<10月>
10/2仕事の夜間緊急対応で寝ずの出動、クタクタになる。が、今にして思えばこんなのは大したもんではなかった。
10/9(木)未明に台風22号が八丈島ほぼ直撃で通過。全島で甚大な被害に。自分の住んでるアパートはベランダがピーク時に風が正面から当たる北北東を向いているのでかなり怖かった。しかもベランダの排水口が飛んできた大量の落ち葉で埋まりベランダに水が溜まる。このままだと床上浸水になるため、ピーク時にベランダにでてびしょ濡れになりながら落ち葉を取り除く。これで水が引いてったが、恐ろしかった。
結果、自宅は雨漏りとエアコン室外機が壊れた&ベランダの隣との仕切りがブっ倒れただけで済んだが。昼過ぎに風が落ち着いたので出勤したが。屋根が飛んでる家があったり、空港近くの立派なガジュマルが根こそぎ倒れて隣にあったフェンスの基礎を地面から持ち上げてたり。通勤路の樹木もごっそり倒れた個所があり、景色が変わってる。空港も重い金属製のゲートがなぎ倒されたり。予想以上にひどかった。最大瞬間風速が54.7m/s。9年前にも50m/s超があったが、そこまで酷いことにはならなかった。今回は風のピークと雨のピークが重なったのが原因か。停電と断水が全島で発生。山に近い地域では土石流や多数のがけ崩れも。幾筋もある尾根の形が少し変わったようにさえ見える。ごく一部を除き広く停電していたため、この日の帰宅時は街灯などもなく真っ暗。ある意味、非日常感も。自宅アパート付近は復電しており、明かりを見るとホッとした。
翌10/10からは自衛隊を始め災害支援の機体が多数飛来して空港は常時満車状態。みんなで必死のやり繰りで経験値が溜まりまくる。帰宅後も夜中まで業務用スマホが鳴り止まない。しかし掛けてきてる相手はその時間まで職場の庁舎から掛けてきてる訳で、寝ずの対応。頭が下がる。
自宅被災した社員は出勤できないので、他の社員だけで回してるので休みも取れない。最初の台風から10日間は休みなしの出勤。寝不足や疲労もかなり溜まってるハズなのに、テンション高い状態が続いてるので仕事中に睡魔に襲われることはなく、帰宅して布団に横になってもなかなか寝付けない。
停電は自分のとこは10/9のうちに復旧したが、断水が3日間続き、非常に不便な状態が続く。事前に風呂に水貯めてたので何とかなったが、水源自体がやられてるとの情報があり長期化の可能性があるため、節約、節約で使っていく。大雨だったので、台風後も湿気がすごいがエアコン使えないため除湿器をフル稼働。除湿器に貯まった水もトイレとかで活用。空気中から水集めてくれるのはありがたい。シャワーも使えないため、浴槽に貯めておいた水で身体を流すくらいしかできない。まだ寒くなる前で助かった。が、髪は洗えず。
それでも、自宅やられて避難所生活になっている人のことを思えば、何てことはない。会社関係でも諸々の物資を提供していただき、何とか凌ぐことができている状態。
10/12(日)次の台風23号が翌日午前中に最接近の予報のため、早起きしてベランダの瓦礫を撤去。水道復旧してるとこにお邪魔してシャワーを浴びさせてもらう。ようやくリセット。その後出勤して、夜になって帰宅したらようやくチョロチョロと水が出るようになり、なんとかシャワーを浴びられる状態に。
10/13(月)台風23号が通過。昼前には暴風も収まり、全然大したことなかった・・・と思ったらしっかり42m/s吹いていた。この日の朝も一時的に断水となったが、その後は復旧、安定して出るようになったので、とりあえず元の生活には戻ることができた。
張り詰めていた気持ちがようやく緩んで、眠気や疲労が一気に出る。休みもなかなか取れなかったのもあり。滅多に飲まないエナジードリンクにも手を出す羽目に。
坂上地区は早いところで2週間以上かかった。7か所ある水源のうち5か所が土砂で埋まったとの情報で、復旧には数か月と言われていたが、すごい速さで復旧が進んだ。関係者は寝ずの対応。
<11月>
小学校運動会。長男実行委員長で最後にスピーチ。マトモにしゃべってたので、安心するとともに、成長に驚かされる。
自衛隊感謝セレモニー。泣きそうになる。
11月末、一気に冬型に。寒くなる。
<12月>
監査訓練オンパレード。でも、僕らはまだ気づいていなかった。これはまだ地獄の入口に過ぎなかったんだ(笑)
12/7〜健康診断&墓参り。快晴、無風で最高。富士山がよく見える。体脂肪率19%。
12/10職場慰労忘年会。台風で慰労会中止になったので。
12/12ようやくエアコン直してもらえた。全島であちこち壊れまくって大家も手が回らず2か月待つことになったが、もともと冷暖房不要の時期だったのでノーダメージ。ほんと、蒸し暑い時期じゃなくて助かった。
12/14イーストサイド茶屋飲み会。あ、流れ星。街灯で明るい場所で見てたのに、かなりはっきり見えた。