<1月>
あけましておめでとうございます。
元旦は朝一からカレーを食べに行ったり、来るべき時に備えてお部屋の模様替えをしたりとバタバタ。昼過ぎからは沖縄護国神社へ初詣。モノレール奥武山駅で下りて少し歩くとすぐ。ふ〜ん、年末にテレビでしょっちゅうCMしてたけど、意外と人出少ないんやね。賽銭もあまり待たずに完了。神社も地元・我入道にあった不動岩の神社くらいの大きさ。安全祈願お守りは今年はチャリに貼れるようにステッカータイプにしました。で、お約束の出店をブラブラ回って飲み食いする。普通にお祭りやね。お、こんなところにも巨大な鳥居が。お、なんかすごい行列。幟を観ると護・・・いや、俺は何も見ていない。
2日は瀬長島に新しくできた温泉に入り行ったりで走り初めはナシ。天気はすげぇ良かったのでもったいなかったかな。走り初めは1/3、年始休暇の最終日になってから。初っ端&久々なので軽く3種目通しておいた。
1/13(日)新春トライアスロン駅伝。今回もエルハマ氏のツテでチームKIDSのAチームへ入れさせていただきました(いつもありがとうございます)。この日の沖縄は大雨洪水雷波浪注意報が出ている状態(汗)車で向ってて時間ギリだったので焦っていたが、到着してみるとほとんど人がいない。「なんだ、中止か」って思ったけどボチボチと集まってきて普通に開催された。人数も少ないので1人2区間。俺は2区・8区担当。もちろん最初から最後まで全力疾走。キツイ。風が強いのでさらにキツイ。今回は天候の悪さが原因か参加チームが少なく、全8チーム。自分が参加したキッズAは5位だったが、キッズBは3位と上位。一人で3回走った人がいたり(おっと)、チャリ自走で来た人もいたりと、さすがツワモノ揃いです。ちなみにこの日の風は台風並、しかも来るときは向かい風。マジアリエヘンで。俺自身はというとタイムは2回とも7分37秒。2年前に出たときより僅かに遅いが、2回目に落ちなかったのはマズマズか。アップの段階でかなり痛かった左足も走り出したらアドレナリン効果か(これくらいで出るか??)ほとんど違和感なし。お久しぶりな方ともお話できたし、やっぱコレは楽しいですね。最後の沖縄そば争奪ジャンケン大会(違う)も大いに盛り上がった。
が、やはり体調崩した。2年前もそうだった。やっぱ普段やってないことをいきなりやるとダメですね。ふだんのJOGペースと比べると、同じマラソンとはいえ別物ということですね(全然速いわけじゃないけど)。仕事行くも朝からクタクタ、月曜日にプール行ったのも加わって鼻水ダラダラ。
昨年10月から始まった慢性的な咳、かれこれ3ヶ月を超えようとしている。とりあえず耳鼻科に行ってみたが、鼻や喉には異常はないと。肺や気管支に変な病気が発症してないか少し気にかかり出す。定期通院で新しい先生の所へ行く時期になったので休みを取ったのだが、ここで一つ気づいた。血圧を下げる薬。9月末に病院行ったときに「薬、全然効いてないみたいだから」ってことで服用量を1錠/日から2倍の2錠/日にしたんだけど、この薬、副作用で空咳が出やすくなるって思い切り書いてあったっけ。時期だけ見ればドンピシャだし、よくよく考えたらここ1年くらい、以前にはなかったような咳が出やすくなってたっけ。それも降圧剤飲むようになってからの変化だったのでは?で、さっそく先生にその旨伝え、別の薬に変えてもらった。その効果は・・・まだ変えてから2週間だが、劇的に改善。咳はたまにしか出なくなったし、血圧もしっかり正常値に。咳と同時に痰もひどく、まともに呼吸できないほどだったのだが、これも改善。咳をする→喉が痛む→痛んだ部分を保護するために痰が出る→痰を吐き出すために無理やり咳をする→更に喉が痛む、という悪循環だったようだ。このまま治まってほしいものである。
