26th 全日本トライアスロン宮古島大会
2010年04月18日(日)
走行距離SWIM:3km
BIKE:155km
RUN:42.195km
総合タイム10時間35分30秒
天気/気温/風 /25℃/東風、強し

◆エントリー◆


トライアスロンを始める前から「いつかやってみたい」と思っていたロングディスタンスのトライアスロン。でもフルマラソンだけでも終盤まともに走れなくなってしまう自分には、遠い話だと思っていた。宮古島大会を本気で目指そうと思ったのは2008年の伊是名終了後。それから約1年半、ひたすら走り、大会にも出まくり、やっとスタート地点に立つことができました。
距離は スイム3km + バイク155km + ラン42.195km = 計200.195km。半日走り続けます。


<写真1>やっとこ宮古島へやってきました。長い道のりだった・・・(笑)

さて、宮古島トライアスロンの長さに比例してこのログもエライ長くなります。。。


◆一日目 宮古島へ◆

この日は昼過ぎまで仕事。本当は金曜日に宮古入りしたかったんだけど、チケット取れなかったからやむを得ず前日の木曜の夜の便で移動することに。さすがに木曜まで休み取るのは気が引けるので、少し早く出勤して、早上がりして那覇空港へ。フレックスで助かった。あと、空港の立体駐車場に停めるの初めてで入り口とかわからなかったから、初めてgoogleのストリートビューが役に立った(笑)

早めに空港到着して、デカイ自転車を預けてやっとこ身軽になる。自転車は輪行袋+厳重な保護をしたが、やはり心配。宮古到着したらカーボン部分がポッキリ折れてたなんてことになったら泣くに泣けない。事前に宅配業者に頼んでおけばよかったと、この期に及んで少し後悔する。昼飯抜きで仕事してたので、空港で遅いランチ。その間
「天候により宮古空港で着陸できなかった場合、当空港に引き返します」
と何度も放送してたので、少し心配になる。何たって「伊是名」の前歴があるからな(笑)飛行機は無事飛んだが、実際、宮古空港着陸時は風にあおられてけっこう怖かった。

宮古島へはかつて一度来たことがあるので、特にワクワクとか緊張はなかった。俺が5日間お世話になるニューポートビジネスホテルは、宮古島の一番の市街地(旧・平良市)。空港まで迎えにきてくれてとても助かりました。値段も安い!

宿に着いて早速、自転車を組み立て。と、いきなりタイヤパンク(空気入れようとしてバルブのピンが折れた)。明日、予備のチューブを調達しないとな。。。こんなんもあるから、結果的には木曜移動にしておいて正解だった。

◆二日目 受付&ワイドーパーティー◆


<写真2>会場へやってきました。さぁ始まります!

この日は出場受付。この日のうちに受付をしなければならないので、選手は遅くとも金曜日中に宮古入りする必要がある。朝早くから会場まで3kmほど徒歩で出向き、ソッコー受付を済ます。会場周辺には当然のようにトライアスロングッズの販売店が出展。チューブを売ってないか尋ねたら、ここには置いてないので「店」に行ってくれと。で、ついでにMEDALISTとかいう補給粉を売りつけられた。溜った乳酸をすばやく分解するとか言ってたので、RUNの序盤・中盤で使ってみることにした。



で、教えてもらったトライアスロン専門ショップ「くるくる」へ、会場から徒歩で向かう。難なく見つかり、無事チューブを購入。早くもメンテに訪れる選手でにぎわってました。

で、ホテルへ戻ったものの、今度はバイクボトルが気になりだす。これまでの経験から、155km走るにはボトル2本では足りないだろう。現状、フレームにボトルホルダが2箇所。サドル後部には修理用品を入れるサドルバッグが付いている。155km走るならあと1本、ボトルが欲しい。スペシャルドリンクを利用する手もあるが、確実に取れるとは限らないし、キープもできない。いろいろ迷ったが、やはりMYボトルが常時3本必要だろうと判断して、サドル付けのボトルホルダ&サドルバッグの代わりとしてツール缶を購入。余計な出費となったが、まぁこれ付けてるとトライアスリートって感じでカッコいいと以前から思ってたので、ヨシとしよう。ってことで今度はチャリに乗って「くるくる」へ出向きました。こんな離島にあってこのショップの存在は、マジ助かりました。

夕方からは開会式&前夜祭(まだ前夜じゃないけど)。ってことでまた会場まで3kmほど徒歩で出向く。体育館の外のパワージェル等を売ってる店の横では、プロトライアスリートがお立ち台に立ってレース中の補給の講習会をやっていたので、輪に入って俺も聞いておく。個人差はあるが、ボトルにパワージェル10本前後+おにぎりやらパワーバー2本程度をバイク中に食べる必要があるらしい。まぁ1日中休まずに走り続けるわけだからなぁ、それくらい必要か。人一倍燃費の悪い俺のこと、少し心配になりジェルを買い足しておく(店の術中にまんまとハマってるわけだが)。


<写真3>開会式&ワイドーパーティー。

マサル氏とここで合流することになっていたが、いかんせん人が多くて見つかるはずもなく。とりあえず先に体育館に入り、同じテーブルの人たちとオリオンビールで乾杯。後ろのほうのテーブルだったので、司会進行おかまいなしに完全にフライングメシ。で、料理に手当たり次第、箸をつけていく。食えるときにENERGY CHARGE しとかないとね。テーブルの料理が尽き始めたので、ビュッフェから取ってこようとしたが、まだ正式にはスタートしてなかったので係りのおばちゃんに「7時半からです」と、止められてしまった。


だいぶ遅くなってからマサル氏が来場。もう10回以上も出てる人なので、慣れたもんである。連れのお仲間たちと座になり、いろいろとアドバイスをもらった。ベテラン勢の話を聞いて少し気が楽になった。


