<10月>
俺の夏はまだ終わらない。
月初めの休日、熱海へダイビングへ。70km先のさいたま市のショップへ朝5:30集合だったので、4:00に出発してバイクで向かう。
俺は途中、越谷市付近で道に迷い、まだ明けぬ住宅街をバイクで行ったり来たりする不審者と化していた。
あ、信号無視しちまった。あ、デコった(おぉっと!)。
学園祭でサークルの出し物として展示した魚を海にリリースするため、メンバー5人で伊豆へ。
前年はシーズン中は入院真っ盛りだったし、今年も土日は基本的にカテキョー詰め詰めで全く参加してなかった。
と言うわけで2年振り。
ハナミノ君、さようなら。ウツボさん、また来年。
その後、熱帯魚の幼魚と水中格闘して、何とかデカビとモンツキをゲット。他メンバーもそれぞれお気に入りをゲットし、大漁大漁。
あ!この日の目的は採集じゃなくてリリースだった!なのに帰ってきたら魚が増えてしまっていた・・・。
元サークル会長:「お前ら何しに行ってきたんだよ!」
その2日後、大瀬崎のダイビングへ。ちなみにこの日は誕生日。
なんか遊んでばっかだが、平日は昼間ちゃんと大学へ行き、夜は毎晩バイトへ。バイト終了後また研究室に戻ってデータ整理等を行う。
土日も本来バイト有りなのだが、どうしても週末出かける場合は
別の日、例えば祝日などに振り替えでバイトに行くことになるので、より過密スケジュールに。
とにかく、自分の部屋にいる時間がほとんどない。
つくマラ練習はいよいよ佳境に入ってくる。つくばマラソンのコースを半分に分けて、25kmジョギングの日々が続く。
「今日はコース前半を走ったから次回は残りの後半部分を・・・」というふうにして、週1〜2回、25km走に繰り出していた。
身体が重くてドロドロになって帰ってくる日、同じ身体で走ってるとは思えないほどの快走で
通行人を驚かせるほどのペースで走りきってしまう日。夕方、研究室を引き上げて宿舎をスタートし、2時間弱。帰り着く頃には暗くなっている。日が短くなったものだ。
もちろん、その後は毎日カテキョーバイト。
ハーフ練習以外の日は、相変わらずの15km走。タイムは1時間切り目前まで縮んできた。
学生ということで時間が自由になるからこそ、こんなことも可能だったのかも。
マラソンはずっと前から好きで、フルマラソンに挑戦したいという気持ちはそれこそ幼少の頃からあったのにさ。「つくば」という、マラソンにこんなに適した土地に4年間も住んでいながら、今までやってこなかったのはホントもったいない。入学当初からやっていれば、筑波やその周辺の村も、あの道も、この道もジョギングできただろうに。車で走っていたら分らない、この土地の景色をもっともっと知ることが出来ただろうに。今年一年でここまで走れるようになったんだから、4年間続けていればサブスリーにも挑戦できたかもしれないのに。どうして今までやってこなかったんだろう。そんな後悔の念も沸いてくる。
同じA班のメンバーの中でも、サブスリーを目指している上位5名ほどは格段に走力が高かった。彼らは目標達成のため別メニューとしてトラックでのタイム走も行っていた。俺はこの別メニューに参加できるかどうか、ギリギリのレベルといったところだったが、結局このタイム走には参加しなかった。やはり、彼らとは実力に開きがあった。
10月後半の土曜日、つくマラメンバーでマラソンコースの試走会。実際よりもちょっと短縮コースで37km。
走るといってもみんなでおしゃべりしながらで、ホントゆったりペース。全行程を走りきる自信がない人は自転車を持参して、何名かで変わりばんこに使用。約30分、5kmおきにコンビニや公園で休憩してジュースやお菓子でENERGY CHARGE!!松代のセブンイレブンで休憩したときはアイス食ってる奴もいたような・・・。ずっとおしゃべりしながら走っていたが、それでも最後の休憩〜ゴールにかけては皆無言になり・・・ラスト、陸上競技場を1周してゴールしたときは
「終わった〜!!」
って大喜び。残ったお菓子とジュースにみんなで蟻のように群がった。
このような本番コースのゆったり練習、走力の低い人向きだと思いきや。センセー曰く、
センセー:「今日の練習が一番役に立ったのはひょっとしてA班の連中じゃないかな」
だと。同じA班でもおそらくは俺なんぞ比べ物にならないほどハイペースで過酷な練習をしていると思われる面々、今回のようなゆったり走でペース配分を再調整することにより、練習の成果を120%引き出せる、という意味なのだろうか?いずれにしろ、フルをまともに走ろうと思うなら、練習で40kmを最低1度はやっておく必要があるようだ(今回は37kmだったけど)。
<11月>
とある日のつくマラ授業。A班は「キロ4分走」組と「20kmジョギング」組に別れて練習することに。前者は専らサブスリーを目指すツワモノ向けのペース練習で、俺には若干キツイメニューだったのだが。思い切ってこちらに入ってみた。キロ4分で大学のループ2周・およそ11km。最後までついていけるだろうか?
