闘病日記

2007年1月〜3月

<1月>
2007年1月1日、海の上から初日の出を拝むために朝6:30に伊計島へ集合した。名付けて『初日の出ダイヴ』。サークルのメンバーR氏と2人で決行した。沖縄で年越しするなら一度はやってみたかったからね。曇ってはいたが西の空は若干明るく、雲間から覘いた青空が綺麗でした。え?初日の出はどうなったかって?見られましたよ。エントリーから約10分後、厚い雲に覆われていたにもかかわらず写真1のような美しい初日の出が。写真をクリックすればもっと大きくてリアルな写真が見られますよ。
午前中には撤収し、昼過ぎからは宜野湾市にある普天満宮へ初詣に。あまり神社とかなさそうな沖縄でもさすがに人が出ていた。どうしてこの神社を選んだかと言うと、「普天間洞穴」っていう鍾乳洞が神社とセットであるから。で、一緒に行く人が鍾乳洞マニアだったのでここにしたんだけど・・・。この日は残念ながら鍾乳洞のほうは封鎖されていた模様。

翌2日も潜りに。この日は糸満市の大度浜海岸へ、R氏と言い出しっぺのくせに体調不良で見学するハメになった彼女を連行。海中は連日の強風と雨のためか若干透明度が落ちていたが、それでも白い砂地にマダラトビエイやアオウミガメが見られ、十分すぎるほど楽しめた。帰りに遅すぎる昼飯を食べに3人で「カフェくるくま」へ向う。店の駐車場になにやら人だかりができていたので見てみると、ヒメハブがいました。野生のハブを見るのは実は初めてだった。で、店の人が「ハブ捕り機」を持ち出して慣れた手つきで捕獲。こんな道具が普通の飲食店に備えてあるってのがスゴイ。そうそう、沖縄にはこんな迷信があります;
1ハブ・2カメ・3トビエイ
この日は3つ全部見られました。これは正月早々縁起がいい!(ウソ)
正月とは思えないほど暖かい一日で、夜まで短パン&ノースリーブで過ごした。


<写真1>海上から眺める素晴らしき初日の出!写真クリックで拡大表示します。

<写真2>こちらは2日、大度浜海岸にて。正月だってのに暖かい。

3日は走り初め。年末に足を怪我して以来、2週間ぶりだ。のんびりと10km流す。その後は忙しさに感けて、みっちり練習というわけにはいかなかったが、それなりのタイムで走れてホッとする。

昨年の9月頃から肩に痛みが現れ始めていた(特に左肩)。腕を上げようとすると肩から上腕にかけて痛みが走り、思い切り腕を上げることができない。推測される原因はパソコンの使いすぎと運動不足が重なったことと踏んでいるが・・・。これがいわゆる「四十肩」なのだろうか?最初のうちは、「あはは、三十肩になっちまった」などと人に冗談っぽく言っていたが、そのうち笑い事でなくなってきた。腕を上げなくても痛むようになり、あまりの痛みで夜全く寝られないことすらあった。ちなみにこの寝られなかった日というのは・・・。会社から自転車で帰宅、すぐに5kmのマラソン(ハイペース)、シャワー浴びてアプネア競技のスタティックのトレーニングを行った。そしてトレーニングの最後に記録に挑戦し、閉息5分の自己記録をマークした後だった。閉息により血行が悪くなり、痛みが増大したとでもいうのだろうか?
数日間、腕を上げられないくらい痛かったが、プールで泳いだ翌日、ウソのように痛みが和らいでいた。

