チャリダー旅行記

悠久の流れを目指して 〜高知県四万十川〜


1日目
神奈川県横浜市(アパート)
→静岡県沼津市(実家)
1997年08月09日(土)
走行距離120km
最高標高874m(箱根山)
横浜でサラリーマンをしていた当時。お盆休み9連休となるので、どっか行こうかと考えたのが自転車旅行。10代の頃からずっとやってみたいと思っていてなかなか実現しなかったが、良い機会かと。で、行き先を考える。できれば自然豊かな田舎が良い。まず候補に挙がったのが北海道。だが、帰りの日程も2日間くらい取るとすると、実質1週間。ギリギリ無理そうな感じ。もちろん初めてのことなので1日に何kmくらい走れるのかも未知だが、概ね「最低100km、平均150km、MAX200km」であることは分かっていた。北海道までは4〜5日あれば到着するが、そうすると肝心の北海道を2日くらいしか走れない。これじゃ広大な北の大地を堪能できない。残念ながら今回は却下。
う〜ん、では他に行ったことない地方は・・・って地図を眺めていて目に止まったのが四国、その四国の西部を流れる四万十川。俺は子供の頃、川や海で魚を捕って遊んでばかりいたが、家の近くを流れる狩野川はドブ川だった(もちろん上流は綺麗だけど)。そんな俺にとって、四万十川は小さい頃からの「憧れの存在」と言っても過言ではなかった。そしてもう一つ。大好き、いや超好きな「ガンバの冒険シリーズ」の3作目「ガンバとカワウソの冒険」の舞台が、この四万十川と、同じく高知県を流れる仁淀川だったのでした。で、どうせならガンバたちが辿ったルートで走ってみましょうか、ってことになった。地図で見ると距離は北海道よりだいぶ近い。これなら1週間でちょうどたどり着けそうである。ってことで、初めての自転車旅行へ出発となりました。



横浜市・三ツ沢のアパート(社員寮)を朝6:00に出発。悠久の流れを目指す旅がここから始まった。

すぐ近くを走るR1にのり、あとは沼津までひたすらまっすぐだ。以上!(笑)
保土ヶ谷を通り、箱根駅伝でも有名な「権太坂」を越え(この辺りまでが生活圏内)、戸塚方面へ向かう。 横浜新道と合流するとこでは、道路がグッと広くなるため間違って高速道路に入ってしまったかと一瞬思ったが、一般道だった(ちゃんと歩道あるし)。
途中で車道はトンネルに入り、歩道は分岐してトンネルの上を行く。そしてまた車道と合流。そのまま気にせず走っていたら・・・道路がだんだん狭くなってきた。明らかに国道ってカンジではない。 標識を見るといつの間にか県道30号に。完全に迷った。ん〜戻るのも面倒だからそのまま進むか。方角は間違っちゃいないし、最悪でも海沿いに進めば大幅な遠回りにはならないし。

ひたすら県道を道なりに進むと、やっとこ海が見えてきた。R134だ。ぶわおぉっっ!?超向い風!サーファーが闊歩する湘南のビーチ沿いを走る。歩道も広く走りやすい道だったが、途中で向い風のキツさに耐えられなくなり、右折して北へ。R1復帰を目指す。松林と住宅の間を通り、東海道線の踏切を渡るとまもなくR1。

見覚えのある東海道松並木の下を走り、茅ヶ崎駅前の交差点通過。相模川を渡る。ここで初めて標識に「沼津」の文字が。箱根山もやっと見え始める。
しかし、ここから箱根の麓、小田原までが異様に長く感じられた。途中、1〜2回休憩をとる。やっとこ酒匂川。小田原に入る。R1突き当りのT字を左へ、すぐに右へ。小田原城の近くを通る。そういや高1の夏休み、土方バイトでこの近くの建設現場に毎日来てたなぁ。懐かしい。早川の川原でジュース休憩したのは10:00頃。鮎釣りをしていたおっちゃんと少し話した。若い頃はハーレーで全国ほとんど回ったとか。

箱根登山鉄道の箱根湯本駅前を通過。道がぐっと狭くなり、いきなり勾配がキツくなる。ここから最高地点までまで約15kmの上り坂が続く。

天下の険・箱根山アタック開始!行くぜっ!!


<写真1>♪箱根の山は天下の険!甘くはなかった。まだ1日目、先は長いっす。。。

古びた温泉街を早川沿いに上る。情緒溢れる町並み・・・が、傾斜がキツくてその雰囲気を味わう余裕無し。推定傾斜45度!(んなワケないか。)早くも立ち漕ぎしないと進めなくなっていた。そしてまもなく自転車を降りて歩いてしまう。箱根を登り始めてまだ大した距離走ってもないのに・・・早くも挫折。
それからしばらく自転車に乗ったり歩いたりを繰り返す。お、前方にもチャリ引いて歩いてる奴が。追い抜きざまに、

俺:「キツイっすね〜」

と声を掛けたら意外にも中学生くらいの少年だった。その先には路肩の駐車スペースで休憩してるチャリダーのおっさんも。

おっさん:「峠まであとどれくらいあるんすかね?」
俺:「ん〜10kmくらいじゃないですか?」
おっさん:「え〜!まだそんなにあるの?」


ヘアピンカーブ、宮ノ下交差点、恵明学園下、箱根登山鉄道の踏切り。長い。キツい。チャリンコ旅行なんて止めてお盆休みは実家でダラダラしてようかと、一瞬思った。途中のうどん屋(そば屋??)の前の自動販売機前でジュース飲んで休憩してると、さっき追い抜いた少年チャリダーが歩いて通過していく。休憩したおかげで脚が軽くなった気が。峠まであと少し、奮起してチャリを漕ぐ。もう1回少年を追い越す。