◆三日目 バイク委託&寝る◆


<写真4>写真を撮るためにわざわざ来間大橋まで出向く。向こうに見えてるのがスタート&スイム会場の前浜ビーチ。

翌日のスタートが7:00なので、それをイメージして今日も早朝に起きる。昼からスタート地点の東急リゾートにバイクを置きにいくので、午前中はダラダラし、昼飯はカフェでロコモコを食べる。チャリ乗る格好で行ったので、応援にとソフトドリンクもサービスしてくれた。で、今日もまた「くるくる」へ出向き、空気入れを借りて最終のエア注入。大勢の選手が最終準備に訪れていて、込み合っていた。
マックスバリューで夕飯&翌朝の朝飯やらジュースやら買い込んで、東急リゾートまで一っ走り。・・・と、東急リゾートはいったん通り過ぎて、来間大橋へ。ちなみにここもバイクコースに入っている。


道中を利用して、サドルにつけたホルダからボトルを出し入れする練習もしておく。練習しておいてよかった。出すのは簡単だが、入れるのは慣れが必要だ。



<写真5>軽く50万円を超えてそうなバイクがゴロゴロと・・・俺のバイクは間違いなく下位10%に入ってる。

さて、宮古出発の数日前に沖縄タイムスの記者さんから電話がきて「記事を書きたいので話を聞かせてくれ」と言われたので応じることにしました。で、この日のバイク置き場で待ち合わせて、いろいろ根掘り葉掘り聞かれた。俺以外にも、義足のトライアスリートの取材もしたとのこと。ひぇぇ義足でこの距離走るんかい。想像だにできない。
けっこう長々と話し「残りはゴール後に感想を」ということでこの日は別れました。あとはバイクをブース預けて終了。



ホテルに戻ってからはトランジット袋の準備を念入りに(中身を何度も確認して)行い、早々に休む。夕飯は餅をメインに、ケーキやら何やらで炭水化物を溜め込む。翌日は超早起きなので、19時過ぎには布団に入った。


◆四日目 宮古島トライアスロン◆

スタートは朝7:00、ってことで3:30起き(眠っ)。朝飯に餅を2個とお菓子を食べ、バイクボトルの準備などをしながら目を覚ます。スタート地点まではホテルが車で送ってくれるので、他の選手&観光客とともに東急リゾートまで乗せてもらいました。まだ真っ暗だが、選手たちでごったがえしてる。受付で腕にレースNo.を書いてもらい、トランジション袋を預け、準備万端。スタートまでは芝生の上で準備運動したりして過ごす。ただ、穿いてきたサンダルを帰りの荷物(RUNフィニッシュ袋)に入れてしまったので、裸足で過ごすことになり、更に陸上は風もあったため、身体が冷え気味。しかも眠いし。これからレースが始まるって気分では全然ないな(っていつもそうか)。
スタート時刻が近づいて、ウェット着たりし始めると寒さは忘れた。計測ラインを踏んでビーチへ下りる。もう後戻りはできない。しかしすごい選手の数やな。まぁ今まで出た中で最大(伊是名の2倍)なんだから当たり前か。しかもみんな気合入ってるのが感じられる。水はそこまで冷たくはなかった。だからと言ってアップで少し泳いだりはしなかったが。スタートまでに身体冷えちゃうから(笑)

スイムのスタートはマラソン大会みたいに、予想タイム順に並ぶ方式。俺は「1時間以内」の前寄りに陣取った。ドキドキしながら7:00を待った。目標タイムは 1時間 + 5時間30分 + 4時間30分 = 計11時間!!

<SWIM> 3km


<写真6>スイム会場の前浜ビーチ。その美しさは東洋一とも言われている。そりゃ国内大会人気No.1になるわな。

スイムは三角形のコースを1周。選手数が多いのと、さすがにみんな経験者なので、スタートバトルは大混戦。前には人間の壁。コリャダメだ。もう少し外側からスタートすべきだったか。かなり多くの人がコースロープの内側にまで入ってしまい、ライフセーバーに「左です、左寄って!」と声掛けられてた。


この日は東風だったので、前浜ビーチは風裏、海はベタ凪で泳ぎ易かった。海の中はというと、離島だけに本島の海とはまた別格。曇っててもこの蒼さ!この透明度!生きた珊瑚もあるし、ルリスズメやミヤコテングハギやニセフウライチョウチョウウオもちゃんといるし。なんつー贅沢なスイムコースなんだ(※今書いていて気づいたがミヤコテングハギのミヤコって都ではなくて宮古なんだろうか?)。


前に出ようとがむしゃらに泳いでぜーぜーしてきたので、フォームを思い出す。「大きくグライドを入れること」。大きすぎると感じるくらい大きくグライドを入れていく。と、さっきまで並んで泳いでいた選手がスーっと後ろに下がっていく。ストローク数はさっきより少ないのに・・・ラクして泳いだほうが実に速いな(少なくとも俺程度のレベルの選手だったら)。スイムセッション1回だけでも行っておいてよかった。この勢いでスイスイ前へ出られそうだ。

ふぬぅわっっ!?コース外れて泳いでるし!!1700m地点のコーナーに気づかずにしばらく直進してしまっていた。慌てて集団に戻ろうとするが、ここから先はガラッと変わって流れに逆らうカタチになり、思うように進まない。こんなときこそ、集団の後ろについたほうがラクなんだろうに。集団に戻ろうと斜めに泳ぐが、いかんせん流れが強い。あと斜めに泳ぐと横の選手の前を遮るカタチになるので、なかなか寄っていけない。せっかく前へ出つつあったのに、また遅れをとってしまったかも。。。

左ブレスのときに見える陸地がだいぶ近づいてきた。まもなくスイムフィニッシュだ。スイム3kmは俺の生涯で歴代3位の長さだったが、あっという間だった。スイムの疲れは後に響かないし、口の中がしょっぱくなったのがむしろキツかった。心配してた脇擦れやうなじ擦れもなかったようだ。

- Transit 1 -

立ち上がり、砂浜を走る。けっこう長い。タイム表示を見ると53分台。早くても55分と思ってたので、うれしい誤算。シャワーは混んでたのでスルー。トランジットはまず袋だけを取って着替えエリアまで走る。そこでスイム器材を脱いで袋に入れ、搬送トラックのスタッフに袋を渡してバイクエリアへ移動する、という手順。よく把握してなかったが、周りの選手のマネしてスムースに行った。
ここまではまだ前哨戦。乗車ラインでバイクに跨り、踏み出す。東急リゾートの敷地内を走り、公道へ出て行く!

