32nd 全日本トライアスロン皆生大会
2012年07月15日(日)
走行距離1st RUN:8.3km
BIKE:145km
RUN:42.195km
総合タイム10時間46分02秒
天気/気温/風 /36℃/南風強
目が覚めると3時半。予定より30分早く目が覚めたが爆睡できた。飯はいつも通り餅をメインに、菓子パン等も摘む。スタート地点の皆生温泉まではチャリで移動になるが、出発するときにはすでに明るくなり始めていたので問題なし。後ろから同じようにチャリで走ってきた選手が、場所わかってないみたいだったので、先導してあげた。


<写真1>スタート前トランジション。バイクはココからスタートしてココへ戻ってくる。

会場に到着、とりあえずバイクをラックに置き、トランジションバックを掛ける。隣に沖縄から参加の男子選手がいたので軽く挨拶。ちなみに沖縄からは男子2名・女子1名・宮古島からの招待選手1名のわずか4名。
スイムは当然ながら中止になったとのこと。海を見に行ってみたが、二日前より更に荒くなってるな、こりゃ。短縮でもいいからちゃんと3種目やりたかったが、こればかりはどうにもならない。ってことで第一種目が8.3kmの1st RUNに置き換わってのデュアスロンスタイルに。これは俺にとって初の体験。スタート時刻も7時00分→7時40分に変更。トランジットは2回ともココなので、シューズは1つでOK(2つ必要かと思って2足持ってきてしまっていた)。


受付を済ませ、周辺を軽く走ってUP。・・・おっと、腹の調子が非常に雲行き怪しいんだけど。大丈夫かいな。不安を感じつつ、スタート地点に整列、俺は前から1/3くらいの場所に陣取った。スイムと違って緊張感まるでなし。女子の昨年の優勝者・大松選手による気合入れが行われ、スタート時刻が近づく。

目標タイムは宮古島のときと同じく、1時間+5時間30分+4時間30分 = 11時間!!・・・だったが、最初が1st RUNに変更になったから、見当つかなくなっちまったい。とりあえずBIKE、RUNは上記のタイム以内で!


<1st RUN> 8.3km

1st RUNはわずか8.3km、スタート直後でみんな元気もヤル気も満々なので、ペースが速いこと!つられて俺もグングンペース上げる。こんなん大した差はつかないんだから、バイク・ランのために脚を残すほうが良いに決まってるのに、みんな歯止め効かないんやな。海岸に突き当たって右折、日野川に突き当たったら川に沿って南下、住宅街をグルッと回ってまた海岸沿いへ。あちゃ、やっぱ腹下してるわ。気になりだすと、一気に集中力が乱れてペースも落ちてくる。トライアスロンの碑があるところを過ぎてしばらく行くと、唯一のエイドステーション(以下、AS)。まぁ帰りも立ち寄れるが。トイレもここ1箇所。でもこのときは「まだ大丈夫かな」って感じだったのでトイレは素通り。その後はトイレもなく、しばらく走ってやっと折り返し。かなり長く感じられた。まぁたかが8.3kmとは言っても40分弱はかかるんだから、一瞬で終わるってわけでもないか。腹がかなりやばくなってきて、さきほどトイレに寄らなかったことを激しく後悔。後続に抜かれることが多くなってきた。初っ端っからこのような困難が待ち構えていようとは・・・orz
暑さの中でのロングレース、この先、水分も糖分も大量に取らなければいけないのに、こんな調子で大丈夫なんだろうか?楽しみにしていた大会だってのに、早くも暗雲が立ち込める。とりあえず復路のASのところでトイレに駆け込む。腹の中が空っぽになった。かなりの軽量化を達成(笑)腹の調子はすぐに回復するはずもないが、とりあえず立ち直った。しばらく走って、トランジションエリア方向へ右折。

- Transit 1 -

タイムは40分程度だった。まぁトイレで数分ロスしたことを考えれば悪くない。この先、不安抱えたままで長い距離走るよりは、今行っておいて正解だ。バイクを押して乗車位置へ進むが、出口が狭いので大渋滞。止まってしばらく待つ。そんな感じで、緊張感なくバイクスタート。

<BIKE> 145km

皆生大会は基本的に交通規制を行わない。従って、レース中も車はバンバン通るし、選手も交通ルールに従わなければならない。よって自転車にはベルを着ける義務がある(!)赤信号になったらたとえレース中と言えども停まらなければならない(!)。もちろん、交通量が少なく、信号や右折が極力少なくなるようなコース設定になっているし、どうしても右折が必要な箇所は警察官が立って交通誘導はしてくれるのだが。そんなわけで、地域の方々の理解と協力がなければ成り立たない大会。改めて、多くの方の尽力によって我々は楽しむことができているのだと感じる。

さて、住宅街を走り国道をくぐるとすぐに日野川の土手の上の道路に上る。右折なので警察官が車を停めてくれているが、スタート直後で選手が絶え間なくなくくるので、かなり長い時間停めていたはず。土手に上ったらすぐに河川敷の道路へ下る。ここはフラットだが狭いし、小石とかも転がってる。パンクだろうか、早くも路肩に停まっている選手も。そして意外に向かい風が強い。予報では前線が日本海に抜けたので、ここら辺は南風。大山からの吹き降ろしの風が吹き付けているのである。しばらく走ると、もう一度土手の上に上り、今度は右側へ下る。ここも車停め。そして非常に狭いクランク状の道を曲がり、集落の方へ。しばらく土手下の道を走る。腹の調子は以前として下したときの症状で、あまり積極的に水分を摂ることができなかった。が、ウダウダ言ってても仕方ないので、応援に応えたりして楽しんでいくことにする。再度、土手の上に出る。路肩は狭く、後ろからは車が来るので、前の選手を抜きづらい。前の選手の後ろにつかないように位置を横にズラすと、車の邪魔になってしまうためそれもできず、どうしてもドラフティングぎみになってしまう。まぁココは仕方あるまい。