少年:「頑張って下さ〜い!」
俺:「おーす!」

にわかに雲行きが怪しくなってきた。ほどなくしてポツポツきはじめて・・・土砂降りになった!しかし頭上を見れば山はほとんどなくなってきている。峠まであと一歩だ。周囲の森林が一気に開ける。石畳の歩道を走って、ようやく峠へ。
国道1号線最高標高地点だ。標高874m。

近くの道路脇に曽我兄弟の墓だか何かがあったが素通り。
その先は・・・向い風・推定風速20m/s+雨!!
雨粒が顔に当たって痛く、とても前を向いていられない!しかたなくチャリを降りて下を向きながら歩く。この辺りは景色が急激に変わり高山地帯の雰囲気がある綺麗な場所なのだが、それを堪能する余裕もなし。
しばらく行くと芦ノ湖まで一旦下る。せっかく登ったのに・・・。芦ノ湖前通過。雨は止んだ。杉並木を抜け、箱根峠まで最後の上り。高低差100m余り、ここは奮起してチャリを漕いで一気に登り切る。峠手前の道の駅を通過。駐車場に車を停めていた女性から、

女性:「すごいすご〜い!」

と拍手をもらう。そしてやっと箱根峠、静岡県との県境。

ここから先はジェットコースター!!ペダルを漕がずに10km以上も進むことができる!うひょ〜さいこ〜!ノーブレーキ時の猛スピード。後ろに流れる沿道の木々。駿河湾を一望する見晴らし。カーブがキツイ場所では前の車を煽ることも可能。・・・ずっとノーブレーキだったら即死だけどね。
下るにつれ、どんどん天気は良くなり、山中城跡付近ではすでにカンカン照りになっていた。三島。松並木を過ぎれば周囲は普通の住宅街に。が、まだまだ下り坂は続く。

あとはもう住み慣れた土地だ。R1を外れて温水池の前を通り、境川を渡り、徳倉橋を渡り・・・
この辺はずっと前に亡くなったじーちゃん・ばーちゃんが住んでいたとこだからよく知っている。あぁ・・・忘れてた。最後の上り、横山トンネルがあった。まぁ僅かな距離だが、今となってはキツイ。トンネル越えて、母校の中学校前を通過して、香貫ボウル、平安閣、整形外科、あとは実家までまっすぐ。

横浜から8時間。生まれて初めてのチャリンコ長距離移動だったが・・・今まで電車やバイクでしか移動したことのない距離。
「ホントにここまで来ちまったか」
というのが感想。ヘロヘロだ。


2日目
沼津市(実家)→愛知県豊橋市(公園)
1997年08月10日(日)
走行距離180km
最高標高170m(宇津ノ谷峠
朝5:00、家族を起こさぬようにそっと実家を発つ。先日の疲れが残っており、腰が痛い。富士市方向を目指して旧R1をひたすら西へ。途中右折してR1バイパスへ乗る。 う〜ん、どう考えてもここは自動車専用道路だよなぁ。ま、いいか。 そのまま高架道路を走りつづけ、まもなく一般道へ復帰。 富士川の手前、道の駅「富士」で休憩。富士川の川面には虹がかかっていた。

それにしても・・・なんかず〜っと向かい風なんすけど?強風ではないのだが、西風が止むことなく同じ調子で吹き続けている。これが予想外の足枷となった。

富士川を渡ると一気に山と海が接近。旧東海道の昔ながらの街並みが見られる。R1バイパスの下をひたすら走る。 そして左へ。JR静岡駅方向へ進む。まだ人通りも少ない。静岡駅へ突き当たる。ここまで来たか。そして西へ、まもなく安倍川を渡る。
途中R1が宇津野谷峠を越えているが、気づかなかった。しかし、なかなか大井川が見えてこない。キツくなってきた。
やっと大井川の橋が見えてきた。橋を渡ってすぐのコンビニで飯を買い、川の土手で食べる。身体がダルく、力が入らない。もう帰ろうか?今ならまだ引き返せる。睡魔が襲ってきた。少し眠れば回復するだろうか?小一時間ほど土手で眠る。
・・・身体を動かそうという気持ちだけは戻ったようだ。行こう。四万十川を見に行くんだ。

[2013年追記]
今にして思えば、このときはハンガーノック寸前の状態だったかと。無知は恐ろしい。



さて、大井川を離れ、R1を直進すると次第に道が細くなり・・・どう見ても国道って感じではなくなってきた。 右手方向にバイパスが通っているようだが、下りる道がない。う〜わからん。完全に道に迷った 引き返し、バイパスのほうへ1km弱進むが・・・どう見ても自動車専用道路。すぐにトンネルがあり、さすがにここを走るのは危険だ。どうすれば・・・?
地図を見て迂回路を探す。菊川駅方面へ迂回するしかなさそうだ。引き返し、先ほどの細い道路を道なりに進む。南へカーブし、R1からは大きく離れてしまうがやむをえない。この道がエライ急勾配で自転車を引いて歩いてしまう。どんどん南下し新幹線も越え、だいぶ行ったところで右折、急勾配を下る。これで道間違えてたら最悪だな。
山道を道なりに下って行くと菊川駅に出た。正解だった模様。線路沿いに、今度は掛川駅へ向う。途中でじーちゃんばーちゃんに掛川駅への道を尋ねたら、このまま直進でOKだと。途中踏切を渡り、ズンズン進むと掛川駅の北口に出た。駅前を右折、やっとR1へ復帰!一安心だ。

その先のR1は、山道では決してないのだが、小さなUP/DOWNが繰り返される。大田川通過、その先は直線急勾配。う〜キツいぜ。

<写真1>浜名湖の畔にて。静岡県脱出まであと一息。

しかし、大井川での休憩が効いたか、その後はダレることはなかった。やっとこ天竜川。ここまでたくさんの川を渡ってきたが、この川が県下一だ。走っていた道路は歩道がなくなっていた。数100m北にもう一本橋が見えたので、そちらの橋を渡る。少し左へ進み、そこから浜名湖まで10kmの直線が長い長い!出発直後なら10kmなんてすぐなんだけど、1日の終わりが近づくと、こんなにもキツいのか。途中、少し早い夕飯にラーメンを食べENERGY CHARGE!!この後、一気にペースアップ!さすがだぜラーメンパワー。


