22nd NAHAマラソン
2006年12月03日(日)
走行距離RUN:42.195km
総合タイム4時間45分00秒
天気/気温/風 /20℃/無し

<写真1>大会前日の受付に滑り込み!奥武山公園武道館にて。

大会前日の夕方、一旦帰宅して再度彼女んちに向う準備を始める。このとき大会本部から送られてきた封筒を初めて 開き、愕然となる。
「選手受付は必ず12/2(土)午後8時までに済ませてください」
・・・現在午後6時50分。受付会場の奥武山公園まで、間に合うか?バイクで猛スピードで直行! いつも安全運転な俺からしたら考えられない程のスピードで渋滞する車をすり抜け、到着。受付を済ませて那覇市街地へ 戻る選手たちの流れに逆行して、受付会場の武道館へ小走りに向う。そして無事受付終了。 この辺りから今大会へのモチベーションの低さが垣間見られた(笑)


この日は会場から比較的近い彼女んちに泊めてもらい、当日は朝5時前に起床。バスが来ないのでタクシーで奥武山公園へ向う。 会社やサークルの知人が何人か出るようだが、メールでやりとりしただけで顔を合わせることはできなかった。 手荷物置き場にテキトーに荷物を置き、自分のゼッケン番号のプラカードの近くに集合する。 このとき初めて気づいた。ゼッケン番号は申し込み時の申告タイム順になっているのだと。 3時間30分で申告した俺はゼッケン2839番、けっこう前のほうだ。ヤバイ、練習ぜんぜんしてないのに。今回の目標は 良くても4時間ってとこだし。 R58の旭橋交差点へ誘導され、沖縄の大動脈・県内一広い道路がランナーで埋め尽くされる。 そしてスタート時刻の9:00。先日ミスなんたらコンテストで準ミスになった知花くららさんと那覇市長が スタートの鐘を鳴らして、20,000人が42.195kmの旅に出発!!

俺はけっこう前のほうからスタートしたがロスタイムは3分。ちなみに最後尾がスタートラインを 通過するのは23分後だそう(笑) タイム順に整理されていただけあって、これだけの大人数なのに周りの選手が邪魔になることはなかった。 R58を北上していくと、歩道橋の上にも観客が鈴なりになって観戦しており、 「人の重さで橋が崩れるんじゃないか?」などと余計なことを想像していた。 9:00とはいえ、沖縄は国内では西端に位置するため、まだまだ早朝といった雰囲気だ。 久茂地交差点を右折。職場の目の前、いつも通いなれている道をこうして走るのもいいものだ。 県庁前を左折、国際通りに入る。 モノレール牧志駅下を右折、R330に突き当たり、右折。R330を南下する。 立体交差を左に降り、左折してR329へ。だんだん調子が出てきた!! 右折して国場川を渡り、バイパスへ。川沿いの広々とした道路を東へ。
7km地点、沿道で集団で応援してくれている一段が。拡声器で、

「ランナーのみなさ〜ん、頑張ってくださ〜い。あとたったの35kmですよ〜。ラストスパート〜。はい、忘れないで下さい、明日は月曜日。仕事ですよ〜」

と、非常にありがたい声援を送ってくれていた(笑)ここで、トイレ休憩。実はスタート地点に誘導されている時点で 既にもよおしていたのだが。コースはそれほど選手が密になっているわけではなかったが、 仮設トイレは大混雑だった。リフレッシュして再スタート。県道に出て右折、ここから交通規制が片側だけになり、 コースがぐっと狭くなる。あぁ、この交差点、彼女と初めてデートしたときに、車を運転していた俺が赤信号に気づかず 突破しそうになって2人して心臓が飛び出しそうになり、シコタマ怒られたとこだ(笑)当時の思い出が少し蘇る。
その先はアップダウンが続く前半の難所。が、「すり足走法」で楽々クリアしていく。周囲の選手が力んで、身体を大きく 上下させて走る中、俺は上下動がほとんどなく、それでいて他の選手を次々と抜き去っていき、且つ息が上がることも なかった。 こんな感じで10〜15km付近はほんとに気持ちよく走れていた。むしろゆっくり走っている選手が邪魔に思えるほど、どんどんペースを 上げたいほどだった。このままゴールまで行けるんちゃうか? これまでの反省を生かし、給水・給食は控えめにしておく。 カーボローディングで溜め込んだ分があるから、全然エネルギーの枯渇は感じない。若干の空腹感だけだ。 東風平のT字路、ココから先は何度も通った道。南部の海へ潜りに行くときに通る道だからね。ここから一気に田舎っぽくなる。