とはいえ・・・この3ヶ月での体力の消耗は凄まじいものがあった。大して練習してないのに全然疲労が取れない。階段上るだけでも膝に手を置いてしまうほどのダルさ。チャリ抱えてアパートの階段下りてるときに既にしんどい。抵抗力もガタ落ちだったのだろう、この2ヶ月で3回くらい風邪引いている。最初は年取ったせいだと思ってたけど、そんなモンじゃないだろう。練習しない=睡眠時間も以前より長く取れているハズなのに。加えて、1ヶ月ほど前から夫婦別の布団で寝るようになった(別に深刻な問題が発生してるわけじゃないですよ、残念ながらw)のだが、俺が使ってる布団が元々「予備」のものでペラペラ。板の間の上にこの布団じゃ痛くて寝られん。朝起きると背中や肩甲骨が痛く、睡眠時間は決して短くないのに熟睡感が少なかった。これが疲労蓄積に拍車を掛けた気がする。さすがにこれじゃヤバイってんでマトモな布団&簡易タタミを買った(貧乏学生かよ)。ちょっと高いと思ったけど、もう若くないから睡眠しっかり摂らないと無理できないし、人間は一生のうちの1/3近い時間を寝て過ごすんだと思えば、良いもの買っておくってのもアリかと。
今年の初潜りで、ついにやられました。場所は大度海岸、一瞬のことだったのではっきり確認できたわけではありませんが、おそらく2Mほどのオオメジロザメだったかと。左腕と左足の甲をガブリと。出血量がおびただしく、匂いを嗅ぎつけたか、すぐさま複数のサメが現れた。「海に放り出されれば人間なんて魚から見れば単なる肉塊、自分も自然のサイクルの中の一部に過ぎないんだ」と、初めてリアルに意識しました。そんなわけで命からがらリーフ内まで泳いで逃げました。
・・・ウソ。年明けてからまだ潜りにすら行ってないし。
実を言うと仕事から帰るときチャリでトレーニングがてら遠乗りして、街灯一つない真っ暗な下り坂でチョーシこいてDHポジで68km/hくらいで下っててガードレールに激突しました。道路脇の林の中に裸の女性が立っているのが見えて、思わずそちらに目が行った約15秒間ほんの一瞬の出来事でした。直後の記憶がなく、気づいたら人が集まってて救急車に運び込まれている最中でした。
・・・ウソ。最低でも1分30秒はガン見し続けますよ。
以前から考えていた手術を受けました。場所は左手の薬指、及び小指と中指も。小さい頃(1歳未満)に焼けどによって、この3本の指の皮膚がただれてしまい、指と指の間が水かきのようになっていた。そのため、幼稚園の年長のときに競泳・平泳ぎ50Mで6歳以下男子の日本記録を出したのだが、水かきを使用したという理由で失格となり幻の記録となってしまったことがあった。
・・・ウソ。
でも指の手術はホントのホント。6歳のときにこの水かき部分を切除する手術をしてある程度動くようになってはいた。が、この手術で薬指の付け根を中心に一部皮膚を移植しており、この移植した皮膚が骨の成長に追いつかず、突っ張ったような状態になっており薬指が十分に伸ばせなくなっていた。もうかれこれ30年近くこの状態なので、日常生活では何も意識したり不便を感じることはなかったのだが・・・ここ何年か、マラソンやトライアスロンやるようになってから身体の左右バランスを強く意識するようになり、俺はめちゃくちゃバランスが悪いことがはっきりと分かってきた。このバランスの悪さは間違いなくこの左手の指が原因となっていること。そして14歳で完全にストップしたと思っていた身長が、実はその後も現在に至るまで10年に約1cmのペースで伸び続けていたことを考えると、やはり指も僅かながらも長くなり窮屈さが徐々に増している可能性があること。何より、人生まだ残り半分生きるわけだし。そんな理由から、再手術を考え始めていた。
とはいえ4月には宮古島トライアスロンを控えている。手術をすれば2週間はギプスで固定、その後もすぐに運動が可能になるという保証はない。練習が既に佳境を迎えていなければならないこの時期に、全然走れていない上に2週間以上の空白を作るのは大きなリスクがある。迷ったが、敢えて大会前に手術を済ませることにした。理由は・・・術後2週間の時点で大会まで残り2ヶ月、ギリギリ間に合うであろうこと。今のまま練習続けても大した向上は見込めないが、もしも手術によりバランスの悪さが改善されるのであれば何かしら変わってくる可能性があること。強制的に運動できない環境にすることで、前述の「3ヶ月の咳」で衰弱し切った体力を回復させること。「リハビリがモチベーションの1つになるのでは」という期待を込めて。いくら好きでトライアスロンやってるとはいえ、モチベーションは以前よりは低下し歳もとってキツくもなっているので、何か日々進歩が見られたほうがヤル気出るんじゃないかと。甚だ希望的観測ではあるが、これら諸々の理由から、さっさと手術受けてしまおうという判断になった。