浜名湖。やっとだ。渡り切ったところで記念撮影。浜名湖を過ぎると湖西市。直線道路に防風林のみの殺風景な風景が続く。薄暗くなってきた。途中の小さな商店でお菓子とジュースを買う。店のばーちゃんに聞いたらこの先山道になるから気をつけろと。その通り、ちょっとした峠道になった。ひたすら走る。とT字路が見えてきた。そして「愛知県」の標識が!
Yeah!!静岡県脱出だ!

豊橋市に入る。もうすっかり夜。眼鏡をかけ、サイクルピアス(キラキラ光るやつ)をチャリにつけ、まだまだ走る。

19:45、時間も遅くなってきたし今日はそろそろ終わりにしようか・・・と思い始めた頃、通りっ端に銭湯が。かなり鄙びた銭湯で、耳の悪いばーちゃんが番をしていた。一日の疲れが癒される。日焼けが沁みる。今日一日曇っていたがそれでも日焼けしたようだ。
銭湯のすぐ近くの交差点のコンビニで夕飯+朝飯を大量に買い込み、漫画雑誌も買った(夜はやることもなくてヒマそうだし)。住宅地の中の公園の東屋に陣取り、野宿。物騒な世の中になってきた今日この頃、こんなとこで一人で寝るのはちょっと心配だがまぁ周りは全部住宅。平気でっしゃろ。夜中でも犬の散歩などで公園を歩いている人がいるのだが、目を瞑っていると足音やの息遣いが耳元で聞こえるような気がして何度も目が覚めてしまう。でも実際には10m以上離れてたりする。また、街灯が明るく、夜中でもセミが大合唱していた。


3日目
豊橋市(公園)→三重県上野市(バスターミナル)
1997年08月11日(月)
走行距離150km
最高標高300m(旧R25関宿→伊賀)
風は止んだ。が、暑い!昨日までとは違って超快晴!じりじりと日焼けが進行するのが感じられる。とりあえず出発してすぐにコンビニで飯を買い、近くの開店前のパチンコ屋の駐車場で食べる。
時間が経つにつれ、暑さが厳しくなってきたため、身体を濡らしながら走ることにした。神社や公園など、水道がありそうなとこがあったら立ち寄り、水道でシャツをびしょ濡れにさせる。それを搾らずにズブ濡れのまま着る。ヒンヤリ感が気持ちいい。それでも日差しに加え、走っていることで風が当たるため、30分もすればすっかり乾いてしまう。それほどの暑さだった。ちなみに神社だった場合、かならず賽銭を入れるようにしていった。旅の無事を祈って。

まずは名古屋まで40kmあまり、ひたすらR1を進む。矢作川など、名前に覚えのある川がちらほら。
安城市、この辺りからさすがに大都会。歩道が広い箇所が多くて助かった。名古屋に入ると高速道路の下をひた走る。そして右手に神社?みたいなのがある少し先の大きな交差点でR1は左折。さらに直進。しばらくは街っぽかったが、しだいに郊外に出て景色が開けてくる。

同じような風景が続くところをひたすらR1直進。やっとこ木曽川の橋が見えてきた。木曽川はデカイ!なんたって橋の途中に信号機のある交差点があるのだ。うしろからヤンキー2ケツ原チャが歩道を走ってきた。あぶねぇなばかやろう。
木曽川を渡り切ったとこで昼飯。チャーハンを食べてENERY CHARGE。そして揖斐川、長良川。有名な長良川の河口堰がすぐ目の前に見えた。

四日市。・・・沼津と大して変わんねーな。歩道が狭く且つ交通量が多い場所が続き、自転車にとっては走りづらい。お盆休みということでR1は大渋滞。チャリの俺と同じようなスピードで進んでいるので、見覚えのある車を何度も抜いたり抜かれたり。車のほうも「あぁっっまたあいつに抜かれた!」って思ってたことだろう。

次第に田舎っぽくなってきた。亀山市から関宿まではR1がバイパスになっていて自転車が走れない。そのためR1を右手にひたすら側道を走ることに。この側道がup/downが何度も繰り返され、キツかった。R1、R25バイパスが交わる亀山JCT。明らかに自動車専用道路のICっぽくて、直進は無理。俺ゃどっち進めばいいの?テキトーに進んでたら狭い路地に入り込んでしまう。う〜これは迷った。 で、公民館みたいなのに突き当たってしまう。そこにいたばーちゃん3人組に道を聞いて、旧東海道を走って関宿方面へ行けると判明。公民館の水道を借りて水を頭からかぶり、出発。
バイパスであるが、ここから先は歩道があった。関宿手前で左折、R25旧道へ入っていく。これでR1とはおさらばだ。国道とは思えない細い道だった。対向から来た人にこの道で間違いないか尋ねたら、
「Oh, no! イミガワカリマセ〜ン」
との返答。なんか東南アジアっぽい人だったみたい。


<写真1>旧R25の峠越え。山猿が出没するほどのド田舎。

なんか思いっきり山の中入って来てきたけど、確かにR25の標識がある。急勾配と小さなトンネルが繰り返され、民家のある場所へ出た。すげぇ田舎なかなか趣のある古い町並みだった。途中の商店でポカリ1本買って5千円札を崩しておくという迷惑行為に走る。山の中で飲料が尽きたら、たとえ自販機があっても札使えないと困るからね。

