2019年 初!100kmに挑戦 長崎県・壱岐島へ


ずっと前からやりたいと思いながら、踏み出せなかった100kmのウルトラマラソン。今年こそ挑戦しようと、冬場から練習を続けてきた。「サロマ湖」「富士五湖」「四万十川」・・・全国の名だたる人気大会を差し置いて、人生初100kmの舞台に選んだのは、長崎県にある小さな離島「壱岐島」。なぜココを・・・?

実は20年くらい前に読んでいた漫画「奈緒子」の舞台が、この壱岐島だったから。作中では波切島という架空の名称だが、代わりに主人公の名前が壱岐雄介。「日本海の疾風」との異名をとる天才ランナーの物語。趣味でマラソンやってるアラフォー以上の人には知ってる人も多いかと。 そんなわけで、10月頃開催の大会を調べていたところ、壱岐の文字が目にとまった。作中の風景など、実在のものも多いらしく、いわゆる「聖地巡礼」という形になるかなと。島を上げての応援、アップダウンがキツいドМ系コースというのも魅力的。長崎県自体も行ったことないし。

ついでに、使用するウェアは沖縄でトライアスロンやってたときのGALEジャージ。GALE=疾風→日本海の疾風。当時はトライアスロンに夢中で、純粋にマラソンだけの「奈緒子」のことは忘れかけており気付かなかった。俺はこの島に導かれる運命にあったのかもしれない(笑)


<10月17日>1日目

仕事終えて博多へ

休みを3日間で済ますために、強行な日程を設定。出発の日は、仕事のシフトを早番にしてもらい、夕方のANA便で羽田へ。すぐに乗り継ぎで福岡へ。乗り継ぎ時間が40分だったので八丈島→羽田便が遅れるとヤバいかなって心配していたが、同僚たちの頑張りにより(?)早着したので余裕あった。
福岡便は夜だし雨も降ってたので景色も見ずに時間が過ぎるのを待つ。しかし福岡空港は都会のど真ん中に降りるイメージでいつもちょっと怖いね。地下鉄で中洲川端へ移動、夕飯食べて買い出ししてると、もう22時30分。翌日は朝8:00のジェット船なので、寝る時間は少しだけ。ってことで駅近くのカプセルホテルで安く済ませた。寝不足が溜まっていたので、快適でない空間でもすぐに寝られた。


<10月18日>2日目

壱岐島へ

中洲川端から博多埠頭までは2kmくらいなので歩いて行こうと思っていたが、雨。仕方なくタクシーを拾って移動。フェリーターミナルに入り、乗船手続きを済ませ、ベンチで朝飯を食べながらしばらく待つ。時間になり、博多−壱岐・郷ノ浦のジェット船へ乗船。ウルトラマラソン参加者は割引券(2割引)が使用可能。親切仕様である。


<写真1>博多埠頭フェーリーターミナル。壱岐・対馬方面はここから出発。写真は帰りに撮ったもの、出発の日は大雨だった。

<写真2>朝8:00発のジェット船。予約したの直前だったが、大会前日でも全然空いていた。近郊の人は朝一から焦って来ないか。

博多から壱岐までの間、小島がいたるところに見える。土地勘がないので、何島なのか、無人島なのかもわからない。雨が降ってなければ、風光明媚な感じなのだろう。


<写真3>壱岐島、郷ノ浦港へ到着。

<写真4>郷ノ浦大橋。大雨である。

ジェット船なので1時間程度で壱岐島へ到着。レンタカー屋が港まで迎えに来てくれており、合流。返却は宿の駐車場にキー付けて置いておけばOKというテーゲー仕様である。目の前にはこの地区のシンボルともいえる「郷ノ浦大橋」。作中の風景でも頻繁に登場している。しっかしスゲー豪雨。。。せっかく来たのに残念ながらのんびり観光はできなさそうだ。しかしメインスポットと大まかなコースだけは下見しておきたい。出場受付けは12:00から、受付会場の壱岐文化ホールの場所だけ確認し、後は概ねコースに従って北上。


