2012年 皆生トライアスロン・ついでに山陰地方の旅

皆生・・・かいせい?大山・・・おおやま??違います。カイケです。ダイセンです。

最初はそんな感じでした。鳥取県って言えば、鳥取砂丘と日本一人口が少ない県、それ以外にイメージなかった。皆生温泉も大山も知らんかった。いつか行ってみたいとは思っていたけど、それも単に全国47都道府県を制覇したいがためだった。

皆生トライアスロン大会は、日本で最初に行われたトライアスロン大会で、今年で32回目。我々トライアスリートにとっては、まさに聖地。そんなわけで、トライアスロンやるようになってからというもの、鳥取県は俺の中で俄然大きな存在となってきました。
そして今年。申し込みをして、ネットでコースを調べたりしていると、RUNコースは米子から境港までの往復となっている。このときになって思い出しました。実は俺の母は戦時中にこの境港で生まれていたということを。実家は静岡県ですが、生まれたのは境港だったってずっと前に聞いた記憶があった。トライアスロン発祥の地と、自分の母が生まれた場所が同じだった・・・何か不思議な縁を感じずにはいられません。

鳥取県へ行くのはもちろん初めて。大会は7/15、会社の夏期休暇も取れる時期だし、せっかくなので大会だけでなく、鳥取とお隣の島根県の、いわゆる山陰地方を観光して行くことにしました。ってことで1週間の一人旅へ出発。


<7月12日>1日目

沖縄〜広島空港〜鳥取県米子市へ
自宅前のサンエー経塚シティでタクシーを拾ってモノレール儀保駅へ。儀保からモノレールで那覇空港へ。那覇空港からANAで広島空港へ。鳥取県は鳥取空港と米子鬼太郎空港があるが、沖縄からの直行便はないのねん。岡山便もないようだったので、広島経由とあいなりました。広島空港から高速バスでJR福山駅へ。福山からJRで倉敷へ、倉敷で出雲市行きの特急・やくもに乗り換えて、米子を目指す。特急は自由席も余裕で空いていたので実に快適でした。地図を見て予想していた通り、すげぇ田舎の山間部を走っていく。途中、スコールの跡も見受けられた。週間予報だと、大会当日の鳥取の予報は非常に微妙ながら、ギリギリ曇りとのこと。暑すぎるのも辛いが、雨よりはマシか。景色も堪能したいしね。大会のバイクコースにもなっている、中国地方最高峰・大山も、かすんでしまってほとんど見えなかった。

米子・ホテルアジェンダ

<写真1>JR米子駅に到着。まさか自分が鳥取で5泊もすることになる日が来ようとは。

18時過ぎ、米子駅に到着。自分が鳥取県なんぞにいること自体、なんか不思議な気分だ。駅からホテルまで、少し距離があるが、せっかくなんで歩いた。店の場所とかも把握したいしね。うはっ、走ってる車がみんな鳥取ナンバーだ(ったりめーだ)。でもってそれ以外のナンバーっていったら島根のみ!今日から一週間で、一生分の鳥取&島根ナンバーを見ることになります。

今日から5泊お世話になるホテル・アジェンダはごく普通のビジネスホテル。少し古いけど、問題無し。安いし、従業員の方も親切だし。ただエアコンの風が、何だろう、汚れているのか強すぎるのか、喉がいたくなった。かつ窓に網戸がついていないので、エアコン切って開けっ放しにもできない。その点だけ不便だったかな。周辺は店もあるし、コインランドリーもある。駅行きのバスも近くから乗れる。

ホテルには相棒となるマイチャリ・FP2が既に届いていた。乗り継ぎに次ぐ乗り継ぎで疲れた。前週から寝不足もたまっており、この日は周辺で買出しする程度で、早々に布団に入りました。