1/30(水)手術の日。「局部麻酔で済ませるなら日帰り可能」とのことだったので、日帰りオペでやってもらう。全身麻酔のほうが痛みも何もないとのことだったが、まぁ多少痛い思いをするのも全て人生の経験だし(そのときは苦痛かもしれないが日が経てば良い思い出になる)。左脇の下から神経ブロックの麻酔を注射。指先がピリピリ・ビクンビクン来ました。で、あとは何も感じず。左足の裏の皮膚を一部切り取って指の皮膚として移植するのでこちらも局部麻酔。こっちがむしろ痛かった。しかしそれよりもきつかったのは、手術中に顔や尻がかゆくなっても動けなかったり、トイレ(小)を我慢してたこと。左腕は手術、右腕は血圧計、右足も血圧だか心拍だかの計器を取り付けられ、左足は皮膚を切るので固定。四肢全て動かせない状態。トイレは途中で申し出ようかとも思ったが尿カテだけは是が非でも避けたかったので何とか我慢。幸いそれから大した時間かからずに終了。最後に手術内容の説明をして去っていった先生は医者というより職人といった雰囲気でした。
術後は、メインの部位である左手よりも、むしろ移植用の皮膚を切った左足のほうが痛い!「土踏まず」の部分から皮膚を取ったのだが、ここってどのように足に体重を掛けても必ず皮膚が引っ張られるので、翌2日間くらいは歩くのが大変だった。右脚でケンケンしたほうがよっぽどラク。手術2日後から出社する予定だったが、無理。水曜〜日曜まで5連休するハメに。日曜の名護ハーフマラソンはDNS。実は手術しても出るつもりだったのだが・・・馬鹿の極みだった。数10m歩くのがやっとの状態で21097.5mは無理っしょ。
宮古島大会まであと77日。
<2月>
沖縄の冬にしてはめずらしく雨が少なく、気持ちいい快晴の日々が続く。が、俺は左手・左足をふさがれてチャリにも乗れん。体力回復期間と割り切ってインドアな活動にふける。手術から一週間後、傷の様子を見るために病院へ。手のほうは綺麗に塞がりつつあるようだが、足のほうが予想より傷の回復が遅いと。まぁだいぶ歩くのラクになってきたけど。土曜日には、手術受けた病院の天下り先の病院(違う)へ行って診てもらう。病院っていうかジム(笑)次は先生の都合により2/17(日)に来てくれってことなので沖縄マラソンもDNS確定。前日の土曜日に抜糸して翌日走るつもりだったのに。が、あと一週間で抜糸してギプスも外れるとはいえ、すぐに走れるんかいな?甚だ不安になる。
宮古島大会まであと70日。
2/17(日)抜糸。子供のときの記憶では糸を切って引き抜くときにちょっとだけチクっとするだけだったが、今回は皮膚をチョキチョキ切られるところもあって痛かった。手の指も足の裏もまだまだ傷は塞がり切ってないが、これで一段落。手術した指は20日間伸ばしたままだったので間接が固まって全然曲がらん。あと薬指は長いこと無理な力がかかっていたためか、関節が異様に太くなっている。これはいたしかたないか。あわよくば右手に着けている結婚指輪を然るべき場所へ納めたかったのだが、それはお預け。何十年も経ったら、間接の太さが正常になるかも?と勝手に期待して待つことにする。今回は少なくとも、一番うっとうしかった左手の、特に薬指のツッパリが手術によって取り除かれ、まっすぐ伸ばせるようになった。今はそれに感謝しておこう。移植した皮膚もくっついてるんだかいないんだか甚だ疑問だが、指の広がり具合は右手とほぼ同じになった。まさに匠の技。
この日はマラソンはDNSしたが病院終わったらすぐにでもJOGに・・・って思ってたけど、まさかの休日出勤。病院→会社へ直行、しかも残業MAX。運動再開は翌日以降にお預け。
宮古島大会まであと63日。