その先、再度山道へ。自動車がすれ違うのがやっとの広さだ。木が道路にまでせり出している。ホンマにここは国道か?と、前方の木がガサガサ揺れている。真っ先にネコを思い浮かべたが、それにしては揺れが大きい。正体はだった!3匹の猿が、驚いたような表情で俺のほうを見ていた。


キツイ。が、徐々に緩やかになる。ここが峠か。その先は重力にまかせて下る。山道を下り切り、左手の線路の下をくぐり、変な溜池みたいなのを左手に見ながら進む。そして忍者の里・伊賀へ到着。R25バイパスのドライブインへ一般道からも入れたので、うどんを食べて腹ごしらえ。そこから先・・・道が4、5本に分かれており、どっち進みゃいいの?近くにいたオッサンに上野市への行き方を聞いたら

おっさん:「あそこのユンボの置いてある道を走ってきゃ上野に着くよ。自転車なら30分くらいかな」

あのぉ・・・ユンボって何スか?ショベルカーのことだってそのとき知らなくてとまどった。言われた通りの道を直進。ここが旧R25の続きだったようだ。歩道なし・路肩田んぼ・交通量多しの最悪道路が続く。田んぼの中に○○音楽教室なんてのがあってリコーダーの音が聞こえてくる。のどかすぎる・・・。おっさんに言われた通り約30分で到着、橋を渡って市街地へ入っていく。

昔からある市街地、こういうところでは簡単に銭湯が見つかる。一っ風呂浴びて、野宿できそうな場所を探すが、これがなかなか見つからない。交番で聞いてみたりもするが「城跡の駐車場くらいしかない」というテキトーな応えであまりとりあってくれない。その駐車場へ行ってみるも、夜でも人が屯っており休めそうもない。しかたなく市街地をほっついて、テキトーな建物の駐車場で勝手に寝込む。が、しばらくしたらそこの管理人が来て注意されて出て行くことに。う〜めんどうだなぁ。もう夜も遅い時間になってきた、早く休みたい。結局、上野駅前のバスターミナルのベンチの上で横になったが、寒いやら人通りは多いやらでほとんど寝られず。これ以上じっとしてても意味なさそうなので3時半頃、早くも出発する。1時間も寝られなかったのでは?


4日目
上野市(バスターミナル)→徳島県小松島市(公園)
1997年08月12日(火)
走行距離150km
最高標高350m(R165、室生村付近)
朝4時半、ほとんど寝てないに等しい状態。しかも身体が冷え切っていたので、出発して最初のコンビニ・サークルKに寄ってグラタン等暖かいものを食べる。
R368を南下、すぐに山道っぽくなってくる。名張市に入る少し前だっただろうか、国道端にコインランドリーがあったので立ち寄る。。実家を出て2日が経過し、着替えがなくなっていたので。公園などで野宿なら水道で洗って夜間干しておくこともできるが、昨日はそれもできなかったし。洗濯&乾燥終わるまで小休止。

名張市に入り、道路沿いにあった自転車屋に空気入れを借りてエアイン。更に進むと大きなT字路に突き当たる。右折してR165に進む。直後、対向から下って来たチャリダーとすれ違い、手で挨拶を交わす。他のチャリダーと会ったのは初日の箱根以来か。ここからはちょっとした山越え。上りが続く。

「奈良県」の標識。ずいぶん遠くまで来たと実感。子供の頃、家族や修学旅行で新幹線や電車を乗り継いで来た場所。そんなところまでチャリで来たのか。
かなり山の中に入ってきた。田舎である。室生村、国道沿いに「非核平和宣言の村」の大きな看板が。こんな山中の小さな村がこうやって明確に意思表示してるのに、国は何やってんだか。情けなくなる。
えっちらおっちら山を越え、榛原、桜井と進んでいく。桜井は歩道がなく車道を走ったので少々怖かった。
山を下ると橿原市、ここで南に折れ曲がり今度はR169を南下、和歌山県を目指す。明日香村を通過。日本の歴史を語る上では外せない地域。日本を旅している感じでよい。

南下していくとまもなく山越えのトンネル。道路が広く整備されており車がスピード出して通過していくので実に恐ろしかった。抜けると大淀地区。まもなく、紀ノ川に突き当たる。道が分かれており、かつ道路工事か何かやっていて進む方向がわからなくなった。と、交通整理している警察官(真っ黒に日焼けしてた)がいたので、R24へ出る道を尋ねると、

「メインの道路はこっち(国道)だけど、こっちは途中で山越える必要がある。それよりはそこの橋渡って川向うの道路を行ったほうが楽だし交通量も少ない。道なりに行けばR24に出る」

と、見事なナビゲートをしてくれた。言われた通りに橋を渡り道なりに川を下る。ウホっこれはイイ。素晴らしき田舎道。川沿いに走ってるので道は激しく蛇行しているが、上りが一切ないのでラクチン。真夏の強烈な日差しと、山と木々が作る日陰のコントラストが目に焼き付いている。途中、自販機休憩。しばらく走ると、言われた通りR24に突き当たった。和歌山へ向かい左折、この辺りが五條市。
昼飯に天ぷらうどんを食べてENERGY CHARGE、更に西へ進む。和歌山県に入った。初めて来る場所。和歌山市までは54kmの表示、もうひと踏ん張り。
紀ノ川は非常に大きな川で、水量も多い。紀伊半島は日本で一番雨量の多い地域。そこに降った雨がこの川に流れ込んでいるのである。ちょっと国道を外れて川のほうへ行ってみた。土手下の道路、その脇を流れる水路にはカワトンボが飛んでいた。R24は広く交通量も多いが、まだまだ自然が残っている地域なんだろうな。


<写真1>和歌山港フェリー乗り場。いよいよ四国へ!