素潜りサークルの組織化に関して、意見の衝突が現れ始めた。正直もう面倒くさい。安全管理だの何だの、俺的には「自己責任」の一言で終了なんですが。死ぬのが嫌なら海へ入るなよ。このサークルのやってることが危険だって言うなら一人で海へ行けよ。それのほうが安全なんだろ?特に「外への募集を止めたほうが良い」なんて意見、自己ちゅーもいいとこだ。そうすることのメリットが全く分らない。単に、サークルの今後の可能性を絶つだけの効果しかない。新規参加希望者の受け入れは俺が一手に引き受けてるんだから、文句ないでしょ?俺1人のサークルじゃないからある程度折り合いはつけるつもりだけど、「安全性」と「誰でも居られる場所」は譲るつもりはない。
今、このことでどれだけ悩まされてることか。いままで何気兼ねなくやってたってのに、何か悲しい。安全性を追求するあまり楽しさが減少するようなら、俺は安全管理は放棄する
こう書いてるそばから、新規参加希望者からメールをもらい、睡眠時間を削って丁寧な返信メールを書いてる俺。更に輪をかけて、サークルメンバーの1人から「転職しようか悩んでる」といった人生相談みたいなのを受けて。過去に全く同様の相談を同級生から受けて、そのときは説得に失敗した。今回のメンバーは転職という点ではあらゆる意味でもっと条件が悪く、でも大切な親友なので是が非でも思いとどまるように説得せにゃならんくて。逆に俺自身が悩みに陥ってしまう始末。ったくどいつもこいつも(笑)

その直後。。。辛い10日間でした。睡眠もとれず、食事も喉を通らない。

この時期、仕事がラクだったからよかったようなものの、かなりヤバかった。本当に膠原病が再発して入院になるんじゃ?と思えるほどだった。でも、結局のところ自分の信念通りに考え、動き、待つことで、全て快方に向うこととなった。
「相手を思いやれば、必ず思いは伝わる」その言葉は真実でした。そして、この件は自らの欠点を克服する大きなチャンスにもなると思っている。

ほっとしたところで、マラソン練習も奮起。さすがに次のマラソンまで1ヶ月切って危機感が出てきたのもあるが。久々のLSDに58号ランニングと新たなコースに繰り出す。


<2月>
3日(土)は昼からプール、午後は彼女んちで昼寝して、夜からサークルメンバーJUN宅でふみ♂を交えて3人で鍋パーティー。 JUNが”そういう話”をしたいとのことで今回は敢えて男だらけとなりました。 あ、約1名、女性も呼んでありましたが。彼女は男扱いということで(結局仕事が遅くて来れなかったけど)。 で、両氏の知られざる変態ぶりが明らかになりました。行き帰りはペーパードライバー彼女に恐怖の送迎を頼みました。

4日(日)は昼から海、午後は彼女んちで昼寝して、夕飯食べて、帰りに買出しに寄って、自宅に帰り着いたのは夜10時過ぎ。 それからマラソンに行ったのだが、非常に調子が良く、コースレコードをたたき出した。でも・・・海行ったとき、仲間の 1人”久茂地リーダー”に車ぶつけられて非常にblueに・・・でも彼女がソッコーで保険屋さんに後片付けを頼んでくれたおかげで、 そんなに不便はなかった。代車もアパートまで持ってきてくれたし。 ちょうど翌週の3連休にかかったが、日・月は彼女とバイクで一泊ツーリングに行ったので、結局代車には2回乗っただけだった。
ツーリングの詳細はこちら→ヤンバル・金剛石林山ツーリング


2/14(水)バレンタインデーのプレゼントは○○○ー○詰め合わせ5箱(およそ3か月分)でした。
余談ですが、○○○の味は確かに本人の食事の味に近くなるって話を聞いたことあるが、俺のは甘いらしい(爆)実際俺は甘いもの大好きだし。 で、「もしかして糖尿病の前兆なんじゃないか?」って彼女と心配してたんだけど・・・。
よくよく考えてみたら、もしそうならとっくに血糖値上がってるし! 俺、2ヶ月に一回通院して血液検査してるし!!その結果は同世代の健常者と比べてもかなり健康な部類らしいし!!!
ってことで、心配は失せました。まぁみんなが言うほどには俺は食べてないし、水泳・チャリ通・マラソンと有酸素運動全開だし。 これで糖尿病なるんだったら世の中糖尿病患者だらけってもんさ。



