チャリダー旅行記

寝不足と過労の果てに・・・ 〜北海道・・・


1日目
横浜市 → 福島県いわき市
1998年08月08日(土)
走行距離230km
最高標高
お盆休み直前の金曜の夜、仕事後に会社近くのマリーナに併設されている飲み屋「ハイローズ」で同僚たちと休み前の「お疲れさん飲み会」をしてバカ騒ぎ。かなり酔っていたが、無理矢理「午前0時に出発宣言」。先輩のT中さんもかなり酔っており、OVER THE LIMITED。アパートに戻ったらすぐにシャワーを浴びて準備をし、髪をパツキンに染め直して出発。
午前0:00、アパート前の推定傾斜45度の小道を下って北海道を目指す旅が始まった。
横浜の三ツ沢から東神奈川方面へ直進、まもなく国道1号線にのり一路東京へ。多摩川を渡り、都心に近づくと夜中だってのに人人人・・・。もう深夜2時なんすけど。銀座、浅草を通って川を渡り左折するとR6。あとはR6をひたすら直進、宮城県まで曲がらずに直進だ。 周囲がひらけ、利根川の橋が見えてくる。利根川、超バカでけー。少し、空が白み始めたか。牛久沼の脇を通過、ミニストップで軽く朝食をとる。

あ、もしかして自動車専用道路に入ってしまったか?まぁ危険はなさそうだったので、かまわず進む(おおっと)。車から手を振ってくれる人も。 茨城北部にさしかかると、歩道を全然人が歩いていない(まぁ天気悪かったのもあるだろうけど)。そしてR6は無駄とも思えるほどup/downが多い。雨が降ったり止んだりで寒い。は、まだ良いが、超すげー向かい風。しかも止むことなく吹き続ける。ったくよーざっけんなよーブッ殺す。でもおかげでジュース休憩は1回/1hのペース。昨年の四国旅行とは全然違う。結果的に、ペースが早くなったかも。
だいぶ眠くなってきた。前日から一切寝ていないのだから当然か。自転車なのに居眠り運転になりかけたため、歩道で体育座り状態で15分くらい仮眠(注:この辺りの大動脈となっている国道6号線の歩道である。まぁ周辺は田んぼしかなく歩行者ゼロの場所だったけど)。
水戸まで103km・・・日立まで・・・高萩まで・・・いわきまで・・・仙台まで280km!目指す北海道はまだまだ先だが、既に手を振ってくれる車がちょくちょくいる。これは嬉しいね。
午後はやっとこ晴れてきて暑くなった。超長い直線の上り坂。と、唐突に路肩に何故かクギが数10本ばらまかれていた。チャリをパンクさせて俺の旅を阻止しようとする何者かの仕業か?
いわき市内に入った。まだ16:30で明るい時間だが、前日からほぼ寝ずに走っており、走行距離もおそらく200kmを超えている。さすがに限界。今日はこの辺りで終了して早目に休もう。銭湯&野宿場所を探して少しもたついたが、通りすがりのオッチャンに聞いて、住宅街の中にある銭湯「東湯」で汗を流す。夕飯は萬来軒で味噌ラーメンセットを食べ、住宅街の中の公園を本日の野宿地とする・・・近所の子供とかが普通に遊び場にしている公園のベンチを占拠して乗っ取った感じだが。ベンチの上に横になると一瞬で寝入った。寝袋も敷物も持っておらず、バスタオルを掛けてるだけなので、21:00頃寒くて目が覚めたが、かまわず翌朝まで寝る。さすがに爆睡だった。

2日目
福島県いわき市 → 宮城県金成町
1998年08月09日(日)
走行距離210km
最高標高
明け方、超寒くて目が覚めた。風があるだけでこんなに寒いのか・・・

出発から景色はあまり変わり映えせず、曇り空でぱっとしない雰囲気の中、R6を淡々と北上。まずは仙台を目指す。山があるわけではなく平坦なイメージだが、早速up/downが始まる。しかも前日とは比較にならないほど本格的に。地図から見る予想とは全然違っていた。新しい住宅地のようなところを抜けたり、試合へ向かう野球少年たちがマイクロバスから手を振ってくれたり。
双葉町、原町などを抜け、やっとこ宮城県へ。阿武隈川を渡るとようやくR4へ合流。 尻が痛くなって途中から立漕ぎオンリーになってきた。が、そのせいでペースが大幅UP。 R4を左手に逸れ、赤坂温泉を目指す。が、赤坂温泉がない!他に地図で温泉マークを探してみるが、全然なし。う〜ん。通りかかったオッちゃんに聞いてみると、
「だいぶ前にはこの辺りに赤坂温泉ってのがあったんだけど今はないなぁ。ここから近いとこっていうと延年関かなぁ。北上のほうへ・・・30kmくらいかな」
30km・・・微妙な距離、その後も何人かの人に聞くが、出てくる名前は決まって「延年関」。やっぱそこまで行くしかないか。ヘバリきった一日の終わりに30kmは短い距離ではないが、温泉にありつくためには仕方あんめ。
北上方面へ北上、幸い大したUP/DOWNはなかった。延々と続くR4を走っていると、左路肩に「延年関」の大きな看板が。右手にある小山の上にあるデカイ建物が温泉施設のようだ。さて、覚悟を決めて上る。既に200kmを走っていたこの日のラストに鬼の急勾配!フルダンシング(笑)で上りきる。
いやはや、一日走り切ったあとの風呂、実に気持ち良かった。かなり長風呂し、上がった後も冷房の効いた休憩室でジュース飲んだりして過ごした。さすがにここは観光客やら地元の人たちで込み合っていた。