<BIKE> 155km

バイク目標タイムは5時間30分、アベレージ28km/hで行けばOK。なので少しでもきついときは30km/hを上限として、それ以上踏まないようにしていく。時折、カーボンホイールのTTチャリが後方から呻りをあげて爆走していくが、焦らずキープ。海を左手に島の西側を北上。このあたりは道が悪く、マンホールがボコってることもチラホラ。ドラフティングにならないように、前後の選手に注意を払いながらう、出られるときは前へ出て行く。
ファミマの三叉路は左に逸れ、マックスバリューの前を通過し、平良港方面へ向かう。しばらく行くと長い下り坂。ぐんぐんスピードが上がって怖いが、ブレーキに手を掛けずDHポジションをキープ。みんなもそうしてるし、負けちゃいられんぜ。速度はMAX 59km/hに達する。万が一目の前の選手がコケたら俺もあっという間に巻き込まれることに・・・!

平良港前を通過すると、先嶋シャッター手前のちょっとした上り坂があるが、これは試走時に織り込み済み。ダンシングで軽く駆け上って右折、少し行って左折、池間島を目指して北上を開始する。少し行くとA.S.があるが、ここでは何も貰わずにスルー。


※以下、バイク中の写真は俺が移ってる1枚を除き2005年の宮古試走(笑)のときのもの。レース当日は曇っててこんなに蒼さはなかった。


<写真7>平良漁港を過ぎた先、右折するポイント。手前は少しだけ上り坂。

<写真8>池間大橋。長いコース中でも一番のポイントだろう。360度、エメラルドブルーの海が広がる。晴れていれば。


市街地を外れ、池間島を目指す。狩俣線の直線は以前は非常に長いと感じたが、実際走ってみるとほどなくして狩俣地区の集落を通過し、池間大橋が見えてくる。この日は曇りだったので、あの楽園のような海の蒼さはナシ。それでもちょこっと海を覗き込むと十分に蒼いんだけどね。
橋を渡りきったら池間島を時計回りに1周。島の北西端にある灯台手前は少し上り坂。ここに計測ラインがあるが、俺は道の端に寄り過ぎていたためか通過するときに「ピッ」と音がしなかった(聞こえなかった)ので、ちゃんと計測されたかどうか少し不安になる。灯台を過ぎると徐々に向かい風に。小さい上り坂も多いので、周囲の選手と抜きつ抜かれつの状態が繰り返される。池間島を一周して橋の袂に戻り、宮古島へ戻る。戻りは向かい風、絶対に逆らわないように、膝を使わないようにと意識していく。


<写真9>東海岸沿いに南下、島の東南端の東平安名崎を目指す。ここは向かい風&up/downで消耗する。

狩俣地区を過ぎるとすぐに左折、島の東側に出て南下開始。相変わらず南東向きに進むため、向かい風が続く。up/downも多い。周りの選手もけっこうゆったりペース。
マイバイクボトルは可能な限りキープして、貰えるときはボトルを貰っていくようにする。時間が長くなるにつれ、甘い飲み物よりも水やお茶などのノンカロリーのものが欲しくなり、身体も熱を持ってきて集中力が低下する。水入りボトルをもらって口をすすぎ、頭からも被って身体を冷却。そのうち更に熱さが顕著になってきたので、今度はスポンジを・・・と思ったがA.S.のおばちゃんのフェイント(笑)により確保失敗。焦らず、第2ボトルの烏龍茶で次のA.S.まで凌ぐ。


ソバ屋のあるdown/up、比嘉ロードパーク、新城海岸入り口、見覚えのある場所を通過していく。向かい風が続き、少しずつ疲労が溜ってくる頃だ。
「楽しんで走ってください。楽しむ余裕が無かったら、ちょっとだけ空を眺めてみてください。きっと元気が出てくるはず」
大会パンフレットに書いてあった、宮古島の小学生から選手へ宛てたメッセージの一つに、こんなのがあった。この言葉を前日から頭に刻んでおいた。せっかく宮古に来てるんだから、コース中の景色も眺めておかないとね。宮古は山がなく開けていてキレイな場所が多いし。長丁場だから、身体も頭も途中でリセットが必要だ(しかもけっこう効果大だと思う)。

東平安名崎が近づいてくる。バイクで巡回してる審判にジェスチャーで「車間距離あけて!」の合図をされた。まぁ車の渋滞と同じでどうしてもかたまるとこはかたまっちゃうんだろうけどね。少なくとも意図的にドラフティングしようなんて考えは微塵も無い。緩やかな下りカーブを下っていくと、岬への入り口が見えてきた。最も楽しみなポイントの一つだ。


<写真10>70km地点、東平安名崎の灯台が見えてきた。実に壮観な場所である。灯台手前でグルっと折り返す。

<写真11>東平安名崎から、また元の道へ戻る。

東平安名崎、本島の残波岬以上に壮観な場所。こんな場所がコースに含まれてるなんて、やっぱかなりの贅沢。ここの灯台前折り返しが70km地点。A.S.は何も取らずにスルー。折り返しのコーナーに気を取られてて貰う心構えができてなかった。と、ここで某選手に抜かれる。密かに目標にしていたのだが、こんな早くに抜かれたらもう勝ち目ないな。

一般道へ戻り、宮古島の南部・七又海岸沿いに西へ向かう。海宝館のところで更に左折して海沿いのup/downロードへ。この辺り、青いジャージのオッサン選手を上り坂で追い抜くも、下り&平地で追いつかれる、という展開が繰り返される。ちょっとした上り坂ならダンシングは無理な加速をしなければ疲れないし、ずっと同じポジションで座ってたストレスを解放できるので、俺はむしろありがたいのだが。


