闘病日記

2003年1月〜3月

<1月>
年が明けた。本来なら初詣で「健康」の御守りでも買うべきなんだろうが、 迷わず「交通安全」を買った。マラソンのペースが以前に戻りつつあったため、自分の身体は元に戻った=並みの人より健康、と思い込んでいたので、健康への不安は消えかけていた。俺の病気のことは親戚の何名かには伝えてあったようだが、施設に入っているおばあちゃんには話さないようにしていたようだ。余計な心配を掛けさせないためにね。

この月の通院からプレドニンは3錠に減った。着々と薬の量が減っていく。

俺の修士論文中間発表は11月の予定だったが入院のためやむを得ず延期してもらい、年明け初っ端に発表ってことになっていた。なので年明け早々、徹夜の日々が続いた。誰も居ない深夜の加セで、一人夜な夜な怪しげな実験を行う。限られた時間の中で、ちゃちい装置ながら、それでも当時ホットだったC60を加速することに成功した(なんのこっちゃ)。 で、俺の発表後、研究室の同級生Nと二人で勝手に2002年度収め会(早っ!)。俺が腎臓傷めてカロリー制限があることを気遣ってくれて、飲んだくれのNもこの日は酒の量を控えてくれていた。ホント、彼はできた人間だ。
・・・・・
・・・1時間後;

N:「次、日本酒いこうぜ、熱燗で」
俺:「じゃあ鍋もたのもうぜ、鍋」

・・・カロリー制限なんてウチ忘れてました。

関係ないが、研究室の教授は素手で飛ぶ鳥を捕まえることができ、「GOD HAND」の異名をとっていた。研究室にスズメが迷い込んだとき、俺とNの2人がかりで箒を振り回して追いかけ回したが、かすりもしなかった。のに!教授はスズメを素手で掴んだのだった。結局逃げられたとはいえ、神業としか言いようがない。常日頃から光速に匹敵する速度で真空中を飛び交うイオンや電子を見ている教授には、飛ぶ鳥も止まって見えるのだろう(ウソ)。

ある日曜日の朝。明け方雨が降った上に猛烈に冷え込んだため、路面はツルっツルのアイススケート場に!この日は朝から土浦のヤンキー君の家へカテキョーへ行く予定だったのだが、バイクに乗るのは自殺行為と思い、チャリで行くことに。土浦まで片道17km、のんびりと走らす。自転車で行って正解だった。生徒宅に到着するまでの僅かな間に、案の定、車が街路樹や縁石に突っ込んだり、完全にひっくり返っていたりと、路面凍結によるスリップ事故の現場を3件も見かけた。俺、チャリダーでよかった。

年末年始、一時的に休んでいたループ1周5.6kmジョギングも再開。この頃は1周23分18秒の記録を超えられないでいた。それでもループを走る多くのジョガーを次々に抜き去っていくほど、思い切り走れるようになっていた。


<2月>
定期通院、プレドニン2.5錠に減少。これまで毎月1錠のペースで減らしてきていたが、ココからは毎月0.5錠減にペースダウン。

この頃、入院中に髪が伸びていたので、どうせなら思いっきり伸ばしてやれ、と思って自己記録を達成した。 それでも肩にはついてないけど。加えてパツキン度もこの頃が一番だったか。 施設に入ってるおばーちゃんの見舞いに行ったとき、俺だと気づかれなかった。 あと異様に抜け毛が多かったようだが、気のせいだったんだろうか。 その後全然なくなったんだけど。最初、病気か薬の影響かと思ったけど・・・。髪って伸びると抜けやすくなるんだっけ?? わすれた。

生命保険で入院一日¥5,000/day × 90days=¥450,000もらった。入院費は公費負担があったのでそれほど掛からなかったため、 入院したことで皮肉にも金が儲かってしまった。 生保は横浜でサラリーマンをやっていた20歳くらいのときに加入した。会社の先輩Sから、
先輩S:「社会人なら生保くらい入るのが常識」
と言われたのが加入のキッカケ。そして会社やめて大学入るときに解約するか迷ったが、結局続けてた。 幸運だった。解約してたら今後二度と加入できなかっただろうからね。



<写真>ダイビングスポットとして有名な雲見にて。この写真の頃が俺の生涯で最長髪。プレドニンの影響で少し顔に肉が付いている。

脱・ペーパーダイバーを思い立ち、約2年振りのスクーバダイビングへ!
・・・なにも2月に行かなくてもいいのに。ダイビングポイントは伊豆の雲見。ボートからバックロールで海中にドボンと落ちた瞬間を今でもありありと思い出せる。そして伊豆とは思えない透明度。これには感動した。別世界に行ってきたかのように、その後数日間、余韻に浸っていた。


病気かかって、薬も飲んでるから、ダイビングやるには本来医師の承諾が必要なんだけど・・・まぁいいや(おっと)。絶対大丈夫という確信があるし。あ、でも水圧で全身が圧迫され一時的に血圧が上がるのかな?とすると腎臓に負担になるのでは・・・?イヤイヤ、腎臓自体も外側から水圧で押されてるわけだから、血圧と釣り合って、結局陸上と変わらないのか・・・?今でもよく分からん。知ってる人、教えて!!


<3月>
定期通院でプレドニンは0.5錠減って2錠に。

春休みに入ったのであまりやることなし。カテキョーだけダラダラ続けて、あとは部屋でプレステやったりして過ごした。生徒の1人、中3のヤンキー君からなかなか合格の報告が来なくてドキドキしていたが、無事合格したようだ。二次募集で辛うじて(笑)


3月後半にプロテイン摂取開始。と同時に?爆発的に走力UP。ループ1周23分18秒で記録が止まっていたのに、一気に21分代へ突入してしまった。プロテインの効果なのか、単にトレーニングを続けてきたことの効果なのか、定かではないが。これを境に一気にネクストレベルに。また徐々に記録が縮んでいく。腎臓傷めていたので、
「食事はタンパク質を控えるように」
と言われていたのだが、プロテイン使用は良かったのだろうか?プロテイン使用はこのときから今まで続いてるが、腎臓への影響はあるのだろうか?今のところ、検査で異常は出ていない。退院以来マラソンを続けてきてだいぶ走れるようになってきたことと、病気のぶり返しがないことから、この頃は自分の身体が並の人より健康であると既に思い込んでいた。だから気にせずプロテイン摂取。本当は先生に聞くべきだったんだろうけど。・・・もう遅いか。まぁ、ただの大豆だろうし(笑)

ちなみにプロテインは「マズイ」というのが定説。その味を例えるなら、「ホットケーキの生地」
小麦粉・砂糖・卵・牛乳をまぜ、バニラエッセンスを少々加えたアレだ。
・・・美味いじゃん(笑)
俺、ホットケーキの生地が好きで(もちろん焼いたやつはもっと好きだが)、小さい頃、母が作ってくれている横から生地をなめてよく怒られていたくらいだ。まぁプロテインも牛乳に溶かすし、バニラ味がついているので 似た味になるのは当然だが。ってことでプロテインの味、好きなんです。


3月末、初島へダイビングへ行った。出発は朝4:30。バスもない時間なのでつくばセンターまで、器材を抱えて5kmほど歩く。マラソンやってなかったらこれだけで筋肉痛だっただろうな。初島は・・・寒い!&ドライスーツは水没するわ、タンクのバルブ開け忘れたまま潜行開始してしまうわで散々だった。
初島へ行くのは19歳のとき以来、約7年振りか。このときは初島〜熱海間12km遠泳に出場した。
十代最後の夏の話。


← 前へ戻る  一覧へ戻る  次へ進む →