<写真3>御津ノ辻の展望台から景色を望む。

<写真4>こんな遠くにきているのに「沼津」である。


郷ノ浦の市街地を離れると、一気に民家がなくなり、所謂「田舎道」になる。車はほとんど通っていない。坂を上り切ったところが御津ノ辻の展望台、大会ではエイドが置かれる場所。周辺の海を一望できるが、離島とはいえ長崎県らしく、入り組んだ内海が特徴的。その先、「沼津」を通過!地元の沼津市と同じ地名。県道沿いの学校の名前も「沼津小学校」。すげー不思議な感覚に陥った。やはり俺はこの島に導かれる運命にあったのかもしれない(笑)


<写真5>猿岩。見えた瞬間に「あった!」と叫んでしまった。

<写真6>猿岩ちょいアップ。本当にサルである。一体いつの昔からこのような姿だったのだろう。


猿岩。壱岐の観光スポットの中でも筆頭に上げられる。漫画で見たまんまの姿。作中では陸上部員たちの練習コースにもなっており、しょっちゅう登場している。連載開始当時は俺も10代だったが、まさかこの場所を自分が訪れる日がくるとはねぇ。感動ひとしおである。
すぐ近くには黒崎砲台跡もあり、実物?の砲弾が展示されていた。

猿岩を離れ、島の北部・勝本地区を目指す。壱岐は海もキレイとのことだったが、風が強く海は荒れており、濁ってしまっている。湯本地区を過ぎると長い坂道があり、坂の中腹に「あと75km」の幟。序盤の難所になりそうなポイント。下見しておいてよかった。


<写真7>1km置きに設置されている手書きの幟。「『あと75km』とかやめてくれ」と思うかもしれないが、大会終盤この幟が、何度も切れかける心を繋ぎ止める役割を担うことになる。

<写真8>島の北端、勝本港。辰の島というパワースポットへの渡し船が出ているが、観光シーズン終わるとガラガラだとか。


勝本港。辰の島渡船場があり、ココでしか売ってないTシャツがあるらしいが、場所が見つからず、漁協?か何かの事務所にいた男性に案内していただいた。観光シーズンが終了したので売店は閉っているかも・・・とのことだったが、開店しており、無事入手。背中のプリントはカッコ良いが、全面がちょっと寂しかった。。。
勝本地区から南下、いきなり激坂。こりゃしんどい。しかし、しばらく登ったあとは比較的平坦な道が続くようだ。スタートから40km程度、ここいらで一旦持ち直せるといいのだが。

単調な道をひたすら進んでいくと、おっと五叉路に出て行く方向がわからなくなっちまったい。県道を走って来たはずだが、どの進行方向も県道とは思えないほど細い路地。地図で確認、港方面へ向かう。ここは芦辺地区、島唯一の大型店舗とも言えるイオンがある。立ち寄って昼飯&翌日の朝飯を調達しておく。ココまで走ってコンビニも1件もなかった。宿のある郷ノ浦地区もそれらしいお店がなかったようなので、ココくらいしか買えそうにない。

イオンから少し南下すると、中間地点である50kmの大レストステーションが置かれる、壱岐島総合開発センターが見える。そのまま県道を南下。マラソンコースは少し違っており、海沿いに左京鼻へ向かうのだが、そこは省略。県道から直接小島神社を目指す。ショートカットしようとしてメインの道路から外れてしまい、欄干がない道をヒヤヒヤしながら渡る。潮が引いていれば壱岐のモンサンミッシェルと言われる地形が見られるようだが、このときは潮が満ちていた。
はらほげ地蔵。もう少し潮がひいていれば前に回り込めたが、背中からその御姿を拝むに留まる。左京鼻は割愛。どうせマラソンでも通るし。