レースでの最大の不安要素はやはりバイクでのトラブル。パンクくらいはいつおきてもおかしくないし、気をつけて避けられるものでもない。レース中、ちょっとでも後輪がゴツゴツ感じると「もしかして・・・」と神経質になってしまう。実際には路面がゴツゴツしてただけなんだけど。「気にしながら走るよりは、一度止まってパンクしてないことを確認したほうがよいのでは?前方不注意になりがちだし。」とまで思ったのだが。道路ペイントの上など、ゴツゴツがない部分を走ってみて、パンクでないことを確認したりと、いろいろ試してみる。今のところ、取り越し苦労のようだ。タイヤに気が行ってしまい、下り&カーブでハンドルを取られかけたので、改めて前を見ていく。


<写真12>島の南部、七又海岸。断崖絶壁が続く。何か遠くまで来たって感じがする。なんとなく。

<写真13>風は止んだが、代わりにこんな感じでup/downがひたすら繰り返される。まぁ向かい風よりは全然ラク。

今年から、バイクコース中に一箇所だけコースが変更になった箇所がある。七又海岸沿いの道から北に折れ曲がる場所だ。旧コースは狭い道で、試走のときも分かりづらかった。ってことで新コースは少し先を北向きに右折。すると目の前には「聞いてないよ〜」的な激坂。すぐさまフロントをインナーに。早いうちからダンシングに切り替えたので、ここでも抜く一方だった。エアロフレーム&ブルホーンハンドルのチャリ乗ってる人はダンシングやりづらいのかも?? 国道に戻って少し走ると、もう一丁上り坂。ここもかつてバカ犬とバトルになった場所なのでよく覚えている。沿道からは「ガンバレ、ここまでだ、ここが頂上だ!」の声が。いい応援だ。
こうして見ると、かつて宮古に来たときに、トライアスロン出場を見越してチャリでコース走っておいたのはかなりのプラスになっているな。おおまかな距離感や上り坂の位置はほぼ完璧に覚えてるし。ぶっつけで走るより事前に心構えができる分、精神的にかなり余裕ができていたはず。


ここからスタート地点の東急リゾート方面へ戻っていく。風は無く(微妙に追い風?)、ほぼ平坦でところどころ緩やかに下ってたりするので、35km/h以上でラクラクコンスタントに走れる。うは〜気持ちいいぜ!応援もこの辺りは激しく、歩道で地区の小学生たちがエイサーやってたり、怒鳴りつけるような大声での応援が飛んできたり。伊是名はほのぼのとした「暖かい声援」だが、宮古は「熱い」だ。余裕があるのでこちらも応援に応える。
並木が続く緩やかな下り坂を過ぎると、サトウキビ畑が広がる。来間島方向へ左折。


<写真14>1周目の後半。風も無く、平坦or緩い下り坂がほとんどで、35km/h以上をキープ。

<写真15>来間大橋。渡りきった所ですぐに折り返す。ここも戻りが向かい風だった(写真は来間島側から)。

来間大橋。渡りきったとこでコーンを回って折り返し。行きは追い風でラクラク、帰りは向かい風でシンド。「行き」の選手たちがラクラク飛ばしていくので、ソッコー追いつかれるのでは?と心配になる。橋を渡りきり、追い越し禁止ゾーンとなっている狭い交差点を左折、まっすぐ走るとスタート地点の東急リゾートへ戻ってくる。ここで1周終了、ちょうど100km。



右手のべとつきがストレスになってたので、洗い流すために第2ボトルの烏龍茶を口に含み、右手と右ブレーキレバー周辺に掛ける。が、なかなかベトベトがとれない。何度やってもダメ。ここで俺は恐ろしい事実に気づいた。第1ボトルの中身掛けてるし!ジェル+塩を溶かした液体を思い切りかけて・・・ベトベト増進させてどうすんだ、バカ野郎。
ラクではないが、忘れずに補給食をとったり、ちょっとした上り坂でもすぐさまダンシングへ切り替えたりと、余裕はあった。マックスバリュー、平良漁港、先嶋シャッター右折と1周目と全く同じコースを進んでいく。

その先のA.S.でコーラが欲しかったのだが込み合っていたのでやむを得ずスルー。しかしここを通過するときにマナー最悪のオヤジ選手がいて、せっかくのレースなのに非常に不愉快な気分にさせられた。そのオヤジは水を要求したのだが、ボランティアの子が直前の選手にボトルを渡したため、次のボトルが間に合わなかった。で、
「水だよ水、何やってんの全然ダメじゃんか!」
と当たり散らし、更には前の選手がボトルを貰おうと手を伸ばしてるとこに
「ほら通るよ!どいて!!」
と割り込んでボランティアと選手の間を身体をぶつけながら通り抜けて行った(注:左からの追い抜きは大会規則で禁止されている)。割り込まれたほうの選手がとっさに身を引かなかったら接触、転倒し、後続も巻き込むところだっただろう。
緑のバーテープのチャリに乗ってる奴だったが・・・バカかこいつ?こういう輩は他の大会も含めて一切出るなと言いたい。「自分は選手なんだから大会スタッフ・ボランティアよりも偉い」とか「金払ってるんだから自分はお客様」とか勘違いしてるんだろうか?自分の力で「走ってる」のではなく、大勢の人の力によって「走らせていただいている」という認識を持てないヤツはいかなる大会にも出る資格ナシ。ゼッケンNo.覚えといて通告すべきだったと後悔してる。


さて。。。そこから先、池間島に向かう長い直線が続くが、意外なほどラクに走れている(若干追い風ではあったが)。このままバイクフィニッシュすれば、ランは普通に走れるんじゃないかと、楽しみになってくる。
第3ボトルのコーラが尽きてきた。もともとこいつは途中で捨てて新しい中身入りのボトルを貰う予定だったのだが、ついにそのときが来た。狩俣地区のA.S.手前の回収箱にボトルを投げ捨てる。2008年の伊是名で、ハンガーノックでストップしていた俺に、見ず知らずの選手が差し出してくれたボトル。あれから今日この日のために、練習ではずっと使い続けてきた。さようなら、今までありがとう − 命のボトル、宮古の地に散る − 入れ代わりにコーラ入りPOWER BARボトルを貰ってセット。


<写真16>池間大橋、2回目。1回目より疲れてるので向かい風が強烈に効いてくる。

<写真17>こっちは購入した写真。曇ってて暑さはなかったが、橋の上は向かい風が強烈。負けるな、FP2!

