<1月>
1/15(日)寒波到来で、南国の八丈島でも雪が降りました。自分が住んでる場所で雪降るの、何年振りだろう。少なくとも沖縄では降らなかったので・・・出張でアメリカ滞在中に降ったのが最後だろうか。その前だともう学生時代やな(笑)
<2月>
駅伝が近いので走りに行く頻度が増える。もちろん、平日は家事を全て終わらせて、子供が布団に入る時間になってから出発。なので22時・23時は当たり前、帰宅する頃には日が変わっている。それからまた風呂入って寝るので2時頃になり、寝不足が増進する。
ある晩、いつものように走りに行こうとすると、長男が、
「おとーたん走りに行くの?頑張ってね。」
と。子供から初めて「頑張って」の言葉が。父親が何やら日々走りに出ていることは認識できるようになっていたようだ。
別に子供たちに無理にマラソンやトライアスロンをやらせようとは思わない。特に小さいうちからトライアスロンなんてやられた日にゃ、身体の成長に合わせて毎年高級チャリ買い替えることになるんですぜダンナ。やりたきゃ大人になってから自分で稼いだ金で勝手にやってくれって感じ。
でも、苦しくても最後までやり抜くことの大切さは、別にマラソンとかだけでなく人生のあらゆる場面に通じるものである。そういう意味では、こういう姿を見せることは子供に少なからず良い影響はあると考えている。
一方・・・子供を持ったら必ずやらせたいと思っていた習い事が「水泳」。単純に泳ぐ能力を身につけさせるため、水泳や海遊びを楽しめるようにするため、身体が丈夫に成長しそうだから・・・といった理由で。しかし、何といっても八丈島には市民プールのようなものがなく、水泳教室もナシ!これはイタイ。夏季期間はホテルのプールとかはやってるので、自前で教えるしかないか。
・・・で、長男坊の初めての習い事はピアノ。全くの想定外。
2/26(日)八丈島駅伝大会当日、職場チームで参加しました。今年は1区:スイマー、2区:ルーキー&タツジンの女性2名、3区:センム、4区:ベーダー、5区:ゾンというオーダー。昨年までチームに絶大な影響力を誇っていたハコネが抜け、どのような結果となるか、ワクワクしながら当日を迎える。開会式後、送迎車の都合で一旦2区中継所で待つ。スタートして続々と選手が通過していく。チームの1区:スイマーは若いだけあって、昨年より順位を上げて、2区1人目のルーキーへ襷を繋ぐ。ルーキーも「走ってない」と言ってたが、まだ10代と若い。練習せずともマトモに走れるだけの年齢アドバンテージがあるので心配ない。そこから5区中継所へ移動。昨年の経験を踏まえ、上り坂を何度も走って多目にアップをしていく。他チームが通過していくのを見守っていると、思いのほか早くに4区:ベーダーが来た。最初から最後まで上り続ける一番苦しい4区で、順位を上げるという健闘を見せる。現在26位とのこと、何とか20位以内を達成できるかどうか。襷を受けてから抜いた人数を数えていく。空港までの緩やかな上りでまず2人。昨年同様、この時点で諦めモードになりかけるほど息が上がる。しかも前の選手が見えん。空港駐車場前を過ぎたところで、5区中継所に来てくれていた妻と息子が、車で後ろから追い抜きながら応援してくれて、苦しいところを何とか持ちこたえる。そこから下りに入ると、ようやく3人目の背中が見えてくる。トンネル先ではカチョーが写真を撮ってくれていた。西見までの急な下りは、体幹を大きく使いブレーキを掛けない走りを試みる。これは練習の成果があったかも。西見交差点を左折、上りに入って3人目パス。上りの頂上でライバルチームAをパス、これで4人。更に前に2人見えている。ゴールまで残り僅か1km強だが、とらえられるか。空港滑走路端の下りで1人、八高前のストレートに入ったところでもう1人をパス(あ、妻の職場チーム)。これで6人、20位に届いたか?あとはもう苦しさに耐えて、ゴールの大賀郷園地へたどり着くのみ。肺から血が出るんじゃないかと思うほど苦しかった。登龍峠コースよりキツイぜ。
結果、チームは18位。20位かと思ってたが、上位に失格が1チームあったのと、ラストで知らぬ間に1人抜かしてたみたいで(苦しすぎて周囲が見えてなかったw)。ハコネ率いる昨年のチームとは比較にならない大幅ジャンプアップである。大変嬉しい結果。個人成績は'15''05、目標の15分切りはならなかったが、上位のレベルが昨年よりだいぶ下がっていたようで、区間6位とまずまず。あとタツジンがマラソンに興味を持ってくれたようで、今後に期待である。