さて、残るは寝床探しだが・・・市街地から外れ田舎に入ってしったため公園の一つもなく、全く見つからない雰囲気。やばいぞやばいぞ。もう日が暮れて暗くなってきちまった。国道下の地下道もあったが、風通しが良すぎて寒すぎ。困り果てた挙句、最後の手段として道路っ端にあった「コイン精米所」のプレハブの中で寝ることに。当然、利用する人が来るので、21時くらいまでは入口に座って待つ。案の定、何人か利用する人が来た。で、もう誰もこないだろうと思い、中に入って電気消して横になる。ちょっと狭いが外から隔離されるので、まぁ良いほうだろう。
そろそろ寝落ちそうになってきたところで、外に車の音が。やばっ利用者が来た。起きなければ・・・と思ってムクっと俺が起き上がるのと、おばちゃんがドアを開けるのが同時だった。ぶったまげたおばちゃんは「あわわっ」と、車のほうに小走りで後ずさり。老夫婦が軽トラで精米に訪れたのでした。大変驚かせてスンマセン(笑)
事情を説明してようやく理解してくれた。で、一旦部屋(違う)をあけ、外で待つ。帰り際、「もうこの後は誰もこないでしょう」と言われたが、もう少し起きて待つことにした。で、入口でジュース飲みながら日記書いていると、アレレ?さきほどの軽トラだ。今度はオッちゃん一人。
「せっかくだから、この辺少し案内してやるよ」
と。平泉の中尊寺も連れて行ってもらいました。もちろん夜なので入口までだったが。いろいろな持論を語り続けていました(笑)


[2011.03.31 追記]
この日通過した、いわき市〜仙台市までの福島県の市町村のほとんどが、東日本大震災の津波による大きな被害を受けました。ニュースでこの地域の市町村名が流れるたびに、この日のことを思い出す。国道6号線は海に近い場所を走ってるし、仙台空港のすぐ脇も通過した。震度7を観測した宮城県の築館も通ってる。野宿してる俺を平泉まで観光案内してくれたおっちゃん、無事でいるだろうか。放射能漏れを起こした福島第一原発の近くも通ったが、現在は当然避難指示エリア内。放射能の影響が収まるまで、下手したらこの先何十年も立ち入りすら禁止される可能性もあるとか。。。自分がかつて走った場所が、今はめちゃくちゃになっているというのが俄かには信じられない。この地で生まれ育った方にとっては尚更だろう。あんなにのどかな場所だったのに・・・。

3日目
宮城県金成町 → 秋田県鹿角市
1998年08月10日(月)
走行距離150km
最高標高497m(大場谷地峠)
プレハブの中だったため風は当たらなかったが、金属の床の上に寝たもんだから身体が冷え切ってしまう。寝られたもんじゃない。結局、朝3時頃に寒さで目が覚めてしまい、そのまま出発。先ずは盛岡まで100km。

最初に見つけたローソンで朝飯。その後は前日の勢いのまま立ち漕ぎで爆走。UP/DOWNが繰り返されるR4をひたすら北上する。道の駅「石鳥谷」で休憩。ここではなんとローラーブレードで旅してる人と会った。いやはや、世の中には実に変わった人もいるもんだ(笑)

長い直線道路が終わると山登りが始まる。距離は大したことないが、傾斜はナカナカきつい。登坂車線が2km続く区間もありウンザリ。カーブで傾斜もキツい箇所、対向から来た車の窓から女の子が手を振ってくれた。ちょっとだけ頑張れた。そこから少し走ると頂上の交差点、安比高原だ。交差点のローソンでメシ。

休憩後、交差点を直進、下りに入る。安代へ向けて一気に下る(この辺り、あまり記憶に残っていない・・・)。安代までくると、R282は次第に秋田方面へカーブする。お、対向からハット冠ったチャリダーが。すれ違いざまにお互い手を振る。そこから秋田との県境までがもう一丁峠越え。2連続の上りでかなり堪えたが、歩かずに乗り越えた。

<写真>秋田県の湯瀬渓谷。米代川の上流部にあたる。

さて、出発しようと温泉の前でチャリの荷台に荷物を結わってると、ヤンキー仕様に改造したNISSANグロリアに乗った金髪の調子こいた感じのやつが話しかけてきた。

ヤンキー:「あのさぁ〜〜〜タカシ知らねぇ〜〜??