<7月13日>2日目

駅前探検

<写真2>まさかFP2にベルを装着する日が来ようとは。

前日はホテル周辺のコンビニや老舗デパートを回っただけなので、ホテル〜駅までを歩いてみる(前日に駅から歩いたのとは別ルート)。とりあえず駅へ・・・特に見るべきものもないか。明日の開会式の会場となる”BIG SHIP”の場所だけ確認して、あとは飲み物とか大量に買い込んでホテルへ戻る。

午後から皆生温泉まで脚を伸ばすので、その前にチャリを点検しておく。ブレーキ、ディレーラ・・・特に問題はない。ちなみに皆生大会は基本的に交通規制を行わないので、選手は一般の交通ルールを守る必要がある。従ってレース中と言えども赤信号に当ったら停まらなければならない(!)。あと自転車の整備も同様で、ベルの装着が義務付けられる(!)。ライトは、日没前にはバイクパートが終了するし、コース中にトンネルもないから、ってことで免除されているが。ってことで、FP2にベル装着。100均で買ったやつだけどね。



皆生温泉・スタート地点下見
ホテルから北へ約5km、海に突き当たった周辺が皆生温泉。その一角にある米子市民プール?あたりがスタート会場。ってことでチャリで出向く。なんだか道路も路肩もガタガタ。まぁ雨が降っても滑ることは間違ってもなさそうだけど、なんかパンクしそうで怖い。沖縄のアスファルトに慣れてしまったからなのか、内地の道路ってこれが普通だっけ?
しばらく走るとすぐに皆生に到着。とりあえず海岸へ出て、遊歩道を日野川河口の方へ向う。途中、トライアスロンの記念碑があったので立ちよる。まさにここから、日本のトライアスロンの歴史が始まったわけだ。非常に感慨深いものがあります。記念碑の横には第1回大会の参加者53名の名前が刻んであるのだが、いったいどんな状況でのレースだったのだろう。30年前、日本じゃまだ誰もやったことないわけだから、エイド等も今ほど行き届いたものではなかったはず。まだ「根性論」全盛の頃だっただろうし。自転車も今より遥かに重かったはず。補給食やウェアなども今みたいに研究されたものではなかったはず。そんな中で挑戦した53名、文字通り勇者です。

その先は遊歩道が未舗装っぽかったので引き返す。引き返す途中、同じく下見に来たっぽい一団とすれ違い、軽く挨拶。で、道路に出てプール側からスタート地点を探すことに。会場は既に設営が始まっていた。再度、海に出てみると・・・
どどぉーん!
ん〜いかにも日本海らしい、荒々しい波じゃのう・・・ってダメやん!なんじゃこの大荒れの海は?これまで梅雨前線が南側にあったため、ずっと北風が吹き続けていたのだろう。どう見てもスイムできない状態。天気予報では明日から南風に変わるらしいので、残り2日に賭けるしかない。スタート地点もやぐらの設営作業が行われていたけど、無理っぽ。先ほどの一団と再度会って話をしてみたが、朝方は風が止むから朝だけは静まっている可能性もゼロではない、と。うむむ、こればかりは自然に左右されるスポーツなだけにいつでも有り得ることではある。ちなみにスイム中止となった場合は第一種目が8.3kmの1st RUNに置き換わってデュアスロンスタイルとなるのだが、何とか3種目やらせてもらいたいところ。スイムが有るのと無いのとじゃ満足度が全然違うだろうしさ。

皆生温泉周辺、もっとごった返してるかと思ってたけど、全然寂れていた。どうせ予約取れないだろうと思って、はなっから市街地方面のホテルに電話したのだが、以外に宿空いていたのでは??


