<11月>
宿舎に戻ってきた。生活に何か変化があるかと思っていたが、入院前と何ら変わらなかった。
退院後、4日間で体重が5kg回復し、元通り60kg前後になり、ぴったりそこで安定した。人間の身体ってすげぇなって思った。
先生から「外出時はマスクを付けるように」と言われており、最初は守ってたけど、めんどくさくなって1回か2回でやめてしまった。
また、入院が長かったためか、外歩いてると人にぶつかりそうになることが多い&人の話を聞いていても頭に入ってこないことがある
&歩いていてこけそうになることが多い(特に階段下るとき)。
今現在はもちろん平気だが。
退院の翌日、バイクに乗ろうと思ったが、案の定エンジンはかからない。
宿舎の駐車場で押しがけ。史上最大の運動不足に陥ってる身体で200kgw近い重量を持つ400ccのバイクを押して走る。しかも3ヶ月放置した奴だからちょっとやそっとでは掛からない。10回以上トライしてやっとかかりだした。もう汗ダク。
とりあえずその辺を軽く流してきたのだが、交差点手前のブレーキのタイミングや、右折のタイミングがわからなくなっていた。でもこのときのバイクは最高に気持ちよかった〜!
月1回の通院が始まる。とりあえず、最初は退院後、2週間で初来院。
退院間際の検査結果で、膠原病の病状を示すANCA値がついに陰性になった。半信半疑だったけど、現実に回復してきていたんだね。プレドニンは5錠に減らされた。尿検査によると、腎臓の機能は80%〜90%近くまで回復したと。当初見込んでいた50〜60%に比べると大幅上方修正された。
まぁ先生も気ぃ遣って多めの値を言ってくれたんだろうケド。
ついでに借りていたハリーポッター4巻を看護婦さんのとこに返しにいった。実は全部読みきれずに返した。
だって・・・。
眠いんだもん!!プレドニン副作用で寝れなかった入院中の日々がウソのように、毎晩爆睡!
俺は読書は寝るときにしかしないが、読み始めるとまもなく眠ってしまう。
この調子じゃ読み終えるのに何日かかるかわかんないし、悪いと思って返してしまった。
薬は病院近くの薬局でもらう。ビニル袋いっぱいの薬をもらうが、公費負担となっているので全てタダ!何かすげ〜得した気分〜♪
バイトのカテキョー再開。
時間感覚も忘れていたため、余裕もって宿舎を出発したのでカテキョー先に早く着きすぎてしまった。
時間をつぶすため、ちょっとバイクを止めて売店の前のベンチに座る。
・・・ふぅ、3ヶ月ぶりか。夜、もう冬の香りがしはじめている。
病気だからといって、休んでいる暇はない。カテキョー派遣会社の事務所に電話を掛け、どんどん担当生徒を増やす。
とりあえず生徒3人、計週5回。
って以前と同じ回数じゃんか!結局、病気になろうがなんだろうが、その人の生き方や考え方はそうカンタンに変えられないってことか。
チャリダートレーニング筑波山外周。この頃はとにかく「太る」という誤った恐怖感があったため、
がむしゃらに運動をしていた。チャリダー、マラソン以外にも縄跳びをやったり、大学のプールで泳いだり。
筑波山外周は前にもやったけど、晩秋の景色はまた違う。テキトーに考えたコースだったが、結局気に入ってしまって、卒業までに何度も走りに行くことになる。
退院後のマラソン初走りで大転倒。退院直前にチャリで大クラッシュした
ときの傷が治りかけていたのに、また・・・。
2度あることは3度ある、チャリ、ジョギングときたから次は・・・バイク!!
それはあかんと思って前もって1回ワザとコケておいた。
結局、宿舎〜Tセンターまでの超短縮コースを2周走ったのが最長。5km弱。
ループ一周さえも走らずに、つまりまるっきり練習をせずに11月24日を迎えることになる。
11月24日(日)つくばマラソン不正出場にしてフルマラソン初完走
(詳細:第22回つくばマラソン)。
退院後25日目の出来事。完走と言ってもラスト10kmは何度も歩いてしまったのだが。当然のごとく膝を傷め、その後3日間くらいロボット歩き、階段も一段進むのに二歩必要な状態が続いた。
俺のやったことが医学的に正しかったのかどうかは知らんが、完走したことは事実。これが原因で病状が悪化したり、ということがなかったのも事実。「病気なんて関係ないじゃん」ってことがよくわかった。
俺が走れたという事実が、その証明だ。
とはいえ、このとき5時間を切ってゴールできたことは奇跡だった。しかし俺がそのことに気づくのは1年後のことである。
<12月>
月1の定期通院、プレドニンは4錠に減らされた。
この頃、尿検査用の道具を購入して、来院の日の朝に自分で尿を採って病院に持って行っていた。
俺が買った道具の価格は、たしか3千円台だった。退院後数ヶ月はこれを続けたが、
いつだったか尿を採り忘れて、
俺:「すんません、忘れちまいました。」
先生:「あーいいよいいよ。また今度で。」
・・・それ以来使わなくなってしまった。
持ってかなくても、先生も何も言わなくなってしまったし。まあ病院でも尿検査やってるし、
いいってことに・・・。
病気のこと、食事での塩分やタンパク質の制限など、この先ずっと気にしながら生きて行くつもりでいたが、一度もとの生活が始まってしまうと、そんなこといちいち気にしてる余裕はなくなってしまった。もちろん、症状が全く消えていたからこそ、そうやって忘れることができたのだろうけど。
この頃からか、身体の痒みが出るようになった。プレドニンの副作用で身体の痒みというのはあったが、おそらくこれがそうだったのだろう。引っ掻いた部分が蕁麻疹のように赤くなる。
常に痒いわけでなく、1日に1〜2回、痒みが襲ってくる、といったカンジだ。
特に頭が痒くなることがあるが、これは以前からもよくあったので副作用によるものかどうか不明(注:ちゃんと毎晩髪洗ってます!!!)。
あと、食後(特に乳製品を摂った後)、及び埃っぽい場所などで痒みが出ることが多かったようだが、気のせいだろうか。こう書くといかにもアレルギーって感じだが。生まれて今まで一度たりともなかったが、アレルギーも免疫の異常で発症するもの。膠原病やステロイドが原因で俺の免疫機能に何らかの変化があったと考えられなくもない。
ループ1周5kmマラソンが習慣化しつつあった。最初の頃はループ1周5kmちょいを26分代で走っていた。
来年のつくマラ出場という目標ができたこともあるが、それよりも
「やらなきゃプレドニンの副作用で太る(と、この頃は勘違いしてた)、運動不足では骨もより弱まってしまう、鍛えなければ」
という強制力が働いたおかげ。俺は怠け癖があるから、こういうのがなけりゃ続かなかっただろうね。実際、過去にフルに挑戦するつもりでジョギング練習始めたことは何度かあったが、いつも続かなかった。続けられたのはこのときが初めて。まさに病気のおかげ(っていうか薬のおかげか)。
4月頭から症状が出始め、入院までほとんど何もできずに過ごした。その後は3ヶ月の入院で夏を飛び越えてしまう。短い一年だった。しかしながら生涯でも忘れられない一年になることは間違いないだろう。膠原病発病の原因はもちろん謎だが、最初に書いたとおり、以前付き合っていた彼女と別れた傷を引きずっていたことが最大の原因と俺は思ってる。が、結果的に発病によってそれどころではなくなってしまい、気付づいたら忘れてた。失恋により病気になり、皮肉にもその病気によって失恋から復帰できたのであった。世の中、上手くできてるモンだと思わずにはいられない。