<写真9>小島神社。潮が引いていればモンサンミッシェルに。

<写真10>はらほげ地蔵。


県道に復帰して南下。大会コースは海沿いの細い道を進むようだが、省略。酒造所などを過ぎて原の辻遺跡まで到達。復元した古代の建物などが道路からでも見えるが、雨降ってきたので車外に降りて写真撮ることもできず、近くを車で走るにとどまる。
左折して筒城方面へ向かう。小学校の前を通り、その先の海まで下る。だんだん道は細く、アップダウンの頻度が多くなってきている。坂が現れるたびに「ははは、マジか・・・」と一人言が出てしまう。大会コース高低図のイメージよりよっぽどキツイという事前情報は間違いではなさそう。




唐突に景色が開け、荒れた砂浜に出る。波の浸食で出来たような、印象的な景色。その先、バカでかい鳥井の前に出た。壱岐には街中だろうが道路沿いだろうが、いたるところに鳥井(つまり神社)がたっている。神々の島と呼ばれる所以か。道を挟んだ向かいの公園の駐車場にはテントが脚だけ畳んで設置されている。ここもエイドだな。
その先、壱岐空港を目指すが、分かれ道のあるところで迷う。カーナビがなかったら道間違えてしまいそう。


<写真11>壱岐空港のターミナルビル。予想よりはるかにこじんまりしてた。ココも作中に登場していたかな。

<写真12>ターミナルの屋上へ上れたので、そこから写真撮る。滑走路灯などが点いていたが、点検中だったのか一日点けっぱなのか。


<写真13>駐車場。車の出入りなんぞ、俺以外なかった。飛行機の時間じゃないのに一人空港をウロウロして写真撮ったりして、不審者に思われないか心配になった。

<写真14>空港管理事務所はターミナルとは別棟。自分の仕事柄、空港だけで4枚も写真掲載。


壱岐空港。予想以上にこじんまりしていた。空港管理事務所もあったが、電気が消えており無人?滑走路灯などはついていたが。CABカーのパトランプが回ってたので人はいるんだろうけど。航空会社のカウンターも無人。ロビーに入ってみたけど、人が来るとは夢にも思ってないだろうから、誰も出てこなかった。一日に何便か、定期便は飛んでいるようである。外階段から屋上に上れた。


<写真15>錦浜。ここだけ別モノのようにキレイだった。

<写真16>島の南部の海を望む。養殖の生簀のようなものがいくつか見える。印通寺〜久喜への峠越え付近


壱岐で一番美しいといわれている錦浜。お、ここは確かにキレイ。この日は雨だったが、晴天なら沖縄のビーチのようになるんでしょう。この浜の砂は砕けた貝殻でできているらしい(沖縄のビーチはサンゴなので更に白い)。そこから先も坂道だらけ。ウムム・・・。


<写真17>91km地点、久喜のエイド出発直後。コースはどっちかって?そんなの右に決まってるじゃないですか。写真で見えているカーブを曲がった先は・・・

<写真18>鬼の坂を越え少し下り、当田ダムを通過。ゴールまであと一息。でもまだ激坂が残ってる。


印通寺港へ突き当り、右折。ここからが最終盤の難所。これまでにない激坂での峠越え。特に91km地点の久喜から始まる上りは、もはや笑うしかない絶望的な鬼坂。なんじゃコリャwww
しかも1回で終わらない。何度か繰り返される坂を越え、当田ダムへ一旦下る。その先もしばらく山の中の寂れた道路を走っていき、やっと郷ノ浦地区へ戻ってくる。これでゴールとなる。

そのまま壱岐文化ホールに向かって受付けを済ます。続いて宿へ到着するが、呼んでも出てこない。電話しても話中。しばらく待ってたらやっと女将が帰って来た。向かいの建物が事務所か何かになっているようで、そっちにいたようだ。部屋も風呂もテーゲー仕様なので適当に世話になる。飲食店などが本当になく、どないすんべと思ったが、数件隣にホットモットがあったので、夕飯用に弁当購入。風呂入って飯食べて、準備して、7時過ぎには布団に横になった。