<写真3>トライアスロンの記念碑。この皆生の海で、日本のトライアスロンの歴史が始まったのだ。

<写真4>おいおい、マジっすか。こりゃデュアスロンも視野に入ってくるな。南風に変わるようだから、あと2日、静まることを祈るのみ。


<7月14日>3日目

バイクコース下見見学バスツアー
大会前日、バイクコースの下見バスツアーが無料であるので、当然参加。ってことで10時40分に皆生温泉の観光センターに集合。周りの席の人と話したらほとんどが初皆生だそうだ。バス2台連ねてイザ出発。

皆生大会は交通規制をしないため、極力、交通の妨げにならないよう、信号のある交差点を通らないよう、工夫されたコース設定となっている。そのため実に複雑。道が狭く危険な箇所も多い。実際のところ、道が狭すぎて下見のときはバスが入れず、別の道を通ってショートカットした箇所が多数あり。宮古島みたいな離島なら全島封鎖しても交通への影響は少ないんだろうけど、ここは島じゃない。交通の要所となる幹線道路もある。どうしても封鎖できない場所はあるのだろう。側道を通ったり、地下道を通ったりと、練りに練って苦心の末に生まれたコース、そんな感じだ。
さて、前半の山場はなんと行っても大山の観光道路。大山の標高350m近くまで上ることになる。途中、パーキングエリアの「どんぐり村」で小休止。この日は大山は雲に隠れてしまっていたが、ガイドさんによると大山とは思えない暑さだったとか。予報では明日の鳥取の最高気温は34度。灼熱地獄が待っているのか・・・?
ちなみに、コース途中、明日の大会に備えてか、路肩の草刈りをしている姿を数箇所見かけた。本当に、頭が上がりません。

大山を下って、中山温泉の折り返しを目指す広域農道へ。大山が終わっても、まだまだ坂道が続くようだ。こりゃハードだな・・・。ただし下見では全コース回るのは時間的に厳しいので、途中でコースアウトし、これにて終了。皆生温泉へ戻るまでの短い時間、ガイドのおばおねーさんによる、鳥取・米子の名所案内がありました。

全コースは見られなかったが、かなりイメージがわかった。これは初参加者は必ず参加すべし。

皆生温泉に戻ると、海岸の波消しブロックを超えて白いしぶ・・・いや、何も見ておりません(笑)


<写真5>大山道路を登坂中。傾斜はそれほどでもないが、上り坂が休み無く続くようだ。美しい景色も楽しみ。

<写真6>下見ツアーバスは鬼太郎バスでした。水木しげるの出身が境港ってことで、町にも駅にも鬼太郎だらけ。


受け付け・開会式

<写真7>開会式での招待選手紹介。向って左寄りは「有名人」も何名か。

皆生温泉に戻ってから、開会式会場となる米子駅前・BIG SHIPへバスで向う。既に色んな店のブースが出ており、ごった返していた。宮古島大会に比べると皆生はだいぶ庶民派のイメージだが、やはりロングの大会は変態ナルシストっぽい人が多いな。まぁ気持ちは分かるが。受け付けを済ませID手錠を掛けられ、開会式が始まるまでショップを覗いて回る。

開会式はしっかりとしたホールで厳かな雰囲気のもと、行われた。この辺り、沖縄のお祭り騒ぎ的な大会と違って、大人な雰囲気。大会役員の挨拶とか、祝電の紹介、来賓としてバイクラックを製造した偉大なおじいちゃんのスピーチまであった。さすが、伝統のある大会は違う(沖縄の大会と比べてどっちが良い、とかいうモンじゃないけど)。
大会役員の一人が言った言葉;
「困難になればなるほど、トライアスリートとしての精神が試される」
という言葉を心に刻んで、ホテルへ戻った。

夕飯はホテルの隣のハンバーグ屋。全品無料でサラダバーがついてくるイケてる店だが、この日は野菜はほどほどに我慢。炭水化物を中心に摂って終了。翌朝は早いし、この日も慣れるために5時起きだったので、眠気MAX。20時前には眠りについた。


<7月15日>4日目

全日本トライアスロン皆生大会
大会当日。この日は長い一日となります故、別ページに個別に書きました。

第32回全日本トライアスロン皆生大会


<7月16日>5日目

自転車回収
前日、全然寝付けず、寝たの午前1時半だったのに、起きたの午前4時半。あれだけ早起きして、あれだけ走りまくって、あれだけ疲れていたのに、3時間しか寝ていない。レースの余韻で興奮が収まらないのだろう。恐るべし、ロングトライアスロン。。。

