<4月>
年度が変わりました。と言っても会社では一人去り、中途採用が一名入っただけで特に変わったというカンジはせず。
四月早々、彼女宅にほぼ2週間オジャマすることになった。で、後半の1週間・・・薬を一日も飲まなかった(!!!!!)
平日1日くらいは帰宅するべ、って思って持ってこなかったんだけど、結局日曜〜金曜まで居座ることに。
現在のプレドニン服用量は0.5錠(2.5mg)を一日おき、だから効果あるのか不明なほど微量なんだけど、
さすがに6日間飲まないのはヤバくね?病気の症状である「斑点」がここんとこ目立ってきて、彼女にも指摘されたし・・・。
その彼女ですが、2週間の滞在の後ついに破局を向えました。。。まぁ予想していたことでしたが。
それに、このまま付き合っていても今のような状態が続くようでは俺自身がストレスで参ってしまうのは目に見えていた。
潮時かな、って思い始めていた頃でした。彼女とは趣味、価値観、センス、波長が今まで付き合った誰よりも一致していたため
惜しい気もしますが。ただし、この先どんなに続いてもあと2年が限度だったでしょう。そのとき辛い思いするくらいならいっそ。。。
思えば6年ほど前、当時付き合っていた彼女と別れ、そのストレスで膠原病が発症しました(確証はどこにもありませんが)。
そして今も全く同じ状況。恐れていた通り、同じような苦しみが待っていました。
しかし6年前とは違うこと、それは相談できる友達が今は何人もいること。本当に救われました。
それから、やはり経験。この問題は時間が解決してくれるという確信があります。すぐに前向きになれました。
そして何よりも救われたのは、俺が彼女と別れた2日後に同じように彼女と別れたサークルメンバーJUNの存在(笑)
更には男に振られて(ウソ)人生が終わったかのごとく落ち込んでいたT君の存在。
他人の不幸を喜んでるようで彼には申し訳ないですが、親しい友人に同じ境遇の者がいることで本当に安心感が持てました。
奇しくも、T君を励ますために「3人で飲もうぜ」と計画していた矢先でした。この飲み会で3人の友情が鋼よりも強まったのは
言うまでもない(笑)いや、マジで。
ただ、今回もう一つ懸念する件が。この別れが原因となって素潜りサークルが分裂する可能性がにわかに高まってきたこと。
これが精神的に大きな負担となりました。全てを失うことになるのか、と。
とりあえず、彼女とは普通の友達に戻らねば。ちょうどJUNから
JUN:「GWに伊江島のユリ祭り、見に行きましょう」
という誘いがあったので、思い切って彼女にも声を掛けました。まぁ一緒に行くのがJUNなら気兼ねないし、
と思って。だが・・・
やはり、話しているうちに募ってくる想い。どうすればいいか分らなくなってきた。
<5月>
五月は4連休。その初日、外は天気がいいのにやることもなく部屋でダラダラしてるとこへ、彼女からメールが。
海へ行きたい、と。2人で万座毛へ行ってきた。潜り終わって、2人で砂浜で寝そべりました。気持ちよかった。
その夜、2人で話をしました。「もう一度、やり直そう」と。彼女は今まで俺に話していなかった自分の過去、親にすら隠している事実を全て話してくれた。これまでの彼女の言動で理解できなかった部分が、少しだけ分った気がした。今すぐには解決しないだろうけど、逃げてはダメだと俺は思う。
気を取り直したところで、5/4(金)は那覇ハーリーへ。JUNとその友達のさっちゃんと3人で行って来ました。まずは体験ハーリーで30分オールを漕ぐ。軽食を摂りながら休憩し、その後海猿(海保)の巡視船『くだか』の見学をしました。来年は、会社のハーリーチームに入って是非レースに出たい!
5月5日はJUN邸でフリーダイビングのDVD鑑賞会兼Y談会。落ち込んでいるT君をよそにふみ♂とJUNの暴走が始まり・・・(笑)
5月12日:サークルの武闘派4名とともにアポガマへ。2時間近く潜ったとこで寝不足と空腹でヘバったので海岸で寝て待ってたが一向に帰ってくる気配すら見せないので、置いて帰る。途中、マックへ寄って腹ごしらえし、運動公園のプールによって水泳1km。もっとやる予定だったが頭痛が激しかったため断念。原因は・・・疲れ?寝不足?寒さ?ゴーグルがキツすぎ??
