闘病日記

2006年1月〜3月

<1月>
1/2、再渡米のため早朝に実家を出て沼津駅へと向かう。実家→関空→サンフランシスコ→ワシントンへと移動。 24時間以上経過しているのに、時差が14時間あるため、ワシントンについてもまだ1月2日のまま。なんか不思議な感じがした。

1/3、仕事始め。この日が肉体的にも精神的にも一番キツかった。マジでキレる寸前。 終わってトイレで「小」をして、何気なく下を見たら色が真っ赤!まさか血尿? 肉体&精神の過度のストレスでついにやっちまったかと思った。
が、血ではなかった。運動すると尿の色が濃くなるが、単にそれの極限の状態だった。 クリーンスーツ着ていることもあって、Tシャツとズボンが汗で全て濡れた。乾いているところナシ。 マラソンでもないのにこんなになるなんていやだ。
ちなみに、ストレスで血が出るのは尿ではなくて胃だったね(胃潰瘍で)。

最初の1週間はメンバーが少なく、さらに体力勝負という辛い日が続いたが、その後は楽になった。
休日にはメンバーみんなでスミソニアンAIR&SPACE 博物館へ行った。ここには歴史に名を残す機体が。広島に原爆を落とした戦略爆撃機B29(実際に原爆を落とした機体)。廃止になった超音速旅客機コンコルド。スペースシャトル・エンデバー。全て実物が展示されていた。

英語は得意とはとても言えない俺だが、さすがに2ヶ月も居たらヒアリング力がUPしてきた・・・ような気がする。でもこれは「よく使われるフレーズを覚えた」から聞き取れるようになってきただけで、耳が慣れたとかってんじゃないと思う。何年か前からか「英語教育は理屈抜きの『丸暗記』のほうが効果が高いのでは?」とかTVで言われてるが、その通りかもしれない。でも、逆に従来の文法教育であっても海外で困らない程度に英語を使えるようにはなれるってこと。中学・高校の授業でしか英語を勉強してない俺のような人でも。
誰だ?「学校の授業は将来役に立たない」とか大ボラ吹いてるやつは?


<写真1>スペースシャトル”エンデバー”と俺。

<写真2>大雪の夜、ホテルの部屋から。ちょっと不思議な写真が撮れました(注:画像加工していません)。


<2月>
う〜マラソンできねぇー・・・。かなりのストレス。
仕事自体はアメリカらしくのんびりスケジュールでラクチンなんだけど。残業もほとんどないし。いわゆる「仕事疲れ」ではない。これまでの人生で経験したのとは全く異質のストレスだ。単に「忙しい」「疲れる」というだけなら自分の頑張りしだいでどうにでもなる。しかし、自分のやりたいように動けない、ただ耐えるだけってのは苦痛。一緒に仕事しているメンバーがいる以上、自分だけ勝手に行動するわけにもいかないのだ。仕事はともかく、その他の時間も、全てだ。ホントに苦痛、苦痛だ。マジでストレスが原因で病気が再燃するんじゃないかと心配になる。
まぁ原因は俺が自分勝手なだけなんだけど。

というわけで2ヶ月振りのジョグ・・・。僅かな時間の隙をついて飛び出した(→詳細:マラソンUSA)。
10km、1時間5分、超ゆったりスピードで走ったのに筋肉痛。・・・以前なら30km越えなきゃ筋肉痛はこなかったのに・・・。振り出しに戻された気分。まぁ翌日にすぐ筋肉痛がきただけ救いようがあるか。
2月末の沖縄マラソンにエントリーしていたが、出られなくてかえってよかった。アメリカ出張は残業とか少ないって聞いていたから、この間に走っておこうと思っていたが、結局全然できなかった。どうせ俺のことだから、帰国が早まって大会の日に沖縄にいたら、どんなに無理と分かっていても100%出場していたはず。入院したときでさえ出たんだからね。そしたらまた地獄を見ていただろう。

同時に、自分がここまでマラソンに取り憑かれているのかと初めて知った。マラソンができないことがこれほどのストレスになるとは自分でも思いもよらないことだった。


<3月>
3月3日、アメリカから帰国。荷物の片付けも済んでないのに翌日は海に潜りに行ってきた。丸々3ヶ月海に入ってなかったため重度の禁断症状で発狂寸前だったので、波があろうが他のサークルメンバー全員不参加だろうがかまわず繰り出した。南部の大渡海岸、波があってアウトリーフに出るのは断念したが、天気がよく暖かい日でチョ〜気持ちよかった。