2度目の池間大橋。追い風&緩やかな下り坂もあり、ラクラク40km/h。気持ちいいぜ。池間島を回るときも、1回目より選手がまばらで自分のペースを乱さずに走れた。灯台前の上り坂でも、数名を抜かす。

池間大橋に戻ると今度は向かい風+橋の中央の上り坂。一回目のときより疲れている分、速度もガタ落ち。噂に聞いた「時速16km」のポイントか。車線が狭いのも手伝って選手が集団になり、ドラフティングぎみに。さっきまでラクラクと思ってたのに、一気に疲労感が出てきた。やはり上り坂よりも向かい風のほうが手ごわいな。


<写真18>2回目の池間島が終わったらすぐのようなイメージがあるが、FINISHまで意外に長い。

東海岸沿いは変わらず向かい風が吹く。up/downもあり、しかも意外にここからが長い。ふぅ、キツイぜ。しかし周囲の選手も俺と同じようなペース、キツイのはみんな同じか。レースというよりはロングライドのツーリングみたいだ。常に集団ができている。
っていうかみんなドラフティングおかまいなしなんやなぁ。伊是名は「ドラフティングがほとんどないクリーンな大会」と言われてる。俺は初めて出たトライアスロンが伊是名だったので、それが当たり前だと思ってたのだが、そうでもないのか?前後にも横にもまとまって10名近い集団になっている。多少はやむをえないが、明らかに「解除努力」はしていないな。横に並走したままの選手も多い。

前に壁ができてしまい、抜くにも抜けない状態になる。速度差が大きければ多少反対車線にはみ出してでも一気に抜いてしまえるが、現在同じくらいの順位=俺と同じくらいの実力=同じくらいの速度で走ってるわけだから、それもできない。こんなんで失格にされたら最悪なので、いちおう集団から7m以上あけてついていくようにする。
しかし上り坂が始まると状況が一変する。集団の速度が必ずガクンと落ちるのだ。それまではけっこう頑張ってついて行ってたのに、上りに入るとむしろ遅すぎると感じるほど。こうなると無理のないダンシングで簡単に抜きされる。このように上り坂で前に出て、その先の下りで置き去りに・・・という展開が度々繰り返された。その先また平地になると追いつかれるのだが、それでも全員に追いつかれるわけではない。少しずつだが、前に出ていけてる。それに気づいて少しうれしくなった。日々の通勤ヒルクライム(笑)がこんなところで生きてくるなんて。。。

ちなみにこの日は偶然にもMy Special Bike, PINARELLO FP2 の1歳の誕生日なのでした。宮古大会出場者の中ではかな〜り安いほうなんだろうけど、ンなの関係ない。明らかに50万円以上しそうなバイクともこうやって十分に渡り合ってるじゃんか。しかもホイルもデフォルトで付いてたやつそのまま、他のパーツも交換した物はないのに。

下りが終わるとまたすぐさま風との闘い。思わず隣の選手に話しかける。
俺:「キツイっすね、この風」
ムスッとした感じに見えたが、笑顔で応えてくれた。ボトルが3本ともほぼ空になってきた。だがあともう少しでバイクフィニッシュ、問題ないだろう。

熱帯植物園方向へ右折、島の周回道路を外れてバイクフィニッシュ地点である競技場へ向かう。後ろから救急車、左端に寄って道を開ける。ココから先は道が狭く曲がり角が多い、コースをよくわかっていない、少しだけでもRUN前のリフレッシュに、等の理由でけっこうノンビリペースで淡々と走っていく。まもなく左手に会場の体育館が見えてきた。そして前方にはBIKE FINISHラインが。


- Transit 2 -

ふぅっ、トラブルなく終われたか。会場アナウンスも、ひとまずは「お帰りなさい」。あくまで「ひとまず」なんだけどね、ひと時の休息。今回はNSGOはナシ。事前にバイクフィニッシュラインを確認してなかったし、選手が込み合ってたし、何よりロングだから10秒程度のロスなんてどーでもいいし。
バイクラックへはボランティアの中学生がゼッケンNo.見て走って先導してくれる。ホント至れり尽くせりの大会やな。カーボショッツによるエネルギー補給も忘れることなく予定通りこなす。まだ精神的に余裕がある。RUNのスタートラインを踏んだのが6時間22分。A.S.で十分に糖分・塩分をとり、走り出す。いよいよラストだ。

<RUN> 42.195km

不思議と、「今からフルマラソンか・・・」とか「バイクで疲れてるのに」といった考えは浮かばなかった。ランのスタートラインを通過した時点でバイクまでの記憶はリセットされ、完全に頭がRUNオンリーに切り替わっていた。身体のほうも、想定していたペースで普通に走り出せたので、ひとまず安心。