和歌山市までひたすら直進、だんだん疲れてきたがようやく海が近づいてきた。紀ノ川を渡る橋、大きな中洲でグライダーをやってる人が何人かいた。和歌山市街地へ入った。
四国へ渡る「南海フェリー」の案内標識を頼りに市街地を抜けていく。ほどなくして南海フェリーの大きな看板が。ようやくココまで来たか。
すぐに乗船手続きをする。行先は徳島県の小松島港。17:25、和歌山港を出港。夕飯の時間には早いが到着まで時間があるので、船内ではお菓子をつまんで過ごす。



小松島到着は19:15、すっかり夜になっている。誰に聞いたか忘れたが、「峰の湯」という銭湯が近くにあると教えてもらったので、先ずは直行。汗を洗い流す。コンビニでメシ買って、国道から少し入ったとこにある大きな公園の端っこにある東屋を本日の寝床とし、夕飯。
と、バイクツーリングの男性が、やはり野宿のためやってきた。他の人がいるのは心強い。ほどなくして、今度はアメリカンバイクのツーリング男性が。3人でおしゃべりしながら夕飯。俺は前日ほぼ寝てなくてクタクタなのでほどなくして横になった。

今日一日で三重・奈良・和歌山・徳島、風景も目まぐるしく変わっていった。 夜中、人の気配で目が覚める。警察がパトロールに来ていた。どこから来たのか等、色々質問され、 この公園はたまに溜まり場になることもあるから気をつけるように言われた。まぁ他に2人いるから平気っしょ。


5日目
小松島市(公園)
→高知県井野町(道の駅「土佐和紙工芸村」)
1997年08月13日(水)
走行距離160km
最高標高1,017m(四ッ足峠)
朝5:00頃起床。一緒に野宿したライダー2人に書置きを残して出発、まだ明けぬ港町を疾走する。国道沿いのコンビニで朝飯。その後右折して山を目指す。周囲には田んぼが広がる。ちょっとした峠を越え、また田んぼの中を走っていると、前方に大きな道路が。あれ?国道にもどっちゃったぞ?迷った。地図で確認するが、ちょうどページの境目だったのでわかりにくい。近くにいたおばーちゃんに尋ねてやっとわかった。 どうやら途中で左折するべきだったのだが、道が細くて気づかず直進してしまった模様。引き返し、やっと正規ルートへ。 本当にこれが県道か?と思うほど細い道を走り、那珂川へ突き当たる。川幅は広く、深い。そしてなぜか水が泥水。そして早くも沈下橋が見られた。この川を左手に見ながら山登りが始まる。行く先を見上げれば、地図見て予想していた通り、果てしなく青い山々が連なっている。
R195、高知へ向けて四ツ足峠アタック開始!行くぜっ!!


・・・しかし標識には「高知135km」の文字が。本当にこの山を越えられるのだろうか?

周囲は農村のようになってきた。ロープウェイのある道の駅で小休止。お遍路の女性がいて少し話す。今日は上那賀まで歩くと言っていた。ちなみにこの当時、お遍路というものの存在を知らなかった俺は、服装からしてこの人は山伏だと思っていた。

とにかくすごい田舎、すごい山奥。高校の分校まであるぞ。あと「おとりあゆ」を売る店が多数みられた。民家はちょくちょくあるが、ほぼ上り坂。UP・UP・UP・FLAT・UP・FLAT・超UP・UP、みたいな感じ。途中にダムが。ここからしばらくの間、このダム沿いに走ることとなる。川の濁りはこのダムが原因のようだ。しかしダムに流れ込んでる小さな沢の水は恐ろしいほどに澄んでいた。ダムの水の色との対比もあって、沢の水の色は透明な水色に見えるほどだった。ダムにかかる橋を渡って対岸へ。対岸の道は木がせり出していて暗く、途中にあった小さなトンネルも電灯がなく暗い。交差点にある商店で休憩。この交差点付近は少しだけ民家があるが・・・どうやって生活してるんだろう。


<写真1>徳島県の那珂川下流。この川沿いにひたすら山登り。

<写真2>四ツ足峠の少し手前。標高1,000m、いつのまにやらこんな山奥まで来ていた。

途中に山肌から湧き水が流れ出している場所が。けっこう水量があるらしく、道路っ端に洗面台みたいなのが据え付けられて、そこに一旦水が溜るようになっていた。当然、着ている物をびしょ濡れにし、絞って頭から冷水を被る。
道路沿いに1件だけ?ある民家の前の自販機で休憩。ポカリが売り切れてたのでここでは爽健美茶。民家の縁側でじいさんとばあさんが日向ぼっこしながら鮎の仕掛けかなんかを作っていたので、軽く挨拶。もはや「まんが日本昔話に出てくるおじいさんとおばあさん」のレベル。なんだか別世界。川の両岸も岩肌むき出しの崖になっている。こんな所なら、昔話で読んだ大ヤマメみたいなのがいても不思議ではない。そんな気すらわいてきた。

それにしても・・・この道は一体いつまで続くのだろう? カーブを曲がったら山の向こうが見えるかと思いきや、全く同じような山並みが果てしなく続いている・・・。 途中からもう呆れてしまい、
俺:「どこまで続くんだよ〜
と声に出しながら走っていた。

突如、勾配がきつくなる。立ち漕ぎになる。併走していた那珂川を離れぐんぐん登っていく。峠が近い。 キツくなってきたがもう一分張りだ。道行くライダーはほぼ全員手を振ってくれるが、こっちゃ立ち漕ぎで必死&両手ふさがってるので会釈を返すのがやっと。
一気に上るのは無理、何度か路肩で停止して脚を休ませる。 周囲を見渡せばもう頭上に山はない。遥か下方に那珂川の源流が小さく見えている。「渓谷」というに相応しい。 数km走った頃、トンネルが見えてきた。やっと・・・やっと着いた。時刻はちょうど正午。山登り開始からおよそ6時間。長すぎだろ! トンネルは長く、峠でもあるので、反対側の出口は地平線の下に隠れて見えなくなっていた。 トンネルを抜けた直後に「高知県」の標識を見たときは鳥肌が立った。ついに最終目的地に入った。