俺の練習ペースとは別物なので、ペースメーカーはサブスリー組に完全にまかせて、俺はついていくだけ。前半はまずまずイイ感じだったのだが、道路を跨ぐ橋の登り坂あたりから息が上がり始める。1周目が終わる頃にはかなりゼーゼー言っていた。チラッと時計を見てみる。20分!ループ1周のベストタイム更新してるし!
2周目はもう限界だった。俺以外にもう1人、サブスリー組でないメンバーが入っていたが、2周目の「橋」で彼は脱落。俺はどうにかこうにかラストまで喰らいついて行った。タイムは41分JUST。ありえん。単純に10km換算すると37分台になるので、10qのベストも更新していたかも。でもみんなけっこう余裕そうだし。まぁフルでサブスリー狙うなら、これくらいで限界じゃ話にならないか。やっぱ、コイツらすごい。4月からの積み重ねでこれだけの差が開いてしまうものなのか。。。とりあえず、俺は現時点でサブスリーは無理っぽいことが分った。「あわよくば・・・」とか考えていたんだけどさ。甘かった。
つくマラ直前体力テスト。4月の班分けで行ったのと同じ種目を再度行う。12分間走3400m、30秒腹筋34回、50m走棄権。おお、もう三十路近いってのに半年で相当体力アップしてる!12分間走は途中で靴の紐がほどけて結び直すのに20秒くらいロスしてこの記録。腹筋34回も結構な回数である。50m走棄権は、数日前、ジョギング中に右の足首を思いっきり捻ってしまっていたため。
マラソンまで1週間。この後は身体を休めるため15km以上のジョギングは止める。10〜12km程度を流して走る。TAのY氏の話では、
Y氏:「1年間みっちりやってきた人なら、ラスト2週間くらい全く走らなくてもOK」
ってことだったが。俺はそういうタイプじゃない。直前まで練習を繰り返さないと不安になってしまうから。調整期間は1週間とした。
つくばマラソン3日前に研究室のメンバー6人(N・S・U・W・F・俺)で筑波山登りに行った。山の中腹、鳥居のあるところまで同級生Nの車で行くことに。あれ?でも車5人乗りだよな・・・って俺だけバイクかい!この寒いのに。
天気が悪く眺望は良くはなかったが、それでも紅葉〜冬景色に変わる狭間の筑波山はきれいだった。
山頂までラスト数100mは競走しよう!ってことになって、よーいGO!