前日、バイクをトランジションエリアに置いたまま帰ったので、朝のうちに回収に向う。会場に入れるのは8時半からなので、少し前に着くようにタクシーで向う。その場にいたスタッフの顔ぶれは昨晩と同じだったと思う。徹夜で監視してくれていた模様(高級品だらけだしね・・・)。本当に、ありがとうございます。
ここからチャリに乗ってホテルまで5kmほど帰るわけだが、ヘルメットとシューズは昨夜洗ってまだ乾いてないので使えず、何より頑張って走りたくないので歩道をチンタラ走っていく(一応、走ること自体は違反ではない。ハズ)。ホテルに戻ったらシャワー浴びて、お次は閉会式が行われるBIG SHIPへ向う。


閉会式&パーティー
開会式と同じくブースがいくつも出ていた。建物の外には物産展もあったので、会社用のお土産をここで買っておく。閉会式の受け付けで、完走証とリザルト一覧を貰う。確認してみると、ギリギリ200番以内。各ラップもなんだかメチャクチャ。up/downの多いコースでの大会は初めてだったので最初から予想不可能だったが、その通りの結果だった。もう少しイケるかな、って思ってたけど、先ずはこの皆生を完走できたことに満足しよう。そして最後だけは快走できたから、終わりよければ全て良し!みたいな。

会場に入るも、なんだかかったるいので後ろの椅子に座って待ってると表彰式が始まる。総合優勝は吉村選手。皆生では毎年着実に順位を上げてきての初優勝だったようだ。本人や中継のコメントを聞いてみても「勝つためのトレーニングしてきた」ということが伺われる。宮古島でも好成績だったようだし、何より25歳とまだまだ若い。この選手は今後注目ですぞ。
パーティーでのメインディッシュは出雲蕎麦!これはナイスチョイス。前日クソ暑い中で水分・糖分を大量に摂取して内臓にも相当なダメージが残っている。未だまともに飯が食べられる状態ではないって人がほとんどのハズ。そんなとき、しょっぱいツユにサッパリな日本蕎麦ならどんどん喉を通る。案の定、大人気でした。でもって適当なテーブルにお邪魔して、ビールと蕎麦を口にする。その後、恒例の抽選などが行われ(外れたけど)、これにて終了。みなさん、お疲れ様でした。熱い大会をアリガトウ。


鳥取砂丘
閉会式が終わったら、その脚で米子駅へ。特急・スーパーまつかぜに乗って一路、鳥取市へ。せっかくなんで、いちばん有名な鳥取砂丘を見学せにゃ。身体の疲れも大したことなさそうだし。俺と同じスケジュールだったっぽい選手が他に2組、同じ電車に乗るのを見かけた。まぁ、行くよね、やっぱ。ちなみに米子は鳥取県の西部、鳥取市は東部。電車で鳥取県を横断します。日本で一番人口の少ない県ってことで、どこへ行っても予想通りのド田舎田園風景が広がる美しい景色でした。

鳥取駅からバスに乗って砂丘へ。砂丘会館前で降りるともう目の前。さすがにココは観光客がかなり多かった。車も県外ナンバーがズラリ。とりあえず、砂丘を歩いてみる。砂がメチャクチャ熱く、サンダルだったので大変だった。階段を上ると海岸まで砂丘が広がっています。広い・・・って言っても、地平線の彼方まで続くような広さではない。でも砂丘と言うだけあって、ちゃんと「丘」になってるのね。そこがただの砂浜とは違うところ。確かに、こんな風景は日本じゃあまりないのだろう。一見の価値はありますね。


