闘病日記

2015年4月〜6月

<4月>
大阪から戻ると、アパートはもぬけの殻。だだっ広い部屋に残されているのは廃棄予定のペラペラのふとんと、服、あと僅かに残った食器と、これまた廃棄予定の家具が少々。冷蔵庫も洗濯機もテレビもなし。がらんどうとなった18畳のリビングダイニングの固く冷たいフローリングに座って段ボールをテーブル代わりに、ノートPCでYouTube見ながら一人で夜な夜なインスタントラーメンを食べる毎日が続く。洗濯は2〜3日に1回、目の前のサンエーのコインランドリーで。朝飯もマトモに食べられないので、大概はコンビニで買って出勤時の車の中で食べる。甚だ不健康な生活ではある。しかしそれも4/18の土曜日まで。退職日が17日で確定した。沖縄で残された時間は、あと2週間である。


残り少ない沖縄での時間を存分に堪能・・・するような時間など無く。最後に来て怒涛の仕事ラッシュ。いつぞやの夏を彷彿とさせる。まぁ俺はもうそこそこにやって、あとは後任に丸投げてしまえばいいのか。って人手が足りなさ過ぎて現場に駆り出され続けて、仕事の引き継ぎが全然できてない。そういえば俺の持ってる仕事も、まだ3つくらいあるんだっけ・・・終わらんな、全部は。

4/11(土) 会社の追い出し飲み会(表)。翌日も仕事だからってんで、この会社のこのメンツにしたら大人しいほうだった。沖縄来てから勤めた会社の中で、良くも悪くも、一番沖縄らしいメンツだったはず。とにかく濃い。あと、今までで一番熱心に引き留めを図ってくれた会社でもあった。待遇や休みの少なさには不満があったが、仕事の内容はもっともっとやってみたいものだった。少なくとも、かなりの経験を積める場所ではあった。一抹の勿体なさを感じつつ、しかし背に腹は代えられない、といった状態。今回の引っ越しは、今じゃなきゃダメっていうタイミングもあったし。
4/12(日) 2012年夏に追い出したはずのJUNに、逆に追い出し食事会に招待されることとなり、彼の自宅を訪ねる。俺はこの日も仕事で最後の詰めをやってたので、到着20時過ぎ。夕食会だってのに、だいぶ待たせてしまった。彼が沖縄に戻ってから、住まいも近かったので「そのうち一緒に飯でも・・・」って言ってたのに、結局会うのはこれが最初で最後になってしまった。相変わらずのマイペースぶりだったが、俺はそれと波長合うのか、ぜ〜んぜん気にならない。お互い以前と変わらず他愛もない会話に耽った。別れ際も「じゃあ、また」という言葉が自然に出た。お別れするって気が全くしない。かつて送り出した彼に、今は自分が見送られることとなる。ホント、人生はわからないものである。

ラスト1週間。不健康な食生活が続き、なんだか胃がズンと重い。毎日、インスタント麺やらスーパーの寿司やら食べて、その後はスナック菓子を貪ってるし。糖尿病とかにならないか心配になってくる。一応、既製品の生野菜サラダなんかも食べてはいるけど、なんぼのモンじゃない。疲労も溜まる一方だ。
俺の最後の仕事となる太陽光、昨年からの続きで10件目がようやく終わりとなった。正確にはまだ終わりじゃないけど、現状できるとこまで、片付いた。振り返ってみると、ここも他の案件同様、無難に終わるということはなかった;
10件目:未完成wwwwwwカギwwwwwwwアンカーwwwwwwwwwwwww雨wwwwっていうか未完成wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

PROJECT 『太陽』(完)