・・・何故だ?何故なんだ?何故俺がタカシ君を知ってなきゃならないのだ?この通りすがりの俺が。はるばる横浜から来て、今まさに初めて秋田県に足を踏み入れているこの俺様が。誰でもいい、分かるように200文字以内で説明してくれ。このとき俺がそこそこパツキンだったのでヤンキー仲間と勘違いされたのだろう。

俺:「いやぁ・・・この辺のモンじゃないので・・・」

と煮え切らない返事をしていたら勘違いを察したのか無言で去って行った。

湯瀬渓谷を下り、平地に出ると五宮温泉の前に出る。コインランドリーがありそうだったので立ち寄る。で、洗濯が終わるのを待つ間、休憩スペースで簡易寝袋を作成。朝方コンビニで買った厚手のビニールゴミ袋を切り、ガムテープで止めて人が入れるサイズにする。これで風が防げれば屋外でも寒くないだろう(・・・と、このときは思っていた)。しかし、作成作業中、掃除のおばちゃんに怪しい者と勘違いされ、休憩スペースの外の廊下を何度も行ったり来たりされた。

本日の寝床はそこから少し先、道の駅「鹿角」。「かづの」と読みます。道の駅の売店は終了してたのでコンビニメシで済ませ、人がある程度はける時間までベンチで日記書いたりして待つ。途中ライダーが2人来ておしゃべり。自分もバイク乗りであることを話すと、

ライダー:「いや〜バイク持ってるのに敢えてチャリで来るってのが益々熱いねぇ」

と褒めてもらえた。彼らが去った後、駐車場の端っこで横になる。先ほど作成した簡易寝袋を早速使用。お、これは寒くないぞ・・・たぶん。


4日目
秋田県鹿角市(道の駅「鹿角」)
→北海道室蘭市(フェリーターミナル)
1998年08月11日(火)
走行距離120km
最高標高1,027(笠松峠)
朝3時半頃、寒さで目が覚めた。簡易寝袋、全然ダメじゃん!(笑)

道の駅「鹿角」を出発、真っ暗な中、R282を北上、R103との交差点を目指す。交差点がどのような形になっているか地図ではイマイチよくわからなく不安だったが、無事合流し右折。十和田湖方面へ進む。山を上ることになるが、最初はup/flatみたいな感じであまりきつくはなかった。が、山が近づいてくると上りオンリーとなる。十和田湖へ行くにはここを越えるしかない。
発荷峠アタック開始!行くぜっ!!

周囲は杉林?に囲まれ、眺望はよくない。代り映えしない景色が続く。峠までは5kmあまりだが、休憩ポイントもなく、ひたすら上り続ける。しかもなかなかきつい。しかも後半になるにつれて、勾配がキツくなっていった印象。早朝の山道で車が全然通らなかったのがせめてもの救いか。今日は出発直後でまだ疲れてなかったからなんとかなったが、でなきゃ途中で自転車降りて歩いてしまったかもしれない。ともあれ、ヒイヒイ言いながらなんとか上り切った。発荷峠、標高631m。


<写真1>発荷峠から下る途中の展望台から十和田湖を望む。朝7:00、肌寒い。

<写真2>有名な景勝地である奥入瀬渓流。だってことを後々知った。今回ココを通ったのは偶然。

峠から十和田湖へ下る。途中の展望台で写真を撮る。旅行中の家族のおかーさんが「いやー冷えるねぇ」と言ってジャンバーの前を両手で閉じている横を半袖・スパッツの姿で歩く俺。十和田湖畔まで下り、右手に進む。水は澄んでおり、とってもキレイだった。湖沿いに平坦道が続くと思っていたのだが、途中に突き出た半島のような部分があり、そこは嫌がらせのような登坂になっていた。峠を上った疲れがあり、ここは歩いてしまう。十和田湖中学校の前を通過、こんなところにも人が生活し、学校もあるんだねぇ。そういや中学のときの担任が十和田の出身だったっけ?忘れた。女だてらにバイク好きで帰省のときは実家の十和田まで走ったみたいな話をしていた記憶が。R102との交差点のところにドライブインがあり、2度目の朝食としてうどんを食べる。店のオッちゃんは不愛想だったが・・・。
そこから川沿いにR102(兼R103)を下る。この川、メチャクチャ綺麗やな。「奥入瀬渓流」との看板があり。後から知ったけど、有名な景勝地だったのね。全然下調べしてなかったもんで。道は緩やかな下りがひたすら続くという一番ラクチンなコンディション。景色キレイだし、山道なので軽く道もうねっていて超楽しい。途中、川沿いのキャンプ場?にチャリダーの一団あり。こちらに気づいて手をふってくれた。更に調子に乗って下っていくと、R102とR103が再び分かれるT字路にぶつかる。俺が進むのは左手、R103側。。。上るのか(泣)フェリー乗り場のある青森市側へ行くには避けては通れない。覚悟を決めて左へ進む。
笠松峠アタック開始!行くぜ!!