<写真8>電車の車窓から。梅雨明けし、前日以上の日差しとなった鳥取。大山も遠くからよく見えました。

<写真9>鳥取砂丘へ到着。期待以上のものがありましたが、普通に歩けます。でも砂が熱い!熱中症で運ばれんように。


<写真10>海に向って左手、西側は草木も多少生えていた。水が溜まっているところも。

<写真11>わざと傾斜がキツイところを登る、一人のドMな男性。あ、俺じゃないっすよ。

しかし、本当に砂丘しかないんかい、鳥取!レストラン砂丘、民宿砂丘、砂丘会館、鳥取県警察署砂丘駐在所・・・orz

・・・本当に他は何もなさげだったので、すぐに引き返し。帰りは快速電車。あっという間に米子へ戻る。


皆生温泉
米子に来てもう5日目だが、やっと温泉に浸かる時間ができた。米子駅からバスで皆生温泉へ。ここで夕飯&風呂。観光センター付近をほっついて飯食べられそうな場所さがすが・・・ない!っていうかこんなに寂れてるの?まぁ今日は3連休最終日、明日は平日だからかもしれないけど。選手もほとんど今日で引き上げてしまったのだろう。閉まってる店も多かった。結局、怪しい店しか見つからなかったので、ちょっと味気ないが無難にOU(お湯)ランドへ。日本料亭「荒磯」で少し奮発して夕飯を食べ、温泉へ。

ふぅ・・・疲れが癒される。海が近いだけあって、ナトリウム泉ですかな。すこしヌルヌルしていた。
めいっぱい走って、観光して、美味しいもの食べて、温泉につかる。。。もう何も要りまへん。


<7月17日>6日目

自転車梱包
いよいよ米子を発つ日。ホテルはチェックアウトが11時。自転車の輸送をお願いした西濃運輸が、集荷に来るのが昼前予定。ってことで朝早く起きて自転車を梱包。沖縄から送ってもらったときの梱包材を再利用。ダンボール紙とプチプチなので適当にグルグル巻いてガムテープで止めればOK、簡単だった。リアエンドやカーボン部分などは重点的にプチプチを巻いて。空気入れもこのさき持ち歩くのが面倒なので、チャリに結わえて一緒に梱包。
汗ダクになったので、シャワー浴びて、朝飯がてらに最後のコインランドリー。他の荷物をまとめたらまもなく西濃さんから電話が。思ったより全然早く来てくれて助かった。で、料金聞いたらなんと3450円
・・・ウソ?いや、あの、西濃さん、俺は安いに越したことはないんだけど、おタクは大丈夫なんすか?聞いたら「沖縄から運んだときの料金と同じにしてありますから」って。いや、13000円代だったハズですが。ぜったい「1万」を書き漏らしてるっしょ?でも「間違いない」とおっしゃられるから、その金額でお願いしましたが・・・しつこいようですが本当にヨカッタんすか?(笑)
ってことで、チェックアウト。ホテル・アジェンダさん、お世話になりました。


出雲大社
さて、この日の見所は出雲大社。米子から特急・スーパーまつかぜで出雲市を目指す。途中、中海や宍道湖も見える。島根県も鳥取と同様、松江・出雲の駅周辺以外はド田舎田園風景が広がるスバラシイ景観でした。ホントにホント。JR出雲市駅から出雲大社へ行くには私電とバスがあるようだが、せっかくなんで私電で行くことに。で、切符買って時刻表見たら、なんじゃこりゃ〜っっ!!全然本数ないやんけ。1時間以上待つ必要があったので、切符は捨ててバスに乗り込みました。最初からこうしておけばヨカッタ。


バスを降りると、もう参道の入り口の目の前。早速入ります。美しい松林に囲まれた細く長い道がまっすぐに続きます。ここだけでゾクゾクしちゃいますね。最初は石畳ですが、途中から未舗装に。ここは松の木の根っこの保護のため、中央寄りは歩けません。そこを過ぎると、拝殿に到着。信仰心ゼロな俺ですが、日本中の神様が集まる場所ってことで、何か緊張してしまいます。鳥居をくぐると出雲大社のシンボルとも言える、重さ5tのシメ縄がまず目に飛び込んできます。拝殿の建物は・・・あれ?こんなに小さいんだ?写真で見るともっと幅広いイメージだったんだけど。後々知ったことにゃ、今回見たのは仮拝殿で、写真でよく見る本物の拝殿とは別だったもよう。それでも十分に威厳がありましたがね。自分と家族の幸せをしっかりとお祈りをして、拝殿を後にしました。

