発病からちょうど一年が経った。
いつも通り通院し、検査を受ける。プレドニンは2錠のままで、前回通院時と変化無し。これまでは毎月順調に減らしてきたが、ここへきてスパンを長くする(結局、この後1年半くらい2錠が続く)。
というのもプレドニンは服用量を一気にへらしてはいけないのだ。例えば「5錠→4錠へ減らす」のと「2錠→1錠へ減らす」のはどちらもマイナス1錠なんだけど、前者は20%マイナスなのに対し、後者は50%マイナスなので減らしすぎ。よって服用量が少なくなるほど、緩やかに減らす必要が出てくる。一気に減らしすぎると副腎ホルモンの回復が間に合わずに足りなくなって、様々な障害が出てくるらしい。
右のグラフを参照。指数関数的に減らしていく、ってことになるのかな。わからなければ微分方程式を立ててそれを解いてみればよい。最も単純な一階線形微分方程式だから暗算で解けるはず(笑)
また、このときから、血圧を下げる薬を服用するようになる。先生の話では確か、
H山先生:「今までプレドニンの量が多かったのでこれ以上別の薬を使用できなかったが、2錠に減ったのでそろそろ・・・」
ということだった。この頃既に全然病気って気がしてなかったから、正直これ以上薬は飲みたくなかった。ただ、確かに退院間際の頃から血圧が上がり始めていた。これって膠原病の症状?それともプレドニンの副作用なんだっけ??
・・・今これを書いていて思い出したが、この血圧下げる薬、現在飲んでないな。現在通院中の病院に初めて行ったとき、先生に服用中であること言い忘れてそれっきりだったが・・・大丈夫なんだろうか?
今年は大学院2年目。長かった学生生活もあと1年だ。普通は大学院の単位なんて1年目でほぼ取り終えて、2年目は論文ONLYになるのだが、俺は前年度入院でほとんど単位を取れていなかったので、この年にもいくつかの講義を取っていた。中には受講生が俺だけで、先生とマンツーマンの授業もあったっけ。最初は受講生が5人くらいいたんだけど、あまりに理論的且つ抽象的で難解な内容に1人減り、2人減り・・・ついに俺1人になってしまった。
「ここで俺が辞めたら先生は悲しむか?それとも講義やる必要なくなって喜ぶのか?」
と、毎週苦悩しながら講義を聴くこととなった。どっちが先に引くかお互い相手を牽制し合っていた(←マジで)。この講義、理学系数学・物理の学生向けの幾何学だったんだけど、ついていけたのは工学系である俺だけだったみたいだね。他の連中は情けない。
それはさておき。最重要講義はもちろん体育のつくマラ。「今年こそは」という想いはひとしおだった。これだけの意気込みを持って臨んだ授業がかつてあっただろうか。ただ、先生には申し訳ないが病気のことは黙ってた。受講禁止にされたくなかったから。
「つくマラを受講した上で、つくばマラソンを完走したい。」
マラソンの授業といっても、授業は週一回だけで、大半は日々の個人練習になるのだが、ただ出場するだけでは意味がないのだ。俺にとっては。あと、「絶対、大丈夫。迷惑はかけない。」という自信もあった。病気にかかる前の約25年と、発病・退院後のこの半年で、俺の身体になんら変わりがなかったから。班分け体力測定は12分間走3200m、30秒腹筋28回、50m走7.4秒で、A班に。同じ研究室の後輩Sも「練習してない」とかいいながら同じくA班に。さすがプチマッチョ、侮れない。
A班TAのY氏の話では、この年のA班の走力は相当レベルが高いとのことだった。そしてみんなのモチベーションの高さも伺える。俺はこの班の中でちょうど真ん中らへんってかんじか。みんなイイ人っぽくてよかった。こういう環境でマラソンをやるのは俺にとって人生で初めてか。この最強A班の唯一にして史上最大の欠点は・・・女子がゼロ人だったこと(号泣)みんなの不満が手に取るように伺える。まぁこればっかは仕方ないか。
こうして2年越しの悲願に向けて、再スタートを切った。
この頃、奥歯が虫歯にかかったが、本来プレドニン服用中は虫歯や抜歯は注意が必要である。免疫力が低下しているので、傷からばい菌が入って感染する可能性が高くなっているためだ。最初の問診で「膠原病のため通院中、プレドニン服用中」と書いたら、やはり病気・治療の状態を聞かれた。が、プレドニン量が減ってきており大きな問題はないということで、別にかまわず普通に治療してもらった。
あ!そういえば何回目かに予約入れた日に寝坊して行けなくて、それっきりだった。俺の歯、治療途中だったのでは・・・?