上り始めるとすぐに5名ほどのチャリダーの一団とすれ違う。キツイところだが何とか手を振り返す。この辺りは有名な温泉地でもあるため、ところどころに看板を目にする。「谷地温泉」通過、まだまだ上る。このコースも休憩ポイントもなく、ぶっ続けで上り続ける。箱根に匹敵するんじゃないか・・・というのは言い過ぎが。さすがに持たなくなり、一旦停止して休憩していると、後方からマウンテンバイクで上ってくる奴が。「うすっお先っす!」と通り過ぎていく。クソっ負けておれん。気合入れ直しチャリに跨り必死に追いすがる。徐々に離されてしまうが、彼の背中が見えなくなる前に峠に到着できた。笠松峠、標高1,027m。
マウンテンバイカーの彼も待ってくれていた。お互い写真を撮り、健闘を称えあう(笑)。峠から少し進むと国道脇にも関わらず「地獄沼」なる湯気が立ち上る温泉が。「酸ヶ湯」との名称の通り、強力な酸性の温泉なのだろうか。


<写真3>笠松峠、標高1,027m。競い合ったマウンテンバイカーに撮ってもらった。

<写真4>国道の真横にある地獄沼。立ち上る湯気と溶けた岩はまるで地獄のよう。

更に下ると温泉の建物が。これまた後で知ったが、有名な「酸ヶ湯温泉」。冬季の降雪量が多くてニュースでよく映るアノ建物だ。自販機でジュース飲んで休憩。マウンテンバイカーは一っ風呂浴びるとのことで、中へ入っていった。俺も入りたいが・・・フェリーの時間もあるので先を急ぐ。そこから先、また国道が分かれている交差点。俺はR103を直進。。。上るのか(泣)「八甲田山」の看板あり、距離は大したことなかったが、疲れた体には堪えた。やっとこ上りが終わって、長い下りへ。ひたすら下り続ける。左手、遠くに岩木山がよく見えた。岩木山を望む展望台もあったが素通り。そして青森市の街並みが見えてきた。サンクスで昼飯買って、道路っ端の石碑があるところで座って食べる。何やらウルさい宣伝カーがそこかしこに走り回ってる「新装開店、大回転!」みたいな。そこからフェリー埠頭に向けてタラタラ走ると、ほどなくして到着。ようやく本州が終了。


<写真5>青森港、フェリー乗り場。いよいよ北海道へ渡る!

フェリー埠頭にはもの凄い数のバイク&車が停められていた。行先は・・・あまり決めてなかったのだが函館ではなく室蘭とした。日数的に函館からだとチョイ厳しそうだったので。時間もあまりなかったのですぐに乗船手続きをし、チャリを引いて乗り場へ向かう。

お、チャリダーの姿が。彼は大阪から来たという20歳の大学生、ナカギリ君。船内に入るともう一人、20歳の大学生チャリダーが。彼は茨城から来たというツジ君。乗船し、船内の風呂浴びる。それから観光客で激混みのラウンジの、テレビの目の前の一等席を3人で占領し、菓子とか食べながらお互いの旅のことを語り合いました。。。かなりの大声で。特にツジ君のほうが、ちょっとしたことで爆笑するタイプだったので(笑)
バカ話してたので、室蘭まであっという間だった。気づいたらすっかり夜になり、室蘭の夜景が見えてきた。

カーデッキから自転車を牽いて下船。3人とも北海道は初めてだったので、上陸の瞬間は「やったー」と声を上げました。室蘭のフェリーターミナルは24H解放とのことで、寝床の心配はなし。で、皆で近くのローソンへ夜食&翌日の朝食を買い出しに行く。フェリー埠頭に戻り、ターミナル入口の階段に座って夜食しながら延々とおしゃべり。
ナカギリ君:「毎日チャリ乗ってるから尻の皮が剥けるんじゃないかってくらい痛くて、ここんとこずっと立漕ぎなんだけど」
俺:「パッドの入ったスパッツみたいの履いてないの?あれ履いてても痛いくらいなのに」
ツジ君:「チャリ用に尻にパッドが入ったやつがあるんだってば!アレ履かないとダメだよ、ぶわハハハ!」

それから、ナカギリ君のチャリのスピードメータの調子がおかしいという話になり、よくよく見たら設定間違えてるっぽいことに気づき、
ナカギリ君:「だからか、下りでも全然スピード上がんなくて。ここに来るまでの史上最大の下り坂でも27km/hくらいだったし」
ツジ君:「何だよ『史上最大の下り坂』って?ぶわハハハ!だいたい大阪から走ってるのに距離400kmなワケないじゃん!ぶわハハハ!」

で、メーターを設定し直し、試運転。ナカギリ君がチャリで駐車場の端まで行って、グルっと回って直線を立漕ぎダッシュ。
俺:「ナカギリ選手、今第2コーナーを回って・・・バックストレートっ!!」
ツジ君:「もうアイツ何やってんの〜?すげー笑わかせてくれんだけど!ぶわハハハ!」


・・・チャリダー達の夜は更けていく。


5日目
室蘭市→日高町(ライダーハウス)
1998年08月12日(水)
走行距離160km
最高標高約500m(名も無き峠)
朝4時前に目が覚める。前日買ったオニギリとかで軽く朝食を済ませ、出発しようとすると、大学生チャリダー2人とも目を覚ました。2人にお別れを言ってターミナルを出発。

先ずはR36を室蘭から苫小牧へ向けて進む。さすが北海道、路肩が無駄に広くてスゲー走りやすい。苫小牧まで、ストレスなく良いペースで進めた。途中、道路脇に石像がたくさん置かれている場所でジュース休憩。朝の散歩のおばちゃんが「そこ、行き止まりですよ」と声をかけてくれたが、大丈夫、休憩してるだけとお礼を返す。あと記憶に残っているのは24H銭湯があったくらい。淡々と走って苫小牧へ到着。