しばらく走ると最初のAS。まだ10km地点だが、ボトル捨ててる選手がけっこう多かった。前方は混雑ぎみ・・・っと、転倒してる選手が2名ほど。とっさに「落車ぁ!!」と後方へ叫んでいた。まだ選手密度が多い上に、最初のASでタイミングとか慣れてないだろうからね。水のボトルをもらって少し口をつけ、先を急ぐ。
この先は馬佐良峠、ちょっとしたのぼり坂がある模様。前日の下見ツアーでは省略されたので、どれほどの坂なのか未知である。長めの坂が見えてきたら、早めにフロントをインナーに入れていく。が、ココは大したことなかった。上り坂苦手な人以外はアウターでも全然行けちゃうはず。で、あいかわらず下り坂の遅い俺。上りで抜いた選手に下りでブチ抜かれること多数。何度か橋を渡ったり、左折をしながら進んでいく。向かい風は強い。DHポジションはだいぶ前乗り姿勢になるようにしてあるが、上り坂をシッティングで上る場面が多くなるだろうから、疲労をリセットする意味でも可能なら積極的にDHポジションをとるようにしていく。他の大会なら逆なんだろうけどね。
左折して広域農道に入るといきなりの激坂。しかも見通しが悪く、曲がってみないと坂があることがわからないポイント。が、ここは前日の下見でチェック済みだったので事前にインナーにしてあった。キツイけど、こんなんまだまだ序の口だ。きれいな田園風景の中、up/downを繰り返し、住宅街に出て、鋭角に曲がる交差点を右折。その先が、出ました!皆生名物「地下道」。先にある国道を停めて突っ切るコースってのがどうしても無理があるため、地下道で対岸へ渡るようになったとのこと。ここも大渋滞。一旦降車し、一列になって整然と歩いて通過。地下道を出たらしばらく歩道を走って、また日野川の土手を目指す。橋を渡って対岸に渡り、右折、対岸の土手の上を走る。左へ鋭角に曲がりながら土手下の道路に下りる。その先、橋を渡ったりして、高速道路の下をくぐったらすぐに左折、側道へ入る。前の選手がスピード落さずDHポジションのまま颯爽と左折していったのを見て、角に立っていたボランティアのコが「ちょ〜カッコイイ!」って叫んでた。俺はビビリなんで、ブレーキ掛けながらじゃないと曲がれんかったけど(涙)
狭く、デコボコも多い側道を勢いよく走る。この先が伯仙しょうぶAS。ここは帰りにもお世話になる。そしてここから、いよいよ大山の山岳コースが始まる。往路のコースは狭くて下見のときはバスが通れないとのことで、復路コースを上った。なのでこの先もしばらく未知。交通量が少ない「裏道」みたいなところを使っているので、道は悪く、景観もよろしくない。デコボコや小石が多数。大山から下ってくるコースとクロスする箇所もある。心配だったが、さすがにまだトップもそこまでは来ていなかったので、普通に通過。しばらく走ると、グルッと螺旋上に回りながら大山道路へ上る細い細い道へ。大山道路を一旦くぐるが、そこは道路が濡れてるし暗いし下りだしで怖かった。そして左へ鋭角に折れ曲がると一気に激坂。短いが、傾斜的にはここが一番だろうか。ダンシングを使って上りきり、大山道路へ合流。下見で立ち寄ったどんぐり村の目の前だ。


<写真2>この写真は大山道路を上ってるところ・・・だったと思う(汗)カメラマンに向って軽く手を上げたのは覚えてるけど、もはや余裕がなく、いったい何処だったか・・・

鳥取とはいえ(失礼!)三連休の中日、観光地である大山はさすがに車が多く、レースでの足止めもあって渋滞していた。車の左側の路肩をすり抜けて走る場面も多く、危険。と、渋滞にイラついた1台の車が引き返そうとUターンを始めた。一度では回り切れないので、バックで下がってくる。とっさにブレーキ。後方からも「ちょっとちょっとぉ!!」と選手の声が。後ろからは続々と選手が来るので停まるわけにはいかない。「後ろ、通りますっ!!」とドライバーに向って叫んで、左路肩の僅かな隙間を通り抜ける。迷惑かけてるのはこっちなんだけど、もう少し注意して欲しかったところ。こんな状態なんだけど、車からはたくさんの応援の声が飛んできた。ここは大山道路に出てから上り坂が休み無く数km続く、最初の難所。ありがたいことだ。