松林の参道や拝殿の美しさに感動し、俺のような人間ですら神様の存在を何となく意識してしまう。日本人でよかったと思えました。


<写真12>出雲大社に到着。ここから入って参道を歩きます。

<写真13>前日以上の日差しの強さでうだるような暑さ。でも参道に入ると一気に涼しく快適に。


<写真14>すばらしい松並木の参道が続く。ちなみに前を歩いてるリュックの兄ちゃんはチャリダーでした。

<写真15>ここが拝殿。移転中?だとかで、これは仮拝殿だとか。思っていたのよりこじんまりしてた。



温泉津温泉
さて、この日の宿泊場所は温泉津温泉です。・・・おんせんつおんせん??イイエ、「ゆのつおんせん」です。今回旅の計画をするまで、その存在すら知りませんでした。ここを選んだ理由も、
「島根県の、なるべく市街地から離れた場所で、電車の通り道で、温泉がありそうなとこ」
を地図で探したところ、ここが目に止まったから。というだけの理由。街の名前に「温泉」と入っているんだから、間違いないっしょ。ってことで、山陰線快速・アクアライナーで温泉津を目指す。出雲を出ると、そりゃもうアンタ、ド田舎なんてモンじゃないっすよ。9割方の駅が無人駅。線路は単線なので、駅に停車したときに対向車や特急をやり過ごす。「山陰」とはよく言ったもんで、夕方だったってのを差し引いても確かに暗いイメージがある。まぁ、そういった雰囲気を求めてきたわけだから、大歓迎なんだけどね。ちなみに、時間と体力に余裕があれば、鳥取から福岡までの移動は愛車・FP2で・・・と思ってたんだけど、もしこの辺りをチャリで走ったら、途中コンビニとかも一切なくて、道も悪くて大変だっただろうな。


JR温泉津駅に到着。こんなところを訪れることになるとは。

温泉津駅に到着。駅員さんは・・・日中はいるようだがこの時間は誰もおらず。切符も渡さずにそのまま出る。駅前から温泉津の温泉街までガラガラとスーツケースを引きながら歩く。鄙びた温泉地なのは分かっていたが、これは期待以上だ。っていうか・・・観光客、俺以外に来てんのか??(笑)
一旦海沿いにでて、すぐに山の方に向って右折。ここからが温泉街。ここの町並み含め、温泉津自体が世界遺産だそうだ。まぁ温泉大国日本と言えども、これだけ昔ながらの家屋が並んでる場所はそうそうないだろうからね。俺が泊まる旅館「ますや」は歩いてすぐ。
入ると名前も何も言ってないのに、すぐに「お待ちしておりました」と部屋に案内された。そんだけ客も少ないのだろう。気づいた限りでは、俺以外の客はおばちゃん数名の一行のみだったのでは。ってことで男湯は貸切でした。建物は古いが、久々の和室。沖縄に住んでいるだけあって、こういった雰囲気に飢えてきてんのよね。やはり自分は日本人だとしみじみ感じる。だからGKが出没したけど許してやろう。数分間格闘したが、沖縄のそれに比べて実に弱かった。沖縄のは3発以内に仕留めないと離陸するからねぇ(汗)

最後の一日ってことで少し良さげな宿を取ったのだが、この値段は料理にあるのだろう。懐石料理をお部屋でいただけます。日本海で取れたばかりの海の幸・・・手の込んだ料理。贅沢です。これまた沖縄に住んでるとなかなか食べる機会が少なくなってしまうものばかり。最高でした。