今日はココからR234 → R274を経て日高町まで行く予定。途中、山になっているので坂道がありそう。苫小牧市街地で一旦国道から外れ、R234までショートカット。少し進むとR234へ入る。地図上ではあまり広い道路ではない印象だったが、実際は超広い。バイパス並み。周囲は何もなく景色が拓けており、やっと北海道っぽくなってきた。淡々と進み、早来、追分(一旦R234外れてショートカット)、由仁、川端を経てR274へ入る。

ここからup/downが始まる。が、これくらいならまぁ上り続けられそうか。道の駅で休憩、愛知から来たツーリングのライダーとしばらく語り合う。そこから先、夕張を過ぎるとup/downがキツくなってくる。そして雨も降り始め、精神的にもキツイ。でも、通り過ぎるライダーはみんな手を振ってくれる。上りでヒイコラしているときにはコレがありがたい。バイクだけじゃない、車も熱いクラクション(笑)をくれたり、助手席から顔出して「ガンバレ〜」と手を振ってくれたおばちゃんも。
ダムにかかる橋を渡る。その先、1000m以上ある長〜い稲里トンネルを抜けると一気に下り。この頃から雨が本降りになり、下りでスピードも出るので簡易雨カッパではとても防げずビショ濡れ。まぁ風は防げるから寒さ防止にはなったけど。

<写真1>樹海苑前。なんかポーズが変。

下り切って集落に入る。雨は止んだ。自販機で爽健美茶を買って飲んでたら近所のオヤジにつかまり、しばしお話。オヤジはバイク乗り(ハーレー)だそうで、この先の道を教えてくれたが、
オヤジ「あのねぇ悪いけどこの先、ずっと上りばっかだから」
とのこと。で、目の前にあるラーメン屋「樹海苑」の山菜タップリの樹海ラーメンがおススメだから是非食べていけ、と。かつては神田正輝さんも来たことがある、と(笑)さっき道の駅で少し腹ごしらえしたばかりだが、上手そうなので寄ってみることに。で、立ち去り際に、リュックの中に2〜3本あった空き缶をゴミ箱に入れようとしたら、
オヤジ「なんで空き缶なんて持ち歩いてるの?」
俺「途中で寄った自販機のとこにゴミ箱がなかったもんで」
オヤジ「おぉ・・・何かエラくマナーいいじゃん。最近はホント平気でゴミ捨てたりマナー悪い奴ばっかだよな、アンタもそう思うだろ?」
と、共感してもらえた。で、オヤジおススメの樹海苑で「樹海ラーメン」を食べてみる。使われている山菜やキノコは店の主人が毎朝近くの山を歩いて摘んでくるとのこと。お、確かにコレは寄る価値あった。

さて、再出発。オヤジの助言に頼るまでもなく、行く先は上り坂になっているのが見える。えっちらおっちら漕いで上っていく。勾配がだんだんキツくなり、歩きたくなってきたところで、前方にチャリダーの姿が。と、彼は限界がきたのかチャリを降りて歩き始めてしまった。小柄な体系に日焼けした肌、白いTシャツ。中学生くらいの少年チャリダーか?追い抜きざまに、
俺:「ガンバレ!」
と声を掛ける。何と女性チャリダーだった。ってことで歩いたらカッコ悪いので(笑)立漕ぎでペースアップする羽目に。今日は占冠まで行くようなことを言っていたが、無事辿り着けただろうか。かく言う俺もいっぱいいっぱい、もはや目線は下しか見ていない。通り過ぎるライダーがみんな手を振ってくれるが、上りでフラついているので手を振り返すことはできず、軽く頷くのが精いっぱい。10回漕いで1秒休憩、9回漕いで1秒休憩、みたいな感じで、なんとか足を着かずに上り切った。そこから長いトンネルが2つ。トンネル内の歩道は狭いし、後方からバイクが来ると爆音が響いて怖いし。トンネル通過は結構怖かった。その先はすげー下る。。。が、コレで終わりではない。下っている途中から次の上りが見えているという、スゲー嫌なパターン。せっかく上ったのに、もったいないから下るなよ、と。下り切ったとこからすぐに上りが始まる。もう、ヒイヒイ声が出そうだったが、ここも何とか歩かずに上り切った。今度こそ、上り終了。

そこから日高町の中心地まで一気に下り。日高町の中心街に入る。R237との交差点に道の駅あり。さすがにツーリングのバイクがわんさか泊ってる。今日はライダーハウスに泊まる予定なので、適当なライダーを捕まえて道を尋ねる。沙流川を少し下ったところにあるようだ。川沿いに下って行き・・・あまりにも下るので間違えてたら上り返すのイヤだな、と心配になり始めた頃に到着、「ムーミン日高」。