大山道路を右折(この交差点で車停めてるので、下が渋滞している)、少しup/downを繰り返し突き当りを左折。この先に折り返しポイントがあるので、下ってくる選手とすれ違うのだが・・・恐ろしいスピードだ。TTチャリでDHポジションのままノーブレーキで・・・スピードホリックっつうやつですかね。またまた長い上り坂。車も微妙に流れているので、車と車の間に選手が数名挟まれて走るような状況になるのだが・・・自分より遅い選手が前にいて、でも車のドライバーがビビリ安全運転で無理に抜かそうとしない人だったりすると、車にブロックされてしまうなんてことも。まぁ対向車線は下ってくる選手もいるので、車もあまりはみ出せないんだろうけど。上り坂では他の選手を抜くことが多かったので、そんな場面が多かった。その先を右折、しばらく平坦で、一気に下り、そして上り。下り切ったとこがカーブしてて路肩に砂が溜まってたので、コケないかヒヤヒヤだった。上り切るとすぐに折り返しポイント。ここがコースの最高標高地点、約350M。
さっきの下り・上りを逆走して、大山道路へ戻る。ここから長い下り坂。やっと一休みやね。米子市街地方面が一望できて、景色も最高のポイント。少しずつ選手がバラけてきているので、下りでもゴボウ抜かれするほどでもなかった。たまにTTフレーム&ディープリムのチャリが横をシャーっと駆け下りていく程度。勢いよく下ったところで右折、植田正治写真館AS。山登りを終えてみんなここで一休み。脚をついてしっかり補給してる選手がほとんど。俺も水にコーラにと、十分に補給した。ついでに、バイクボトルの位置を変更。後ろのホルダに着けていたやつを前のメインへ。こいつは捨てボトルだったので、さっさと飲み干して新しいのを貰いたかった。ショッツや塩を大量に入れて濃い目に作ってあったのだが、この暑さでは身体が欲するのは水orスポーツドリンク。濃いのは飲めない。こいつは失敗。
その先、少しまた上るが、補給したのでグイグイ行けた。左折して更にup/downを繰り返す。特に下り坂の勾配はかなり急。速度はビビリの俺ですら60km/hに達する。 急な坂道を下り・・・下り切ったところで道がカーブしており、カーブの途中が工事のトラックの出入り口になってるポイント。ここも下見でチェック済みだが、出入り口のとこから道路に砂がたくさん散らばっており、見るからに要注意箇所。案の定、バイクボトルが4〜5本転がっていた(どう見ても落車の跡である)。カーブとキツいup/downの連続で方向感覚も分からなくなってきた頃に一気に下り。ここからは中山AS折り返しポイントを目指す。

淀江古代AS(天然温泉ラピスパ)までは、田んぼの中のフラットコース。DHポジションでスイスイ行ける。問題はその先だ。突き当たりを右折し、しばらく行くとup/downが始まる。これまた皆生名物「ジェットコースター」。中山ASまで約20km、ひたすらup/down。平地は一部しかない。下ったらすぐ上る、ってとこがほとんど。しかも同じコースを折り返してココまで戻ってくる。大山もキツイが、ここからは拷問。最初の「むきばんだ」への上りが一番長い。周囲の選手もかなりのスローペースだ。やっとこ大山が終わったと思ったところへこの仕打ち。戦意も失われて当然だ。蛇行して走ってる人も少なくない。ふらついて接触・転倒してしまったらしい2選手が路肩で話してる姿も。沿道のおっちゃんが飛ばしていた激が助けになった;
「ここが一番キツイところだから!あと500Mの我慢!!」
初参加だと、どれくらい上りが続くのかわからないからね。確かにこの上りはキツかったが、ここを越えた後、少しばかりup/downを繰り返すとまもなく大山エネルギッシュAS。この前後は比較的平坦でDHポジで走れる。が、完全に平坦ではない。第一ボトルはここで捨て、スポドリ入りのボトルをいただく(お土産にもなるし)。それとは別に水やコーラをいただく。だいぶ長居していたが、それほど後ろから選手は来なかった。だんだんバラけつつある。こんな感じで上って下ったらすぐにASがあるのかな?なんて思ってたが、次は中山までASはない。あと、コースマップにあった高低図はかなり荒っぽいのもので、地図上では上り坂は数箇所に見えるが、実際には更に細かいup/downが多数ある。この辺りでトップの選手が折り返してくる。2位以下とはかなり差がついていた。
行っても行っても同じように繰り返されるup/down。一つ一つの坂は長さも傾斜もヤンバル辺りと比べると大したことないのだが、休み無く繰り返されるので精神的にも堪える。ほとんどの坂はフロントインナーでシッティングで上る。ダンシングは急勾配のところと、坂の頂上が近づいたときのみ。本当はダンシング多用してグイグイ行けるかと思ってたが、もうそんな気力なし。周囲の景色はこれまたスバラシイものなのだが、それを堪能してる余裕もほとんどなし。平地がほとんどないので、補給もままならない。下りはスピード出てて危険だし、上りは片手運転だとフラつくし。そういう意味でも難コースである。

どれくらい走っただろうか、T字路を左折する。やっとこ「中山温泉癒しのAS」に到着。ここは特別ASといった感じで、バイクラックもあり、一休みできるポイント。ひたすら続くup/downを走り、距離も100kmが近づき集中力が失われてくる頃。俺もバイクを置いて、十分な補給。スイカやオレンジをいただき、コーラにスポドリとたくさんもらった。もちろん、スポンジで頭から水もぶっかけてもらう。生き返った(周囲の選手からも「いや〜生き返るなぁ」という声が)。
さて、皆生温泉を目指して出発だ。よく見れば雲がなくなって日差しが強まってきた。いよいよ、灼熱の皆生が本性を現す。しばらくゆるやかな上りがつづいた後、今しがた走ってきたup/downロードへ復帰、ここをひたすら戻る。