<5月>
GW後、マラソン練習の距離を10kmへ伸ばす。これまでひたすら大学内のループ道路を走っていたが、いよいよ構外デビューだ。
宿舎からつくばセンターまでの往復、最初は様子見で抑えて走っていたので50分かかったが、距離感がついてからはどんどんタイム短縮。ほどなくして、40分ちょいで走れるようになる。わざと土砂降りの雨の日を選んで、10km走りに行ったこともあった。本番が雨だった場合、一度でも雨の中走ったことがあるかどうかで精神的に大きく変わってくる、という話を聞いていたので。あと、蒸し暑い時期ならむしろ気持ちよいし、すれ違う人が驚くのでけっこう楽しい。
そういや。ジョギング中、どんなにヘロヘロになっていても、対向から女の子が歩いてきたりすると、見栄張ってスピードアップしフォームも素晴らしく、表情も「余裕です」ってカンジにさわやかになる。呼吸もゼェゼェしてたはずなのにすれ違う瞬間は穏やかに。このときだけはなぜか疲れを忘れている。で、すれ違った瞬間、元通りヘロヘロに。男性ランナーなら間違いなく経験あるこの現象。人体の七不思議の一つ。 ※以後、このような通りすがりの女性を"ペースアッパー"と呼ぶ(笑)
5月後半に修論の中間発表があり、準備のため徹夜の日々がしばらく続いた。今は走りたい欲求を溜めて、発表後に一気に爆発させればよい、と観念して。
中間発表終了後、マラソンの距離を15kmへ伸ばす。週1回でいいから、LSDを入れてみましょう、というアドバイスがあったからだ。
ある日曜日の午後、初めて15kmジョグに挑戦する。宿舎を出て東大通を北上、突き当りのT字路で折り返してくる。過去1度だけハーフマラソンを走ったことがあったが、もう何年も前の話。練習としては未知の距離だったので、かなりペースを抑えて走る。ラストで余裕があったのでちょっとスパート。ここで快走できたことで調子に乗って3日連続15km走った。週1LSDのハズだったのが、これ以降15kmがノーマルディスタンスになってしまう。飽き防止のために東大通以外のコースも新しく開拓。まずは南方向、洞峰公園まで往復15kmのコースを開拓。
この南コース、洞峰公園から折り返した後は北上し、ダイエーのとこからペデに入り、つくばセンターを抜けて大学ループまで戻るのだが。文字通りつくば市の中心地であるつくばセンター周辺は、学生を中心に人通りも多く、ここを全力で息をゼイゼイ言わせて目を血走らせて走り抜けて行くのは今思うとなかなか恥ずかしい。いくら他にもマラソンしてる人が多いと言っても。軽いジョギングならまだしも。でも、そんなこと気にもせずに走っていられたのは、それだけ自分の走りに自信がついていた証拠なのかもしれない。
<6月>
ダイビングのアドバンスコースへ参加。メッシュバッグ2個にスクーバ器材を詰め、金曜の夜、東京へ向かう。俺は集合時間に遅れそうになり、池袋駅からショップまで超ダッシュ!大荷物2個を両脇に抱え目を血走らせて夜の繁華街を爆走する変質者と化していた。ちなみに、この日は15kmジョグをやってから東京へ行った。アドバンスコースはナビゲーションやらディープダイビングやら盛りだくさんで、更にナイトダイビングも初体験!かなり充実していた。
その後もマラソン練習は15km連ちゃんの日々。東方向、新治村へのコースも開拓。桜川を渡り、その向こうの田園風景の中を走るコース。
これで東南北のコースができたが、東コースが一番景色の変化に富んでおり、田舎な雰囲気を満喫できるので俺はお気に入りだった。この東コースの途中、ある家の前を通ると必ず吠え掛かってくるアホ犬がいて、さらにやっかいなことにこいつのロープが外れていることがあり、その場合、上り坂を全力疾走するハメになる(この家は坂道の途中にあったので)。こいつとの週1バトルのおかげで、つくマラ本番、ゴール際の競り合いに勝利することができた(ウソ)。
ジョギング中、他に走ってる人を見かけると「つくマラの受講生かな?」って思ったりする。実際は同じA班のメンバー以外はほとんど顔も知らないので、すれ違っても素通りしてしまっていたんだろうけど。ある日、北コースの東大通を走っているとき、それらしきグループが対向側の歩道を走っているのが見えた。俺は目が良くない上に、東大通は道幅が広いので相手の顔まで見えなかったのだが、つくマラTAの4人だったようだ。後々聞いたところによると、このときは本番のコースの下見をしていたとのこと。受講生が見ていない陰の部分で、TAはこんな努力もしてたんですね。ほんとに頭が下がります。