到着したときはZEPHERリッター車に乗るミズサワさんという男性1名と、CB400SF(俺と同じ!)に乗るニシさんという京都弁の女性1名しかいなかったが、まもなくアダチさんという男性も到着。その後、風呂屋(ひだか高原壮)の場所を確認して向かう。フロ浴びて休憩スペースで寛いでいるときに隣に座ってたオレンジパーカーのオモロイ兄ちゃんとしばらくおしゃべり。彼は登山しにきているとのことだったが、達成感という意味ではチャリダーにも共感してくれた。で、また中心街に戻り苫小牧信金で金おろしてコンビニでメシを買い込む。コンビニでチャリダーがいたので話してたら、今日の宿はまだ未定というので、同じライダーハウスへ連れていくことにした。一緒に沙流川沿いの道を下る。宿に戻ると、バイクがかなり増えていた。
で、居間でそれぞれメシ広げながらチャリダー・ライダー入り乱れで延々とおしゃべりが続く。連れてきたチャリダーの男は酒好きで非常によくしゃべる奴でオモロかった。「今日も500m級の峠2個越えてキツかったっスよ〜」みたいな。途中で宿の主人も加わり、また色々と語りだす。何時頃までだったか覚えてないが、かなり遅くまで起きていた。カンケーないが網戸には恐ろしい数のカメムシがとまっていた(笑)


・・・チャリダー&ライダー達の夜は更けていく。


6日目
日高町 → 浦幌町・・・
1998年08月13日(木)
走行距離100km
最高標高1,023m(日勝峠)

<写真1>日高町中心地を離れ、R274を峠方向へ進む。

この日は今旅一番の難関になりそうな日勝峠を上る。日高から峠までの道のりが地図上で39kmと長く、標高は1,000mを超える。無事、登り切れるだろうか。まだみんな寝ている時間なので、みんなを起さぬよう明かりもつけずに一人静かに朝飯を食べて5:00に出発。R273とR274の交差点まで逆走し、あとはR274を十勝清水方面へひたすら進む。
道のり39km、日勝峠アタック開始!行くぜっ!!


最初は緩やかなup/downが続く。長い直線道路もあり。10km程度進んだだろうか、最初の休憩。ポカリを一口飲む。R274は沙流川沿いに遡っていくコース。この手の道路は比較的緩やかだったりするが。。。しばらく進むと道幅がグッと狭くなり、雪除けの「覆道」が頻繁に現れるようになる。この中は歩道が狭くなっていることが多く、また出入口が段差になっており降車する必要があるので面倒。
一合目「標高470m」の標識。通過しているツーリングのライダーは漏れなく手を振ってくれる。長い峠道に自転車でチャレンジしていることを当然分かってのことだろう。バイクだけでない、対抗から来た白いスポーツカーも応援のクラクションをくれる。二合目、三合目と着実に標高は上がっていくが、傾斜が緩いためココまで全然余裕。周囲に目をやると、次第に針葉樹が多くなっている。七合目で二度目の休憩、ポカリを一口。まだまだ余裕、登坂車線が設置されているとこはさすがに傾斜がきつくなるので立漕ぎになるが、それ以外は座り漕ぎでOK。標高は更に上がる。少し霧で白くなってきた。九合目を過ぎると長い覆道。それを抜けて進むと峠に到着。標高は1,023m。


<写真2>日勝峠クリアー、楽勝でした。周囲は原生林、見たことのない藍色をした鳥がいた。

<写真3>峠のトンネルを超えると深い霧に包まれる。

・・・拍子抜けするくらい楽勝だった。昨日の連続山越えのほうがベラボーにキツかった(笑)地図で見て道のりが長いので不安だったけど、その分傾斜は緩いってわけか。峠付近は、話で聞いていた通り濃い霧に包まれていた。峠の日勝トンネルを抜けた先は更に濃霧。標高が高く、霧で体が濡れ、更に下りに入ったことで体が熱くならない&スピードが出るため、さすがに寒くなって合羽を着るが、それでも寒い。真夏なのにガタガタ震えながら、十勝清水側へ下り切る。とりあえず寒いので路肩にあった売店?でホットコーヒーを買って体を温める。更に直進し、R38に突き当たる。すぐ左手にローソンがあったので2度目の朝飯、グラタンなどを買う。駐車場にテーブルがあったので座って食べる。ツーリングライダー2名と相席、横浜から自走で来たことを話したらエラく驚かれた。


さて、今日中に釧路まで辿り着けるか。現在9:20、標識を見ると釧路まで153km。頑張って爆走すればなんとか・・・ってとこか。雨が降る中、R38をひたすら進む。ちょっとお腹が苦しくなってきた。朝飯食べて出発して、峠越えがあったとはいえ、大した時間も経ってないのに再度メシ食べたりしたからか。この腹痛が気になり、集中力を欠いた走りになってくる。
さすがにチャリダー多し。ママチャリのじいさんチャリダーも!ムーミンひだかで聞いたウワサの人か?雨は激しくなり、道路には水がたまる。チャリのタイヤは水しぶきを上げる。
・・・っと、アスファルトが大きく轍になっているところで、タイヤを取られてコケた!すぐ後ろにバスが来ていたが、余裕をもってストップしてくれた。バスの運ちゃんも俺が危なっかしい走りをしているのを事前にわかっていたのだろう。
それから少し走ったところで・・・パンクだ。さっきコケたときだろう。幸いすぐ目の前にGスタンドがあったので修理を頼む(注:この頃は自分でパンク治せなかった)。直してもらうのを待つ間、Gスタンドの中で休むが、腹痛は治まらず、シンどくなってくる。店内ではHOT LIMITやPOWERが流れている。釧路まで今日か明日には到着、明日のフェリーの空き状況を確認しようと釧路港へ電話。キャンセル待ちの状態とのこと。


