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今回はウォーミングアップを兼ねて自宅〜県総までの約5kmをJOGで向う。タイムも狙えそうなので、いつもみたいに「最初の10kmをアップ代わりに」とは言っていられない。ただ直前1ヶ月の練習量が落ちてしまったのと、ここんとこ左脚問題(もはや左半身問題)が出ており、意外に疲れてしまった(爆) 会場は選手・関係者でごった返しており、特に体育館内部は足の踏み場も無い。端っこのほうに無理やり陣取って着替えてると後ろから声を掛けられた。GALEジャージ・・・お久しぶりのゴヤさんだった。知り合いの先輩がいて少しホッとした。荷物も一緒に置かせていただけた。 スタートまでダラダラと待つ。トイレは長蛇の列だったので諦めてスタート地点へ。この日は気温15℃程度、沖縄としてはかなり寒い。もう少し厚着したほうがよかったか?GALEジャージは薄手のノースリーブだし(トライアスロンは夏のスポーツだからね)。スタート地点に並びながら、両腕を抱えて縮こまってました。 ゲストスターターは毎度の千葉真子さんと、DA PUMPのISSAさん。20回記念大会ということで沖縄市長、奮発しましたな。このときの千葉さんの言葉がとても共感できるものだった; 「みなさ〜ん、今日一日思い切り楽しみましょう!そして生きている喜びを感じましょーっ!」 そう、生きている喜び・・・マラソン、もっと言えばトライアスロンやってる人は、ほんと「楽しくてしょうがない」って感じだろうね。やればやっただけ成長するし。歳取っても成長できるし。いつでもどこでも毎日でも練習できるし。やればやるほど「こんなこともしてみたい、こんな練習も試してみたい」ってどんどん広がってくるし。それこそ、一生かけてもゴールに辿り着けないくらい = 一生楽しめる。自分もトライアスロンに目覚めなかったら、人生の密度は何分の1にもなってしまっていたと思う。 さて、スタートはさすがに混雑で前になかなか出られず。最初の1km通過は6分30秒。まぁこれは仕方あるまい。アップしたおかげか、序盤からスイスイと上げていける。正確には覚えていないが10km頃には、目標タイムの5分/kmのペースに追いついていた。ここから1km毎に少しずつ”アドバンテージ”を作っていく。北風が吹き付け、日が隠れるとかなり寒い。 周囲のペースも安定してきて、スタート直後ほど前の選手を抜いていくことはできなくなる。見ると競技部門の選手(ゼッケンの色が一般と異なる)もいるし。勝連城跡前の坂道、最初の難関。調子が良いのでグイグイ行けた。併走していた集団の前に出て、むしろ勢いづいた。その後はしばらくup/downが続く。下り坂はむしろ苦手で、上り・平地で徐々に差を詰めた選手にも、下りに入るとまた一気に離されてしまうパターンが多い。下り坂に逆らうような走りのためか、脚に疲労がたまる。 18km地点・安慶名交差点でアドバンテージ2分30秒に拡大。まだまだイケる、前に見えている集団を追う余裕がある。トライアスリートな選手の方々に追いつき、長いこと併走。中間地点で1時間43分30秒、アドバンテージ変わらず。 その先の栄野比の長い上り坂、ペースは落ちないがややしんどくなった。この先R329はアップダウンがひたすら繰り返されるが、前に見えている選手との差をキープするのがやっとの状態。それでも25km過ぎ、知花交差点〜国体道路の上り坂までは離されることもなかった。国体道路へ出て中盤の難所・コリンザまでの長い上り坂、ここでも併走していた集団から少し前に出られるほどだった。が、上りきってゲートへの入り口、右脚の脛の筋肉に攣る前兆がきた。力を抜いて走ってみるが治まらないため、ゲートの直前で一旦止まって伸ばす。そして基地内へ入る。30km地点、長い上り坂があったのもありアドバンテージ1分30秒に減少。この先もまだ何箇所か上り坂があることを考慮すると3時間半切りがやや厳しくなってきた。走りもかなり重くなったが、基地内の住人たちのウルトラスーパーハイパーミラクルハイテンションな応援によって辛うじてペースを保つ。 このあたり、記憶がおぼろげ。後々振り返ってみると、補給が足りなかったかな。寒かったので水がほとんど必要なく、「飲まずに済むなら腹が苦しくなることもない、ラッキー」と思って、あまり給水しなかった。おかげでその他の補給食も少なくなってしまったのかも。 そして33km地点、2時間45分JUST、ついにアドバンテージがゼロに。