中学校の前で中学生たちが給水をしてくれていたのだが・・・下り坂な上に選手が水を捨てていくため 道路が濡れており、ヘタしたら滑ってコケるんじゃないかとすこし怖くなる。 サトウキビ畑が左右に広がる同じような景色の中をひたすら南下。具志頭のT字路を右折、いよいよ本格的に南部に入る。 住宅街の中、ややキツい勾配の長い上り坂が続く。 すり脚走法の小柄な女性が前を行く選手を抜き去っていく。俺も負けじとすり足! が、前ほど楽々には走れなくなっている。やや疲れが出始めた。 発電用の巨大な風車の近くでちょうど20km。 その後長い下り坂。あぁ、下り坂がこんなにキツいものだとはこれまで感じたことはなかった。 脚の疲労感が一気に増加する。平地で自分のペースを維持できるほうがなんぼラクなことか。

中間地点、左折して公園内の駐車場を通過。ここは時間制限地点でもあるためスタッフや観客がごっそり集まっている。 R507へ復帰。大度浜海岸入り口手前の長い下り坂、沿道のスタッフが、
「しばらく下りが続きますよ〜ココで時間と距離稼いで下さいね〜」
と、ランナーたちに声を掛けてくれていたが・・・ハッキリ言って今の俺には逆! 頼むから下り坂はやめてくれ!
米須海岸入り口を通過。素潜りで何度も訪れた場所だ。が、だんだんそういう感傷に浸る余裕がなくなってきていた。 それでもこのあたりは1kmを5分のペースで刻んでいた。目標とするペース6分弱に対して大きくアドバンテージを 作りつつあり、目標タイム4時間に対して貯金は最大16分に達していた。あとは無理せず6分のペースで行けばOKである。 一旦R507を外れ、脇道に入る。 このあたりから次第に1kmごとの表示が遠く感じられるようになってきた。 国道に復帰し、代わり映えしない風景が続く。 糸満市のロータリー手前、だいぶキツくなってきた。次第に抜かされることが多くなる。 それまで1kmごとに1分近い貯金を稼いできたが、ここらへんから貯金を作ることができなくなってきた。 見た感じ明らかに俺より体力が劣ってそうな人にも続々と抜かれ始める。俺も少し奮起してペースを取り戻す。 が、ココで焦ってペースを維持しようとしたのが失敗だったのかもしれない。 30k通過、周囲を見る余裕もなくなってきた。あまりこのあたりの記憶は残っていない。股の裏側と脹脛の痛みが耐え難いものに なってくる。 やっと32kmの標識・・・と思ったら31.8km!なんだよこの中途半端な距離表示は?
ってココは時間制限の関門だったんだね。