短距離タイプWと万能タイプS、長距離タイプNが真っ先に飛び出す。その後にノーマル仕様Fが続き、俺は出遅れた。紅一点Uははなっから乗気ではなくマイペース;「すみませ〜ん、私歩きま〜す。」
短距離WとノーマルFはソッコーペースダウンして歩き始めたので、ほどなくして追い抜く。万能Sはやはりスタートダシュ・後半の粘りともに強く、1着。2位争いは長距離Nと俺の死闘になったがコンマ26秒の差で俺が逃げ切った。
その後・・・WとFがヘロヘロになって登って来る中、Uだけは一歩一歩着実に歩を進め、余裕のゴール。こういうときの女性ってホント強い。このアホ競走のせいでフルマラソン3日前だというのに筋肉痛をおこした。更に9年くらい履いていたブーツがぶっ壊れた。
筑波山の頂上近くに、蛙のカタチをした岩がある。口を開いた蛙のような自然岩が頭上数mのとこにあるのだが、
小石を投げてこいつの口の中にうまく入れると幸せが訪れるという伝説がある。来る人みんなやっていくので小石が口の中に積もっている。で、俺らも早速試してみた。俺が投げ上げた小石は蛙の上顎に当たって跳ね返り、うまく下顎に乗った!つくばマラソン直前にこの幸運。こりゃ好記録を期待できるんじゃないの?俺は気分上々だった。
・・・ただし俺の小石が入ったせいで、口の中に積もっていた小石の山が崩れ、いくつかは外にこぼれ落ちた。他人を蹴落としてまで己の幸せを掴もうとする俺の心の奥底を蛙の神さまは見逃していなかった。
帰りは東大通りでフェラーリ相手にゼロヨンレース。フェラーリ推定560馬力。対する俺のバイクCB400SF、53馬力+気合。スタートして1.5秒後に負けを確信していた。
更にこの日の夜はつくマラメンバーでのカーボパーティー。フルマラソン直前のエネルギーフル装填だ。
おにぎり、パスタ、ポテトサラダ・・・炭水化物食材のオンパレード。
自分のテーブルの料理が残りぎみだったのでA班の意地で片付けていたら、
もう食えんっちゅうに別のテーブルで残ったおにぎりを「食べて〜」と甘い言葉で持ってくるアクマがいて・・・かなり苦しかった。
更にこの後、研究室で飲み会。
が、さすがに山登りの疲れとカーボパーティーでの大食いが祟って、俺はすぐにソファの上で寝そべってしまった。
夢うつつに聞こえていたのは、プロジェクタの大画面で桃鉄をやってバカ騒ぎしてるN・S・W・Fの4人の声。
「よし・・・お・・・よっっっっっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「こいっ・・・あ、だぁぁぁマジかよ〜〜〜〜〜!!!!!」
「♪大逆転!!!!!大逆転!!!!!大逆転!!!!!」
・・・。このとき近所の研究室から「何してやがんだ!ブチこ〇すぞ!!」と苦情が来なかったのは奇跡としか言いようがない。
そして11月30日、つくばマラソンの日。やはりスタートの瞬間が一番感動する。涙が出そうになる。確かに去年も走った。でも今年は違う。本当の意味での「マラソン」を俺は生まれて初めて完走したのだ。
・・・これからスタートするのに完走?
その通り。今年は、ここに至るまでの「過程」がある。「マラソンを走るまでのマラソン」をこの日まで走ってきた。つまり、この日スタート地点に立った時点で、今回のマラソンは既に99%完走しているのである。レースで走る42.195kmなんて、残りの1%に過ぎない。
3時間半後、俺は無事ゴールした。去年に比べて1時間半近くタイムを縮め、一先ず満足ではあった。
が、目標には程遠い。一から鍛えなおしが必要である。そしてこれはゴールではない。
今回のマラソンもまた、長い長いマラソンの「過程」にすぎないのである(→詳細:第23回つくばマラソン)。
<12月>
マラソンの翌週のつくマラ授業は全員集まっての最終講義。全員スピーチのトップバッターになって面食らったが、涙あり・笑いありの報告会になりました。俺はバカだよ。こんなに楽しいマラソンの授業、俺のためにあるような授業をこれまで取ってこなかったんだから。最後の4年目にしてやっとこその素晴らしさに気付くなんて。いや、わかっていたハズなのにさ、スタートラインに立つことができなかった。膠原病を患うまではね。奇しくも、このつくマラの最終講義が俺の学生生活最後の授業となった。やっぱり、そういう運命なのかもね。
その日の夜はつくマラの打ち上げ飲み会。実はこの日、研究室では徹夜の実験中で俺も参加していたのだが、
用事があると言って飲み会へ。これだけは外せんだろ。スンマセン。みんなで「給水」と称して他の人に酒を注いだりと、ランナーならでわの飲み会となった。また、このときD班TAでトライアスリートであるS田氏からトライアスロンの話を聞く。彼は以前に3km+155km+42.195km、計200kmのレース(※)を完走した経験があると言う。ありえん。3km+155kmは分るが、最後がフルマラソンってのが。単品でも死ぬほどキツイのにさ。彼は、
「大丈夫、練習すれば必ず走れる」
と言っていたが・・・こんなレース、はたして俺にも走れる日が訪れるのだろうか?