4/15(水) ライオン夫妻と最後の夕飯会@串本陣。平日だったのでノーアポでも入れた。ラッキー!最後にここ食べられてよかった。彼らには、俺たち夫婦二人ともが大変に助けられてきた。今後も当然、家族ぐるみの付き合いが続くと思っていた。自分らが沖縄を離れるときが来るとしても、何年も先のことだと思ってた。急すぎたな。彼らとはもっともっと、色々なとこへ遊びに行きたかった。で、部屋のカーテンを彼らにリサイクルしてもらったため、この日よりカーテン無しの生活となる。リビングは外から丸見えとなってしまうため、奥の部屋に引き籠る。
4/16(木) 最後の燃えないゴミの日なので、残っていたものをいろいろ捨ててしまう。よって、この日から鍋やコップの無い生活となり、インスタントラーメンすら食べられなくなる。
4/17(金) 会社の追い出し飲み会(裏)。翌日は一日フル稼働なのであまり遅くまでは行きたくなかったが、会社近くの居酒屋でワインをしたたか飲まされた揚句、松山まで連行された。この日借りたレンタカーを会社の近くに迷惑路中したままだったので、帰るのも一苦労だった。。。
4/18(土) 二日酔いの状態で朝から動き続ける。朝早く起きて残りのものを全部ゴミ出し。ガス屋の栓締めに立会い、ゆうパックで送るものを詰めて、荷造りして、軽く掃除が終わるのと完璧同時に、不動産屋が来た。ここまでで10時。んで会社の制服をコインランドリー回してる間にサンエーで飯食べて、無印行って郵便局行って国際通り近くの宿にチェックインして、会社行って最後の残り処理して、一旦レンタカー返して、会社戻って最後の最後の残りを片づけて終了。おつかれさまでした。


<写真1>やっとこ片付いた。3年余り住んだ部屋ともお別れ。実に良い部屋だったなぁ。。。

<写真2>那覇空港から出発。最後まで、とことん雨。「雨降って地固まる」そう思いたい。思うしかない。

沖縄ラストナイトはふみ♂と栄町でサシ飲み。メジャーなのからディープなとこまで、3件ハシゴした。2005年にFLUKE-UP!、いや当時はサークル名なんてものも無い状態で、初めて素潜り仲間で集まって飲み会やったのも、栄町だった。ふみ♂、JUN、ヤマヤ氏、亡くなったズケ、あともう一人(これきりだった人)。10年前である。あれから多くの人と出会い、別れ、内地へ戻ってしまったり、連絡が疎になってしまったり、仲違いした人も多かった中で、最初から最後まで付き合いが続いたのはふみ♂だけだった。今の大切な海仲間たちとの繋がり、もっと言えば妻との出会いも、ふみ♂との出会いなくしては存在し得ないものだった。最初に接点を持ったのが彼だったからこそ、俺の沖縄での10年があるのである。本当に、この出会いに感謝である。

4/19(日) 沖縄を発つ日。まだまだ実感はない一方、これで最後なんだと思うと、なんかムズムズというかソワソワというか、変な感覚がする。で、最後の最後まで雨(笑)飛行機では沖縄の蒼い海を目に焼き付けることもかなわず、一瞬で雲の上へ・・・














・・・羽田空港へ到着。妻からマック買い出し命令が下っていたので、乗り継ぎだけど一旦外に出た(結果、後々、面倒な目に会う)。大量に買い込み、自分もしばらく食べられなくなることにハッと気づき、いつものセットを店内でお召し上がりしておく。八丈便は天気が心配されたが、現地の妻によるとごく穏やかとのこと。その通り、前回来たときとは打って変わって平凡なランディングで、物足りなさを感じるほどだった(ウソ)。
で、およそ3週間ぶりに会った息子の反応は・・・キャッキャと無邪気にはしゃいで駆け寄ってくるなんてことはなく、ニヤニヤしながらも無反応。たぶん恥ずかしかったんだと思う。ほんとにホント。妻には長らく苦労させてしまったが、ようやく新しい生活のスタートとなりました。住まいのリビングからは、島の南部にそびえる三原山が間近に望めます。夜になれば、それこそ真っ暗。今までとは、全然雰囲気が違います。