<10月19日>3日目

壱岐ウルトラマラソン

大会当日。初めての100km挑戦の模様は、別ページへ。

→ 神々の島 壱岐ウルトラマラソン2019



<10月20日>4日目

ひたすら移動・・・

・・・寝てない?夜中2時〜3時半頃の記憶が少しおぼろげだが、それ以外は起きていた。全くもって想定通りだったが、いつにも増して全くもって寝られなかった。

少しでも島滞在を長くするためにジェット船の予約を試みたが、本日便は全満席とのこと(そもそも当日予約は受けてないとか)。やむを得ず、11:15芦辺港発のフェリーへ乗船することに。芦辺まではバス。バスの時間まで時間あるので、最後に徒歩で郷ノ浦を歩いておく。左膝は痛めたが、他はダメージがなさそう。もっと、頑張れたんじゃないかと思う。
出発前にチェックしておいた観光スポットで、まだ寄っていなかった神社も洩れなく見ておく。そして最後に、郷ノ浦大橋と周辺の街並みをを目に焼き付ける。朝食を買いたかったが、もともとお店が少ない上、朝早い時間。スーパーが開店作業中だったので寄ったが、菓子パンくらいしか手に入らなかった。前日に甘いモノしか口にしてないから、しょっぱいモノが欲しいのに。



芦辺までは9時台の路線バス。幸い、宿の数件隣がバスターミナル。日曜日なのでバスタの社員が出勤しておらず不安だったが、他のウルトラ参加者がちらほら来始めたので間違いないだろう。ベンチで隣に来た男性と少しお話したが、彼は60kmで回収されたとのことだった。
バスに乗って出発。一部、前日コースとして走った道路も通る。50km地点の大レストステーションが置かれた壱岐島開発総合センターの前も通過・・・

ああぁっっ!!「奈緒子」の自販機、ココにあったんかい!

主人公の壱岐雄介のイラストが側面に描かれた自販機。大会中は50kmエイドで既にキツくなり始めており余裕がなく、気付かなかった。

芦辺港へ到着。とりあえずフェリー乗船手続きを済ます。 昨晩から何も食べてないに等しいので、乗船前の腹ごしらえに地元産の魚介類でも・・・と思ったが飲食店が見当たらず。やむを得ずイオン内のそば屋へ。たくさん走った後は麺類などのしょっぱいスープがすんげぇ美味い!化学調味料の味全開のつゆをゴクゴクと全部飲み干しました。
フェリーが到着して乗船。少ないながら、港で大会旗を振って選手を見送りに来てくれている団体が。本当に、良い島だったなぁ。芦辺港付近も前日走っているので、見覚えのある場所を目に焼き付けていく。強行日程で島滞在時間は丸2日と数時間しかなかったのに、島を2周回っている。しかも1周は自分の脚で。十分でっしゃろ。島の料理とか全然食べられなかったけど。

甲板で写真撮ったりしていたが、次第に島が遠のき、風も強まったので寒くなり、船室に戻って隙間で横になる。さすがにちょっと寝入っていた。



2時間余りで博多のフェリー埠頭に到着。バスでJR博多駅まで移動。やっと現実へ戻ってきた感じ。飛行機の時間まで4時間あったので、駅ビルのネカフェでくつろぐ。とにかく身体を休ませたかったのでリクライニングチェアが心地よかった。夕飯に博多のとんこつラーメン食べて行こうと思ってたが、意外にラーメン屋が見当たらず。結局、昼と同じくそば・うどん屋で済ませ、空港へ。夕焼けがキレイでした。飛行機は安いのとったからかスターフライヤーとのコードシュア便。シートの背もたれが直立で、羽田まで座ってるのがきつかった。早く東京に着いて八丈行きの船でベッドに横になりたいとずっと思ってた。
モノレールで浜松町、竹芝へ。少しずつ腹の調子も戻ってきたようで、本日4回目の食事を竹芝のレストランで軽くいただく。乗船後はソッコーで横になって寝た。

・・・更に日が変わってからになるが。台風のうねりで揺れがひどく、ヤバかった。あと1時間乗ってたらゲロってた。最後の最後まで実にハードな旅だった。ちなみにこの日は出勤。。。


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