闘病日記

2015年10月〜12月

<10月>

10月に入り、グッと涼しくなった。沖縄では10月上旬はまだまだ夏のままという感じだったが、コッチはやはり違う。


<写真1>空港のイベントにて。八丈島のゆるキャラ・コッコメくんには俺が入っ中の人なんていません。

10/4(日)早朝ジョグから帰宅後、シャワー浴びてすぐに家族でムロアジ釣りに。前回ほどのバカ釣れではなかったが、ほぼ入れ食い状態。いいかげんな釣り方でも、2時間で30匹超えた。今回は何匹かはBigサイズもあった。捌くのがまたエラい面倒で、夫婦協力体制で、こちらも2時間かかった。八丈住んでる人はあちこりの知り合いからしょっちゅうムロを貰ってもう飽き飽き、はっきり言って有難迷惑なところもあると聞いたが、これだけバカでも釣れるくらいなら、納得。

職場の年に一度の最大イベントの当日は見事なまでの雨、しかも大雨警報レベル。よって開催規模は縮小されたが、俺の出番はむしろ増えることに。外は雨で寒かったが、汗ダクになった。


10月終盤、JOGで初めて島の南部を廻ってみる。距離は28kmと思ったほどなかったが、登龍峠を始め坂道だらけで、最後はへばった。坂道はきついが、やる気があろうがなかろうが強制的に負荷がかかるので、それはそれでよい。今までにはなかったコース・環境なので、何か変化があればと期待する。まだまだ、以前の練習量の半分にも満たないが、それでもココまで走れるまでには復帰できた。


<11月>

ここ2年、睡眠時間は平均して4時間未満。恐ろしいことに身体が慣れてきている。当初は車の運転中に赤信号で居眠りしてしまうこともしばしばだったが、いつのまにやらそんなこともなくなった。かつて若かりし頃、毎日6時間睡眠の時期があったが、やはり週末近くの金曜とかになると朝二度寝して会社に遅刻しかけたり、仕事中に船漕いでしまうことも多く、「毎日6時間」では若干キツイ感じだった。それが今では「6時間寝られる日はゼイタク」という状態。。。
かつて膠原病を患い、それが切欠でマラソンを始めた(正確には初めて三日坊主にならず継続できた)。沖縄への移住を考え出したのも、病気で入院中のこと。更にはトライアスロンにハマっていった。余暇を全て練習につぎ込んでもまだ時間が足りないほどだった。忙しくはあったが、充実した毎日になった。
その後、会社のリストラを経験した。もう若くもなく再就職にも苦労した経験から、年取ってからでも有効な資格を取っておかねば、と考えを改め、勉強を再開した。以前にもやろうと思って本買ったりもしたが、ほとんど三日坊主で終わっていた。俺はダメ人間なので、こうやって追いつめられないとやらない性分なので。そして八丈島への移住も、あのリストラがなければ考えもしないことだった。
更には子供も生まれ、自分の時間は減る一方。でもやりたいことは増える一方。トライアスロンだけでも時間がいくらあっても足りない状態だったのに、加えて子育てに勉強も。そんなこんなで睡眠3〜4時間。まぁそれでもよい。やりたいことやるために睡眠時間削ってるのであって、睡眠のためにやりたいこと削るよりはマシ。
・・・不健康この上ないけどね。一気に老化が進んでる気がする(笑)

病気とリストラ、俺の人生の中での「2大不幸事件」だが、それが切欠で人生が変わった。何事も起こらなければ、今に至るまで何もしていなかった。どこにも行ってなかった。
人生わからんものである。



<12月>

グッと寒くなったが、走るには好都合。疲労気味なときでも、走りだすと非常に快調だったりと、暑さがないだけで全然楽チン。仕事が早番のときは、久々にRUNで帰宅してみたりと、徐々に以前のスタイルを取り戻しつつある。

帰宅RUNするときは出勤は徒歩。夏にやったら職場に到着するまでに汗ダラダラになっちまうので、寒いこの時期しかできない。が、そうなると家出るのが朝5:30、まだ空には星が瞬いている時間。最短で行くには植物公園を突っ切るのだが、園内は明かりもなく、懐中電灯持たないと足元も見えないほど真っ暗・・・さすがにちょっと怖い。人工とはいえうっそうとした森の中、何か見えてはいけないものが見えてしまったり、振り返ったら後ろから誰かがつけてきてそうで。。。ってことで園内はプチトレラン、そうすれば早く抜けられるし、ザッザッザッという自分の足音で周囲のガサゴソ音も紛れる。加えてテンションを上げるには脳内ミュージック再生しかない!ここは怖さを紛らすためにアップテンポな曲を・・・昔見てたアニメ・ドラグナーのOP曲「夢色チェイサー」が良い。ノリノリなイントロが印象的な、疾走感あふれる曲だ;

♪気をつけて 誰かがWatching you〜 背中から君を追いつめてる〜

・・・
・・・・余計こえーよ(笑)


そんな感じで調子が良くなってきたところだったが、左踵の痛みが大きくなってきた。峠コース走る機会が多くなって、調子に乗って下り坂で飛ばしすぎたか?骨に異常がなければよいが。でも、本当に傷めてるのかどうかよくわからない。走り出したときは痛くても、しばらく走ってると忘れてしまうし。って前もあったから、安心はできない。アドレナリンの効果なのだろうか。
踵の衝撃を吸収すると唄ってるサポーターを使用してみるも、「着けてないよりはマシ」程度。困ったことになった。勤務の都合もあり、思い切って10日間一切走らずにおいた。それから軽く走ってみる・・・むしろ走ったことで痛みが治った?ように感じる。でも寝て起きた直後は痛かったり。年明けに行われる「復帰戦」、八丈島パブリックロードレース、とりあえず走ることはできるだろうけど、バクダンかかえることになってしまった。


時間に追われる毎日で、一年があっという間である。とはいえ「練習」への復帰は叶った。めでたいことである。仕事はカレンダーカンケーなしのシフト勤務で、年末年始もフツーに仕事だが、今の状況に限って言えば、むしろ望ましい。暦通り土日祝休みだったら休日は全て子守りとなり、フリーな休みはいっさいナシ、ストレス爆発して死んでた。ジョーダン抜きに。なので、その点はむしろラッキーだった。でなきゃ未だに「復帰」もできてなかったハズ。

八丈島に住むことには何も違和感がなく、むしろ何年も前から住んでいたようにすら感じる。1年前はまだ沖縄にいたということが信じられない。とはいえ、沖縄を思い出すとホームシックになるので、あまり思い出さないようにはしている。
あまり先のことを考える余裕は今はないので、しばらくはこのままでいく。


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