翌週からBIKE、RUNに復帰。当初はSWIM→RUN→BIKEの予定だったが真逆になった。チャリで信号待ちのときは電柱に左手をついて停まるが、ちゃんと指と手のひらをべったりつけられるようになった。ヨカッタヨカッタ。復帰が予想外に遅れ、かつ未だに思い切り走れる状態ではない。大会キャンセルも考えていたが、もうこのまま進むことにした。「練習不足で望むのは落選した人に失礼だ」という声も聞くが、怪我や急用以外でのDNSはもっと失礼だし。もう金払っちゃったし。「困難になればなるほど、トライアスリートとしての精神が試される」という言葉が頭に焼き付いているし。何より「やらずに後悔するより、やって後悔するほうがマシ」ってもんだ。
気力は充電したがスタミナ不足は否めない。チャリは走り出しは劣化は感じられないが、1時間を超えるとへばりが出てくる。RUNは初回は帰宅RUNの6.5kmだったが、翌日筋肉痛になった。仕事も、このタイミングで勢いを増してきて、残業22時が多くなってきた。土日は2日間とも自転車で遠乗りして距離を稼ごうと思っていたが、土日とも休日出勤。しかも今回だけ出なく、当面は休日出勤が増える見込み。発生した代休は全て消化して平日に走っていくしかなさそうだ。宮古島大会まであと56日。
ロングの大会の直前に限って仕事がべらぼうに忙しくなるのは、もはやジンクスか。今回も3月から格段に忙しくなることがほぼ確定的。毎日残業、毎週休日出勤。うむむ・・・困難になればなるほど、トライアスリートとしての精神が試される!!・・・はず(汗)代休も果たして取れるのかどうか。普段なら代休消化しきれずに金として貰ったほうが嬉しいんだけど、この時期はちゃうの!
<3月>
予定通り、毎日残業・毎週末出勤。休みの日に仕事だけで終わるのはなんか悔しいので、休出の日は早朝BIKE練習。涼しい時期だからこそ可能だし、一日が充実する。しかも平日可能な限り代休取ってるので休みが減ってるわけではなく、むしろプラスになってる。忙しいのは言い訳にならないから、あと1ヶ月ちょい、睡眠削ってでもやるしかない。
・・・と思ってたら、ジンクスがくずれた。仕事のスケジュールが一旦仕切り直しになって白紙に。まぁ嬉しいやら悲しいやらだが、仕事がどうだろうと走ることには変わりはない。体調はすこぶる良く、気持ち良く走れている。それが原因だろうか、食欲がハンパない。とある日の午後、空腹に耐え切れず会社を飛び出してコンビニへ走りドーナツを貪り食うという事態になったので、翌日は昼の弁当とは別にオニギリ(しかも特大)を作ってもらって持っていく。午後4時過ぎにそれを食べたがまだ足りず、コンビニで買ったドーナツ(またかよ)も食べる。ちなみにこの日は午前中も空腹に耐えられず昼飯30分前に「たけのこの里」を一箱空けている。往年の「夕食めいっぱい食べ終わると同時にコーヒー牛乳+ポテチ」も見事に復活を果たした。成長期かよ?ってカンジ。身長が伸びるんじゃないかと少し期待(笑)
沖縄は(全国的に、か?)5月くらいの陽気。25度超えも度々。季節の移ろいが年々早まってるってのが本当っぽく思えてくる。この分だと暑い大会になりそう。昨年も28度だったらしいし。
3/16(土)自転車で辺戸岬往復。ロング走るならこれくらいこなせないと。風がなかったのと、以前よりも早く出発して日が沈む前に帰宅したのでだいぶラクに感じた。が、実際はヘロヘロ。塩分補給、足りなかったかなぁ。帰宅後も水分&糖分を摂っても全然回復しない。っていうか摂ったものが胃に留まってしまって、腸に下りていかない感じ。妻の助言により塩分を大量に摂取(梅干丸かじり&インスタントラーメンの汁全部飲み干しw)したら、一気にラクになった。摂ったものもしっかり吸収されたようで胃の苦しさがなくなった。あと身体も冷えて風邪ひいたかという感じだったが、すぐに温まってきた。塩分、やっぱ大事やね。