<写真17>温泉津温泉の町並み。といってもココがメインストリート、長さは800m程度らしい。

<写真18>夜。まわりは旅館や民家が並んでいるが、既に寝静まって物音一つしなかった。

一休みして、夜、星を見に外に出てみる。夜9時頃だったが・・・外へ出ると、物音一つしない。既に寝静まっているようだ。道の両脇は民家や旅館が隙間無く並んでいるってのに。街灯がたくさんあって明るいのが、さらに不思議な雰囲気をかもし出している。なんか別世界に紛れ込んでしまったかのような。
港まで行ってみると民家の明かりが少し遠のいて、星が見えた。やっぱよく見えます。さそり座に北斗七星、天の川もちゃんと見えた。
で・・・UFOも2機見た(笑)いや、間違いなく、「点滅せずに移動している星のような光」を2回見た。見まちがいではない。人工衛星かとも思ったが、2回見たやつはそれぞれ逆方向に動いていた。見間違いの可能性としては虫が遠くの灯りに反射していたとか・・・?


<7月18日>7日目

朝風呂・薬師湯
温泉津の伝統ある浴場に元湯と薬師湯があります。今回は薬師湯にオジャマしました。朝5時半からやってます。朝早くて夜も早い、ってことなんですね。6時前に行きましたが、すでに近所のおじぃが3名ほど入っていました。ここは温度が50度弱もあり、1〜2分しか浸かっていられません。一旦お湯から上がって、しばらく休んでまた入る、を繰り返します。これまた気持ちの良い朝風呂でした。風呂から上がって屋上のテラスでコーヒーを飲みながら、温泉津の町並みを見渡す。なるほど、世界遺産ってわけね。

旅館ますやへ戻って朝食をいただく。朝飯はシンプルな和食。味噌汁にカレイの干物、蒸卵etc. 9時過ぎの快速列車に乗るので、それに合わせて駅まで送迎していただきました。なかなか来れる場所ではないけど、次来ることがあったらもっとノンビリしていきたい場所ですね。


温泉津〜福岡空港〜沖縄
さて、沖縄まで帰ります。その道中、福岡でイワイ氏とランチ予定。

温泉津駅から山陰線で更に西へ進む。途中、浜田で特急に乗り換えて新山口へ、そこから新幹線で福岡まで、という予定だ。温泉津駅の駅員さんに切符発行してもらったが、浜田から特急で行けるようだ。山陰線快速・アクアライナーで出発。乗り降りする乗客の9割はおじー・おばーだ。学校があるところでのみ、高校生がちょびっと乗ってくる程度。で、浜田に到着。特急は・・・ん?次の益田行きしかないな。じゃ益田から新山口行きが出てるってことかな。そんなわけで、特急に乗る。浜田はこの辺りでは都会だが、ここから特急乗ったの、俺一人。
で、終点の益田。降りたホームに時刻表がなかったので、駅員さんに「新山口行きの特急は何時ですか?」と聞いたら、
「山口行きの特急?ないよ」
・・・は?
「次はねぇ、これ、13時25分」
えええーーーっ!!聞いてないよぉ。現在、11時。特急を待つよりは普通で行ったほうが早いとのこと。エライことになった。益田から山口(新山口ではない)まで、約2時間。そこから乗り換えて、新山口へ、でもって新幹線に乗るが、その新幹線も乗り継ぎがあまりよろしくないようだ。飛行機には間に合うが、イワイ氏との待ち合わせ時間、15時過ぎに変更してもらわないと。慌てて謝罪の電話を入れる。
山口線の乗り場へ行って時刻表見て唖然。2時間に1本しかないやんけ。で、特急は2本に1本。要するに4時間に1本程度。こりゃ完全に下調べ不足だった。まぁ確かに日本で一番過疎な地域だろうからねぇ、これが当たり前なのか。