<写真3>ライダーKが撮って送ってくれた写真。最高の1枚。

ほんの少し下ったところに温泉があったので昼飯&休憩。ここは物部川の源流域、別府渓谷という場所だ。 アマゴの刺身を食べる。休憩室でジュースのんでベンチに座っていると、となりにいたライダーが話しかけてきた。

ライダーK:「早いね〜もうここまで来たんだ?いや、さっき君が登ってるとき、俺後ろから追い抜いたんだよ。」

手を振ってくれたライダーはたくさんいたので俺は覚えてなかった。ライダーKは三重県から来たと。彼も四万十川が目的地だと。 そして「四万十源流の碑」なるものがあるということを彼から聞いた。 バイクの話になって、彼はKAWASAKI ZEPHER400に乗っていると。ぬ!俺のHONDA CB400SFにとって最強のライバルじゃん。こやつ、できる!

俺が一足先に出発、ジェットコースター状態でグングン下る。と、靴の紐が解けたので路肩に止まって直していると、 ライダーKが通過していく。手を振合ってお互いの旅の安全を祈る。

さて、物部川沿いに下る。うは〜ラクチン!峠越えた達成感もあり、最高に気持ちイイ。対抗からチャリが来たので、チャリダーかと思って手を振ったが、地元の中学生だったようだ。が、「頑張ってくださ〜い!」と返してくれた。まだまだ下る下る!長い長い!香美を過ぎ、高知市へ入る。

さすがにここまで来ると普通に都会か。大きく左へカーブして汚い川を渡りR55を更に西へ進む。街を歩いてる人が皆、心なしか日焼けして見えるのは、果たして「南国」たる所以だろうか。市街地を抜けると次第に道路は細くなるが、主要な国道であることには変わりなく交通量は多い。しかも道路の左サイドは路面電車が走っており、柵もなく怖い。右サイドに歩道があるところは右に渡って歩道を走る。が、両側とも歩道がないときは最悪。左サイドを、常に後方からの電車を気にしながら走るハメに。けっこうストレスだった。

やがて国道が川の土手に突き当たり右へ大きくカーブする。前方には大きな鉄橋が。仁淀川だ。一つ目の目的地、やっとこここまで来た。土手を越えて川原に下りる。夕焼けが眩しいぜ。散歩中のおばーに「どこから来た?」と聞かれ、横浜と答えたら非常に驚かれた。

今日の旅程もあと少し。仁淀川を数km遡ったところにある道の駅・土佐和紙工芸村を目指す。もう薄暗くなってきた。夕飯も食べたいが・・・田舎すぎて店が一軒もない!これは困ったぞ。
道の駅には温泉もあり、GOOD!温泉に行くと休憩室に地元のじーちゃん・ばーちゃんが何人かいたが、金髪であることを激しく批判された。売店はもうしまっていたので夕飯はカロリーメイトの残りのみ。

駐車場の右隅、屋根のあるところを寝床として陣取り、くつろいでいるとツーリングのライダーが来た。この人も今夜はここで野宿か。昼に会ったライダーKと同様、彼もまた三重人だった。ここまで来てるってことは、当然目的地は四万十川。下調べが不十分な俺は、いろいろ情報をもらっておいた。

疲れたのでこの日はけっこう早くに寝付けた。途中で暴走族が駐車場に入ってきたりして妨げられもしたが。


6日目
井野町(道の駅「土佐和紙工芸村」)
→大正町(道の駅「四万十大正」)
1997年08月14日(木)
走行距離150km
最高標高950m(矢筈峠)
4:00頃、寒さで目が覚める。ライダーに書置きを残して出発。まだ夜は明けていない。 左手を流れる仁淀川は朝霧が深く対岸が見えないくらい。店が一軒もないので朝食をとっていなかったが、 自動販売機にカロリーメイトがあったので3箱買って食べる。 途中、左折して橋を渡るべきところを気づかず直進してしまい、支流に入ってしまった。越智村の標識で間違いに気づき、引き返して橋を渡る。 川が大きく蛇行する部分は山を突っ切るトンネルができていたので、このバイパス道路でショートカット。 仁淀川も十分清流と呼べる美しさだが、残念ながら途中にダムがあった。
仁淀村。左折して川を渡り、どんどん山の中へ入っていく。 峠が近付くと勾配が恐ろしくきつくなった。 ワインディングロード。 しばらく自転車を引いて歩いてしまう。 それにしても・・・こんな清流と呼ばれる場所ですら、道路っ端を一目見れば空き缶だらけ。 まったくもって情けなくなる。 そしてもう一度自転車を漕ぐ。そしてまもなくトンネルが見えてきた。矢筈峠だ。 この峠を挟んで仁淀川と四万十川がそれぞれ逆方向へ流れ出ているのだ。


<写真1>朝霧の仁淀川。この川と四万十川の源流点は分水嶺を隔て、同じ山にある。

<写真2>「ガンバとカワウソの冒険」で、ガンバたちが野犬と戦ったのはこのトンネルのとこ。たぶん。ここから左手に進み未舗装道路へ入り、源流点を目指す。

トンネルの左に林道の入り口。途中までは舗装されていたが、すぐに未舗装になる。休憩していたライダーに聞いたところ、源流の碑までは数kmだと。未舗装なので傾斜がきついところは自転車を引いて歩くしかない。凄まじい台数のツーリングのバイクが横を駆け抜けていく。当然50%近くがオフロード車なのだが、中には原付ツーリングの者。車は少なく、3台くらいしか通らなかった。そのうちの1台、後方から車がきたので路肩に避けて道を譲ると、クラクションを鳴らしてくれた。途中、広い道(相変わらず未舗装だが)とのT字路に出る。左手、上る方向へ進む。そこから先は上りONLYになってきてずっと自転車を引いて歩くことになる。疲れてきたぞ・・・。しかしそこから間もなくだった。緩やかな左カーブを曲がって・・・

着いた。今旅の目的地、四万十川源流の碑だ。十数台のバイクと数台の車が停まっている。川の源流点はそこから森の中へ小道を入って行ったところのようだ。道の入り口の募金箱にコインを入れ、記帳する。そして山の中へ分け入る。先ほど道を譲った車に乗っていた若造3名(男1女2)がダラダラ歩いていたが、その真後ろで「俺様がお待ちかねですよオーラ」をギンギンに出してしたのでさすがに気づいて道を譲ってくれた(笑)


<写真3>「四万十川源流の碑」、やっとこ目的地に到着した!