あと、固形物。辺戸岬でホットドック1個食べたのと、往路の休憩でローソンのドーナツ1個食べた程度。あとは帰りに許田でソフトクリーム。おんなの駅でも飲み物だけだったので、出発してわずか10kmで力が入らなくなり、激しい空腹感があったので、嘉手納のローソンでドーナツ1個(またドーナツかよ)食べるハメになった。そういや今回は辺戸岬のいつもの売店が建物の工事でやってなかった。いつもあそこでカップラーメン食べてたのに、それができなかったのが誤算だったか。とはいえ、何年か続けてきた中で、補給に関しては少し雑になってきてしまっているようだ。初心に戻らなければ。大会本番でも、要注意である。
この日は快晴で風も穏やかだったので走るにはこれ以上ないコンディション。海の色も鮮やかで、かなり気持ち良かった。ってことで一日で多くのローディ&ランナーを見かけた。出発して1時間、某エリート選手(先日引退したらしいから「元」かな)が朝からランニング中。その直後、沖ハムの上り坂でチャリツーリング中の女性を追い抜く。この人、帰りに大宜味ですれ違った。名護から先、どっかのチャリチームの練習にまぎれてしまい、抜きつ抜かれつの状態が30kmあまり続く。いや、彼らのが断然速いんだけど、ときおりTTっぽく一人づつ走るために一旦停止みたいなことしてたので、その間に俺が追い抜いてしまったり、みたいな。彼らのせいで(?)オクマの道の駅で休むタイミングを逸し、名護のローソンから辺戸岬までノンストップだった。更にはRUN&チャリ伴走を交代しながら、襷を繋いで走ってる男性2人。マラソン(トライアスロン?)の女性選手と、チャリで伴走してるコーチらしき男性。だいぶ戻ってきて、おんなの駅を同時に出発した、オッサンたちのグループ。上り坂で一人ノロノロだったので俺が間に入ってしまう。その前を走ってた人と少しだけ会話。最後は意識が飛びそうなくらいヘロヘロだったが、近いうちにも一回やろうかって思えるほど楽しかった。とりあえず完走は見えてきたかな?宮古島大会まで、あと35日。
3/30(土)練習大詰め、RUN40km走。3年前も、大会3週間前にやった。初宮古が終わった後モチベめっきり低下してしまって、あの頃の走力が自分の人生の中のピークになってしまうんじゃないかと思ってたけど、当時と同じように、いやむしろもっと走れてる。手術での「体力&モチベ回復作戦」は成功か?おかげで3月はBIKEとRUNは月間距離が過去最高だった(なんぼのモンじゃないが)。しかしこれは妻が練習に専念させてくれたからこそ可能だったこと。あと毎日のご飯も。いつもより練習量多かったせいか、この一ヶ月はバカ食いしてた。腹減りすぎて夕飯にトリプル炭水化物とかしょっちゅうだったし。一人暮らしだったら量は多くできても品数は少なくなって、さすがに飽き飽きしてしまってたことだろう。
3/31(日)豊崎トライアスロンへ、出場じゃなくサトシパンが出るってから応援へ。ってことで5時半起き。天気は朝から生憎の雨。遠くで雷もなっているような、いないような。でも会場着くと選手も見学者も何か気合入ってる。定刻より遅れてスタートしたものの、雨脚は強まる一方。東屋の屋根の下にも水が溜まり始め靴も濡れてしまったので、スイムを上位で上がってきたサトシパンの姿を一瞬(いや、バイクで出て行くのも見たから二瞬)拝んで、「残りは後日リザルトで」ってことで引き上げることに(笑)その後も雨は更に酷くなり、帰り道、いつも通らない道を通ったら池になってた。「車が水没して立ち往生するかも」って初めて思った。事実、対向の自動車とバスは止まってしまっていた(自分らはオフロードチックな車で助かった)。後から聞いた話では、レース会場はその後凄まじい嵐に襲われ、大会中止になったとか。雨が身体に当たるのが痛すぎてみんなチャリ降りて自販機の陰に避難したり、隠れる物がない人は路肩の芝生に蹲ったりとか、マジすごかったらしい。出場した選手は気の毒だったが、幸いにも怪我人は出なかったとのことなので、まぁ後々になればコレはコレで良い思い出になるのでは。
俺達はといえば・・・早起きして服も靴もビショ濡れになり、「走ってる姿を見れた」と言っても遠くからスイム見ただけ=海の中だから誰が誰だか全然わからないし、一体何しにいったんだか・・・。でも来月の大会へ向けて気合入ったかな。走ってる選手の姿を見て、ではなく会場で流れていたF1の曲を聴いて。宮古島大会まで、あと21日。