2024年 夏・三陸地方の旅〜釜石根浜OWS参加〜


1日目<8月1日>トーキョー

この日は昼過ぎで仕事上がって夕方のヒコーキで東京まで出て一泊。翌日、早朝から動けるようにね。しかし数日前から喉が痛くゲホゲホし始め、風邪なのか食欲も減退ぎみ。早くホテルについて休みたいが、羽田で降機にエライ待たされるなど、辛い時間が過ぎていく。大井町まで移動してようやくメシ。腹のチョーシがイマイチなので軽めに蕎麦。となりの席のおじーちゃんはエライチョーシがよく、色々話しかけられた。何かのイベントTシャツ着たりしてたのでこちらのチョーシが良ければお話したかったが、早々に退散。
ホテルに戻って、翌朝のコンビニ飯だけ調達して、早々にベッドで横になる。


2日目<8月2日>東京〜盛岡〜宮古へ

混み始める前に東京駅を抜けるため朝6:30にはホテル出発。東北新幹線。はやぶさ。って全席指定かい!完全に調査不足。大会や旅行には行きたいが、そのための宿予約や下調べは面倒でとっても億劫なんで(笑)今回はとくに取ってつけたように申し込んだ大会だったしね。大急ぎで自由席一旦払い戻して指定席を取る。満席近かったので3列真ん中席で景色も見えず。でも途中駅すっ飛ばすのでソッコーで盛岡到着。


<写真1>盛岡駅。時間があったので駅周辺をほっつく。

<写真2>山田線で宮古へ。

次は11:09発の山田線で盛岡 → 宮古へ。時間があったので駅周辺を少し歩いて時間をつぶす。山田線は所謂ローカル線でSUICAも使えない。車両1台の単線。住宅抜けて山に入り始めてまもなく、道路を横切る鹿の姿が。通過する駅はほぼ無人駅。


<写真3>通過駅

<写真4>宮古駅到着

13:30、宮古到着。ふぅ〜暑ちぃぜ。駅前の海鮮屋で少し遅い昼飯。ドンコの唐揚げ定食を食べてみたが、ふわふわの白身で絶品。ドンコというと川魚のハゼみたいなやつが思い浮かぶが、ここのドンコはエゾイソアイナメのこと。アイナメといってもタラに近いやつですね。


<写真5>浄土ヶ浜

<写真6>浄土ヶ浜

さて、時間に余裕があるので予定になかった浄土ヶ浜へ。駅前からバスですぐ。路線バス自体が久々で緊張する。地元学生。到着、展望台行ってから下へ降りる。独特の景観。

バスで駅前に戻り、本日のお宿・HOTEL BIG WAVEへ。普通のビジネスホテル。コインランドリーは館内にないとかで諦める。夕食もいろいろ物色したが選び切れず、結局昼と同じ海鮮屋へ。ホテルで休むが、ベッドの位置がエアコンの風がもろに当たる場所で、再度痛くなってしまう。ぐっすり眠れなかった。


3日目<8月3日>宮古〜釜石

ホテルで朝飯とってから駅前の日産レンタカーで車借りる。岩泉の龍泉洞へ。行きは三陸道を使用、無料。最寄りICで下りてから西へ向かう。


<写真5>道の駅いわいずみ、まだやってなかったので再出発。

<写真6>龍泉洞、到着

小本川沿いの道路・・・長閑すぎる。道は狭いが一本道、1時間程度で到着。あ、上着持っていったのに結局持たずに入ってしまった。気温10℃。なかなか見どころあり。見学できる最深部にある第三地底湖は水深98m。怖っ。そこから先はかなり急な階段が続く。天井が低いとこもあり、身を屈めないと頭ぶつけるとこも。ってわけで身体が温まり、上着なんて全然不要だった。