しかし3時間半は無理でもベスト更新はまだ可能性あり。必死にペースをキープ・・・できなかった。ベースを出て山内の緩やかな上り坂、一気にドロドロ走りになってしまった。後続の選手にガンガン抜かれ始める。指先が痺れてきたのでエネルギー補給も多めにしたが、回復せず。球陽高校前を左折、次の交差点を過ぎればしばし下り坂が続いて最後の回復ポイントとなるはずだが、ここまで脚にキテしまうと下り坂はむしろ辛いだけ。左足の裏に違和感が。皮が剥けてなけりゃいいけど。こんな症状も、ペースガタ落ち→フォームめちゃくちゃになったときのパターン。練習で走ってるときは「疲れたときこそ理想のフォームで」っていつも頭の中で言い聞かせてるけど、もうそんな余裕はなかった。ガムシャラにはしるだけになり、更にフォームが乱れ余計に疲労するという悪循環。ライカムからの下りでもドンドン抜かれる。このあたり、おそらく7分/kmくらいだったはず。ズケラン交差点の先、最後の上り坂。辛うじて歩くのだけはまぬがれた。坂の頂上で後ろから来た選手に声を掛けられた。ゴヤさんだった。「オイ!あとちょっと!」とハッパを掛けられた。が、もう限界寸前。 石平交差点を左折してもう一丁緩やかな上り、これがホントにホントの最後の上り、あとは下り&平坦、ここさえ乗り切れば・・・そしてやっと下り・・・ダメだ、キツイ!ここもキツイからといってブレーキを掛けるような走りになり、余計に脚にダメージという悪循環。そして高速道路の下をくぐって少し行ったあたりでついにストップ。38km付近だっただろうか。歩道に上がってしゃがんで脚を伸ばす。が、こうなってしまうともうどうにもならない。立ち上がろうとしても立ちくらみして歩けない。歩くのも辛い。右脚は脛と脹脛の両方が同時に攣っており、伸ばしようがない。 歩く。歩く。数100m歩いては止まって屈伸。小学生くらいの男の子が走ってきて「スプレーしましょうか!?」ありがたくやってもらった。最後の超急な下り坂、軽く走ってみるが、無理。ひたすら歩く。俺の前にも一人歩いている選手がいる。渡久地交差点手前、沿道で応援していた威勢の良さそうな兄ちゃんが 「ほら!あとちょっと!最後くらい無茶しようよ!」 涙が出るくらい嬉しい言葉なんだけど、でも、できないっす。ヘタレな俺。 歩き、走りを繰りかえし。残り2km、少し走ってみる。そしてまた歩く。後方からハイテンションな女性の声が迫ってきた。 「みなさ〜ん、ラストですよ〜頑張って〜!」 千葉真子さんが沿道で応援してるのかと思ったが違かった。4時間のペースメーカをやっている女性選手だった。その後ろには4時間目標の選手がズラリ。追い抜き様に声を掛けてくれた「はい頑張ろ〜!」この声で、やっと走り出した。もう情けない走りだが、走った。トラックをグルッと廻ってFINISHゲート直前、ペースメーカの女性選手がゆっくり走ってゴールしてくる選手を迎えてハイタッチしてた。最後の最後、俺もハイタッチ。本当にありがたかった。
<写真>ゴールシーン・・・久々に完全撃沈。後ろの緑の人が4時間ペースメーカやってた選手。頭が下がります。
4時間、滑り込みセーフ・・・久々に撃沈です。 こんなに悔しいマラソンは初めてだったかも。過去にNAHAマラソンで何度か歩いたことがあるが、ほとんど練習しないで参加した結果。走る前から「まぁ・・・無理だろうな」って予測できていた。今回はベスト狙って走った。調子も良かった。気温も低く、レース中にトイレ寄ることもなかった。しかも後半まで目標ペースで来ていた。直前1ヶ月の練習が尻すぼみになってしまわなければ・・・って後悔しても遅いけど。でも失速したのは挑戦した結果、悪いことじゃない。今までと同じペースで走っている限り進歩はありえないし。初マラソン以来のベスト更新を狙えるとこまで戻ってきたわけだし、まだまだやれるでぇ〜。 あと、備忘録として。。。脚が限界にきたら止まって屈伸しても無駄。過去に歩いてしまったときは全部そうだったから。冷却スプレーしてもらっても無駄。歩きながら回復するの待ってても、走れるようになるのは20分後。それよりか、その場ジャンプ、深呼吸、手足ダラダラ、補給。そして何より精神を落ち着かせる。これなら数分のロスで済む。まぁそんなことにならないように練習で走り込めって話だけど。 ちなみにこの日は、俺が今までに1日に走った距離としては最大のものとなった。と言ってもフルマラソン+アップの5kmだけど。 ・・・あ!もしかしてアップの5kmがなければ38km地点で潰れなかったのでは?(笑) |