5月13日:恩納ポイントへ。お久しぶりのヤマ、JUN、そしてこの日初めて来てくれたtomoka。また、今年もまた新い参加者が現れる時期になりました。この日は泥んこ&波酔いで大変!!更に嘉手納基地の"人間の鎖"にも参加。まぁ観光気分丸出しでしたが。しかも米軍のF22戦闘機が来たとき浮かれてたし、不謹慎この上なし(注:俺は軍用機ヲタクではありません)。
5月15日:平日だが有給をとって、さよ、TOMとともにホーシュー北へ。人生辛いことがあれば、その分きっと幸せが待っているはず。俺も少し前にこの言葉に救われました。
と、こんな感じで疲れが順調に貯まり、この週は仕事中恐ろしく眠かった。ヒマだったのもあるけどね。
さて、今年は海中道路を舞台に行われるあやはしトライアスロンに是非出場を、と考え始めているのだが、なんと左足首を傷めてしまった。原因が全く心当たりないのだが、GWに海に潜ったときは既に痛かった。なので左足はフィンキックもロクにできなかったのだが、無理して3日間も海に行ってしまったため、回復するどころか悪化。トライアスロンまで1ヵ月半、ヤバイっす。
5月18日:花金は職場の飲み会。Butビール一杯+軽くつまみを食べただけで腹の調子が悪くなった。腹を下したわけではなく、軽い腸閉塞ぎみ??特に急な運動とかはしてないが、ここんとこ精神的に疲れていたのかも。この日は自転車で出勤したのだが、とても自転車で帰るのは無理だったので、モノレールとタクシーを乗り継いで帰るハメに。もう苦しかったのなんのって。タクシーの中でもずっと横になったままだった。たまにはこんなこともあるものです。
5月19日:足首の痛みもあったので海も運動もパス。部屋の片付けをして一日終わりました。夕方、彼女を職場まで迎えに行く。パイレーツオブカリビアンの新作公開前に1作目・2作目見ておこうとDVDを借りに行ったが、全部貸し出し中。考えることは皆同じってことか。
5月20日:足首の痛み&寝不足だったので、結局海はパス。まぁ良い休養になりました。代わりに彼女に岩盤浴へ連れてってもらいました。場所は那覇のリブレホテル。これで5歳は若返った。夕飯は彼女のお母さんにしゃぶしゃぶを奢ってもらいました。ドライブのアポと引き換えに(笑)
しかしながら、その後もまた苦難は繰り返されました。
サークルのメンバーの何名かに彼女への怒り・不満をメールでぶちまけたこともありました。返ってきたアドバイスは大方は自分でも分りきってることだったが、やはり友人から言われると励みになるものだ。
あるとき仕事から帰ってジョギングに言ってきた後、腹部(内臓)が痙攣するのを感じた。そういえば、5/18にも似たような症状があったような・・・。久々のジョギングだったこともあるが、おそらくストレスが原因だろう。腸の働きが極度に落ちて、軽い腸閉塞ぎみになっている感じがした。もはや、ストレスの限界か。
彼女は心に傷を持っている。俺がこれまで彼女に対してとってきた対応は決して間違いではなく、俺に非は一つもなかったのも事実である。
常識的な目線で見ている限りは。
でも、本人にもどうにもならないことがあるんだ、ってことにようやく俺は気づき始めた。それは過去の自分の失敗と照らし合わせることで、ようやく気づくことができたのだった。この心の傷を彼女は自らに課せられた"贖罪の時間"だという。それならそれでいい。俺も同じ贖罪の時間を過ごそうと思う。
<6月>
6月3日:魚突きメンバーと瀬良垣へ。俺はナイフしか持ってないが、ミノカサゴ3匹とテナガダコ1匹をゲット。久々に子供の頃に戻った気分だ。やはり楽しい。一緒に行ったI田氏によると、
I 田氏:「手銛こそ男のロマン」
だそうで、あくまでスピアガンは使わないそうだ(もっとも日本ではスピアガン禁止だけど)。
だが、その気持ち、よく分る。男は皆、未来少年コナンになりたいんだよ。
マラソン、さすがに練習せにゃならんだろ?トライアスロン申し込んだっちゅうに。
ってことで帰宅ランを開始。距離は約13km、基本的に上りが続く。でも仕事後で身体が動くし、スタートしたらイヤでも帰り付かにゃならんから、意外に苦痛ではなかった。
6月9日(土):彼女が仕事で「クラゲネットの調査」をするということで、一緒に安座間サンサンビーチへ出向く。クラゲネットとは沖縄に生息するハブクラゲが遊泳エリアに侵入するのを防ぐために、管理されたビーチには必ず設置されている。おかげで海の面白みが128分の1くらいに低下している。でもこのハブクラゲ、子供など体力的に弱い人が刺されると命を落としかねないほど恐ろしい毒を持っています。友人で刺された人がいますが、3ヶ月くらい痕が残ったそうです。
仕事という名目だったので有料の駐車場にタダで入り、調査という名目でフィン禁止のビーチを彼女はロングフィンで泳ぎ・・・。俺も一緒に調査してやるつもりでいたが、ネットで仕切られた遊泳エリアが恐ろしく狭かったのでパス。
その後、近くのホテル「サンライズ知念」で豪華なランチバイキング(\1,050)を食べ、大度海岸へ。ウェットではなくラッシュだったのと、彼女がロングフィンに慣れていないことから、インリーフで遊ぶ。入った瞬間の水温28℃、ひゃっほう!暖ったけ〜!!