<写真4>帯広付近で撮った写真。だったと思う。そして・・・

修理が終わり再出発するが、楽になる気配がない。無理してでも進んで休める場所へ到着するのが良さそうだ。ってことでR38を釧路方面へひたすら走る。帯広を過ぎ、途中で左折があったような気がするが、腹痛で集中力がゼロになっており、雨がキツかったのもあり、この辺りの記憶があまり残っていない。道の駅もあったが、素通り。豊頃で十勝川を渡る大きな橋を通過。更に南下。浦幌の市街地、駅の近くを通過すると、徐々に山道になってくる。ここが釧路までの最後の難関だろうか。無理してでも到着せねば。

山道と言っても傾斜は緩やか、脚は全然疲れないが、なんせ腹が・・・苦しいを通り越して激痛になってきて、一瞬目まいがした。脚が止まる。路肩で喉に指突っ込んで無理やり嘔吐してみたが楽にはならない。立っていられなくなり、路肩の芝生にうずくまる。これは助けが必要だ。車はけっこう通るが、街中じゃあるまいし、停まってくれるわけもない。救急車を呼ぶしかなさそうだ。
携帯電話で119番へ掛けると、釧路市の消防へつながってしまう。浦幌の消防の番号を聞いてメモるが、既にパニック状態になっており、次に俺が掛けたのは110番。浦幌の警察署に繋がり、当然ながら「消防にかけて下さい」と言われるが、携帯電話で119で釧路に繋がった旨をパニクリながらも伝え、浦幌の消防の電話番号を教えてもらう。再度掛けなおし、やっとこ浦幌の消防へ。場所を聞かれた俺は、
「山道ですっっっ!!!」
と怒鳴り声で答える。
「山道じゃわからないですよ」
と当然返され、ゴチャゴチャやっているうちに誤って電話を切ってしまう。が、すぐに掛け直して繋がる。今度は少し落ち着いて、ゆっくりと、
「R38を浦幌駅を過ぎて釧路方面に少し進むと、山道っぽくなってますよね?そのあたりです。自転車で路肩にいます。」
と伝え、やっとこ理解してもらえた。ってことで救急車を待つ。起きていられなくなり、路肩の芝生の上に仰向けになってのたうちまわっていると、通りかかったバイクのオッちゃん(おそらくツーリング途中)が停まって、
「大丈夫?」
と駆け寄って来てくれた。
「救急車呼びました、もうすぐ来ると思います」
救急車が来るまで、その男性は付き添っていてくれた。程なくしてピーポーピーポー聞こえてきた。初めて救急車に収容される。ライダーの男性は救急隊員にいろいろ聴取されていたが、「救急車は本人が呼んだ」みたいな説明をいしていた。彼には一言、
「ありがとうございました」
と、お礼を言うのが精いっぱいだった。

そこから救急車は猛スピードで飛ばしているのは分かったが、俺はもうそれどころではなく。帯広の病院へ到着したのは理解していたが、病院内の風景とかは断片的にしか覚えていない。X線撮影で、腸閉塞と判明。理由はわからんが、腸が詰まってしまい、ガスが抜けなくなり腹がパンパンになっている状態。X線写真を見た先生も、
「これ、相当痛いだろ・・・」
と。痛いっすよ!!!!!
特に手術とかやることはないので、一晩様子を見るしかない、みたいなこと言ってるが・・・どないかしてくれYO!こんなんで明日の朝までとか、死んだほうがマシとこのときはリアルに思った。痛み止めの注射はしてもらっているが、ほとんど効果なし。マジ地獄。

この絶望的な状況で、不幸中の幸いだったこと・・・それは寝不足と疲労が極限まで溜まっていたということ。それで何がよかったかって、ベッドに横になってまもなく寝落ちてしまったのである。


7日目

12日目
帯広第一病院
→浦幌警察署→帰路
1998年08月14日(金)〜17日(月)
走行距離
最高標高
8/14 朝目が覚めると、前日の地獄の痛みがウソのように引いていた。WHY?腸の中にパンパンに溜まっていたガスはどこへ消え失せたのか。信じられない状況。鼻から通していた管も抜かれた。食事はまだダメだったが、水分補給は許可された。ってことでポカリをチビチビ啜りながら一日過ごす。

8/15の昼飯から食事可となる。食堂で話した男性は自衛隊員とのことで、以前には静岡駐在したこともあり、沼津そして丸天にも行ったことがあるとか。世間は狭いですね。同室の患者3名は全員じーさんで、2人は超元気で一日中デケぇ声で話しているが、もう一名は寝たきりの状態。ばーさんが一日中看病しているようだった。

8/16も何事もなく過ごし、身体ももう治ってるので早く退院したくて仕方なかった。担当の医者からは
「もう二度とこうして会わないことを願って(笑)」
とのお言葉をいただく。寂しいケド、そのほうが幸せってことですからね。