途中、赤信号で2回ほど停められた。トップの選手が通過してから1時間は選手を優先して通してくれるらしいが、それ以降は信号に従わなければならない。もっともこんな状況だから、数10秒のロスなんて気にもならないが。信号のない交差点では警官やスタッフが車を止めて選手を通してくれている。なんたって、道路封鎖してないわけだからね。通り過ぎざまに「ありがとうございます!」って声掛けたら、スタッフの方も「頑張って!」と返してくれた。暑さも厳しくなってきた。坂の頂上手前、民間AS(笑)で洗面器で冷水をぶっ掛けてくれている人が。当然お願いする。これも皆生の名物やね。
大山エネルギッシュASを過ぎると、このup/downロードもあと少し。だが往路でもキツかった「むきばんだ」の坂が最後に待ち受けている。上り坂の途中、前方の選手がコケかけていた。おそらく脚が攣って、でもビンディングがすぐに外せなくて立ちゴケ寸前の状態だったのだろう。自転車を降りて押して歩いてる選手も3名ほど見かけた。何やねん、このコース!この後にフルマラソンとか、ぜってー無理っしょ?(笑)バイクフィニッシュしたらリタイヤしてしまおうか・・・そんな気持ちすら湧いてくる。
むきばんたの坂を何とか越えると、長い下り。そして米子市街地方面が見えてくる。直線で見通しの良い下りなので本来ならかなりスピードが出るはずなのだが・・・すげぇ向かい風!坂を下りきったら風との格闘となる。神よ・・・この期に及んでまだ我らに試練を与え給うか?
ラピスパのASを越え、田んぼの中を抜ける。この先にあるのぼり坂が最後の上り。ここは覚悟を決めて上り切る。そして大山道路へ戻った。ここで「バイクコース130km」の表示。あとは下り&平地のみだ。ここから一気に下り。ボランティアの高校生が気合入った声援を送ってたので、俺も中指親指立てて「よっしゃーっっ!!」って言って通過。それを見ていた前方の警官も中指親指立てて「よっしゃーっっ!!」と返してきた。ヤル気が戻ってきた。

下りきると、淀江古代ASの手前はタイトな左コーナー。ほんと、バイク得意な人でも難しいであろうポイントがそこかしこにある。それだけ走り応えはあるけどね。高速道路の側道はえれぇ向い風。平地なのに17km/h。でも俺が特別遅いわけじゃなく、前の選手たちも同じようなスピード。抜かすことさえある。ここから日野川の土手に上るまでは向かい風が続くが、土手に上ると一気に追い風。平地で車も通らないので、グングン加速。疲れていたのでチンタラ走りでもいいかな・・・とも思ったが、それじゃダメだ。ちゃんとDHポジで踏んでいく。40km/hまで上がる。長いバイクコースの中で、下り坂以外で気持ち良く走れたの、ここだけじゃなかろうか。一旦土手の下の道に下り、再度土手の上へ。そして皆生大橋を渡り、朝方に土手へ上ってきた道を下る。皆生温泉に戻ってきた!

- Transit 2 -

バイクを降りるが、とても走って押す気力はない。普通に歩いて、バイクラックまで移動。既にかなりの数のバイクが置かれていた。FP2、お疲れ。よく走り切ったわ。トランジションバックを掛けてあるラックまで行き、全然急がずに着替え&補給。今回はバイクパンツを2枚重ねて穿いていたが、RUNのときは1枚脱ぐ。補給も、予定していた通りにはとてもこなせないが、MEDALISTだけはなんとか摂った。あとはASでかなり暴飲暴食。この時点でRUNのタイムは既に6分経過。そして皆生温泉の「トライアスロン通り」へ出て行く。

<RUN> 42.195km

RUNコースも交通規制は一切無い。トップ選手も含め、赤信号ではしっかりと停められる。またバイクコースと違って市街地を長く走るので、信号はたくさんあるし、それ以外にも路地やら駐車場から車が普通に出入りしている。

トライアスロン通りを少し走ったら、また海岸沿いの遊歩道へ出る。朝方には見られなかった海水浴客が遊歩道を歩いていた。うわ・・・すでにヘロヘロやん。記念碑の前を通ったのも気づかないほど余裕なし。そして観光協会のとこで左折、米子市街地へまっすぐ向う通りを進む。最初の信号でさっそく引っ掛かった。と、後ろからきた選手たちは少し下がった建物の影でストップ。俺もすぐ影の中へ避難。時刻は14時前、いよいよ炎天下となってきた。
先ずは天満屋&わこうの交差点を目指すのだが・・・既にまともに走れない状態。こんなんでフルマラソン走るの?絶望的な気持ちになる。最初の天満屋のASまでは4km程度だろうか、かなり長く感じた。この間にも民間AS(笑)や沿道の店など、ホースで水を掛けてくているところが数箇所あったが、これがなかったら最初のASまで持たなかったんじゃなかろうか?