※[2010年追記]
全日本トライアスロン宮古島。俺は約7年後の2010.4.18に完走。この当時は「ぜってー無理、あり得ね〜」って感じでしたが。ホント、やってみなきゃわからないもんですね。
この日はかなりベロンベロンになって、居酒屋を出た後も皆で駐車場で大騒ぎするという近所迷惑行為に走った後、シラフを装って実験中の加セへ向かった。
大会後、久々にループ1周5.6kmを走ってみる。あぁ・・・20分切っちまうよ。今年の初めには23分がやっとで、どうあがいてもタイムを
縮められない時期もあったっていうのに。
20歳過ぎたら体力低下するなんて絶対ウソ。実際、男性はちゃんと運動してさえいれば、体力のピークは28歳頃と言われているが、まさにその通りだね。
ダイブマスター(以下DM)の講習を受けに初めて沖縄へ。ちなみに飛行機乗ったのもこのときが生まれて初めて!!
DMというのはスクーバダイビングのプロランク第1歩である。
毎日海に繰り出して、基本テクニックの総点検、ガイドの実習、水中地図作成、体力テストなどを行い、
ショップに戻ってからは知識開発&テスト。担当インストラクター曰く、
「これまで自分が担当したDM受講者のなかで体力テストは最高得点」
だったそうだ。あれれ?俺、病人なんすけど・・・?まぁフルマラソンが終わった直後で、最も体力ついているときだったから当然か。
ちなみにこの体力テストってのは、
「400mスイム(フィン無し)」「800mフィンスイム」「100m疲労ダイバー曳行」「15分立ち泳ぎ」
の4つ。確かにけっこうキツイ。
沖縄に行ってすらジョギングせずにはいられない。講習が早めに終わった日など、5キロくらい砂辺の海岸周辺を走りに行く。
ある日のジョギング中、砂辺港で凶暴なバカ犬とバトルになった。想像を絶する、恐ろしい闘いだった。
特に、バカ犬の友犬が加勢に加わり2対1の劣勢に立たされたとき、俺は死を覚悟した。
この危機を俺がどうやって生き延びたのか、知る者はいない。
DM講習は無事終了。ちょっと「即席」ってカンジだったが、とにかく時間がないので良しとしよう。
沖縄から帰ってからは研究室にカンヅメに。もう修論提出&発表まで時間がない。
つくマラメンバーとの走り納め会。こぉんの寒いのに俺はTシャツ&短パン。
さすがにこの格好は俺だけで、尚且つこのとき既にみんなは俺の病気のことは知っていたので、途中で何人ものメンバーから
「だいじょうぶ?」「寒くない?」
って何度も聞かれた。畑など開けた場所に出ると風が強く、ちょっと寒いときもあったが最後まで「大丈夫!」で通した。
寒けりゃ走って身体を温めればいいだけさ。大学の陸上競技場から桜川の向こうまで往復2時間、トータル20kmくらい走っただろうか。気付いたらジョギングでの20kmなんて、もはや何でもない距離になっていた。
・・・これまでにない、長い一年だった。
病気への不安が完全に覚めやらぬ中で、大学、バイト、マラソン、ダイビングという生活の4本柱を続けてきた。
活動の密度の濃さがハンパじゃなかった。一年で北海道と沖縄に行ってるし。この一年間は宿舎の部屋にいた記憶がほとんどない。
その後は燃え尽き症候群の俺。大学もあと3ヶ月、来春で卒業になるし。
いままでやってきたことが一気に終わりを迎えて当面の間はスッカラカン。
・・・なんか途中から闘病日記ではなくマラソン日記になってしまったが・・・。