緩やかな坂道を下って、平良港へ向かう道に出る。前を走ってた選手のゼッケンベルトからジェルが1本落ちた。その選手、慌てて拾いに戻る。そうだよ、それ失くしたら完走できなくなっちゃうかもしんないし、数秒ロスしてでも拾わないと(笑)沿道ではマッチの「ギンギラギンにさりげなく」が流れている。今回の大会にはあの近藤真彦さんが選手として出場してるので、こんなのも当然アリか。市役所のある市街地をぐるっと回って宮古空港方面へ向かう。空港までは緩やかな上り坂が続く。この大会は沿道の声援も他の大会にはないほど気合が入っており、ゼッケンNo.を見て選手名簿で名前を確認し、本名で呼んでくれる。
「1337番、ゾンさんガンバレー!」(←本名じゃないし)
って。俺も最初のうちは全ての声にいちいち返事を返していた。それだけ余裕があった。少じずつ、前を捉えていく。が、後ろから速い選手が来た。オッサンだが、この人はRUNが得意なのだろう。と、思った矢先、
「うがぁつっ、つつつ・・・」
とうめき声を上げてその選手がうずくまった。脚が攣ったか。もはや他人と速さを競うレースというより、むしろ耐久戦の様相。長時間走っているからって、息が上がって苦しいと思う瞬間は一度もない。ただただ、身体が最後まで持ってくれることを祈るのみだ。


5km地点通過。あら、キロ5分できてるし。まぁこのままのペースで最後まで行けるとは思っちゃいないが、とてもいい感じで走れているのは間違いない(※キロ5分だとフルは3時間30分)。
空港に突き当たって左折、少し下って県道にでて、あとは東平安名崎手前の折り返しまでひたすら直進。緩やかに続く長い上り坂を過ぎると、建物がグッと少なくなって周囲は畑等が目立つようになる。にぎやかだった応援も一気に寂しくなる。加えてこのあたりでは選手もまばら。ずっと前に見えている選手の背中をひたすら追う状況が続く。ただ、ひとたび並ぶと長いこと併走することも多し。
「ああ、この人も俺と同じくらい練習してきたんだな」
と、少し感慨深くなってみたりする。

南東方向へ向かってるので、RUNでもやはり向かい風。後ろから来た選手が話しかけてきた。
選手:「この向かい風、帰りは追い風になるんだよね?」
俺:「あーまぁそうなりますよね、風が廻らなければ」
向かい風なので帽子の鍔を後ろに回して被り直す。普通に走れているので、向かい風はそこまで負担にはなっていなかった。同じような風景が続く直線道路。時折、緩やかなup/downがあるだけで難所となるようなポイントはなし。淡々と歩を進める。

早くも先頭が折り返してきた。トップ争いしてる選手たちとすれ違う。先頭は外国人選手、沖縄県勢は・・・トップ10には入ってるがやや苦戦ぎみか?それでも10kmレースかと思うほどのペースで通過していった。
10km地点を通過、周囲の選手たちも一斉に時計に目をやる。俺は10km通過は56分くらい、当然だが最初よりはペースは落ちてきている。相変わらず景色は同じ。途中、噂の「宮古マモル君」の姿があったり、果てが見えないほどの直線道路もあったり。ただただ、淡々と歩を進める。

不意に住宅が少なくなり、こんもりとした林みたいなとこを過ぎると、そこそこ長くて急な坂道。ここを下ると景色が大きく開ける。折り返しまでもう少し。いい調子で来ているので、気持ちペースが上がる。
雨がパラパラときはじめ、まもなく土砂降りになってきた。今年入ってからレースの日は雨ばっかやな。まぁランのとき適度に降ってくれるのは、身体が冷やされてむしろラクになるんだけど。サングラスに水滴がついて視界が悪くなったので、一時期サングラスを上に上げて走ることに。ズブ濡れだがA.S.のたびにスポンジを2個もらい、頭・うなじ・耳・わきの下の順に冷却していく。ペースは落ちていないので、身体は熱い。


<写真19>購入した写真。折り返し21km(20km?)地点、通過タイムは8時間24分。さぁ帰るぞ!

中間地点の折り返し。RUNのスタートから2時間2分、いい感じで来ている。あとは今来た道をまんま引き返すのみ。A.S.手前でMEDALISTの袋を開けて準備し、水と一緒に流し込む。トイレ行くことも考えたが、そのまま走り続けることに。

雨が止んだのでまたサングラスを掛けなおす。 ここでちょっくら失敬して、わき道に停めてある数台の軽トラの陰に隠れ、用を足す。我慢できないほどではなかったが、やはり集中力を欠くし。これでもう俺にとって怖いものは何も無い(笑)


先ほど下ってきた若干キツめの上り坂。RUNコースの中ではおそらく最大の難所(何ぼのモンじゃないが)、歩いてしまう人もチラホラ。上りきったとこでA.S.、毎度のスポンジ、コーラ、塩、水。腹が減ってたらオレンジも。このあたりが25km地点。無心だったので、意外に早く感じられた。まだまだいける、沿道の子供たちと5連続ハイタッチを決める余裕すらある。
その先はまたひたすら平坦道路。往路向かい風だっただけあって、復路は風を感じることはなかった。次のA.S.までたどり着いていないが、少しエネルギー切れな感じが出てきたので、最後のカーボショッツ・コーヒー味(濃縮カフェイン入り)を摂る。少し前倒しになってしまったが、後のことは後で考えよう。

その次のA.S.がなかなか来ない。もう5kmくらい走り続けてると思うが・・・。ハンガーノックの記憶が蘇る。マズイな、もう手持ちのENERGY源はない。沿道の人がポカリとか持ってたら一口だけでも貰おうか、とまで思った。 途中、往路側にだけA.S.があるポイントがあった。反対側だが、ここに割り込んで少しでももらっておけばよかったと後悔もしてみたり。沿道に白い服着てる人がいると、遠くから見るとA.S.のボランティアに見える。何度も勘違いし、愕然とさせられた。
とても長く感じたが、やっとホンモノのA.S.が来た。よかった、持った。一番最初のコーラをソッコー流し込む。オレンジ、黒糖2個、多めに補給。餅も勧められたが、丁重にお断りした。まだまだ身体が熱いので、固形物は水気のあるオレンジかレモンしか摂らなかった。結局、A.S.までが異様に長く感じたのはこの区間だけで、その後は心配なかった。