天満屋&わこうの交差点を右折、ここからひたすら境港の折り返し地点を目指す。ASでは全身水浴び。靴に水が溜まると気持ち悪いから濡らさないように・・・とか言ってる場合じゃない。補給もコーラやレモンなど「摂り過ぎだろ?」ってっくらい貰って先へ進む。ドリンク飲み過ぎると腹がパンパンになって苦しくて走れなくなるから控えめに・・・とか言ってる場合じゃない。
ASを出発してしばらく走ると「次のASまで500M」の看板が。この先もほぼ全てのASで手前500Mの看板があった。これはありがたい。っていうか、これがなきゃ絶望して歩いてしまうわ。約2kmおきにあるASで毎度毎度冷水を浴び、コーラや塩、スポーツドリンクを暴飲していく。朝方、腹を下していたことなんて打ち忘れていた。しばらく進むと、出ました!皆生名物「歩道橋」。歩道橋を渡って左側の歩道へ渡るのだ。階段は小走りで上ろうと思ったが、そんな気力はナシ。周囲の選手もみんな歩いてたので、俺も歩く。
絶望的な状態でスタートしたRUNだったが・・・ASで冷却・補給を繰り返すうちに、何となく身体が動き始めた。コーラとかガブガブ飲んでエネルギーが回復してきたか?こうなってくると、朝方の1st RUNで腹下して全部出しておいたのがプラスに働いてきてるとも考えられる。まだ、諦めるには早いってことだ。少しずつ、ほんとうに少しずつ、まともなフォームに修正していく。ASでは他の大会ではスポンジ2個受け取って自分で水を被るのだが、この大会はそれじゃ足りない。全っ然足りない。なのでASで待ち構えているボランティアの高校生たちにお願いして、3〜4名にスポンジで冷水を全身に掛けてもらう。つまり多いときはスポンジ8個分の水を浴びる。それくらい必要なのだ。

12〜13km地点だっただろうか、折り返してきたトップの選手とすれ違った。ゼッケンNo.8の招待選手、全員の名前まで記憶してなかったのでこのときは誰かわからなかったが、昨年のトップ3以外の選手のようだ。スゴイ。

一旦右折、すぐに左折、海岸沿いに松林が続く国道に出る。この国道沿いは歩道が狭く、折り返してくる選手とも多数すれ違うので走り辛かった。が、走りは徐々に良いフォームに戻りつつある。途中には今年から新設されたAS「まんが王国」が。巫女さんやメイド服のレイヤーさんたちがコップを渡してくれたり、水を掛けてくれたりしますが、ガン見できるような余裕はゼロ(ったりめーだ)。しばらく進むとまた左折。米子空港の道路を跨ぐ橋はRUNコースの数少ない「上り坂」。まぁ大したことは無いか。折り返しはまだか?境港は中海を挟んで対岸が目の前、要するに対岸の山並みが近づいてきたら折り返しってことだ。途中、右側の歩道へ渡る箇所があった。スタッフが車を止めてくれているので、通過するときに軽く手を上げてサンキュの意思表示。スタッフへはもちろん、停まってくれたドライバーに対しても。フラダンス?みたいな格好で応援しているおばちゃんたちの前を通過、もうそろそろ折り返し地点か?いや、もうしばらくの辛抱。同じような景色の直線が続く、苦しい箇所。20km地点の標識、ってことは折り返し地点では21km超えてるハズ。少しだけ、気が楽になる。
既に境港市に入っているようだ。「ここがお母さんの生まれた場所か・・・」と、感傷に浸る。なんて余裕はあるはずもなく。先ほどまでナカナカの調子で走っていたが、徐々に余裕がなくなってきた。周囲の選手、折り返してくる選手も含め、歩いてしまっている人がちょくちょくいる。
信号が多くなり、家や店が増えてきた。海岸沿いの公園に突き当たるT字路で信号渡って左へ。ここが有名な水木しげるロード、ゲゲゲの鬼太郎の登場キャラクターの銅像が歩道にいくつか立っている。が、そんなモン完全に忘れていた。そしてやっとこ折り返しのAS。まずは折り返しチェック用のリストバンドを貰う。で、早速、水をお願いする。ボランティアの高校生4名によるスポンジ8個分の行水。バケツをひっくり返したかのような水が降ってきた。やってた本人たちも、
「えぇぇぇー?」  (さすがにやりすぎっしょ?の意)
の声。いやいや、それくらいで丁度イイ。サンクス!ここでは座り込んでしまい、脚にスプレーを掛けている選手が数名。キツいのはどの選手も同じだ。かく言う俺も、ここでMEDALISTを1本使う予定でいたのだが、そんなん忘れてました。
さぁ帰るぞ!・・・っとその前にトイレに立ち寄る。


復路に入ったが、明らかに勢いが落ちてきている。歩きたい気持ちが強くなり、赤信号で止まると逆にホッとしてしまう。青になって再スタートしてもすぐに諦めの気持ちが押し寄せてくる。おそらく歩いているのとほぼ同じくらいのスピードだったはず。しかし、それでも他の選手に抜かされることがほとんどない。みんなも同じようにキツかったということだ。リレーの選手ですら歩いてしまっている人がいるし。