八丈島 − 伊豆諸島の一つであり、れっきとした日本の首都・東京である。ここには2011年に、新婚旅行という位置づけで妻と訪れたことがある。そのときは、御蔵島のドルフィンスイムのついで、オマケ程度の扱いだった。が、ずっぽりハマる。また、八丈島は小説「冒険者たち」/アニメ「ガンバの冒険」の舞台となる「夢見が島」のモデルとなった島である。度々書いている通り、私この作品を子供の頃から愛してやみませんでした。今までに見た全ての小説・漫画・映画etc.の中でNo.1の作品です。そんな八丈島へ、まさか自分が住むことになるとは。本当に、人生わからんものです。この先も全く持ってわかりませんが、とにかく今はここで頑張っていくしかありません。今まで以上に、逃げ場はありません。物価が高いとか、コンビニがないとか、何か買おうと思っても大概売ってないとか、雨が多いとか、外周道路が周囲50kmくらいしかないとか、プールがなくてスイム練できないとか(←致命的)、飛行機の着陸が怖いとか、○○○が××とか、思っていた以上に色々ありますが、やっていくしかありません。っていうか、こんなんでもそのうち慣れるはず。
それに、わるいことばかりじゃありません。海がきれいとか、魚が美味いとか、いつでもタダで入れる温泉があるとか、明日葉がそのへんに生えているとか、地熱発電所があるとか、沖縄にはなかった山がある、しかも2つもあるとか、沖縄にはあった渋滞によるストレスがないとか、無駄に広くでもキレイに整備された公園がそこかしこにあって子供遊ばせるに十分だったりとか、△△が☆☆☆とか。狭い中に、いろいろな魅力が密集しております。
まずは新しい職場の生活リズムに慣れること。トレーニング再開はそれからです。自分は不器用なので、仕事が軌道に乗らないと、落ち着いて趣味も出来ない人間です。それからジョグ・チャリ(スイムはプールがないし・・・)、徐々に距離を伸ばしつつ、南北の山で観光を兼ねたトレラン。あとはお勉強に、子供時代以来の魚釣りもやらねば。あ、八丈は手銛もOKだって。

仕事が始まるまで1週間、子供も昼間は保育園預けてるし、この間のフリーな時間に一度くらいは温泉入っておかないと。せっかく八丈島来たんだし。これまでの溜まりに溜まってもはや身体に異常をきたすレベルとなっている疲労を、少しでも取り除いておくためにも。最初は洞輪沢の無料温泉でいいかなって思ってたけど、妻の勧めもあり、見晴らしの湯にオジャマしてきました。平日昼間だったのでガラ空き、数日続いた雨天もウソのように晴れ上がり、最高でした。ちなみに行きはわざわざ登龍峠側から行きました。今後の練習コースとなるだけに、危険個所を把握しておく必要があるし。


<写真3>登龍峠から望む景色。島の北側、八丈富士と、その向こうには八丈小島。手前には島の中心街と空港も見える。ここで標高300Mちょい。

<写真4>見晴らしの湯からの景色。こちらは島の南側の海を一望できる。ここは最高。

引っ越しの荷物は大概は妻が整理してくれてはいるものの、一部屋はまだ物置きと化している。自分はこちらでの仕事開始まで1週間あるので、子供を保育園に預けたら、ボチボチと片づけていく。あと、自転車。自分の2台と妻の1台、計3台を部屋に置いていたが、前の部屋のように玄関も広くはないし、悠々とは置けない。ついに2台用のバイクスタンドを買うこととなった。当然、一台は玄関外の廊下に迷惑放置の刑・・・受刑者はGT。
子供が倒す心配を考えて「突っ張り棒タイプ」を買ったのだが、やや失敗。天井がコンクリではなくボードだった。ケイテンらしきところはあるのだが、思い切り突っ張ると天井のボードが浮き上がってしまう。一応、固定はできるが、これじゃそのうち倒れるのが目に見えている。
結局、壁立て掛けタイプを買い直した。これなら経年による緩みもないし、立て掛ける場所もケイテンや梁の位置に縛られることもない。レビューにあるように、見た目以上の安定性はある。念のため、上部に紐をつけて壁に固定。幸いなことに息子は自転車に興味を持っておらず、ほとんど触ることはない。もっとちっぽけなお花とかに夢中である。むしろ、自分らが洗濯室内干しとかするときに自転車のハンドルに引っ掛けて転倒するとかのほうが考えられるシチュである。先に買った突っ張り棒タイプは「ちょっと高価なズボン掛け」として今後活用していく方針である(ウソ)。