30km通過、これまた意外なほど早くきた。沿道から「残り10km!」の声。タイムを確認すると、ラストの走りいかんでは10時間半を切れる可能性がある。思い切ってグンとペースを上げた。ラストスパート??併走してた選手の息遣いが遠のき、ずっと前方に見えていた選手の背中が大きくなってきた。
30km過ぎてからペースアップしようなんて、今までに走ったフルマラソンでも一度たりともなかった。今まではこの時点で膝の痛みを我慢するので精一杯の状態だったから。しかも今はマラソンの前にスイム&155kmのバイクまでやった上でだ。
「走ってきた距離は裏切らない」
いつか聞いた言葉を思い出した。この言葉は単なる気休めではなく、真実なんだと改めて思った。

30何km地点だったか忘れたが、計測ラインを踏む。ここが最後の制限関門だろうか。緩やかではあるが、たまにくる坂道がチクチクと効いてくる。また、この頃から胃の辺りが気持ち悪くなってきた。若干の吐き気。トイレ行くことも考えたが、せっかくここまで良いタイムできているんだから、1分たりともロスしたくない。背中もピキーンと痛くなってきた。でもこちらは上半身が使えている証拠だからヨシとする。
35km地点通過、あと7km。急激にしんどくなってきた。さっきの勢いは止まってしまった。今のタイムなら残りチンタラ走っても目標の11時間は十分切れる。でもこれまでやってきた練習のことを考えたら、手を抜くなんてできない!


飛行機の音が聞こえる。空港が近づいてきた証拠だ。相当にペースが落ちてきて、もはや我慢我慢の状態。でも、前方を走ってるピンクのバイクジャージ着た選手との差がさっきからずっと変わっていない。ここまできて歩いてしまってる選手もいる。苦しいのは自分だけじゃない。空港前を右折するとラスト5km、緩やかな下り坂が始まる。声援も「お帰りなさい」に変わる。39km地点通過。A.S.では無心でスポンジとコーラに手が伸びる。

市街地に戻ってきた。周辺がにぎやかになり、応援も一段と大きくなる。沿道で「ロッキーのテーマ」が大音量で流されていた。この曲を使っても大袈裟じゃない、正にそんな場面だ。自分も、周囲の選手も、もう限界な雰囲気だし。右折し、俺が泊まっているニューポートホテルのすぐ近くを走り、更に右折して市役所前を通過。A.S.で最後の給水。残り2km、あとは宮古に来てから、何度も往復した道だ。もう周囲の選手も目に入らなくなった。このあたりで抜いた・抜かれたという記憶は残っていない。左折し、陸上競技場のほうへ向かって上っていき・・・トラック入り口の赤瓦の門がついに見えてきた。


<FINISH> 3km+155km+42.195km=200.195km

競技上入り口でサングラスをとって、そのままスパート。ラスト400mは今までに走ったどのトライアスロンよりも、どのフルマラソン、ハーフマラソンよりも速かった。ゴール前100mは島の子が伴走してくれたが、ついて来れるか心配だった。

テープを切る瞬間、「うおぉぉぉぉぉ〜〜〜っっ!!」と無意識のうちに吼えていた。





<写真20>ゴール後。やりました!

スタートしたが最後、ゴールまであっと言う間だった。思い出してみても終始無心になって走っていた感じで、なんだかレース中の記憶がおぼろげにしか残っていない。最初にやったスイムなんて、もはや今日の出来事だったとは思えないほど遠い記憶になっていたし。ゴール後、完走した喜びも不思議なほど沸いてこなかった。脚が痛くて歩けないなんてことも無かった。距離が長いことには変わりないが、もっと途中で呆れ返ってしまうほど長いのかと思っていた。集中して走れていた証拠だろうか、それとも練習を重ねていく中で、もはや特別長いとは感じなくなっていたのか。はたまた、かつて試走したり、目標として常に頭にイメージしていたため、今回初めて走るという意識がなかったのかもしれない。


沖縄タイムスの記者さんが、FINISHゲートの近くで待ってくれていた。とりあえず握手。とりあえず芝生。とりあえずジュース。予告してあった時間よりだいぶ早かったので、驚いていた。落ち着いたところでインタビュー・・・と、その前にお蝶に電話報告。当然こっちが優先だ。ネットで速報を見ていてくれたようで、俺の順位は231位だと。上出来だろ。(※上位に1名失格があったようで、最終的に230位に繰り上がった。)
でもってインタビューではレース中のことを根掘り葉掘り聞かれ、無理矢理感動的な回答を誘導され、最後に写真を撮られて終了。その後、記者さんは徹夜で記事をまとめ、翌朝のタイムスにしっかりと(若干脚色されて)掲載されてました。良い記念になったので、感謝です。



寒くなってきた。走ってるときは身体の内部が暑くて水被りながら走っていたが、終わったら芯から冷えてしまった。長袖はスタート直前まで着てたので、SWIMフィニッシュ袋の中でウェット等と一緒になってて着れないし。加えて、気になっていた胃腸の気分の悪さが顕著になってきた。走ってるときはそれでも忘れていたのだが・・・これもアドレナリン効果だろうか?FINISH後にマサル氏と話したかったが、待ってる余裕は無かった。ちょうど19時発の送迎バスで市役所近くを通るやつがあったので、ソッコー乗り込む(一番乗りYeah!)。バス中にもよおした場合に備えてエチケット袋も用意しておく。それくらい切羽詰っていた。
ホテルの部屋に戻ると同時にトイレに飛び込んで嘔吐し、熱いシャワーを浴びて布団に潜り込んだ。しばらくは胃が何も受け付けず、寒気も治まらなかったが、気づいたら今度は汗ダクに。少し熱が出てきたようだ。こんなふうに体調を崩したってことは、やっぱ限界以上の力が出ていたってことなんかな。制限時間の13時間30分となる夜8時半には、レース終了を告げる花火が会場で打ち上げられるのだが、俺は花火の音を布団の中で聞くこととなりました。長い一日が終わった。


飯はとても食べられる状態じゃなかったが、お蝶アドバイスにより、ミネラルウォーターを少しずつ飲むことで腹のむかつきは徐々に収まってきた。ってことで、我慢してたコーヒーを飲む(笑)レースの興奮が治まらず深夜まで寝られなかった。