2/17(土)真栄田岬でやっとこさ素潜り水深-30mを達成。この-30mというのはフリーダイビングを始めた人がまず目標とする深度。ここに達してやっと一人前と言われる深度です。-20mを越えてから1年半以上記録が伸び悩んでいたため、喜びはひとしおでした。また、先が見えてきた感じです。 -30mを越えるとその先はグランブルーの世界が待っていると言われています。

翌週の25日は第15回おきなわマラソン!!
・・・
・・
・・・・欠場しました(笑)あらゆる意味で、コンディションが悪かった。マラソンを走れる状態になっていなかった。 練習不足、直前一週間の寝不足(金曜は終業が25時だったし)、帰宅が遅いため夕食も疎かに。 前日の土曜日、フリーダイビングの練習にプールへ行き、無理な息止めをした結果、その日の午後〜夜には頭痛に見舞われる。 天気予報も前日まで曇り時々雨。コースの下見も車で走るだけというテキトーさ。
何よりも精神状態が最悪。彼女が深刻な悩み(爆)を抱えておりまたトラブルになりかけて。 2週間ほど、俺のほうも塞ぎ込んでいた。当然、食欲も低下し、カーボローディングどころではない。 応援にも来てくれないと言われ、モチベーションはゼロ。 前日の夜、彼女の部屋に行って夕飯も食べずに夜0:00まで話合ってる始末。
万全を期して臨んでも完走がやっとなフルマラソン、その前日に有り得ない話だ。当日の朝まで出場するかどうか悩み、 朝5:30に起床はしたが、もう目が閉じそう。。。彼女に欠場を諭され、一日グータラして過ごした。 あ〜なさけねぇ。まぁおかげでトラブルは快方に向うこととなったが。
今回は俺の職場のチビと、彼女の職場のおっちゃんIAの2人と勝負するはずだったが、不戦敗。 当日の体調・精神状態を万全に持って行けなかった、その時点で俺には2人と戦う資格はなかった。


<3月>
3月3日のひな祭りの日。久々に朝から真栄田岬へ行き、昼からプールへ。 昼飯は回転寿司、その夜もサークルメンバー4人で飲み会、30度泡盛のロックを飲み二日酔いになる。 その割りに夜あまり寝られず、風邪も引いてしまい、翌日曜は一日中部屋にこもって安静に過ごす。安静にしてたわりには 激しく動きすぎてベッドにヒビが入ってしまったが(爆)ここんとこ軽い風邪を引くことが多くなってきたが、やはり歳をとって 体力が低下してきたためだろうか?まぁ仕事で遅くなる日が多くて寝不足&疲労が溜まってたとこへ早起きして海行ったり したからかもしれないが。プレドニンで免疫力が落ちたから、ってのは有り得ないと思うけど。

さて、前月にサボってしまったおきなわマラソン、俺の知らないところで勝手なところで賭けが行われてました。彼女の職場のIAさんと俺が勝負して「俺が勝ったらIAさんが彼女に驕り、負けたら彼女が驕り」ってことに。当然この勝負は俺の不戦敗。負けは負けなので、驕りの半分は俺が持つことおになりました。まぁそれはいい、負けたことに言い訳はしない。だけどそんなことしといて、もし俺が勝てば自分は奢ってもらえるという状況で、応援に来ないって心境ははっきり言って異常。
ってことで3人で飲みに行ったんだけど、もともと自転車競技がメインのIAさんに、このときツールドオキナワの話を聞くことができたので、まぁ収穫があったということで免じることにした。話によると相当なスピードレースで、集団についていくのがやっとらしい。距離的には問題ないんだけどなぁ。



