<1月>
また新しい一年が始まりました。
昨年から生活が少し変わったので、今年は去年・一昨年とはまた違った一年になりそう。楽しみでもあり、不安もあります。まぁ贅沢なモノなんて更々望んではいない。何事も無く、今までと同じようにやりたいことを楽しんでいければ十分。でもトライアスロンは少しスローダウンかな。代わりにフル・ハーフでそれぞれベスト更新を目標に。海は・・・気が向いたときだけ行く、夏場はちょっとだけ頻度UP。今まで通りやね(っていうか他にやること多すぎて海行くほどヒマができるとは到底思えない)。あとはハードな練習の翌日にヒーリング効果を期待して行くようにしてみようかなと。ってことで、自ら課すノルマは年間averageで1回/月。とりあえず今年は元旦からのスタートダッシュには失敗した(笑)だってもう若くないしィ。
昨年から悩んでいるRUNですが、意識する箇所を少し変えたことで、左膝、特に膝の外側に集中的に来る痛みは改善された。が、代わりに左尻の辺りに今までにない痛みが来るようになった。明らかに無理な力が加わっている感じ。いろいろと模索した結果、左尻の痛みがなく、且つ脚を使わないように走るには・・・腹筋、改め丹田を意識。骨盤を旋回させることで脚を前に出し、腿の付け根から下は脱力。加速する場合は今まで通り肩甲骨で引っ張るイメージ。という結論になった。
・・・って例のランニングの本に書いてあるポイントまんまじゃん(笑)左脚のフォームを意識するあまり、逆に力みが入ってしまって左尻問題が出ていた模様。左骨盤が前に全然出ていないというアドバイスだったので、左のときは大げさに肩甲骨を引いて、骨盤を意識的に前に押し出す。これでだいぶ解消された。あとは距離を重ねるのみか。
引越しして、今まで通っていた琉大病院は遠くなったので、ご近所の病院へ紹介状を書いていただいた。その筋に詳しい先生がいるから・・・ということで。うわさに聞いた通り、クロックの早い先生でした(笑)で、以前から気になっていた若干の血圧の高さが指摘された。やっぱ、少しずつ高血圧の領域に入りつつあるのか?ただこの日もエライ寝不足溜まった状態で検査受けたからねぇ。単にこういったストレスが原因になっているだけならいいんだけど。
そんなわけで、週末も寝ても寝ても足りず練習止めちまおうかと思うときもしばしば。仕事は一段落ついて残業ないにも関わらず、平日も走るのサボってしまうし。ただ、間寛平さんのアースマラソン完走のニュースを聞いたので、奮起してがんばって見たり。
マラソンで地球一周・・・ランナーたちの究極の夢と言っていいでしょう。「時間と金さえあれば自分も・・・」って思ってる方、多いんじゃないかな。もっとも、ここまでくると「時間と金とヤル気」だけでできるレベルでもないんでしょうけど。
1/22(土)フリーダイビングサークル「FLUKE-UP!」の新年会。仲間たちとも久々に顔を合わせました。もう昨年の10月以来海へ行ってないし、今年一年のプランとか一切考えてないけど、サークル発足当初と変わらないスタンスでメンバー全員が楽しくやっていければそれで良い。
このサークルができてから既に5年半近く経つ。このサークルは世界一のフリーダイビングサークルです。
・・・え?ホントかって?