◆五日目 バイク回収&帰郷◆


<写真21>これは使用前。パンクすることもなく、よく走ってくれました。感謝感謝。

0:00過ぎまで起きてたのに、4:30に目が覚めてしまった。さすがに腹減ったので、まだ真っ暗な中、コンビニまで出向く。

さて、今日はゴールの陸上競技場までチャリを回収しに行かなければならない。会場まで3km弱の距離を歩いて向かう。もちろん疲れてはいるが、ロボット歩きになることもなく普通に歩ける。これも以前からは考えられないことだ。

今日は月曜日、通勤・通学の姿がチラホラ。宮古島はもう日常の朝に戻っていた。



バイクラックへ行ってみると・・・あれ?ツール缶がないっ!!バイク走行中に落とした??しかしバイクフィニッシュした時点ではあったはず・・・記憶は甚だ曖昧だが。夢中で気づかなかったのだろうか。勢い余ってバイクフィニッシュ袋に入れたとも考えにくいし。予備チューブ2本にタイヤレバー等の工具、そして買ったばかりのツール缶、〆て4千円相当がパーに(泣)
改めて上の写真見りゃツール缶ちゃんとはまってないな(缶の溝とホルダの爪が噛みあっていない)。やっぱレース中に落としたのかも。
あとは体育館で完走証と記録一覧表を貰って、全て終了。道路が乾いてたので、チャリのってホテルまで戻る。

帰り道。RUNコース上で、昨日のレース中に投げ捨てられたジェルの袋などの回収を選手たちが自主的に行っていた。
ん〜〜スバラシイっっ!!応援でパワーをくれた宮古島の人たちにこういうカタチで恩返しってわけか。昼過ぎのヒコーキに間に合うように自転車を梱包してシャワー浴びてお土産も買わなければならない俺は残念ながら清掃には参加できずやむなくそのままホテルへ戻り(笑)さっそく梱包開始・・・ってツール缶ごと失くしちまって六角レンチがないからDHバーもサドル付けのボトルホルダも外せないし!これじゃ梱包できん!!慌ててホテルのおっちゃんに工具を借りに行きました。


でもって空港まで送ってもらい・・・ニューポートホテルには最後まで親切にしてもらいました。
で、自転車の荷物検査だが、那覇空港では検査機を通せないサイズのものは検査員が開けて目視確認してOKだったが、宮古空港では認められず無理矢理検査機を通されるハメに。やむを得ず、横倒しに置いて通す。やはり、厳重に梱包するしかないか。那覇空港で荷物が下りてきたときには『↑UPSIDE』のシールが剥がれていて、テキトーな向きに置かれてたし。


丸一日たったにも関わらず、レースの興奮が治まらず深夜まで寝られなかった。


<リザルト>

SWIM '53''38 (223位)
BIKE 5'28''34 (310位)
RUN 4'13''18 (235位)
TOTAL 10'35''30 (230位/1402人)




SWIM
目標はトランジットも含めて1時間、良くて55分くらいと思ってたので、予想通りといえば予想通り。ただ順位は思ったほど上ではなかった。いつもは最終順位と比較してSWIM順位はかなり上なのに、今回はほぼ同じ。コース外れかけたときのロスが大きかったのか、はたまたバトルが下手でロスが大きかったのか、気合が足りなかったのか。まぁ一回やっただけじゃわからないか。

BIKE
目標はトランジットも含めて5時間30分だったので、ほぼ目標通り。平均28.3km/h。しかし順位は意外なほど上だった。3種目中バイクが一番苦手でいつもここで順位を落としてる上に、今回はベラボウに長いわけだから、500番くらいになるかと思ってた。実際走っててもガンガン抜かれてる印象があったし。思ったほど抜かれてなかったのは、向かい風に加えてチクチクくる上り坂が俺にとってプラスに働いたためか。あるいは練習用チャリがあまりに安物で重いため、レースチャリとのギャップでラクラクになるのか(上り坂では重量が効いてきそうだし)。はたまたこれがショートとロングの違いなのか。いつも俺よりバイクが速い人が、今回は俺より遅かったりと、まだまだ奥は深い。まぁ一回走っただけじゃわからないか。
あと反省点は、補給食のバーをもっと食べ易いように小分けにしておくべきだったかな。手がベトベトになるし、一枚全部食べつくせなかったし。ベトベトもストレスになるからね。

RUN
目標の4時間30分を約17分上回った。一番頑張ったつもりだったが、順位は総合順位とほぼ同じ。これはバイクで潰れなかったということ。補給のタイミングとかも、事前に頭に入れてあった通りにでき、且つ途中で状況が変わったときにはすぐに切り替えて対応するだけの余裕があった。できれば4時間一桁で来たかったが、まぁ贅沢は言いますまい。4時間13分でも、以前では考えられないタイムだ。前半2時間2分、後半2時間11分。後半21kmですら、過去の伊是名での20kmより早いくらいなんだし。フルの大会以外に練習で1回でも40kmを走っておいたのが大きく効いたように思う。
それでも一番の反省点を挙げるとしたら、このRUNになる。今の時点で更にタイムを縮める可能性があったのはこの種目だけ。頑張ったが、もっといけたはず。ラスト7kmのドロドロ走りがなければ更に満足できただろうに。あと、あくまで「完走」が大前提にあったため、潰れないように保守に回ってしまった感は否めない。



こうして見ると今までにないほど3種目の凹凸がなく、コンスタントに走れていた。残業・休日出勤続きで忙しく、満足いく練習には程遠かったが、それでもたとえちょっとずつではあっても、続けてきた成果はやはり大きかった。

来年は・・・とりあえず今は考えられない。最高の大会であることは間違いないが、もう一度出たとしても今回と同じくらいに頑張れる気がしない。大会当日も、そこに至るまでの練習も。時間が経ってから考えることにしよう。


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