<写真3>JUN撮影。石垣の上から東海岸を望む。

翌日は素潜りサークルのメンバーの一人JUNと一緒に中城城の城跡を見に行く。俺のアパートから車で10分、ジョギングで来れる距離だ。ちょとショボイがいちおう世界遺産。石垣の跡なども見事なのだが、ここの一番の見所は高台からの眺望。沖縄本島の東海岸と西海岸が同時に見える場所なのだ。最近、なんとかって歌手のPVの撮影にココが使われたとTVで紹介されていたっけ。

3ヶ月ぶりに事務所へ行ったら、俺宛に何やらエアメールが。封筒には何やら漢字が並んでいる。台湾か??前年に仕事で何度か行きはしたが、なんでまた俺なんかに手紙が・・・?と思って差出人の名前を見たら”TOYO”の文字が。
おお!台南→懇寧へ行った時、長距離バスの中で話した人だ!あのとき俺の名刺を渡してあったから彼は会社の住所を知っていたんだ。日付を見ると12月。開けてみるとクリスマスカードが。出張でいなかったから全然知らなかった。で、その場でクリスマスカードを開いたら、いきなりバカデカイ音で音楽が流れ始めたので、周りにいた人を驚かせてしまった。

虫歯になった。3年前に虫歯にかかり、応急処置でごまかしていた箇所が再度痛み始めたのだ。歯医者へ行って診てもらうと、「おやしらず」を抜かないとダメだと。当然、膠原病のことは歯医者の先生に話してあるので、抜歯するには主治医の先生の紹介状が必要と言われた。ステロイドによる免疫力低下があるため、抜歯したところからばい菌が入った場合、感染症にかかる可能性が普通の人より高くなっているため、主治医の許可が必要になるのだ。というわけで数日前に定期通院したばかりの病院へ再度来院。主治医の先生に事情を話すとすぐに紹介状を書いてくれた。

更に・・・帰国した頃から妙な頭痛がしており、かれこれ2週間以上治らないでいたので、これも先生に話した。こんな頭痛は初めてだったので、また何かヤバイ病気にかかったのではと少し気になっていた。但し、原因はいくらでも考えられた。アメリカで感じていた(今までとは異なるタイプの)ストレス。アメリカでの偏食、運動不足。パソコンに向かう時間が増えたことによる、肩・腰の疲れ、目の疲れ。
ただし、膠原病がぶり返しているのではないってことだけはハッキリわかっていた。
先生に話したところ、

先生:「デスクワークでパソコンに1日中向かっている日が続くと頭痛が来ることありますよ。肩こりはないですか?」
俺:「肩こりは全然ないです」

実のところ、俺は肩こりになったことがない。気づいていないだけかと考えたこともあったが、なった人に聞くと
「肩が痛いというか、重いというか・・・」
ってこと。そんな症状はやはり感じたことがない。毎日PCに向かっていても、だ。確かにここ数ヶ月、パソコンに向かう時間は多かった。でもそんなこと今までにだっていくらでもあったじゃん?でも先生の話には続きが。

先生:「肩から後頭部にかけて筋肉があって、肩に力が入った状態が続くとその筋肉に疲労物質(乳酸等)がたまるんです。それが原因で頭のほうが痛くなることはあるんですよ」

と、分かりやすい説明をしてくれた。

先生:「これを治すには・・・・ほわちゃぁっ!!はぁっ!あたたたたたた・・・!!!」
俺:「ヒデブ!タワバ!アベシ!」

ってことで後頭部のケイラク秘孔を突いて血行を良くしてくれた。確かに一時的にではあるが頭の重さがとれた気がする。結局、原因は「PCの使いすぎと運動不足が重なったこと」と言えそうだ。今までにもPCに向かいっぱなしの日々は経験しているが、運動をしていた。だからこのような頭痛にならなかったものと推測できる。
とにかく重大な病気ではなさそうで一安心。とはいえ、これは一度なってしまうと治りが悪いらしい。防止策は「首・肩周辺のストレッチをこまめに行うこと」だそうだ。


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