずに待ち、救急と警察が来てからはいろいろ状況を聞かれ、結局再出発できたの40分後。
しかし・・・俺が通るよりずっと前から転がってたっぽいのに、しかも帰宅RUSHですごい数の車が通ってるのに、みんな知らんぷりなんね。路肩広いとこだから車でもすぐに停まれるだろうに。まぁ沖縄じゃ酔って道で寝てる人なんて珍しくないのは分かってるが(笑)実際、最初に足を止めた通行人は観光客の方だったし。でも歩道ならともかく車道にはみ出しちゃってるんだからさぁ。学生のときに読まされた英語の教材で似たような話 − 高速道路の路肩を何故かヨチヨチ歩きの赤ちゃんが歩いてて、でもそんなことよりも誰も助けようとせずに通過していくことのほうに私は驚いた、みたいな話 − があって、それがすぐに頭に浮かんで俺は無意識のうちに停まったけど。やっぱ若い頃の教育って大事やね。


さて、来年は・・・宮古島トライアスロンの抽選に当たったので当面はコレに向けて練習の日々に。2回目の挑戦となりますが、今回は夏に皆生を走った勢いのまま申し込みした。あの皆生のキツさを思えば、宮古島はそんなに大変じゃないんじゃないかと。そしてまたあの「真っ白状態」を味わいたいと。が、その後ちょいと状況が変わったため、当選してもキャンセルしようと思ってた。来年は練習に当てられる時間も大きく減るだろうから、この際RUNに絞ってフル・ハーフの記録を伸ばし、1年後のワイドーマラソンを目指そうかと(3種目やるのとでは割かれる時間が全然違うから)。が、妻から「宮古島、出ろ」と許可が出たもんで(笑)逆に今年出なければ当面出られなくなる可能性が高いし。あと、今年は申し込みが3300人を超えたそうで、抽選倍率が約2倍。出たくても出られない人がかなりの数いるわけで、1席無駄に捨ててしまうのは落選した人に申し訳ないという気持ちもあるし。ってことでとりあえず4月までは3種目練習、しかもみっちりやらんと。
・・・あ、長いことスイムやってねぇや。


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