<写真4>源流の碑から山道に入って少し歩けば源流点に到着。山肌から清水が流れ落ちている。四万十196kmの旅立ち。

小道を進んでいくと、すぐに源流点。山肌から数条の水が流れ落ちている。ココが、本当に始まりの場所なんだな。周辺に建てられている木柱には「シマムタ」「四万十196kmの旅立ち」の文字が。水が落ちている場所まで入り、頭から水を浴びた。感無量である。


さて、名残惜しいが先へ進まなければ。マウンテンバイク状態で未舗装道路をボコボコ下っていく。出発直後ハイカーとすれ違う。
ハイカー:「あとどれくらいあるんすかぁ〜?」
俺:「もうすぐそこです。そこのカーブ曲がったところですよ。」
その人、日焼けで顔が真っ赤になっていた。途中、分かれ道になってるところを来た方とは別のほうへ進み山を下る。まもなく森を抜け、民家が現れ始める。超田舎の民家の合間の細い路地を適当に南下すると国道に出る。


<写真5>森を抜け民家のある場所へ。田舎という言葉以外見当たらない。

<写真6>木々の青さに目を奪われる。待ち望んでいた光景だ。

左手方向にある道の駅へ。トンネルを抜けるとすぐだった。アメゴ(アマゴ)の塩焼きなどを食べる。昼食後、引き返しトンネルを抜け、標識のある交差点で左折、川沿いに下る県道391に入る。ちなみに交差点を直進するとまもなく愛媛県、標識にも「宇和島」の文字が。だいぶ遠くまできたもんだ。
道路を左に外れ、川沿いに下る道路へ入る。うお!ノーヘルのバイクがいるぞ。ZEPHERのリッター車に乗った男性が川沿いにバイクを停めて景色を眺めていた。
「アハハこの辺りならノーヘルでも絶対大丈夫さ」
会社の先輩に似たルックスの、ヘラヘラした人だった。ルールやマナーにウルさい几帳面な俺ですら、
「いや〜さすがにノーヘルはマズイっすよ」
なんて言葉が頭を過ることがない。そんな世界である。


<写真7>沈下橋まで下りて撮った写真。ずっと眺めていたい。

<写真8>ゆったりとした青緑の流れ。清流の名に違わない。手前のガードレールが汚いケド。

路肩の用水路を覘いてみる。キレイすぎる。小魚が群れている。驚いたのはマス(おそらくアマゴ)がいたこと。幅・深さとも僅か50cmほどの水路にこんな魚がいるなんて・・・。
道路工事中の場所で道が狭くなっていた。後方から車が来ていたので路肩に寄って道を譲る。と、車が通り過ぎ様にやけに激しくクラクション鳴らして通過していく。
俺:「うるせーな、何なんだよ一体?」
と思ってたら、助手席の女の子がこっちを振り返り大きく手を振ってる。あ、さっき源流の碑で会った連中じゃん!ここでまた会うとは。俺も両手放し運転で手を振り返した。
前方にチャリダーの姿が。追い抜きざまに
俺:「こんにちわ〜頑張ってくださ〜い」
チャリダー:「あ、どうも〜」
川で泳ぎたいが、下りられそうな場所は必ずキャンプ場があって混雑しており、パス。その後、自販機でジュース飲んでるとそいつが通り過ぎて行ったのでまた軽く挨拶。窪川でR381へ合流、更に下る。だいぶ川幅も広がってきた。


<写真9>都会に住んでいた当時の俺には別世界のような光景。川面を渡る風が日焼けした身体に涼しく心地よい。

<写真10>四万十川のシンボルとも言える「沈下橋」。この地域では普通に見られる。

道の駅「四万十大正」までが長い長い!川が蛇行してるところなど、山の峰を越えたら道の駅が見えてくるのでは? と思っていても、カーブを曲がるとまた同じ景色が続いている。日もだいぶ傾いている。いいかげん疲れてきた。基本的に下り坂オンリーのはずだが、それでもヘロヘロ。もはや景色を楽しんでいる余裕なし。限界が近づいてきたところで、やっと道の駅へ到着。
キャンプ場が併設されているためか、コインシャワーもあるし、寝床も確保できそうだ。あとは夕飯。周辺に店を探すが・・・あるわきゃねーよな、こんなド田舎大自然の山中。先へ進むと戻るのに坂道登らなきゃならないから行きたくはなかったが、来た道には店なかったしなぁ。仕方なく少し先へ進んむと、やっとこ酒屋を発見。まともな夕飯は望めないが菓子パンとポテトチップスを買った。道の駅へ戻る。
なんか老人ホームみたいなとこの軒先に陣取る。コインシャワーはキレイではなかった。 車でドライブに来ていた男性に話しかけられる。なんと静岡から来たそうだ。

隣の広場はキャンプ場になっており、家族連れが何組かいたので安心して寝られそうだ。が、寒い!だいぶ標高の高いところだからなぁ。ペラペラのビニルシートをコンクリの上に敷いて、バスタオル一枚掛けただけじゃ寒いか。夜中に寒さで何度も目が覚め、あまり寝られなかった。