山口行きの普通列車が来た。1両です(汗)でもワンボックス占拠できます。益田を出ると、線路は左に大きく逸れる。日本海とお別れだ。ここから先、川に沿ってひたすら山中を走るのだが、その景色の美しいこと!わかりやすく言えばド田舎となりのトトロにでもでてきそうな農村の風景、そんな景色が2時間近く続きます。この路線は、本当に乗ってよかった。当然、単線なので、対向列車とのすれ違いは駅にて行う。対向列車が遅れれば、その分待ち合わせ。焦る俺の気持ちに更に拍車を掛けてくれる。


<写真19>グォングォンと音を立てて山口線の電車が到着。1両編成、車内には運賃表もあってバスみたいな感じ。

<写真20>いかにも日本って感じの民家と風景。こんな景色が山口駅到着までひたすら続く。


<写真21>田んぼが広がる景色。外国人が乗ってたが、この風景の写真を撮ってた。

<写真22>こんな景色が、ひたすら続きます。田舎大好きな人にはたまらんでしょうな。

益田を出てかれこれ2時間が経過、もうすぐ山口駅に着くはずだが、周囲は相変わらずのド田舎風景なんですが・・・って思ってたら、山口駅に着いた(笑)俺の座ってた窓側は田舎、反対側の駅前だけ、多少ビルがある。その程度だった。で、降りたホーム向かいに停まってる、これまた1両の新山口行きに乗り換え。こっちは少し混んでいた。
大した時間もかからず新山口へ到着。新幹線の時刻表を見ると・・・おっと「鹿児島行き」なるものがあるぞ。しかもすぐ出発だ。のぞみとこだまの時間しか調べてなかったけど、九州新幹線もあるんやな。ってことで乗り場のホームへダッシュ。14時01分の九州新幹線「さくら555号」に飛び乗った。
・・・よく知らんけど、博多停まるよね?「停まらねぇわけねーだろ」と思いながらも、しばらく不安でした。各駅ではなくすっ飛ばして行ったので博多まであっという間でした。


博多から地下鉄で福岡空港へ移動。焦ってたので、地下鉄に乗り換えるときに「お〜博多に来たか」と周囲を見渡す余裕もなし(笑)空港到着は15時丁度。ふぅ、なんとか間に合ったか。チェックインを済ませ荷物を預けたのだが、自転車のチェーンなどに付ける潤滑油がボッシュートされた。沖縄から乗ったときはOKだったのにぃ。スプレータイプではないのだが、ボトルのラベル等に書いてある商品の情報だけでは内容物の確認ができないから云々といった理由でした。まぁ仕方あんめ。
一段落したところでイワイ氏に連絡。まもなく再会できました。スタバでしばしゆんたく。しばらく大会には出ていないようですが、俺がトライアスロンにハマる切欠を作ってくれたのはイワイ氏である。それ以前の俺のままだったら練習とも言えない程度の練習しかやってなかったし、今回こうやって皆生大会に出るなんてことにも繋がらなかった。一緒に練習したことはないけど、「心の師匠」みたいな方です。2007年の伊是名トライアスロンで、体育館ザコ寝のときに、たまたま布団が隣同士だった − たったそれだけの出会いが、自分の人生をこんなにも動かすことになろうとはね。
お互いの話以外にも、「弟子」の話題など、久々だったので話のネタは尽きませんでしたが、40分程度でもう飛行機の時間。お別れです。わざわざ空港まで出向いてくれてアリガトウ。


沖縄行きの飛行機に乗り込んで、今回の旅も終わりです。


鳥取・島根を訪れたのは今回が初めて。もちろん皆生大会参加も初めて。電車メインの旅行も初めて。内地の大会に出向いたのも初めて。デュアスロンに変更になったのも初めて。山岳コースをレースで走ったのも初めて。真夏にフルマラソン走ったのも初めて。1日にマラソン50km走ったのも初めて。大会で地下道潜ったり歩道橋渡ったり信号で止められたりしたのも初めて(笑)。初めてづくしの大会で、非常に印象深い思い出となりました。


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