32km通過後、しばらく行ったところでついに脚の痛みに耐えられなくなる。路肩で立ち止まり、屈伸して再度走りだすが・・・ すぐに脚が攣りそうになる。 エイドステーションでマッサージをしてくれているとこがあった。すぐに駆け込み、椅子に座ってマッサージ&冷却スプレーを 浴びせてもらう。立ち上がるとあまり回復してないかに思えたが、スプレーの効果が意外に大きいことが判明。 それでもまともに走るのは不可能だった。走ってもせいぜい100m、そして数100m歩き、また歩道に上がって屈伸&アキレス腱伸ばし。 こうなると気持ちは一気に下向きに。それまで控えていた給水や給食も頻繁になってしまう。ミカンに”チューチュー”にと 明らかに過食ぎみ。それでも腹が苦しくならなかったのは、前半給水を控えたためだろうか。 沿道の観客からスプレーを借りることも多くなってくる。歩いていても 「頑張って!」 と声を掛けてくれるのには、本当に感謝。 が、そのうち普通に屈伸しても痛みが直らなくなってきた。脚の内側・外側が痛いようなので、あぐらをかくような姿勢で脚を伸ばす。 ああっ!キャバ嬢ちっくなユニフォームを着たおばちゃんに抜かされたぁ!たしか10km付近で抜いたはずだったのに・・・。 ああっ!バニーガールに抜かされたぁ!俺マジメに走ってるのに情けねぇ・・・。 身体が冷えて鳥肌が立ってきた。 スプレーをかけてくれたおばちゃんが
「あと2km、歩いても着けるよ。でも早足ね!」
この声に少しだけ後押しされ、足を早める。が、それも一瞬だけ。ジャスコ前のすごい観衆の中、顔をしかめて無様に歩く屈辱。 その屈辱感すらも感じられないほど、ただただ早くゴールにたどり着きたかった。 もはや歩くことが困難になってきた。しゃがんで屈伸するのも辛く、歩道に座り込んでのストレッチ。 歩道に座り込んでいたら救護員がすっ飛んできて
「大丈夫ですか!?」
と、声を掛けてくれる場面も。 公園手前の交差点、もう残り1kmを切っていおり、本来ならキツくても根性だけで走れるところ。 それでも歩くことができず、ガードレールの横で最後のストレッチ。もはや周辺を走っているのは ゼッケン番号が俺よりもはるかに大きい人たちばかりだ。あぁ、情けねぇ・・・。 歩道に座り込み脚を伸ばしていると、スタッフのおばちゃん 2人が心配そうに声を掛けてくれた。
「まだまだ時間あるから、ゆっくり休めてからね。」
その言葉、もっと早くに欲しかった。ここで長めに休息をしたからだろうか ラスト1km、走れるようになったのだ!!(っていうかあまりに歩きすぎ&休みすぎって話も・・・?) しかも周囲の選手を次々と抜いて行けるほどに!R58に出て右折、やっとこ帰ってきた。 奥武山公園入り口、ボランティアの高校生たちと手をハイタッチさせて駆けていくほどの余裕があった。 陸上競技場へ向う途中も前を行く選手たちを抜いていく。そして競技場へ、後半ずっと歩いてしまったため、 残念ながらあの感動は押し寄せてこなかった。そのまま余裕のゴール。汗もかいていなければ、息も上がっていない。 ゴール後、芝生に倒れこむこともなく普通に歩く余裕すらあった。


<写真2>ゴール後。壺川駅へ渡る橋の上で。

完走証と記念メダルを貰い、競技場から出ると彼女が後ろから声を掛けてきた。ホッとする瞬間。 が、一方で不完全燃焼な俺。彼女にも言われた。
「伊是名のゴール後とは大違いだもんね」
実は彼女は競技場の位置口でカメラを構えていてくれたらしいのだが、気づかなかった。
大会に出場した会社の同僚3名のうち、男2名は中間地点でリタイヤしたが、 もう1人のチビの女の子は4時間30分で俺より早かった。ちくしょう! そして同じ素潜りサークルの女性も「走るの大嫌い」と言いつつしっかり完走したとのこと。 こういうときの女性って本当に強いってつくづく感じる。



まずは何をおいても練習不足が全てなのだが、やはりぶっつけ本番のコースというのはまともには走れるものではなかった。 そしてやはり25km、従来の練習では走れるのはこの距離までだ。ゆっくり&もっと長い距離の練習が必要か。

この大会の翌日、2月に行われるおきなわマラソンに申し込みをしました。

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