そろそろ日が傾きだした。もうタイムなんて見てる余裕はなかったが、この分だとRUNは4時間半は超えてしまいそうだ。不甲斐ない・・・なんて気持ちは湧いてこない。とにかくゴールに辿り着きさえすればそれでいい。ってことでひたすら次のASを目指すことだけを考えて走る。沿道で応援していた男性が俺に声を掛けてきた。
「リラックス、リラックス!まだ固いよ〜」
その声に、力みを抜いて肩をダランとさせる。
「OK、OK。ナイスラン!」
少し、楽になった。限界に達する前に、と、ここまであまり口にしてこなかったカフェインショッツ(コーヒー味)を1本使う。こいつが効いてくれることを祈る。頭の中は「次のASは?AS手前500Mの看板はまだか?」ってことのみである。っていうか2kmおきのASでも足りず、その間にある民間ASでも必ずお世話になる。マジでこういった助けがなければ歩いてしまったハズ。

ASでのサポート、応援も後半になるにつれて熱さを増してきてるよう。
「ゾンさん、頑張ってください!」(ゼッケンと名簿を照らし合わせて)
「さぁ後少し!帰りましょうよ!!!!」
・・・いったい、俺は今日一日で何人の方に助けてもらったことだろう。それでも、歩くのを我慢するだけで精一杯の状態。


国道から右折し、すぐまた左折。あとは直線だ。少しずつではあるが、ゴールが見え始めた。と、前方から大声が。
「あ``あ``あ``ぁぁぁぁーーーーっっっ!!!!」
何だ?何が起こっている??赤信号で止まると、その横の電柱に掴まって立っている外国人選手が。
「あ``あ``あ``ぁぁぁぁーーーーっっっ!!!!」
と、また2回ほど悲鳴とも叫びともとれない大声を上げる。おそらく脚が攣って治らないのだろう。そうなってしまうのも何も不思議ではない、それほど過酷な大会だ。信号が変わり、苦しいが、走り出す。前の選手を追う。それが切欠だったか、少し走り方が変わってきた。もはや意識朦朧状態なので意図してやったわけではないが、先ほどまでの歩いてるのに等しい走りではなく、気づいたら練習で走ってるときのようなフォームになっている。あと10km。日が傾き、少しでも雲に隠れると、たいぶ涼しく感じる。日中の暑さはだいぶ和らいだようだ。これもラクになった一つの理由だったかもしれない。
35km地点通過、ここで前の選手をまた一人捕らえる。
「残り僅かだよな・・・」
この選手を追い抜くのを切欠にペースを上げた。イケる!キタ!!セカンドウィンド!!!いや、もうこれは「ラストウィンド」と言うべきか。1秒前とは別の身体、別の脳で走ってるような状態。完全にラストスパートのときの走りになった。終盤になり選手がかなりバラけているため、道路が緩やかにカーブしてる箇所では、前方に誰も見えない状態が続く(選手数が宮古島の半分だから、密度も半分、全然雰囲気が違う)。歩道を走ってるってこともあり、なんか練習で一人で走ってるんじゃないかと錯覚する。それくらい前の選手と差がついていたが、あっという間に追いついてくる。サングラスが邪魔になったので、手に持って走る。ASに立ち寄るも、先ほどまでは、行水・コーラ・スポドリ・塩・レモンetc、出発前にもう一丁行水と、長々と居座ったが、今はもう行水・コーラorスポドリを1口だけ口をつけてすぐに出発。ASでも他の選手を何人かパスしていたハズだが、全く見ちゃいない。

本当に、人間の身体ってのは不思議だ。さっきまでは歩く寸前、ラクをするための言い訳を考えながら走ってたのに、今はどこまででも走れてしまうような感覚。むしろ一人でも多くの選手を抜かすために、あろうことか「ゴールまでの距離がなるべく長く残っていて欲しい」という気持ちすら出てくるのだ。考えてみれば、そもそも朝の1st RUNの時点で、腹の不調によりスタートから僅か30分程度で既に諦めの気持ちが過ぎり、バイクは最初から最後までただただシンどいだけ。up/downと向かい風のキツさに脚を残そうなんて余裕はゼロ、RUNもコースに出てから10m地点で歩きたくなるという絶望的な状態でのスタート。そんな状態でかれこれ10時間走り続けてきて、その挙句にこんな力が湧いてくるなんて・・・こんなこともあるんだから、苦しくなっても諦めるのはもったいないやね。

さて、往路でも通った皆生名物・歩道橋が見えてきた。その直前、歩道が狭くなってるところに自転車を引いて歩いてる小学生ぎゃるが3名、歩道をふさいでいる。「おぉぉぉい!通るよ〜!!」遠くから大声で叫ぶ。普段、練習で走ってて広がって歩いてる人たちを後ろから追い越すときなんて、直前になって小声で「あ、う・・・すいません、通ります」みたいな俺だけど、このときは相当な興奮状態だったのだろう。で、歩道橋の階段は1段抜かしで駆け上がる。上り切ったところで一人の選手に追いついたが、その選手が振り返って、
「ええっ?ココ走って上れちゃうの??」
って驚いてた。歩道橋を下って赤信号でストップ。4名ほどの選手が集まった。青になってみんなで一斉に再スタートするが、真っ先に飛び出して行ったら、
「・・・はぁ?マジ?」
って声が後ろから聞えた。残り4kmの表示。「まだ4kmも・・・」なんて気持ちは全く湧いてこなかった。ただ、ゴールまでこの状態が維持してくれることを祈るのみ。長くは続かないことは、過去の経験からわかっているから。ソフトバンクのショップ前では気ぐるみの店員さんとハイタッチ。民間エイドで水を掛けてくれているところも断るようになった。苦しい状況のときは、声援に対して応えたり手を軽く上げることができず、頷くことすらキツかったが、今はまた応援を貰うたびに手を上げられるようになった。歩道を右側へ渡るため、信号待ち。更に走ると、あっという間に「ホテルわこう」の青い看板が見えてきた。戻ってきた!
天満屋&わこうの交差点は右折、更にグルッと右に回って歩道橋を渡る。この歩道橋は階段ではなくスロープ。最後の最後でRUNコース一番の上り坂。前方の2選手は歩いてしまっていた。歩道橋を下り、住宅街を流れる川沿いの遊歩道にそのまま繋がる。かなり先に、もう一人選手の背中が見えるが、追いつけるかどうか。川に沿って遊歩道を1kmほど走り、山陰線の線路の下をくぐると目の前が東山公園・どらドラパーク米子陸上競技場の入り口。長い長い一日が、ついに終わる。