世間一般にはフリーダイビングは「安全第一」なんだそうで、ということは未だに事故の「じ」の字もない無事故のこのサークルは自動的に世界一に認定。ですよね?(正しくは世界一タイかな。)俺が「世界一」と主張してるんじゃないのでお間違いなく。俺は「全員が楽しめることが第一」であって、安全については「安全第二」という認識なので、まだまだ世界一には及ばないかなと思ってるけど。もちろん実に楽しいサークルなのだが、一方で繰り返されるトラブルがあり、楽しさ以上に葛藤や悩みがありました。リーダーである自分がダメ人間だから、こうやって問題が絶えないのではないか、と。
2006年、サークルが本格的に動き出しメンバーが増えつつある中で、サークルとしての責任云々いろいろと心配になり、半ば伝説と化している某ベテランフリーダイバーの方にアドバイスを仰いだことがあった。この方から言われたことの一つにこんなんがあった;
「サークルに入れて良い人間と、入れてはいけない人間を選別するのも、リーダーの大切な役割です」
当時の俺はこの「入れてはいけない人間」というのは、フリーダイビング的な視点で「正しい知識も持たずに無謀な潜水をする人」という意味に捉えていた。が、サークルを続けていく過程で俺は勘違いに気づき、考えを改める;
「サークルに入れてはいけない人間」=「最低限の常識や協調性すら持ち合わせていない人間」
誰でも自由に参加できるというサークル最大の長所が、最大の欠点にもなっていた。長所を潰さずに欠点を解消できるかは、前述の通りリーダーの俺に掛かっていることに数年も掛かって気づいた。がしかし。先日、古株メンバーの一人がこんなことを俺に言ってきた;
「トラブルは多いが、ゾンさんがいるおかげで、変な人がサークルに入ってくるのをある程度シャットアウトできている」
・・・そうか!言われてみれば、その通りじゃん。全然ダメリーダーじゃないやん。もちろんこういったトラブルを起こすモンスターな方々には、口頭で事前に注意してトラブルにならないようにお引取り願えればベストなのだが、それができないのは俺の性格が優しすぎるから。でも結果的には「リーダーの大切な役割」を立派に果たせてきてたんじゃん!
思い返せばサークル始まって以来、水中銃の使用や飲酒運転といった違法行為などそもそも論外な問題や、安全管理wwwという意味不明な言葉を多用する方々の対応に時間を割かれてきたが、そろそろこういった程度の低い件は相手にせず、当初からの懸念点だった「事故が起きた場合の責任問題、訴訟の可能性」について、特に裁判の判例や法的な視点で調べることに労力を当てていこうと思う。それさえクリアになって、あとは仲間がいるだけで、何もせずともこのサークルは永久に存続できるんだし。
1/23(日)トライアスロンチーム新春駅伝大会。これは沖縄県トライアスロン連合主催による、いわばトライアスリートたちの新年会。チーム対抗で、1区間2km×12区間、人数足りなきゃ1人で2区間まで走ってよい、というもの。よって最低6人いれば出場可なわけだが、俺が所属するチームGALEは8人で出るはずが、当日インフルエンザだの身内の不幸だので、会場に現れたのはなんと3人だけという悲しい事態に(泣)で、エルハマ氏が親交の厚いチームKIDSさんにお願いして、メンバーを6名分けていただき、我々は「GALE/KIDS合同チーム」として出場できることとなりました。KIDSさん、本当に感謝致します。
当然GALEメンバーが2回走るわけで、俺は1区(スタート)と12区(アンカー)を担当という理不尽な仕打ち身に余る大役を受けることに。1区間の距離はたったの2km、参加者全員トライアスリート、しかも1区、当然全チーム同時スタート。予想はしていたものの、スタート直後からの全力疾走に、「は、速っ!」と、思わず口に出してしまった。もう苦しいのなんのって。「2回目の出番に備えて体力温存」なんて言ってる場合ではなく、最後まで全力のまま、5位で2区マサル氏へ襷を繋ぐ。タイム7分35秒。
いつもとは違うスピードに、心臓??肺?が痛くなった。下手したら筋肉痛になるんじゃ?(笑)2回目走れるか心配になったが、まぁ1時間以上は休憩できるし、なんとかなるか。その間はレースを観戦するが、さすが皆さん速いっす。6分20秒台で走ってる方も。本当は動画とか撮ってフォームの参考にしたかったのだが、そんなことしてる余裕なし。
そして12区、再び出番が。ってチーム古酒Cチームとモロに競ってるし!ほぼ同時に襷リレーとなった。最終区なので自分が抜かれたらそれがそのままチームの順位となってしまうだけに、またしても全力疾走せざるを得ない状況に。でも無事逃げ切ってFINISH。
順位は12チーム中8位、即席チームとしては健闘したんじゃないでしょうか。12区はプレッシャーが功を奏したか、1区よりも早い7分09秒(区間4位)、走ってるときも2回目のほうが楽だった。後々聞いたところによると、奇数区間のほうが偶数区間より128m長かったとのことだが・・・。
終了後は親睦を兼ねた昼食タイム&景品を賭けたジャンケン大会。みんなレースより気合入ってたんじゃ・・・??