2月上旬に仕事で傷めた左手首が治っていないので、自転車乗るのは(少なくともダンシングとかは)控えたほうが良さそう。ってことでジョグから再開しようかと思っていたら、なんと右腿の付け根に嫌な感じの痛みが走った。朝起きた瞬間である。前日なにしたっけ?子供の保育園の遠足に付き合いはしたが、別に山道あるいたわけでもない。全く心当たりはない。ないけど、どこがで痛めたのでしょう。ごく普通の動作の中で。明らかに身体が異常というか、弱った状態になっている。


<写真5>ってことでヘルメット購入。最近のはネット販売で安いのねん。強度は大丈夫かよ。

4/27(月)初仕事。職種に関しては自身の希望とは異なるが、離島という条件では選んでいる余地はない。不満がないわけではないが、ここでやっていくしかありません。やっていくうちに、いろいろと変わっていくこともあるでしょう。少なくとも、時間的・体力的余裕はある程度回復できる。生活と仕事のリズムができれば、やりたいこともできるようになっていくことでしょう。
通勤は原付。子供の保育園送迎に車が必要だが、俺の勤務時間だと、送り or 迎えの片方しかできない。なので通勤でマイカー独占はできない。かといって、それだけのために車2台目買うのもあまりに無駄すぎる。通勤距離もたったの3kmあまり、天気良けりゃチャリ、あるいは歩いたってよい距離だし。ってことで原付。雨が多い島なので、そこだけが心配だが、学生時代、まさに膠原病発病した当時なんてのは、延べ週9回のカテキョーバイトにバイクで通っていた。それこそ嵐のような日や、真冬に冷たい雨が降る日でも。しかも遠いところは片道30km以上あった。でもって沖縄は雨だと路面ツルツル、死ぬかと思ったこと数回。それに比べりゃアホみたいなもんだ。あと、この島は渋滞がないせいか、制限速度40km/hの道路を40km/hでノロノロ走っていたも全く煽られないので、雨天バイクだったらカッパ&長靴の最強装備でノロノロ行けばよいし。台風以外は余裕かと。

それにしても、距離が近く渋滞もゼロ、通勤によるストレスが消え去り、時間を毎日無駄にすることもなくなったのは素晴らしいことだ。

チャリを整備・・・ってほどじゃないけど、1年半以上放置してたので、磨いて油注してブレーキ&ディレーラ調整して、自宅付近を数km走ってみる。あ、よかった、乗り方忘れてなかった。でも、こんなに前傾姿勢だったっけ?ごく普通のポジだが、かなりサドルが高く感じた。ともあれ、およそ2年ぶりの感覚。離島なので、市街地といえども坂道は多い。左手首傷めてるからダンシングは控える・・・?知ったことか!ここぞとばかりにグイグイ立ち漕ぎしまくりました。控えるなんて、できるわけないだろ。


<5月>


<写真6>大賀郷園地から八丈富士を望む。前方の高くなってる部分が空港の滑走路。離着陸が見られます。

我が職場は年中無休なのでGWも関係ない。っていうかむしろ忙しいので駆り出される。子供の保育園の都合で休みを多めに貰えてはいるが。。。自分はできれば暦通りにキッチリ休めるほうが性格的に向いてはいると思う。が、土日祝休んでも子供の世話で一日終わってしまうことを考えれば、むしろ休日仕事出て、平日休むほうが自分の時間は創りやすい。現状に於いては、好都合なのかもしれない(その分、妻の負担が増大してしまう訳ではあるが・・・)。

5/2(土)自転車に乗る。およそ2年振り、再スタートです。とはいえ、時間がないのは未だ変わっていない。無理して時間作らなければやっているヒマはないのだが、無理をするだけの余裕はできつつある。この日も仕事は休みだが、子供も保育園休みなので、フリーではない。ってことで早朝起きて1時間程走るに留まる。まぁ1時間が限界だったとは思うけど。2年振りでいきなりアップダウンだらけだったし。
この日は午前中は家族で八丈富士の牧場へ、午後は昼寝後に原付買いに行って、更に子供を大賀郷園地で走らせるなどした。子供が夜素直に寝るようクタクタに遊び疲れさせるためには、ここが適している。