<FINISH> 8.3km+145km+42.195km = 195.495km

前方に見えていた選手との差が数10mにまで詰まっていたが、全力で追いかけるとフィニッシュが被ってしまいそうだったので、トラックでは差をキープして走る。その間にゼッケンを調え、手に持っていたサングラスをバイザーの上に掛け直し、撮影に備える(笑)前の選手は仲間たちとのゴールだったので、ラストの直線、フィニッシャーズストリート(赤絨毯)は更にゆっくり走る。ゴール前アナウンスで、俺の紹介が読み上げられる。自然とガッツポーズが出た。そしてゴール。。。感動の瞬間。


<写真3>ゴールシーン。頭の中が真っ白になります。

<写真4>ゴール後、しばらくたってから。まだ真っ白です。ギリギリ、日が沈む前にはゴールできたかな。

いやはや、キツかったぁ。宮古島のときは「キツいけど、これくらいならまぁ毎年出ても・・・」ってゴール直後に思えたけど、皆生はもうヤダ(笑)一説では「国内で一番キツイ大会」とも言われているようだし(汗)フィニッシュタオルを掛けてもらい、貰ったコーラは一気飲み。そしてお立ち台での写真撮影。完走者全員撮ってもらえます(写真はタダでは貰えないけど・・・)。撮影が終わると地元のケーブルテレビからインタビューを受けた;

テレビ(以下T):今回はどちらから参加ですか?
俺(以下Z):沖縄から来ました。
T:皆生大会は何回目?
Z:今回が初です。沖縄は秋や春先でも海が暖かいってのもあってトライアスロンが盛んなので、これまでは沖縄県内の大会にばかり出ていた。
T:何故、皆生大会に出ようと思った?
Z:そりゃーやっぱ日本のトライアスロン発祥の地、一度は走らなアカンでっしゃろ。
T:沖縄の大会と比べてどんな印象?
Z:沖縄の大会は半分お祭り騒ぎみたいな雰囲気だが、皆生は開会式の式典などもしっかりしていて、マジメ・・・と言ったら変ですが、何かこう大人の雰囲気のある大会と感じた。
T:走ってみた印象は?
Z:キツすぎでっしゃろ!バイクはアップダウンばっかだし、ランはシニ暑いし!でも時折周囲の景色を見渡すと大山をはじめ鳥取県の美しい自然が広がり、疲れた身体をいやしてくれました。そしてASでのスタッフ・ボランティアの方、沿道の声援がとても温かく、キツかったけどおかげでなんとか完走できました。
T:もう一度皆生を走りたいですか。
Z:(半笑)・・・はい、いつかまた挑戦したいです(本音:もうヤダ・・・)。
T:本当にお疲れ様でした。
Z:ありがとうございました。

ほとんどの人にインタビューしてるのか、沖縄からの数少ない参加者だったからか。それにしても口下手でアドリブ能力ゼロの俺がスラスラとインタビューに答えていました。酔っ払ってるとアドリブOKになるんだけど、それと同じような状態だったんやな。脳内麻薬全開。

預けてあった荷物を受け取り、トラック内の空いているところで大の字になって寝転んだ。しばらく動かなかった。疲れて動けないなんてことは全くなかったが、興奮で頭の中が真っ白、何も考えられない。この達成感は何物にも変えがたい。

仮に今日で自分の人生が終わるとしても、悔いのない人生だったと思えるのでは・・・

そう思えてしまうほどの達成感だ。本当にハードな、好きでやってる俺から見ても「ちょっとこれは変態かな」と思えるほどの大会だったが、思い切って出てよかった。

シャワー室で着替えて、ゴール付近のベンチでフィニッシュシーンをボーっと見ている。すぐ横にメディカルエリアがあったが、一人、意識混濁状態と思われる男性選手が背負われて運ばれてきた。こういう過酷な場面をこんなにたくさん見たのも、この大会が初めて。会場のアナウンスによると、この日の米子は最高気温36度、全国第2位の暑さだったらしい。
日が暮れて競技場に灯りがともり始めたが、暗くなってからのゴールシーンこそがロングの真骨頂。選手の数だけ、ドラマがある。俺は「鉄人」とか「限界に挑戦」って言葉はわざとらしくてあまり使いたくないのだが、早朝にスタートして日が暮れて辺りが暗くなってもまだこうして走りつづけている姿を見ると、「鉄人」という表現も大げさではないかなぁって思える。


さて、送迎バスでトランジションエリアのある皆生温泉へ向う。荷物を回収するも、バイクは明日改めて取りに来ることにした。疲れてはいるものの、乗って帰れないほどでなはかった。理由はチャリにライトがついてないから。もう暗くなってるので、無灯火運転になってしまう。この大会、地元の方の理解なしには継続できない。興味のない人からすれば、こんな大会なんてジャマでしかないわけで、そこへ来て選手が交通違反してる姿を見せるわけにはいかんっしょ。些細なことかもしれないが、ちゃんと交通ルールは守ろうと思った。ってことでバスでホテルまで帰る。天満屋&わこうの交差点を通ったとき、まだ走ってる選手の姿が!残りの距離と制限時間を考えるとギリギリだ。最後の根性振り絞れ!!