<写真3>筑波大学構内 第三学群等付近。懐かしい。

9〜11日は母校の筑波大の研究室OB会兼先生の還暦会に行って来ました。

卒業以来3年、つくばを訪れるのも、研究室メンバーに会うのも初だったので感慨深かった。まず変わっていたのはつくばセンター周辺。つくばエキスプレス開通し(もうかなり前だけど)、つくばセンターの地下に「つくば駅」が完成してました。これまでつくば市は電車が通ってなかったから歴史的大事件です。よってつくばセンター周辺は劇的に変わってました。
でも・・・つくばセンター&大学周辺を除けば、何一つ変わってなかった(笑)移動した初日に同級生のN氏とつくばセンターで待ち合わせ、レンタカー借りて思い出の地巡りをしたんだけど。。。「あーこの道、バイトで家庭教師行くときいつも通ってたな〜。そういやあの子ももう社会人か」みたいなこと考えながらね。でも景色や建物はほとんど変わってない!要するにド田舎のまんまってことです。合併して「つくばみらい市」とか名乗ってる場合じゃない!

しかし何と言っても一番おどろいたのは・・・大学の学生宿舎の『吉池売店』が全てホットスパーに変わっていたこと!!!!って言われても何のことかサッパリだろうけど、俺らにとってはまさに衝撃、大ショックでした(笑)
伊奈、藤代、牛久を経て新しくできた道路を通って筑波山を目指す。麓のセブンイレブンで走り屋のN氏に運転を交代し、筑波スカイラインを攻める!レンタカーで!!(笑)
その日の夜から既に飲み会が始まる。翌日は還暦祝いで先生に着せる「赤いちゃんちゃんこ」製作に追われ、夕方からつくばセンターのホテルオークラでパーティー!その後も宿泊組みは居残り、3次会のカラオケが終わってホテルにチェックインしたのは朝の4:30。。。ホテル意味なかったね。
久々に学生に戻った気分でバカ騒ぎして、喉が枯れてしまうほどだったが・・・こんなに楽しかったのはホント久々だ。


3/18(日)はインドアカップ沖縄2007に出場。フリーダイビングの競技会への参加は以前からの夢だったので、小さな大会とはいえ感激した。大会の詳細はこちら→インドアカップ沖縄2007
この大会にエントリーするにあたり、診断書の提出を求められました。一瞬ギクっとしました。ステロイドを服用していることで出場を禁止されはしないかと。大会当日の朝、診断書を提出した時に知子さんの目が一瞬止まりました。が、すぐにパス。診断書の最後に「病状非常に安定しています。問題ありません」といった旨が書かれてさえいれば、とりあえずOKなんでしょう。
ステロイドがダイビングに及ぼす影響は今のところはっきり分っていないようですが、高濃度酸素のエアタンク(Enriched Air)を使用したスクーバダイビングでは
「酸素中毒になる危険がステロイドにより高められる可能性も否定できない」
という旨がテキストに書かれているのを読んだことがあります(地元で尊敬を集めいてる名コースディレクターに、日本酒を片手に教わりましたが、よくぞ覚えていた!)。まぁ致命的に危険が増すことはないが、良い方向には作用しない、という程度でしょう。今回はスクーバダイビングではなく、閉息潜水。これとステロイドの関係について書かれているものは見たことがありません。

3月後半は、昨年の夏から抱えていた仕事が大詰めに入り、しかも俺がメインで動いていた案件だったもんだから残業の連続。大会も寝不足で臨みました。当然、マラソン練習は皆無で運動不足爆進。ストレスもあったためか食事もおろそかになる。そんなこんなで、30日の定期検診では「軽い貧血」と診断されてしまいました。肉嫌いなため子供のころから貧血ぎみではあったけど、ここ5年くらいはなんともなかったのに・・・。やはり精神的に弱い面があるのかなぁ、この病気然り。肉体的疲労なら自ら受け入れるくらいの自信があるのに(笑)


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