5/22(金)近所にホタルが見られる水路があるとのことで、夕食後、家族3人で向かう。場所も全然知らんけど、「たぶんココのことでしょ」って感じで進む。ちょびっとだけ迷ったが10分もせずにビンゴ。真っ暗で怖いが、車停めて降りたらもう目の前で光ってる!1匹や2匹ではない。水路の草が茂っているところなどは、無数に光っている。な〜んも分かっていない子供もさすがに気づいたらしく、声を上げて驚いていた。俺、工事で使ってたLEDヘッドライトまでつけて準備万端で臨んだが、全然要らんかった。足場の悪い未舗装の道を入っていくのかと思ってたが、普通に道路脇の水路で見られるし。この日は月明かりもあったので、目が慣れれば照明なんぞ必要なかった。自分の地元ではホタルが見られる川がなかったので、とても感激しました。


<写真7>晴れてるとき。南部の三原山がくっきりと見渡せる。

<写真8>霧が出てるとき。100mも離れていない駐車場の出口すら霞む。

話に聞いていたが、八丈島は霧がすごい。まだ梅雨入りしていないが、ちょっと雲がかかると写真の通り。空港の滑走路も霧に包まれてしまう。湿気を帯びた海風が島に沿ってグッと押し上げられて温度が下がるのが原因でしょうか。これも島の自然の一つ。視界不良で飛行機が欠航するのは日常茶飯事(全日空の国内全路線の中で、八丈路線の欠航率の高さは1、2を争うとか・・・)。イベントで島外から客を呼び込もうにも、これがネックになっているのだろう。欠航が続いた末の就航だと、定期便が普通に着陸しただけなのに拍手と歓声が上がるという不思議な光景を拝める島である。

5/26(火)自転車で島の南側を半周。こちらは標高400mの登龍峠を含むので北部より負荷は大きい。道は狭いが車が全く通らないので問題なし。この日は平日の昼間だったのもあり、峠登り始めてから末吉まで下りきるまで、他の車とすれ違いも追い越されも、1台たりともなかった。車が通らなすぎて、前日の雨で降り積もった落ち葉が車道に散乱しており、下りはブレーキ掛けっぱなしで下るハメになった。末吉以降もアップダウンがあり、なかなかキツイ。が、距離は僅か28km。練習で走るなら島1周しなきゃダメか。あと、峠登りは毎回TTするとか。


<6月>
6/1(月)から5日間、仕事の研修で羽田空港へ。当日1便の飛行機で向かう予定だったのだが、天気が非常に怪しげだったので、前日の日曜出発に変更。で、案の定、前日1便も視界不良のため欠航となったので、船で東京へ向かう。午前中に東京到着してノンビリするつもりが、船上で一日潰すハメに・・・。まぁ寝不足溜まってたので強制昼寝ができて、結果オーライか。本来は最安値の二等船室じゃなきゃダメなんだけど、飛行機欠航のため混んでおり満室、強制的に特二等になり、ゆっくり寝られた。船自体もまだ新しい「橘丸」だし。
この日から5泊、蒲田駅近くのホテルに滞在し、羽田へ通う。うち1日は大手町の官庁街へ。通常では立ち入れない場所へたくさん入れたので貴重な体験となり、研修自体は楽しかったのだが、問題は久々に経験した通勤ラッシュ・・・あぁ、俺にはもう無理だな。都会に住むのはOKだが、駅の人ゴミは無理。以前はこんなの、いやもっと過密なのを毎日だったわけだが。あと、いくつか入った店で、店員の対応がとても冷たく感じた。前からこんなんだっけ?運悪くそういう人に連続で当たっただけ?沖縄時代から続く島生活が長くなって、感覚がズレてきてしまったのだろうか。