ホテルに戻るも当然ながら食事は摂れる状態ではない。ジュースやコーヒーを飲みながらエアコンガンガンに掛けて部屋でゴロゴロしてました。でもレースの興奮が全然収まらず、結局寝たの午前1時半。今日は3時半に起きたってのに。。。


<リザルト>

1st RUN'39''32(396位)
BIKE5'28''36(282位)
RUN4'37''54(163位)
TOTAL10'46''02(199位/800人くらい)




各種目を振り返って・・・

1st RUN
いきなりやってしまいました。が、食事や腹の調子の管理は明らかな失敗であるものの、終わってみればここで腹の中のモノを全て出し切ったことで、後々の補給をガンガン摂れるようになったのではないかと。確かにタイムロスは数分あった。もしトイレ寄らず、タイムが仮にあと3分早かったとしたら、1st RUNのラップ順位は100位以上速かった。ところが最終順位では5位くらいしか変わらない。バイクで集団走行できるわけでもあるまいし、(上位選手を除き)ここで無理することがいかに無駄か、よくわかった。

BIKE
実はバイクで順位を上げられたことは今まで一度もなく、今回が初。が、それは第一種目がスイムじゃなかったから&1st RUNはトイレ行ったりしてだいぶ遅かったから。一応スイムが一番得意ではあるので、スイムが中止にならずもっと上位でバイクスタートしてたら、順位下げていた可能性有り。ただ、正直もっとイケるかと思っていた。自分は平地よりもヒルクライムタイプの人間だと思ってたから。実際のところ、上り坂ではほとんど抜かれた記憶がない。しかしそんなに甘くはなかった。練習量が全然足りないのはもちろん、下りも上手くならないと(ビビリだかんね)。あと、この大会はやはり本コースを一度走った経験の有無が大きく効いてくるような気がする。コース下見ツアーに参加はしたが、やっぱどれくらいのキツさかは自分の脚で走らないと、ねぇ。第一種目がRUNだったので、バイクスタート時から息が上がっており、更に序盤は腹の不調もあったためか、最初から最後までキツかった印象しかない。

RUN
フラットコースだからイケるかな?って期待していたけど、スタート直後からから諦めの気持ちが湧いてきていた。中盤、復活したかに見えたが、25km以降は一気にペースダウンして何度か歩きかけた。35km付近からの”ラストウィンド”、あれがもう少しでも早く来てくれたら・・・ってあまり早く来られてもゴールまで持たないか。でも最後だけでも超快走できたので、気持ち良く終われたことは確か。ヨカッタヨカッタ。リザルト見てみたらRUNで抜かれたの6人だけだったから、あんな走りであってもそれなりに頑張れてたってことだろう。あと、この日の米子の最高気温は36度で「灼熱の皆生」と言われたが、やはり日差しが沖縄と比べると全然弱い。いやもちろん暑いし、あのASでの毎度の「行水」がなければとても走れたモンじゃなかったわけだが、沖縄でこの時期、日中にフルマラソン走ったら冗談抜きで死ねる。それほど沖縄の日差しは殺人的だ。そんな中で練習してきたためか、皆生の暑さは「まだマシ」と思えた。


ということで、良かったのはRUNのラストとBIKEの一部の上り坂くらいか。SWIMが中止になり、せっかく遠征して出場した大会だったのに正規の3種目ができず、最初は残念な気持ちが大きかった。内地の黒い海(笑)でのスイムを経験したかったし、やっぱ3種目やってナンボですからねぇ、これじゃ正式に皆生を完走したことにならんじゃないか、と。しかしゴールしてしまえば「そんなのはどうでも良い。俺は皆生を完走した」と、胸を張って言える。何より、他では絶対に味わえないであろう達成感。これがロングディスタンスの醍醐味ですね。

そして、この大会は他の大会以上の、スタッフ・ボランティアとの触れ合いがある。他の大会でも行き届いた運営や温かい応援に頭が上がらないのはもちろんなのだが、この大会は交通規制しないためスタッフや警官が要所要所に立っていて信号等で実際に指示を受けるのと、前述の「行水」があるため、実際に触れ合い、お互い声を掛け合うことが多かったように感じる。猛暑の中、あのハードなバイクコースの後にフルマラソン・・・今回ほど「他の人たちの支えがなければ完走は絶対無理だった」と思えた大会はない。大会のキャッチフレーズになっていた「挑む人。迎える人。一つになる瞬間」ってのはキレイ事ではないな。

そんなわけで、終わった直後は「ただただキツかった、この大会は1回きりでいいや」って思ったけど、今となっては苦しかったところは都合よく忘れ、「また、何年かしたら、いつか・・・」って気持ちが僅かながら芽生えてきている。


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