<写真5>盛岡駅到着

<写真6>山田線へ


<写真5>盛岡駅到着

<写真6>水深38m。透明度がすごい。潜ってみたい。


<写真5>第三地底湖、わかってる範囲で水深98mだとか。

<写真6>そこからの順路はアスレチック。

40分程度で終了、外へ出ると眼鏡が真っ白に。
帰り道、河原に降りてみる。いいねぇ〜。


<写真1>小本川の河原にちょっくら下りてみる。

<写真2>いいですねぇ〜。

帰りは三陸道使わずに下道で引き返し。一般道としてはメイン道路のはずなのに全然車通らない。田老地区の道の駅「たろう」。震災遺構・田老観光ホテル。テレビ映像でしか見たことなかったが、本当に津波があったということを実感する。道の駅で昼飯。上京してからまだラーメン食べられてなかったので、ラーメンのメニューが ある食堂へ。メニューを見て・・・ドンコの唐揚げ丼をチョイス(笑)


<写真5>道の駅たろう

<写真6>震災遺構

まだ時間あったのでシートピア等(ちがう)にも寄る。お土産買うが荷物が重くなるのでゆうパックで発送。
宮古駅前に戻りレンタカー返却。三陸鉄道で宮古 → 釜石へ移動。三陸地方の海沿いをひたすら南下していくが、防潮堤がいたるところに見られる。


<写真5>盛岡駅到着

<写真6>山田線へ


<写真5>盛岡駅到着

<写真6>★★★★★

釜石駅到着。市民ホールで説明会に参加。今までのOWSで一番豪勢。参加者も多い。トライアルの部もあり学生も多い。ホテルルートイン。
明日は徒歩移動がそこそこあるので、重くなった荷物を少しでも軽くするため、OWSで使用しないものを駅ロッカーへ入れておく方針へ。ってことで一旦釜石駅まで戻ってコインロッカー確認。再度ホテル方面へ戻ってイオンで夕食ラーメン。
ホテルは快適・・・だがやはりエアコンつけると喉を痛める。


5日目<8月4日>根浜海岸OWS

釜石駅ロッカーにリュックの中身半分を預け。釜石 → 鵜住居へ。徒歩で根浜海岸へ。同行程の選手がもう1名。暑い。まもなく到着。会場はしっかり設営されている。受付、着替え。試泳はせず。1kmからスタート、その後5km、3kmが部門毎に時間差スタート。


<写真5>釜石から北へ2駅、鵜住居(うのすまい)駅。

<写真6>会場の根浜海岸まで2kmくらいテクテク歩く。


<写真5>根浜海岸へ。

<写真6>オープンウォーター会場の様子。


透明度0.8m!何も見えん!当然ながらスタートはバトル、まったくもって自分のペースでは泳げない。しかも海藻の「あまも」が大量に繁茂しており腕や指に絡みつく。あやうく”ワカメ王子”になりかける。と、しばらくすると後方から大量に捲られる。ブルーキャップ、後発の3kmの部の先頭があっという間に追いついてきた。こりゃ初めての体験。第2ブイ回ったところで前の選手と接触し、ゴーグルがズレる。直したいがまだまだ混戦なので立ち泳ぎもできない。しばらくそのまま泳ぐ。タイミング見て一瞬止まって直す。周回はタッチ板にタッチ。
2周目、ようやくおちついた泳ぎになってきた。まぁこのペースで泳ぎ切るのは問題ないっしょ。第2ブイ〜第3ブイのあたりでまたまた大量に捲られる。うひょっピンクキャップ、トライアル5kmの部の選手にもう周回遅れかよ!?早くても3周目に入ってからと思ってたのに。
3周目、まだまだ疲労は感じないが、斜めって泳ぐことが増えてきたためかペースが落ちる。
4周目、スタート位置から第1ブイまでの区間が波に揺られるようになる。この区間は短いのでキツくはなかったが。この辺りから並走・・・もとい並泳していた5km一般の選手、彼はどうやら左に寄っていく癖がある”左寄りスイマー”。ちなみに俺は”右寄りスイマー”。なので俺が左・彼が右にいるとガスガスぶつかり合ってしまう”喧嘩四つ”状態。なので右側に位置取る。すると互いに相容れぬスイマーとして、どんどん間隔が開いていく(笑)前日の説明会でもあった「OWSは自分で泳ぐコースを決める」という言葉を思い出した。そう、誰が正解ってのはない、自分が一番泳ぎやすいルートで泳げばいいんだ。
・・・とはいえ明後日の方向に驀進するのはちとマズイが。
5周目、第1ブイまでの波は更に大きくなっていた。先ほどの左寄りスイマーと最後のデッドヒートを繰り広げ、最終ブイを回った時点では先行していたのに、俺のほうが曲がり具合が酷かったらしくゴールまでで抜かれてしまった。最後にタッチ板にタッチして終了。