8/17にやっとこさ退院。入院当日〜前日までずっと雨だったが、この日はカラっと晴れた。先ずは浦幌まで一旦戻り自転車を回収・・・っとその前に。既に月曜日でお盆休みが終わってるので会社に電話。事情を話すとさすがに驚かれたが。


<写真>JP浦幌駅前、これから帰るとこ。なんか髪型が変。

電車に乗ってトコトコと浦幌駅に向かう。途中、電車が激しく警笛を連発するので何事かと車内がざわついたが、どうやら線路上にツルがいてなかなか逃げなかったとのこと。事なきを得たようではあったが。浦幌駅に到着。チャリは駅前の交番で預かってくれているらしい。通りかかったオッちゃんに場所聞いたら案内してくれた。浦幌の警察署兼駐在所となっていたが、駐在1名でヒマそうのんびりとした職場のようだった。宅配業者に電話して来てもらいチャリを送り今回の旅が終了。エライ目に会った&実に貴重な体験となった。


さて、北海道の浦幌駅から横浜まで、電車乗り継ぎで帰ることに。とはいえこの時点で既に夕方5時。駅員のオッちゃんにいろいろ面倒見てもらい、本日は函館駅まで行って終了。一旦ホームから出ても再入場可能とのことで、駅周辺で野宿して翌日乗り継ぐことに。

終電で函館に到着。道中ほとんど夜だったので、景色とか全然楽しめず。駅名だけ、地図で見覚えある地名だなって思っていた程度。
函館駅は24H開放状態。夏休み期間中ということで同じような野ジュキスト(注:そんな言葉はない)で溢れていた。そういう人用に、床に敷く段ボールが積まれており「ご自由にお使い下さい」状態だった。とりあえず駅の近くのコンビニで夜食を買い出し、駅で段ボール敷いて食べる。ヒマつぶしに普段買わない漫画雑誌(マガジンだったか何だったか忘れたが)も買って読む。翌朝の電車に乗る予定だったが、2:52発の特急でも乗り継ぎが上手くいきそうなので、コレに乗る。青函トンネル渡って津軽から青森へ。青森だったか盛岡だったか忘れたが、東北新幹線へ乗換え、やっとこ帰宅となった。

ちなみに・・・
チャリ送料 約¥10,000
電車代 約¥25,000
入院費 約¥45,000

思ったよりかからなくてまぁよかった。



<総括>


◆行程横浜市神奈川区三沢上町
 → 北海道浦幌町・浦幌駅通過直後の地点(国道38路上))
◆期間6日間+α
◆走行距離1,000km

さすがに無理しすぎか。

この年は秋に会社を辞めることが決まっていた。理由は高専時代に諦めた大学編入に再度トライするためだ。 そのため4月頃からは帰宅後のマラソンをやめ、少しずつお勉強を始めていた。すなわち4ヶ月ほど全く運動をしていなかった。 お盆休み前の一週間は仕事が忙しく、帰宅が毎日11時頃になっていたので寝不足でもあった(ちなみに朝は6:00起き)。 更にその週の月〜水まで3日間、旅行のためのアップと思って会社までの片道20kmをチャリで通っていた。出発初日は仕事終えて寝ないで0:00に出発するのに、仕事後に飲み会(爆)しかもけっこう酔うまで飲んで会社の先輩に絡んだりしてた。このように出発前に疲労を貯めてしまっていた。
そして夜中0:00に出発して16時間・230km走行という、トレーニングしててもキツイ距離を走る。この時点で1日230kmは自己歴代1位、続く2日目の210kmも歴代2位。そして3日目〜5日目は毎日2回以上の峠越えで足が限界。寝袋を持って行かなかったので野宿では寒くてろくすっぽ寝られず、初日の暴睡を除くと睡眠時間は毎日3〜4時間。
更に更に・・・今にして思えば栄養も足りていなかったのかもしれない。旅行中はほとんど三食コンビニ飯。 それはそれでいいんだが、間食がほとんど無し。ウィダーインゼリーみたいなものでエネルギー補給していくべきだったのかも。この頃は栄養とかの知識が薄かった。が、この失敗は5年後の北海道ツーリングで生かされることになる。

毎日マラソンで走り込んでるときなら大丈夫だったのだろうが、運動不足の身体では若さというアドバンテージだけでは耐え切れなかった。疲労の蓄積により体調に異常をきたしたのは生まれて初めて。しかし運動不足の身体でいきなり無理するとこういう結果になることを、初めて知ることができた点は収穫。また、僅か4ヶ月の運動不足でここまで体力が低下してしまうということも。やはり失敗してこそ知識も深まるってものだ。無理をしない人は今回の俺と同じような経験をすることはできない。

目的の阿寒湖・屈斜路湖・摩周湖には到着できず、入院までしてしまい、達成感も6割程度。良かったのは、とりあえず「初めて北海道へ、しかもチャリで行った」という部分だけか。道中も先へ進むことばかり考えていて、あまり風景を楽しんでいなかった気がする。3日目の後半あたりからは山また山で印象に強く残っているが、 1日目・2日目とあまり記憶が無いのが残念。

そして時を経た今なおタカシ君とはいったい何者だったのかという疑問が、俺を悩ませ続けている(ウソ)。
一覧へ戻る