首筋に何やら気になる痛みが。ほったらかしていたが、徐々にひどくなってきた。熱はないがリンパ腺が腫れているようだ。バイキンがどこからか入ってしまったということだろうが、そんな傷はないし、虫歯もなさそう。数日前に口の中噛んだことがあったが、それくらいでここまでなるか?で、夜間救急行ったのだが、医者が完全に「おたふく風邪」という先入観で診てるもんだから痛み止めの薬しか出してもらえず、翌日に耳鼻科行ったらソッコー抗生剤を貰えた。夜間外来は研修医だったようだが、やはり「経験」ってのは大きいんやね。モノではなく、個体差の大きい「人間」を扱う医者ともなれば尚更だろう。
原因は不明のままだが、疲労が溜まって抵抗力が落ちていただろうことは想像がつく。で、腫れが引いた後は頭痛が・・・これは腫れて痛かったときに首を動かさないように力んでいたことによる肩こりが原因っぽい。その間、全く走らずに週末も寝たきりだったし。で、JOGしたらソッコー痛みが引いていった。やはり運動ってのは身体に多大な恩恵をもたらす。
<2月>
2/6(日)大宜味村の塩屋富士〜ネクマチヂ岳の散策路をトレイルラン。おきなわマラソンも近いし、体調崩してしばらく走れてなかったから、本来ならロードでロング練習でもすべきなんだろうけど・・・寝不足溜まりまくりやがりでヤル気がしなかったので、何か楽しみながらじゃなきゃ無理かな、と。あと、ハブさんが活発になる前に行っておきたかったってのもあって。
詳細は別ページへ(詳細→塩屋富士〜ネクマチヂ岳トレイルラン)。
しかしこの日は名護ハーフマラソンを開催中。行きはR58を封鎖されており、やむなく引き返して東村側から山を越えて大宜味に至るスーパー大回り。帰りは帰りで、桜の花見客&プロ野球日本ハムのキャンプもあり、名護は帰りの車で大渋滞。インター通過までエライ時間かかりそうだからR329へ逃げたが、こちらも混んでいた。その足で空港までお蝶を迎えに行ったのだが、遅刻してしまった。なんかトレーニングしに行ったんだか、ドライブしてたんだか分からない一日だった orz
2/20(日)おきなわマラソンはDNS。疲労、ストレス、結婚式の準備、寝不足・・・いろいろ溜まりまくっていて、あまりヤル気になれなかった。年明けてからRUNを集中的にやってきたが、結局その練習も放棄ぎみだったし。
「長続きの秘訣は、無理をしないこと」
という某恩師の教えをteenagerのときから守ってきているので、今回もそれに従った形。
2週連続で3連休だったが、休日全部10時間以上の睡眠を取ってるのにまだ眠気が治まらないし。血圧も異常に高い状態が続いてし。治まったと思った頭痛も残ってるし。何か変な病気じゃなきゃいいが。
頭痛の原因は一つには肩こり&眼精疲労がありそう。通勤時間が長くなったので、バスで通勤する日は車内でノートPC使っていろいろやるようになったのも最近のこと。コザのライブハウスで行われたHYのライブ行ったとき、肩こり解消のために(ウソ)腕をブン回してみたが、これくらいでは治らない。考えてみたらチャリ通勤をしない日は、全く身体を動かしてないことに気づいた。自宅からも会社からもバス停が目の前だし。仕事は一日中座ったままだし。やっぱRUNオンリーじゃデメリットも大きいようなので、通勤だけでもチャリに乗らないと。クロストレーニングという言葉もあるわけだし。同時にスイムも復活。ヤバ、付し浮きができなくなってるし・・・!