ふぅ、終わったか。少し海面で休んでから波打ち際へ戻り、EXIT。



少し前にゴールしてた左寄りスイマーと「お疲れ様」とお互い声を掛け、本部テントに向かい記録証をもらう。
お、年代別3位!ただし年代別最下位(爆)うわちゃ、タイムも過去2回よりも更に遅い!中盤からは曲がりまくってたはず。透明度ZEROだし、トライアスロンと違って選手もまばら。水中では目標物がないので、息継ぎの度に前方ブイの位置を確認する必要があった。純粋OWSだとまっすぐ泳ぐスキルも必要なのねん。あと八丈島や三宅島の海が、いかにキレイで恵まれているか、改めて思い知らされた。
会場は仮設のシャワーや更衣室もしっかり設置され、快適。準備・片付けともストレスなく過ごせた。トライアルの部などレベル高の選手が参加している一方、和気藹々な雰囲気でなかなかGOODな大会じゃないの。

さて、電車の時間もあるので、会場の余韻に浸る間もなく撤収。鵜住居駅まで徒歩で戻る。東北地方の夏、吹き抜ける熱風と草の香り、チャリダー時代を思い出す。駅前広場のお店で昼飯。暑い中走ったわけじゃないから普通に腹減ってるし、普通に食べられる。建物の横には震災の碑があり、津波が到達した高さを線で示してある。海面がこの高さまで、しかもココだけじゃなく、この付近一帯全部が海面下に・・・人知を超えるエネルギーである。
三陸線で鵜住居 → 釜石へ戻り、釜石線で新花巻へ。っと、ロッカーから荷物回収を忘れずに。こちらは3両ながら山田線とは違い普通の電車。どんどん進む・・・西日がちょっとキツかったが。
新花巻駅に到着、新幹線駅だから周辺栄えてるかと思ったら全然殺風景。タクシー拾ってソッコーでホテルへ。ホテルは夕食ナシだが、運ちゃん曰く、ホテル周辺には食べるとこ何もないとのこと。しかたなく向かえのセブンへ。目の前に見えてるのに、R4を渡るのに信号4回通過!腹減ってたのでコンビニ飯ながらドカ喰いした。


<写真5>会場から駅へ戻る。鵜住居地区の風景。

<写真6>震災の碑。上の茶色い壁が津波到達の高さ、11m超。

<写真5>釜石線で花巻へ。さよなら三陸。

<写真6>ホテル目の前がR4。いつか通った道、その2。

予定通りこなして明日は帰るだけ。さすがに眠れない症状を発することはなく、ホテルもダブルをあてがわれたので快適に過ごす。


5日目<8月5日>帰島

新花巻駅。大谷&菊池、当然か。 新幹線で一路東京へ。今回は間違えず最初から指定席(笑)だけど新花巻ははやぶさ止まらないから、仙台ではやぶさへ乗り継ぎが必要。現実へ引き戻される。疲れてるので1本早いヒコーキに変更しようと思ったが満席で無理。羽田で昼飯ラーメン食って、予定通り夕方のヒコーキで帰島。


この歳になって2年連続で5km泳ぐ日が来ようとは思ってもみなかった。が、やはりコレだけじゃ、物足りない。トライアスロンの練習の一環という目的でやらないと。今回は大会<旅行になっちまったかな。ま、それはそれでいいけど。

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