週末、一旦帰島するも、明けた月曜にすぐ再出発。日程的には翌日の火曜に出発でも間に合うが、もう欠航(「もう結構」ではない)が確実な状態だったので前日入り。この日は大井町駅の目の前のホテルに泊まる。翌日は健康診断だってのに、会社のメンバーで集まって飲む。翌日は午前中の健康診断のみなので、その後はフリー。ってことで未だ行ったことなかったスカイツリーに登りに行く。キャリーバック引いて完全にオノボリサン状態。曇ってたので眺望はイマイチでしたが、上から見下ろすと改めて東京の巨大さが分かる。あと息子のお気に入りの犬っころのキャラグッズ売ってる店があったので、お土産に買っていく。


<写真9>スカイツリー。少し雨が降ってて、上のほうは雲かかってる。

<写真10>地上から450mの天望回廊。入場するのに2回料金払う必要があるってのがエグイが、まぁ一度は来る価値あるかと。

この日からホテルは御茶ノ水。駅前のソラシティへ毎日通い、睡魔との死闘を繰り広げる。ここでも会社メンツで飲み会。同じ会社だが伊豆諸島の複数の島々に分散してるもんで、これだけ人数集まる機会は貴重だってことで(入った居酒屋はイマサンだったが・・・)。また、別の日には夕飯食べに見せ探しながら適当に歩いていたら秋葉原にたどり着いたが、なんというかもう。。。一人で来るのはちょっとこコワかった。いや、もっといろいろ見て回りたかったのだが、無理だった。同僚にココを本拠地としている者がいるので、彼に案内してもらえばよかったなと。
さて、最終日終わって帰りの便も羽田で待っていたのだが、八丈島空港視界不良のため欠航し、延泊。初日と同じ大井町の宿を急遽予約して、一泊過ごす。翌日も初便で天候調査の揚句、やっとこさ帰島。
朝5時過ぎには宿を出発しているので、まだ9時だってのにヘロヘロ。が、快晴だし、出張中はカンヅメ状態でかなりのストレスだったので、家事終わったらすぐにチャリ出発。しかも予定していた北部より距離も負荷も大きい南部へ。だいぶ発散できた。
ところで2月に仕事で痛めた左手首。出張中は家事もないし子供を抱っこしたりする必要もなくなるので、この2週間で完治させる手はずだったのだが・・・普段の痛みはだいぶ引いたものの、やはり力の入れ具合によっては痛い。で、無理したら簡単にぶり返してしまいそう。ってことで完治できず。ん?そんなに左手首を激しく動かすようなことはしておりませんよ、出張中に。ほんとにホント。しかし面倒な故障個所作っちまったなぁ、おい。
久々に家族で過ごした週末は、雨で外では遊べなかったので中之郷の足湯へ出向く。給油所は閉っていたが。。。他にもえこ・あぐりまーとで焼きタケノコ1本20円で食べに行ったり、辛くておいしいラーメン屋行ったりした。タケノコはトレランしながら採れるようになったら面白いかも。

6/27(土)妻が出張で上京中なので、一人で息子と格闘する。昼飯は中国料理屋「筑紫樓」で済ますが、雨なので外で遊ばせることもできないし、室内で遊べるような施設も知らん。ってことで八丈島地熱館行ってみた・・・あ、息子無視で完全に俺の趣味になってる(笑)地熱館はとても狭いが、何とか1時間持たせた。発電所自体も思ってたよりかなりコジンマリしてた。発電量も小さい。が、これで島で必要な電力の1/4を賄えているとか。日本は火山大国なので地熱発電が向いていると言われているが、まだ数は少ない。関東では八丈島が唯一。建設コストがかかるとか、噴火したらオシャカになるとかリスクはあるものの、これだけタダでクリーンなエネルギーがあるのなら使わない手はないと思うのだが・・・原発事故の賠償でそれどころじゃないのか。


<写真11>発電所の規模はこんなもん。隣がちょっとした公園になってたので子供を遊ばせたが・・・辺りはゆで卵の香りがプンプン、水道の蛇口はサビサビ。

<写真12>地熱発電の原理。興味がある方は写真クリックでご拡大を。


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