<3月>
結婚式を控え、準備に追われる毎日。週末はもちろん、平日も夜遅くまでビデオ編集したり、あれやこれや。割り切ってトレーニングは完全に中断し、式が終わるまでは準備に集中することにしました。寒くて走る気にならないしぃ。
3/11(金)東北から関東にかけて、大きな災害が発生した。テレビの映像見ていても、本当に日本で起きていることとは俄かに信じられない。俺は実家が東海地区でしかも海辺であるため、物心ついた頃から地震や津波のことは常に意識させられてきた。実際、家から徒歩30秒のとこにあった堤防も、東海地震の津波を想定してより高く改修されたし。「津波が来たら○○小学校へ非難」とか、いつも考えていたし。津波が自分たちの住んでる地区を飲み込んで、山〜海までの平地に家も何も残っていない荒地が広がっている場面を子供ながらにも想像したりしてたが、大人になるにつれ「まぁいくらなんでもそこまで酷いことにはならないか」などと思うようになっていた。が、今回の津波の映像は、子供の頃に想像していたそのもの、あるいはそれ以上だった。
その後も、地震&津波の影響で原発の事故が続いている。そして、まさかの静岡県東部での震度6強。速報見たときはマジで心臓が飛び出そうになった。自分も含め、日本人は豊かな生活で平和ボケしてしまっていたのではと痛感させられる。この先どうなってしまうんだろう。
テレビで被害の大きさを見るにつけ、何かじっとしていられなくなり、救助のボランティアを募集していないか赤十字のサイトを調べたりもした。どうせ自分の会社も、東京の本社や取り引き先が軒並み休業してしまったので、震災翌週の一週間は仕事もはかどらない状態だったし。有給余りまくってるし。あまりの被害地域の広さに、シロート目に見ても、行政からの金や人員だけじゃとても復旧が間に合わないのは明らか。自分みたいな人間でも、居ないよりマシだろう、被害ゼロの暖かい沖縄でヌクヌクとしてる場合じゃない、と。でもネットの情報を見る限り、今シロートのボランティア気取りが現地へ乗り込んでも全く役に立たない、それどころか余計に食料や燃料を消費してしまい、かえって邪魔になるだけだとわかった。今できることは、義援金の募金と献血くらいだそうだ。物を送るのも、これまた逆に迷惑になるケースがほとんどらしいし。いてもたってもいられない気持ちだったが、少し落ちついた。
余談ですが・・・首都圏は震災当初は電車が止まり、その後もガソリンスタンドに長蛇の列で大混乱したみたいだけど、こういうときトライアスリートは強いね。チャリでいくらでも走れるし、マラソンでも20kmくらいまでは移動可能。あとはエアロバイクで発電した電力を家で使えるようにするシステムさえあれば停電きても問題無しでパーフェクト(笑)
3/17(木)結婚式の最後の準備で、朝から一日動き回る。午後は家族を空港へ迎えに行って、残波岬(寒っ) → 夕食 → むらさき村のホテルへ。自分の家族が沖縄に居るってのが、なんだか不思議な気分。
3/18(金)家族をつれて、沖縄観光(その前に病院も行ったか)。公設市場→平和記念公園→首里城。けっこう走りました&暑かった。日焼けした。でもって、夜は対面式@アグーしゃぶしゃぶ屋。
3/19(土)結婚式当日。心配していた天気も晴れ。勝連城でお祈りの儀式とバッティングしてしまうハプニングもあったけど、内地から来ていた皆さんには、これはこれで貴重な観光となったようで、結果オーライ。覚えていた台詞も緊張でブッ飛んだ個所があったけど、アドリブでフォローして事なきを得て、無事終了。
披露宴はもう小ヨリだとかタヌキだとか、意味不明に予想外に盛り上げてもらって、幸せな一日となりました。苦労して準備してきた甲斐がありました。何回も結婚式を挙げているという某ネ申田なんたらの気持ちを、不覚にも少し理解しかけてしまいました(笑)しかしこれだけ楽しめたのはアナのプロ司会あってか。あ、デラの三味線も格好良かった(上手いのでみんな驚いてた)。ご参加いただいた全てのみなさん、本当に、本当に有難うございました。そして、スバラシイ仲間たちに恵まれた、自分の人生にもちょっとだけ感謝。
・・・しかし、終わってみればグッタリ。当日は朝から車で家族を迎えに行き、ねーちゃんたちをコンビニで拾って、それからホテル→勝連城へと直行。式・披露宴も緊張しっぱなし、二次会は二次会で朝まで飲んだ挙句に、帰ってきてからまた一悶着あったりで、風呂にも入らず1時間半の睡眠で、翌日、家族をレンタカーぎゅうぎゅうに押し込んで、美ら海水族館へレッツらゴーゴー!
しかし、ここでも帰りの飛行機の時間を常に気にしながら足早に回る必要があり、心休まる余裕なし。昼飯に有りつくにもエライまたされ、昇天寸前。空港まで送って、レンタカー返却して、ようやく全てが終了。。。神経すり減らしました。
さすがに体調崩し、週明け初日に風邪引いて仕事も早退。治るまで一週間、非常につらかった。
もっとも、被災地のことを思えば、こんなの辛いうちには入らんか。