7日目
大正町(道の駅「四万十大正」)
→中村市(四万十川河口)
1997年08月15日(金)
走行距離100km
最高標高
朝5:28に目が覚めた。遅い!急いで出発せにゃ。朝飯は先日買っておいたポテトチップスの残り半分のみ。まぁ途中で食堂あったら寄ればいい。 朝靄の中を走り出す。

川を左手に見ながら進む。7:30、道路沿いにある食堂に入ってやっとまともな朝飯にありついた。 こんな早い時間からやってるなんてGOOD。店内にはツーリングの客が数人。飯食べながらTVのニュース見てると、 何と沼津で電車の正面衝突事故があったと。こんな遠くまで来て地元の話を耳にするなんて、なんか不思議な気分だった。

川幅はどんどん広くなっていく。こうなると普通なら水が汚れてくるのだが、この川は違う。若干濁ってはきているが、まだまだキレイなままなのだ。 屋形船が目に着きはじめる。竹林や杉林の向こうに川が見えるのもなかなか。沈下橋が相変わらず多いが、通行止めになっているものも多かった。 河川敷が広くなってきた。こうなると川が道路から遠く離れてしまい、よく見えなくなってしまった。 R441は国道とは思えないほど道幅が狭くなっている場所が度々ある。車がすれ違うのがやっとの場所も。そんなとこで大型トラックが居ようものなら 大渋滞!道路っ端で写真を撮っていたら背後に何か動くものの気配。渋滞で停まっていた車から女の子が2人こっちに手を振っていた。 手振り返したら恥ずかしそうに隠れてしまった。


<写真1>道の駅「四万十大正」を出発して少しのとこだったか。旅の最終日、四万十川河口を目指して出発!

<写真2>まだまだ中流域。


<写真3>屋形船が見える。

<写真4>かなり下ってきた。川幅は数100mにまで広がっている。

やっと中村市へ入った。川幅はいよいよ広くなってきた。「河口まで11km、川幅80m」の看板。その後しばらく走ったところでまた看板; 「河口まで5km、川幅600m」。川幅が一気に広がっていくのがわかる。ここまで来ると周囲に民家もある。さすがに水が濁りはじめた。 でも・・・ここまで川沿い走ってきてコンビニが一軒たりともなかったんだよねぇ。すごいことです。 川が道路から遠く離れてしまったので、国道を外れて川沿いの細い道を進む。そのうち道がなくなってしまい、未舗装の草ボーボーの道を突っ切る。 鉄道の袂でやっと普通の道路に復帰。 「とまろっと」まで5kmの標識。ゴールまであとひとっ走りだ。もう周囲は普通の街。とまろっとまで2kmの標識。突如前方が開ける。 これは・・・俺にとっては馴染み深い港町の風景だ。そして大波の音が。太平洋だ!海岸の堤防まで行って海を望む。すんげぇ波だ。 そして河口へ向う。四万十川の河口は砂利の浜になっていた。川べりまで行ってみる。 海に出る直前、川幅がグッと狭くなっていた。当然、その部分は流れが恐ろしく速くなっている。

12:26、初めての自転車の旅はここで終わり。


<写真5>四万十川河口。ゴールです。

<写真6>川の上流方向を振り返る。あの山から走ってきたんやな。。。

そこから来た道を引き返し、中村市の市街地へ向う。「サブリバー四万十」というサービスエリアで風呂&昼飯。 昼飯食ってるとき、俺の後ろの席にいた家族連れのムカつくクソオヤジが偉そうにでかい声で店員に当り散らしていて、 せっかくのいい気分に水を注してくれた。 店員のおねーさんに駅の場所を聞き、さらに自転車を家に送るため宅急便の業者も電話で呼んでくれた。 JR中村駅から電車に乗ったのは15:00過ぎ。中村 → 高知 → 岡山経由で三島まで¥20,080。高知から急行列車に乗換え、岡山からは新幹線で一直線。ここまで何日もかけてエライ苦労して来た道を電車で一気に戻る、この気持ちは例えるなら
「学園祭の出し物を何日もかけて作って、終わったらみんなでエイやぁっ!と壊す時の気分」
に似ている。でも最終の新幹線が静岡止まりだったので静岡→沼津は東海道線。沼津着は日が変わって深夜1:00でした。



<総括>


◆行程横浜市神奈川区三ツ沢上町
 → 高知県中村市(四万十川河口とまろっと)
◆期間7日間
◆走行距離1,000km

思えば1日目の箱根越え、2日目のへばりで挫折寸前になっていた。あそこで諦めなくてよかった。諦めなかったからこそ、この感動を味わうことが出来たのだ。

3日目以降は全て超快晴、帰るときには俺は黒人になっていた。水泳部時代にもなかったほどの日焼け。通勤で横浜駅を歩いているとすれ違う人の視線を感じる。特に太腿は日に当たっていた部分とスパッツで隠れていた部分との境界がクッキリ白黒に分かれており、かなりキモチ悪かった。この境界は翌年の夏まで消えることがなかった。3日目以降はペースもUP!疲労は蓄積してるはずなのに、へばって動けなくなるということがなくなった。 身体が順応したためであろうか?

後半は連日の山道で身体は疲弊しきっていた。が、この1回のチャリ旅行でハマってしまい、以降、
「遠出するならチャリで。バイクや電車で行ってしまったらもったいない」
と思うようになってしまった。

また、このときは無知だったため可能な限り高速ギア(=重いギア)で走るようにしていたため、一時的ではあるが相当脚力がついていた模様。この後しばらくは、通勤で駅の階段を上るときに体重をほとんど感じずにシュタタタタっ!っと高速で上れるようになっていた。


都会でサラリーマン生活していた当時、この7日間はまさに別世界でした。
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