そのまま水面移動、満潮時だったのでインでも多少深さがあった。寒っ!!やっぱ水は冷たい。結局1時間でギブ。こりゃ真夏でも5mmウェットが必要かも。体脂肪ないとこういうときに不利やねぇ。数少ない「痩せてて損した」と思う瞬間。
平和記念公園へ行ったが、開館時間が17時まで。既に16時、のんびり観られないので外の公園だけ観て回る。「平和の礎(いしじ)」、沖縄戦の戦没者20万人の名前が刻まれた石碑。その数に、戦争の恐ろしさを少しだけ感じることができました。
彼女宅へ戻り、彼女の親が居たのにもかかわらずズーズしく昼寝させてもらい、夜はレイトショーで『パイレーツオブカリビアン ワールド・エンド』を観に、メインプレイスへ。タラタラしてたので開演時間を過ぎてしまったが、入館したちょうどそのとき、コマーシャルフィルムが終了し、本編が始まった。かなり神がかっていた。終了は23:35。長っ!!・・・そして長い一日でもありました。おかげで翌日曜は一日中グータラして過ごしました。動き出したのが16時。プール行くつもりだったのにそれすらサボってしまった。まぁ精神的ストレスはかなり解消されたが。
仕事は単調な日々。それだけに「どれだけ能率を上げられるか」ということが問われることが多かった。それが意外と面白かったりして。この時期はラクチンやね。
休日ものんびり。海でノンビリ、座喜味城跡でノンビリ、部屋でノンビリ。しまいにゃ約1年ぶりにプレステ2をやったり。ただ、今は精神的に疲れてる。精神の休養が必要だ。今は自分のやりたいことだけやるべきだ。8月のフリーダイビング大会へのお誘いも受けたが、気持ちがそっちを向いていない。パスして、サポートに徹しようかと思う。
沖縄は空梅雨で、夏場は断水が懸念されていました。んがしかし!ラスト10日間はラストスパートとばかりに雨が降り、南国の本領を発揮しました。ネットで調べたら沖縄の主要ダムの貯水率はほぼ100%。これで一安心。
6/23戦没者慰霊祭。糸満市の平和記念公園にてとり行われました。彼女が係員として狩り出されるため&終わったら海へ直行せよとの指令が下っていたため、俺も迎えついでに見学に行く。おかげでアヴェ首相のお顔も拝むことができました。それにしても暑かった。
ここには沖縄戦での戦没者20万人の名前が刻まれた石碑があります。その数にはやはり驚かされる。そして慰霊祭に出席している遺族の数を見ても。戦争を体験していない自分にすらも、その恐ろしさが垣間見られる感じがした。
※[2022年7月追記]
令和4年7月8日 安倍元首相銃撃事件あり。折しもロシアのウクライナ侵攻で戦争が起きている。選挙戦真っただ中で憲法9条の改正云々の話も出ている。時代が変わり、世界情勢も変わるのはわかるが、その上でなお戦争は未来永劫行ってはならない。
ちなみに以前に彼女とここへ散歩に来たときのこと。池を覗いたら、コイに混じって外来種の魚やカメがたくさんいました。で、彼女に対して、
「こんなところに外来種がいたらダメぢゃないか、県は何をやっているんだ?」
と言ったら、
「何言ってんの、ここには外国人戦没者の名前も刻まれているんだよ」
・・・コイツは一本取られました。確かにその通り、人の命の尊さに国籍の区別はない。外国人兵士に家族や知人を殺害された方にとっては彼らは怨むべき存在である。でも亡くなった外国人兵士たちにも同じように帰りを待っている家族がいたはず。本当に、悲しいことです。